【伊予ポジョ】
■種別…銘柄鶏
■系統・掛け合わせ…しゃも(在来種)×ロードアイランドレッド
■生産・出荷元…食の森くし秀
※食肉としての販売や卸は行わず、すべて自社製の加工品にして提供
高知と松山は隣県の県庁所在地同士なのに、その風土や人間気質はかなり対照的だ。雄大な黒潮に相対する土地柄のおかげか、大らかで豪気な土佐っぽに対し、波穏やかな瀬戸内海に面した場所柄が由縁なのか、優しく感受性に富んだ松山人。かたや坂本龍馬、こなた正岡子規と、郷土を代表する偉人のキャラクターを比較してみても同様で、四国を周遊して両都市を訪れると、街の雰囲気や人の雰囲気がずいぶん異なるのに驚かされてしまう。
両都市の間は、直線距離で60キロほどしかないのだが、そのど真ん中を石鎚山を擁する四国山脈が阻んでおり、これら峰々をぐるっと迂回して走る高速バスで2時間20分。高知駅バスターミナル発の最終便を利用したため、松山市街の中心である大街道でバスを降りた頃には、21時をすっかり回っていた。
この時間なら、高知の繁華街だとまだ宵の口。アーケードの帯屋町や、飲み屋の集まる廿代町あたりは賑わいを見せているのだろうが、大街道の界隈は松山市街随一の繁華街である割に、すでに人通りが少ない。真面目で穏やかな人間気質の街だけに、ワイワイと酒を飲んだり夜更かしをしたりしないのか、と思ったが、考えてみれば今日は日曜日。飲食店は少々店じまいが早いようで、瀬戸内海や宇和海の魚介を肴に地酒で一杯、という店が、どこかやっているかどうか。
白壁土蔵風の外観がシックなくし秀。伊予ポジョの幟も立つ
空腹を抱えて大街道のアーケードをしばらく歩き回ったところ、二番町の一角にまだ営業中らしい、小料理屋風の店を見つけた。白壁土蔵に虫籠窓のたたずまいは、近隣で古い町並みが人気の観光地、内子の商家を思わせる。まだいいですか、と声を掛けつつガラス戸を開けると、どうぞ、と迎えられてひと安心。板場をぐるりと囲むカウンターの奥へと落ち着き、焼き場で腕を振るっている板前さんと差し向かいうことに。
ひと息ついたところで、まずはビール。卓の上にはキャベツを盛った皿が置かれていて、「うちのおすすめはキャベツ。まあ食べてみて」と、板前さんのちょっと不思議な勧めに従い、添えてある味噌をつけてシャリッとかじる。なるほど、えぐ味がなくすっきりした味で芯は甘い。一般のキャベツとは畑を分けて自家栽培しているとのことで、「無農薬だから、虫や鳥が食べに来て困っちゃう」と板前さんは笑う。
キャベツがお通しとは珍しい店だと思ったら、これはお通しではなく鶏料理を食べる合間につまむもの、と板前さん。品書きをざっと眺め、板場の上にずらりと並んだ串焼きのメニューを見たところでようやく、ここは鳥料理専門店と理解した。『鳥料理くし秀』は松山で半世紀の歴史を持つ鳥料理の老舗で、地鶏「伊予ポジョ」を使った料理が評判という。
これだけでもビールが進むキャベツ。ポジョ料理は各種揃う
遅めの晩飯はお目当ての地魚とはいかなかったが、前日の高知の夜もお魚尽くしだったので、松山では地鶏三昧もまたよしか。串焼きに手羽先、鳥刺し、唐揚げなど、伊予ポジョ料理のコースが3種あり、品数の多い「信長」コースを選んだ。他にもあったコース名はいずれも、戦国武将の名を冠したもので、ご当地の偉人にまつわる「子規」「漱石」「坊ちゃん」なるコースは、あいにく見当たらない。
まずは中央に湯引きして刻んだ鳥皮がのった鳥ざくサラダと、鳥刺しの2品が出された。鳥刺しは2種の肉が使われていて、赤いほうはモモ、ピンクのほうはささみ。ささみはムッチリと艶かしい舌触りで、くせがなく甘いのに対し、モモはザクザクとした歯ごたえの後、ほのかに鉄っぽい香りが。野性味にあふれる味わいに、地鶏ならではの生気を感じられる。使っている醤油も伊予ポジョのダシを使っており、ささみは醤油をそのままつけて、モモはワサビも一緒にいただくと、くせが抑えられさっぱりといただける。
鳥皮は足の部分の薄い皮を使っていて、湯引きで食べるのに適した部位という。薄くコリコリした食感が、コラーゲン満点の豚の耳のようでもある。皮は首や胸の部分も食用にするが、こちらは厚めでやわやわな食感なのだとか。
鳥刺しは2種類の部位を使用。左の紅色がモモ、右のピンクがささみ
2品をいただいている間、目の前では串焼きが調理され、奥では揚げ物にとりかかって、と、板場はフル回転の様子だ。中継ぎにキャベツをつまみながら、板前さんに伊予ポジョの由緒を尋ねたところ、原種は在来種である闘鶏用のシャモとのことだった。松山は古くから、武士や旧華族たちの間で闘鶏が盛んな土地で、闘鶏用のシャモが食用にも注目されていた。しかし気性の激しい鳥のため、同じ篭で数匹を飼育すると闘っしまい、大量に飼育することが難しい。そこでこのシャモに、ロードアイランドレッドをかけあわせることで、飼育しやすくしたのが伊予ポジョである。
「伊予ポジョは飼料に気を配ったり、自然の中でのびのび放し飼いにするなどして、大切に育てているから健康そのもの。味も折り紙付きです」と、相当の自信をもって勧めてくれる板前さん。というのもこの伊予ポジョ、くし秀が独自で飼育している、オリジナルの地鶏なのだ。およそ20年ほど前に生み出された銘柄鳥で、飼育方法や餌などに研究を重ねた上、特に餌と飼育期間に工夫をこらしている。
飼料は白菜などの葉物野菜に、栄養価が高く肉の味が良くなるように米ぬか、カルシウムを補給するために貝殻の粉など、極力天然のものを与えることにこだわっている。また飼育期間はほかの銘柄地鶏と同様、ブロイラーよりは長く設けているのだが、150~180日は銘柄地鶏の中でも長い部類に入る。これによりボディがしっかりと強い、健康で安全な鶏に成長するのである。
左はコショウが効いてスパイシーな軟骨揚げ。右は鳥ソーセージと唐揚げ
原種のままのシャモも、味がいいらしいけれどね、と話しながら、板前さんはカウンターに置かれた大皿に料理がどんどん並べ始め、こちらも熱いうちにどんどん手を出していく。スナズリ、手羽先、皮の3種串焼きの中でも特に、皮がムチムチと吸い付くような感触で、かみしめるといい味が出てくる。手羽先は、皮のパリパリした香ばしさがグンと食欲をそそる。さらにコショウが効いてスパイシーな軟骨唐揚げ、クイッと腰があり重厚な鳥ソーセージ、ジューシーでねっとりした味わいの唐揚げと、種々様々な料理が並んで飽きさせない。こうなると、合間にかじるキャベツがありがたい。鶏肉の脂っこさを押さえて消化を助ける働きがあり、鶏をおいしく食べるために添え物のキャベツにもこだわっているのだろう。
これら焼き鳥屋の定番料理を頂いていると、日本酒が欲しくなったので、地元愛媛の重信町にある島田酒造の「小富士」を頼み、砥部焼の大徳利を傾けながらグッとやる。砥部焼は厚手なので中身が冷めにくく、燗酒にはもってこい。辛口で舌にどっしりくる味わいで、肉の風味をぴしゃりと流す切れの良い酒だ。
「若足」は骨付きのモモ肉。良質の脂がたっぷり染み出している
料理が半分ぐらい進んだところで「うちの自慢はこれ。何よりこれを食べてもらえば」と、板前さんが力強く勧める自信の一品「若足」の登場である。名の通り鶏のモモ肉に衣を薄くつけて揚げた、この店の名物料理だ。ジュクジュクと油の音が板場に響いた後に、丸々とした大きな骨付きモモ肉が登場。かぶりついた途端、スープのような脂が口いっぱいにジュッとしみ出て、思わずにっこり。肉の火の通り方が絶妙で、脂がたれないように、逆に抜けてしまわないようにうまく仕上がっている。
鳥刺や串焼きとは違う種類の鶏を使っているのかな、と感じるのも道理。料理によって、生育の度合が異なる鶏を使い分けるというから、技が細かい。例えば鳥刺には、ざっくりした歯応えと肉の香りを楽しめるように、やや肉が固めの生後180日ぐらいの鶏を使用している。また若足には生後80日の若鶏を使っており、ふわりと柔らかな歯応えとたっぷりの肉汁を楽しめるようにしているという。
全体的には、ソフトな歯ごたえで程よい弾力があり、淡い味わいの中に芯が通ったほのかなうまみがあるのが、伊予ポジョの味の特徴のようだ。また長めの飼育期間のおかげで、ブロイラーの鶏特有の香りのない、いい味に仕上がっている。ちなみに「ポジョ」とは、スペイン語で「カシワ」「鶏肉」の意味とか。
透明感あふれる伊予ポジョのスープ。料理のダシにも使われる
徳利も大きいが猪口も湯飲み茶碗ぐらいあるため、調子に乗って「小富士」の盃を重ねていると、酔いが回るのが普段の倍ぐらい早い。程良く酔い、そろそろ満腹になったところで、コースの最後は伊予ポジョスープのお茶漬けで締めくくりだ。スープは鶏と野菜から煮出し、塩味のみで味付けしたシンプルなものだが、店のご主人自ら「黄金の輝き」と称するほどの、自信の一品である。
小ぶりの茶碗に軽く盛られたご飯が浸るほど、たっぷりのスープをひと口頂くと、鶏の旨みが凝縮した澄みきった香りが実に上品。突出した風味がない分、すっきりとよくまとまった味だ。食事の前や酒を飲む前にこのスープを飲んで、さらに締めくくりにまた飲むと、二日酔いの防止にも効果があるとのこと。確かに脂がのった鶏料理をたくさん食べて、少々飲み過ぎた胃にとって、とてもありがたい。
さらにこのスープ、脂肪分がほとんどなくコラーゲンが豊富。コンドロイチンも含まれており、骨だけでなく血管の老化を防ぎ、血液をドロドロにする脂肪を抑える働きもある。美容によく、女性にも人気です、と板前さんの締めくくりの解説を聞きながら、さらさらとスープ茶漬けを流し込み、大振りの杯に3分の1ほど残った「小富士」をクイッ。
昨日のちょうど今頃は、高知城の近くにある屋台村「ひろめ市場」で、土佐の味覚を肴に杯を重ねていたものだ。酒や肴がなくなったら屋台へ出向き、炭火であぶったカツオのたたきや、一升瓶から直に注いでもらう「酔鯨」を豪快に追加。それが所変わって松山の夜は、飼育方法を吟味した伊予ポジョを料理によって使い分けた、地鶏料理の数々に舌鼓を打った。
その土地柄、そこの人柄は料理にも出るようで、繊細な料理に親切な店の方々と、松山人気質に浸りつつ、週末の大街道の夜はゆるりと更けていく。(2010年1月19日食記)
【参照サイト】
食の森くし秀 http://www.shokunomori.co.jp/
伊予ポジョの生い立ち http://iyopojo.com/01_oitachi.php