ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカル魚でとれたてごはん94…松山 『瀬戸内小魚料理二の丸』『道後麦酒館』の、ふたつの鯛めし食べ比べ

2011年05月15日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 
 松山はここ数年、年末に放送されるスペシャルドラマ「坂の上の雲」の舞台として注目されている。原作は司馬遼太郎による小説で、俳人正岡子規に、日本の騎兵の基礎を築いた弟・好古、海軍の作戦を指揮した兄・真之の秋山兄弟ら、松山出身の偉人が主役となっている。松山城の麓にある坂の上の雲ミュージアムでは、明治期に入ったばかりの近代日本の幕開け期に活躍する彼らの足跡を、パネルや映像を駆使して展示。ドラマに関心を持った観光客が、多数訪れている。
 ミュージアムは市街の中心部に位置し、松山屈指の繁華街である大街道までは歩いてすぐと近い。松山を代表する偉人に関する展示を見学した後には、当地を代表する郷土料理を味わってみたいものだ。ローカル魚を用いた、愛媛を代表する郷土料理といえば、鯛めしが思い浮かぶ。愛媛県は養殖物・天然物とも、日本で三本の指に入る真鯛の生産地でもある。
 
 
左が松山市のシンボル・松山城。その麓にある坂の上の雲ミュージアム

 
 大街道の商店街の中ほどをやや入ったところにある、『瀬戸内小魚料理 二の丸』の暖簾をくぐる。まずはビールに、合わせるつまみはご当地名物のじゃこ天。水揚げされた小魚を骨ごとすり鉢ですりつぶし、塩を加えて粘りを出して調味料で味を整えて油で揚げた、すり身の天ぷらである。この店のすり身はハランボを中心に独自の配合で、つなぎは入っていないため魚の味が濃く甘みがある。
 味の深い雑魚を使った肴でビールが進むが、お目当ての料理も忘れてはいけない。炊き込み鯛めしと品書きにあった品は、ご飯にほぐした鯛の白身が混ぜ込まれたものだった。具はこの鯛の身だけとシンプルだが、炊き込むことで鯛の味が活性化、濃くなった旨みが固めに炊いたご飯にしっかりと染みているのがうれしい。焦げの部分のダシがいっそう濃く、また絶品。
 
 
繁華街の大街道にある二の丸。右が宇和島名物のじゃこ天

 
 炊き込み鯛めしは、松山のある愛媛県東予地方から今治のある中予地方にかけての、瀬戸内側の沿岸地域の料理である。一尾丸ごと焼いた鯛を、醤油や塩で味付けして軽く炊いたご飯の上にのせ、さらに加熱して仕上げてある。土鍋で炊いて鯛を丸のままで供するところが多く、このように鯛の身をほぐしてご飯と混ぜ込んで出す地域もある。
 この店で使っている真鯛はもちろん、瀬戸内海でとれた天然物。付近の真鯛の漁場は、主に伊予北条から芸予諸島にかけてで、潮の干満差が大きく潮流が早いため、身が締まった真鯛が水揚げされるという。「今の時期は、漁師は真鯛に狙いを絞って操業している」と、店のおばちゃん。天然物と養殖物の、味の違いを聞いてみたところ、養殖の真鯛は脂が多いため、締めてから次第に味が落ちるが、天然物は締めてから2~3日の方が、脂がまわって味が良くなるという。
 ちなみにこの炊き込み鯛めし、合戦にそのゆかりがある。神功皇后が朝鮮出陣に際し、鹿島明神に戦勝祈願した折、漁師たちから献上された鯛を吉兆として喜び、その鯛を炊いて供えたあと料理したものが、起源という説がある。鯛の味一本で勝負しているところが、質実剛健な合戦食らしい。秋山兄弟が日清・日露戦争へ出征する際にも、このご当地名物料理で戦勝を祈願していたとしたら、面白いのだが。
 
鯛のほぐし身がたっぷりの鯛飯。炊き込みご飯風で酒の締めにも
 
  この鯛めし、同じ愛媛県内でも南寄りの南予地方では、まったく異なるスタイルで供されている。市街から路面電車で道後温泉へ。共同浴場の道後温泉本館でひと風呂浴びて、湯上がりのビールを頂こうと、隣接する「道後麦酒館」を訪れた。窓から道後温泉本館の堂々としたレトロな建物を眺めながら、伊予牛や伊予地鶏など、地元松山の味覚から肴を検討していると、ここでも見かけた鯛めしは、「宇和島風」とある。
 宇和島は南予地方の中心都市で、養殖真鯛の一大産地である宇和海にも近い。食べ比べるべく頼んでみると、昼の炊き込み鯛めしとは全然違う見かけの料理が運ばれてきた。ご飯の上に鯛の刺身が並べられ、中央には生卵の黄身が。一見、普通の海鮮丼のようでもある。炊き込み鯛めしが鯛の味一本勝負だったのに対し、こちらは薬味も種類豊富。のりとネギ、ゴマをのせ、だし醤油をざっとかけ回し、卵を豪快に崩してかきまぜると、鯛の白身がみるみるうちに黄色に。ご飯も染まり、まるで卵かけご飯のようだ。
 
 
道後麦酒館は道後温泉本館のすぐ隣。風呂上がりに駆け付けで道後ビールを1杯

 
 ざくざくとかきこむと刺身がむっちり、卵黄のおかげで甘みが引き出されている。こちらのご飯は柔らかめで、熱々の上にのった刺身に程良く熱が加わり、しっとりと甘くマイルドな味わい。だし醤油の甘さが強いが、ワサビを加えるときりっと鯛の気品が立ち上がる。ネギの香ばしさとのりの磯の香りも加わり、これはなかなか食が進む。
 宇和島風の鯛めしは、かつて宇和海に浮かぶ日振島を根拠にしていた海賊、伊予水軍が食べていたものとされている。舟の上で刺身を肴に茶碗酒で酒盛りをした後、茶碗にご飯を盛って、醤油に浸した刺身をのせて、ざっと混ぜ合わせて食べたという、海賊気質丸出しの実に豪快な料理だ。現在はやや洗練され、三枚におろした鯛の身を醤油、みりん、卵、ゴマ、だし汁で調味したタレに漬け込み、タレごと熱いご飯にかけて食べる仕組み。
 愛媛県以外でも鯛めしを供しているところがあるけれど、生の鯛を使うのは宇和島だけの独持な食べ方らしい。一説によると、炊き込み鯛めしは陸の人たちの、宇和島風鯛めしは海の人たちの食文化から生まれたものともいわれる。
 
  
鯛の切り身をのせたご飯に卵を落とし、かき混ぜていただく 
 
 炊き込んで鯛の味の深みを引き出した洗練さは海軍の兄・真之に、生の鯛をそのままいただく豪快さは陸軍の弟・好古に、イメージがそれぞれだぶるような。などと「坂の上の雲」とふたつの鯛めしを合わせ考えながら、スタウトの地ビール「漱石ビール」をもう一本おかわり。酒も進む海賊流鯛めしをさらにかき込んでいると、好古も騎兵の水筒に酒を入れていくほどの酒豪だった、とのミュージアムの展示も思い出した。(2010年1月食記)