真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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「ならずもの国家」アメリカの戦争犯罪に目をつぶるのはなぜ?

2022年07月04日 | 国際政治

 この頃、朝日新聞の社説にとても抵抗を感じています。7月2日の社説には、「日韓首脳外交 打開探る実質対話こそ」と題して、”国と国との間で長引く懸案があるからこそ、指導者は時間をかけて対面すべきではないのか”とありました。その通りだと思います。
 では、なぜウクライナ戦争で、日々人が死んでいるというのに、また、世界中の人々が食糧問題やエネルギー問題で苦しんでいるというのに、停戦や和解のための対話を呼び掛けないのでしょうか。なぜ、ウクライナ戦争を主導するアメリカに、対話を求めないのでしょうか。

 ノルドストリームプロジェクトは、ヨーロッパに対するロシアの影響力を強め、アメリカの覇権の凋落を加速させることは、明らかだったと思います。
 でも、第二次世界大戦後、西側諸国の頂点に立ってきたアメリカは、国際社会の多極化や多中心化とよばれる状況を受け入れようとせず、あらためて、世界各国をアメリカ中心の経済秩序に組み込み、自らの覇権の危機を乗り越えようと、ロシア排除に動いた、そのことを抜きに、ウクライナ戦争を語ることはできないと思います。
 戦争で、日々死者が出ているにもかかわらず、また、世界中の人々が食糧問題やエネルギー問題に直面し、苦しんでいるにもかかわらず、今なお、アメリカが、ウクライナ戦争にかかわる対話を避け、NATOの拡大や強化、ウクライナに対する武器の供与を主導している事実を、なぜ黙認してしまうのか。停戦や和解のための対話を、なぜ、強く求めないのか、と苛立ちを感じます。

 アメリカは、第二次世界大戦後も、自国の利益を、世界平和や国際秩序に優先させ、あらゆる地域で、くりかえし武力を行使してきたと思います。国連憲章や国際条約を蔑ろにしてきたと思います。
 ロシアのウクライナ侵攻が、違法であるという側面は否定できないと思いますが、実は、アメリカがロシアを弱体化させるために、ウクライナに巨費を投じ、今回の戦争を準備してきたという側面も見逃してはならないと思います。
 米国務省のビクトリア・ヌーランド(オバマ大統領上級補佐官)が講演で、”我々は、ウクライナの繁栄、安全、民主主義を保障するため(現実は政権転覆)に50億ドル以上を投資してきた”と述べたことはすでに取り上げました。それは、オバマ元大統領も認めているといいます。バイデン大統領は、副大統領時代に6回もウクライナを訪れているといいますが、マイダン革命は、アメリカの関与がなければなかった可能性があるということだと思います。だから、ウクライナ戦争では、ロシア以上にアメリカが問題だと思います。

 アメリカ主導のNATOの拡大や強化、ロシアに対する徹底した経済制裁、あらゆる組織からのロシア人の排除、ウクライナに対する際限のない武器の供与は、民主主義や自由主義や平和主義を掲げる国のやることではないし、国連憲章や国際条約その他の法の精神に反すると思います。
 
 ”国と国との間で長引く懸案があるからこそ、指導者は時間をかけて対面すべき”なのであって、同盟国であるからといって、法の精神に反するようなことを黙認してはならないと思います。
 ウクライナを支援することと、ウクライナ軍を支援することは同じではないのです。「死の商人」を喜ばせるだけの戦争は、やめてほしいのです。

 だから、今回も「アメリカの戦争犯罪」ラムゼイ・クラーク(柏書房)から、「告発」の続きの一部を抜萃しました。告発は、下記と同じようなかたちで、19まで続くのです。
 イラク戦争は、ほんとうに酷い戦争であったことがわかります。
 たとえば、
ブッシュ大統領は、国連安全保障理事会に圧力をかけ、一連の先例のない決議を採択させ、最終的には、諸決議を実行するためにいかなる国も絶対的な裁量によってすべての必要な手段を行使することができる、という権限を確保した。票をかき集めるために、アメリカは何十億ドルもの贈賄を行い、地域紛争のための兵器を提供し、経済的報復をほのめかし、また報復を実行し、数十億ドルの貸付を免除し(エジプトに対する兵器購入のための70億ドルの貸付を含む)、人権侵害のいかんを問わず外交関係の開設をもちかけ、その他腐敗に満ちた方法を使って、アメリカの対イラク政策は普遍的といってよいほど国際的に承認されたものであるという外観をつくりだした。アメリカに反対する国は、イエメンのように、すでに約束されていた数百万ドルの援助を失うことになった。これは今まででもっとも高くついた投票である。
 とあります。こうしたことは、今回のウクライナ戦争に関しても、あるのではないでしょうか。
 また、
ブッシュ大統領は、サダム・フセインを悪魔に仕立てあげる巧妙な宣伝活動を行った。
 とあります。プーチン大統領を悪魔に仕立て上げる宣伝活動はなかったといえるでしょうか。
 下記の内容は、調査委員会の呼び掛けにより集められた、さまざまな関係者の証言、写真、ビデオテープ、公文書や記録その他に基づいているといいます。
 だから、私は、ウクライナ戦争を止めるために、「ならずもの国家」アメリカの戦争犯罪に目をつぶらないでほしいと思うのです。
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                 第一部 告発

告発
2 ブッシュ大統領は、1990年8月2日から、イラクを経済的かつ軍事的に破壊するみずからの計画に対するいっさいの干渉を妨げるよう意図し、かつ行動した。

 1990年8月第一週の間に、議会に諮ることも通知することもなく、ブッシュ大統領は、四万のアメリカ軍兵員に対し、サウジアラビアへの派遣命令を下した。ブッシュ大統領は、サウジアラビアからアメリカの軍事的支援の要請を取り付け、8月8日には全世界に対して自分の行動は「まったく防衛的なあもの」であると断言した。ブッシュ大統領は、1990年11月の中間選挙が終了するまで待って、すでに発していた20万以上の兵員の増派命令を公表した。これは明らかに攻撃部隊であり、しかも今度の議会に謀らなかった。
 1991年1月9日に至っても、ブッシュ大統領は、議会の承認なしにイラクを攻撃する憲法上の権限が大統領にはあると主張していた。
 ブッシュ大統領は、イラクを攻撃し破壊することを意図しながらこれを隠し、1990年8月から91年1月までひたすら、アメリカ軍の増強を続けた。大統領は、軍部に攻撃準備を急がせ、軍事上の観点からみて最適な状態になる前に攻撃を開始させた。9月16日に、ドゥーガン将軍は、イラクの民間経済を破壊する計画があることを報道関係者にもらしたところ、解任された。
 ブッシュ大統領は、国連安全保障理事会に圧力をかけ、一連の先例のない決議を採択させ、最終的には、諸決議を実行するためにいかなる国も絶対的な裁量によってすべての必要な手段を行使することができる、という権限を確保した。票をかき集めるために、アメリカは何十億ドルもの贈賄を行い、地域紛争のための兵器を提供し、経済的報復をほのめかし、また報復を実行し、数十億ドルの貸付を含む)、人権侵害のいかんを問わず外交関係の開設をもちかけ、その他腐敗に満ちた方法を使って、アメリカの対イラク政策は普遍的といってよいほど国際的に承認されたものであるという外観をつくりだした。アメリカに反対する国は、イエメンのように、すでに約束されていた数百万ドルの援助を失うことになった。これは今まででもっとも高くついた投票である。
 ブッシュ大統領は、8月11日のイラクの提案を大幅に無視したのを始めとして、ブッシュ大統領が「みじめなペテン」と呼んだ翌年2月半ばの最後の和平提案まで、平和的解決をめざして交渉しようとするイラクの努力を一貫してはねのけ、嘲弄した。ブッシュ大統領は、侵略に対しては交渉も妥協も面子も報酬もありえないことを一貫して主張した。同時に、ブッシュ大統領は、外交的解決を拒否したと言って、サダム・フセインを非難した。
 ブッシュ大統領は、サダム・フセインを悪魔に仕立てあげる巧妙な宣伝活動を行った。この工作は、フセインをヒトラーになぞらえたり、保育器に入った数百人の赤ん坊の殺害についての報告を繰り返し引用したり、アメリカの情報機関が虚偽だと確信していることを知りながら、イラクが自国民およびイラン国民に化学兵器を使用したと非難することによって行われた。
 和平のための努力をことごとくひっくり返した後で、ブッシュ大統領は、次のように自問自答し、イラクの破壊を開始した。「なぜ待たないのか? ……世界はもはや待つことができない」。
 この一連の行動は、平和に対する犯罪にたる。

3 ブッシュ大統領は、イラク全土にわたって、民間の生活や経済的生産にとって不可欠な施設を破壊することを命令した。

 イラクに対する空爆とミサイル攻撃は、アメリカ東部時間1991年1月16日午後6時30分〔バグダッド時間で午前2時30分〕に開始するように命令されたが、これは最終期限より18時間半後のことであった。この時間はテレビのプライムタイムで報道されることを意図して、ブッシュ大統領が主張したものだ。爆撃は42日間続いた。イラク側は、航空機や地上からの効果的な対航空機・対ミサイル砲火によって抵抗しなかった。イラクは無防備の状態だった。
 アメリカは、イラクに対して11万機を出撃させ、8万8000トンの爆弾を投下したが、これは広島を破壊した原子爆弾の7倍に匹敵する。爆弾の93%は自由落下爆弾であり、大部分は高度3万フィート(1万メートル)以上の上空から投下された。残りの7%の爆弾はレーザー誘導装置をつけた爆弾だが、その25%以上が目標をはずれ、ほぼその全部が、もともと識別可能な目標を超えて、被害をもたらした。目標の大部分は、民用施設であった。
 一般市民生活や民用施設にむけられた爆撃の意図と努力は、イラクの経済基盤を系統的に破壊して、工業化以前の状態に陥れることにある。イラクの市民生活は、工業力に依存している。戦争後初めてイラクに入国した国連の調査団が報告しているように、アメリカの攻撃によって、イラクは黙示録に示された状態に近い惨状におかれた。目標とされた施設は以下のものだ。

・発電、電力中継および送電
・浄水装置、揚水や配水システムおよび貯水池
・電話・ラジオの交換局、中継局、発信局および送信施設
・食品加工、貯蔵や配送施設および市場、乳児用ミルク調整工場と飲料品工場、動物免疫施設、灌漑施設
・鉄道輸送施設、バス車庫、橋、主要高架道路、幹線道路、道路補修基地、列車、バスその他公共輸送車両、商業用車両および私用車両
・油井および油井ポンプ、パイプライン、石油精製所、石油貯蔵タンク ガソリン給油所、燃料輸送タンクローリーとトラック、および灯油貯蔵タンク
・下水処理システム
・民用物資の生産に従事する工場、たとえば繊維工場、自動車工場

 このような破壊の直接的な結果として、数万の人が脱水症、赤痢や不衛生な水に起因する病気、医師の効果的な治療の欠如、飢餓とショックと寒さとストレスから生じた衰弱によって死亡した。飲用可能な水、衛生的な居住条件、十分な食糧配給その他、必要な手段が提供されるまでには、もっと多くの人々が死ぬであろう。食糧供給が十分行われ、基本的なサービスが回復しない限り、1991年夏にかけてコレラ、チフス、肝炎その他の病気が流行する危険が高く、また餓死や栄養不良が生じる危険も高い。
 イラクの破滅は、アメリカによってのみ可能だったのであり、また、アメリカがほとんど一国で行った。この行動は、国連憲章、ハーグ条約、ジュネーブ条約、ニュルンベルク憲章ならびに武力紛争に関する法律に違反する。

4 アメリカは、文民の生命、商業およびビジネス地区、学校、病院、モスク、教会、避難所、居住地区、史跡、民用車両ならびに政府文民機関を意図的に爆撃し破壊した。

 民用施設の破壊により、一般住民はすべて、暖房、調理用燃料、冷蔵設備、飲料水、電話、ラジオやテレビ受信用の電源、公共輸送手段、民用車両のための燃料がない状態におかれ、食糧供給は限られ、学校も閉鎖され、大量失業がつくりだされ、経済活動は厳しく制限され、医療施設も閉鎖された。さらに、あらゆる主要都市と大部分の町村の居住地区が目標にされ破壊された。ベドウィンのキャンプがアメリカ軍機によって攻撃された。死傷者に加え、空襲によって2万戸の家屋、アパートその他の住居が破壊された。商店、事務所、ホテル、食堂その他公共宿泊施設のある商業センターが目標にされ、数千が破壊された。多数の学校、病院、モスクおよび教会が損傷を受け、あるいは破壊された。幹線道路その他道路上の民用車両、野外駐車や車庫の中の民用車両が、何千も目標にされ破壊された。この中には、公共用バス、民間のバンやミニバス、トラック、牽引トレーラー、タンク・ローリー、タクシーおよび自家用車が含まれている。この爆撃の目的は、この国全体を震えあがらせ、人民を殺害し、財産を破壊し、移動を阻止し、人民の士気を阻喪させて、政府転覆を余儀なくさせることだった。
 一般市民生活にとって必要不可欠の施設、居住用建物その他一般の建物および地区が爆撃され、「すくなくとも2万5000人の男女・子どもが殺された。ヨルダン赤新月社(赤十字社にあたる)の推定では、戦争終結1週間前に、文民11万3000人が死亡し、そのうち60%が子どもだった。
 この行動は、国連憲章、ハーグ条約およびジュネーブ条約、ニュルンベルク憲章ならびに武力紛争に関する法に違反する。

5 アメリカは意図的に、イラク全土にわたって無差別爆撃をおこなった。

 都市、町、地方および幹線道路に対する空襲において、アメリカ軍機は、無差別に爆撃と機銃掃射を行った。どの都市でも町でも、爆弾は、民用施設、軍事設備、または軍事上の標的にかかわりなく、偶然にゆだねられて、予定の目標からはるかに離れた地点に落下した。地方では、無差別爆撃が旅行者や村民に対して行われ、ベドウィンも例外ではなかった。この攻撃の目的は、生命を奪い財産を破壊し、一般住民を震え上がらせることにあった。幹線道路では、公共用バス、タクシーおよび旅客用運送車両を含む民間の車両が無差別に爆撃され地上掃射されたため、一般住民は恐怖により逃げたり、食べ物・医薬を求めたり、近親者を探すなど、幹線道路の通常の使用ができなくなった。これは結果として、老若男女を問わず、大きな移民グループを含むあらゆる国籍の人(アメリカ人さえも含む)、多数のクルド人やアッシリア人を含むあらゆる人種グループ、イスラム教スンニー派、シーア派、カルデア人その他キリスト教徒およびユダヤ教徒を含むあらゆる宗教徒に対する無差別な略式処刑、身体刑であった。アメリカがイラクにおける文民および兵員の死傷者やその内訳に対して故意に無関心を通したことは、空爆および地上作戦から生じた死亡人員について記者の質問に答えたコリン・パウエル将軍の次のような発言が典型的に示している。「実際、数じゃないのだ。私が気にしているのは」
 この行動は、ジュネーブ諸条約に追加される1997年の第一議定書第五十一条第四項に違反する。

6 ・・・略

 


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