無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『Time』が『First Love』アルバムや『Distance』の頃のサウンドを彷彿とさせる、と論じる時には押さえておくべきポイントがある。それは、当時のヒカルはプロデューサーではなかった点だ。

サウンド・プロダクションへの関わり方が変化したのは『FINAL DISTANCE』からだった。既に『DISTANCE』の時点でかなりプロデューサー的な視点を持ち込んではいたが、それまでのヒカルはトラックメイキングのイニシアチブを持っているとまでは言えなかったのだ。

故に『Time』をその頃のようなサウンドに仕上げる作業は、案外ヒカルにとっては新鮮な体験だったのかもしれない。昔とは違う立ち位置でこの作風に挑んだのだから。


こういった“懐古的な”サウンドにチャレンジする時に最も気をつけるべきなのはセルフ・パロディになってしまわない事だ。今目の前の曲を聴いている筈なのにあの曲やこの曲がチラついてしまって集中できない状態。それは避けなければならないが、『Time』にその心配はなさそうだ。サウンドは耳馴染みがいいのに、フックの作り方に他の曲にはない独特さがあるからだ。寧ろ、こうやって昔を思い出させるアレンジをしても全然揺るぎないという自信があったからこそこういうサウンド作りにチャレンジできたとも言える。“あの頃の感覚”は甦ってきても、具体的にどの曲に似てるって時には幾つも挙げないといけないもんね。昔語った通り、曲調を説明するのに3曲以上必要になりそうだったらその曲はもうオリジナルなのである。

とはいうものの、『Time』のサビメロの流れ方はまさに90年代のJ-Popの王道を感じさせてくれていて、思わず「あの頃のトレンディ・ドラマのエンディングになってたらどハマリしていただろうなぁ」と呟いてしまった。一話完結タイプではなく、21時48分あたりで衝撃の事実が発覚したり、思わぬところで思わぬ人物にばったり鉢合わせして修羅場を招いてしまったり、意外な人物に告白されたりしてまた来週!…等々のタイミングで『いつもぅぉうぉぅ("It's more"かもしれないねぇ)近過ぎて〜言えなかった好きだとぅおぅ〜♪』って切り込んでこられたらもう、ねぇ?(笑)  ほんとにいい曲を貰って「美食探偵 明智五郎」は果報者である。どうしても探偵物というと時間内に事件を解決してしまうものだが、折角この曲がエンディング・テーマになったのだからどんどん次週に引っ張りまくっていって欲しい。いや、本当は第1話からしっかり引っ張ってくれてたんだけど、ここの読者のみんなはヒカルの歌詞を聞き取ろうと躍起になってて誰一人小池栄子のセリフを耳に入れようとしなかったよね。寧ろ早く黙れ栄子!と念じていたくらい。第2話以降は、こうやってオフィシャル・オーディオが公開されているからちょっとは落ち着いて観ていられるかな? いや、オフィシャル・オーディオに無い2番以降の歌詞を聞き取ろうとこれまた躍起になるから「栄子黙れ!」「倫也引っ込め!」コールは鳴り止まないか。あらら。

いずれにせよ、これはヒカルからの素敵なプレゼントだ。連続ドラマにとっては強力なエンディングを、リスナーにとっては一発で気に入るインパクトをそれぞれ与えてくれた。勿論、5月8日にその全貌を現してくれた時にその興奮は最高潮に達する筈だ。あの頃のサウンドを再現しているなら、3番サビあとにエンディングをストレッチして英語歌詞のフェイクの嵐をお見舞いしてくれている筈である。世が世ならMステに生出演してテレビ・オリジナルのエンディング・フェイクを披露して欲しかったが、暫くロンドンから出られりゃせんわな。ったくウィルスが憎らしいぜ。

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ここをそれなりに読んでる方ならお気づきだったかと思うが、最近この日記は『Distance』づいていた。『For You』、『Wait & See 〜リスク〜』、『Parody』などを積極的に取り上げていた。それはつまり、そろそろこの頃の作風の曲が来るだろうという予想…と言うよりも、期待だな、があったからなのだが『Time』がまさにそれで嬉しい。

とはいえ、実は直前にはそうは思っていなかった。『Time』というタイトルを見た時に「あぁ、そっちじゃないのね」と判断してしまったからだ。見事に大ハズレでしたとさ。

なので、このタイトルを除いては『Time』の曲調は待ってましただった。イントロをエレピ系のシンセで始めてヒカルのアドリブに繋げる雰囲気はまんま『time will tell』や『In My Room』を彷彿とさせる。やや低めのマイナーキーのコード進行から四つ打ちを基本にしつつ混合拍子気味のスネアとキックの組み合わせで迫ってくるのは『For You』を思い起こさせる。更になんか後ろでチキチキ言ってる。『Addicted To You』とかだね。結果、サウンドの与える印象はヒカルがデビューしてきたあの90年代後半のR&Bサウンドになっている。20年前のレトロサウンドだ。

しかし、それは「あの頃のサウンドをそのまま再現した」のとは少し違う。寧ろ、「2020年の今聴いてレトロに響くような音」というリアルタイムなコンセプト。ノスタルジーそのものを表現しているとも言える。案外野心的で、ヒカルらしくない。

実際、その頃の音色だけで音が出来ている訳では無い。例えばイントロのアドリブにはオートチューン風のエフェクトが掛けられていて、大雑把に言ってヒカルには初めてのことだ。Jay.Zが"Death of Auto-Tune"を発表したのが2009年の事だから、それより少し前の流行である。また、『孤独にも運命にも』の直後にねじ込まれてくるシンセベースはムーグサウンドで、これは70年代後半〜80年代前半の音だ。ヒカルがこういう「歴史を概観した音作り」をしてくるのは極めて珍しい。特に、ベースの音色は(ベースラインには凝らない癖に)時代を反映するということでかなり敏感な筈で、こういうことは全くといっていいほどやってこなかった。全体としてレトロなイメージを聴き手に与えてはいるが、それは総てがまさに“イメージ”であって、結局のところこれは2020年のサウンドだ。かなり攻めている、とみていい。


ま、大体“犯人”の目星はついている、のよね。最初日曜晩にアクセスした時はなかった『Time』クレジットが、月曜の日中にYouTubeにアクセスしたら追加されていた(PCにキャッシュが残っていたから間違いない)。それをみると、コ・プロデューサーのところになりくんのお名前が。「また違和感の原因はお前かよ」ということで、『Laughter In The Dark Tour 2018』のセットリストに続いてヒカルのセンスを撹乱させに来ているのね。仲違いはこちらの勘違いだったようで何よりだし、プロデュースした貰った相手をプロデュースし返すなんて結構大胆なのだが、この2人、『Time』についてのインタビューには答えてくれているのだろうか。訊きたい事は山ほどあるのだが、きっとまた炎上するのだろうから、今から「相変わらずめんどくせーなコイツ」と呟いておきたい。やれやれだぜ。

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