小笠原諸島は、行政区では東京都でありながら、南へはるか1100キロのかなたに点在する島々である。北から順に聟島列島、父島列島、母島列島、火山列島と続き、大小およそ30の島々からなる。気候は亜熱帯に属し、年間を通じて温暖なのが特徴。地図で見るとすぐ南にはサイパンやグアムが控え、日本列島というよりも太平洋の諸島といった立地である。
小笠原諸島の中心である父島へは、東京の竹芝桟橋から、「おがさわら丸」で所要25時間。午前10時に出航した船が、翌11時30分に父島の二見港へ入港するのだから、丸々一昼夜がかりの船旅だ。小笠原は空港のない離島のため、これが最速かつ唯一の交通手段である。
2011年の世界自然遺産登録に向け、次第に注目を浴び始めたこの島へ、11月の終わりに訪れることになった。ホエールウォッチングのシーズンは終わり、イルカを見るには周囲の海が荒れがちと、観光にはあまり向かない時期なのだが、かえって人が少なくのどかな、離島ならではの風情を楽しみたい。
離島ならではの美しい海岸風景があちこちに。左上から時計回りに境浦、小港海岸、長崎展望台、初寝浦
父島へ上陸したらさっそく、戦争の際の沈船が残る境浦、白砂のビーチの小港海岸、島を360度見渡す中央山展望台など、バイクで半日ぐるりと島をめぐってみた。夜は島ならではの名物料理を食べるべく、ひと風呂浴びたら夜の繁華街へと出かけた。繁華街といっても、二見港から延びるメインストリートの一本裏の「ボニン通り」という路地に、10軒ほどの飲食店がぽちぽち並ぶぐらいの、小ぢんまりしたものだ。
その中から、通りの中ほどに位置する『丸丈』という店を選んで、暖簾をくぐる。小ぢんまりしたカウンターに小上がり、奥には個室がいくつか並ぶ、庶民的な居酒屋といったたたずまいで、島でとれた新鮮素材を使った小笠原の郷土料理が自慢という。カウンターに落ち着いて、親父さんにビールを注文。肴にする島魚の刺身の魚は何か聞くと、マグロ、タコ、ソデイカ、カンパチとのことだった。
ボニン通りの中ほどにある丸丈。小ぢんまりした庶民的な居酒屋
まずはそれをお願いすると、どれも地魚らしく味がしっかり。タコは断面が500円玉ぐらい太く、シャキシャキに甘い。カンパチはぶつ切りで、脂がよくのってトロリ。イカはソデイカで、親父さんによると10~15キロ、大きいものだと20キロはある巨大イカだそう。食べごろでも12~13キロぐらいはあり、今が10キロほどの大きさでちょうど旬だという。親父さんが、釣れたときの写真を見せてもらったが、ぶら下げている人間の半身ほどの長さがあり、まるで魚雷のようにでかい。
ソデイカは、釣れて3日たっても動いているほど生命力が強く、身が固いため一般的には薄切りでいただく。この店はやや寝かせたため厚めに切ってあり、皮目が軽くあぶってある。口に入れるとねっちゃりした食感で、それほど固くはなく口の中でとろけていく。身の粘りも味の特徴で、冷凍して寝かせるとさっくりした歯ごたえになるそうだ。
小笠原は本土からはるか離れたところに位置するため、排他的経済水域の形成において、大変重要な役割を占めている。小笠原諸島だけで日本全体の26パーセント、伊豆諸島も合わせると実に45パーセントを占めているという。近海は強い潮流はなく、西へ向かって流れる黒潮の反流にのって、マグロ、カツオ、カジキといった回遊魚が近海にやってくる。
島で食べられるマグロはほとんどが、この近海の生鮮マグロというから実に贅沢だ。といっても、王様のホンマグロはまず見かけず、比較的手頃な価格のカジキ、メバチ、キハダ、ビンナガあたりが中心である。店で出しているのも、島で水揚げされたメバチマグロ。赤身だが身がトロリと甘く、しっとりと柔らかい。
マグロ類は、父島や母島から約15~20キロほどの沖合の、深さ1000メートルほどのところに生息しており、狙う漁法は「小笠原式深海縦縄漁」という延縄。長さが1~2キロの縄に、深さ600メートルほどの枝針をつけ、これらマグロ類を狙っているという。
また、小笠原の漁業は船団を組むことはなく、ほとんどが単船での操業で、網も行わず縄か一本釣りに限られる。親父さんに理由を聞くと、「南の海はサメがいるから網はだめだ」。刺し網も巻き網も、サメに漁獲と道具ともやられてしまうらしい。
島の近くの浅い海ではほか、中層部に生息するカンパチ、ヒラマサ、ハタ。水深50~100メートルの大陸棚には、ヒメダイ、ハマダイなどの底魚もおり、とれる魚種はなかなか幅広い。ハマダイはその姿からオナガダイとも呼ばれ、高級魚で漁獲金額はカジキ、マグロに次いで3位。これは底魚一本釣り漁で漁獲される。
沿岸部の魚では、シュノーケリングで見られる熱帯魚風のカラフルのも、大概は食べられるそうである。兄島付近の海中公園で見られる、黒と白のしましまのロクセンスズメダイは、「空揚げにするとビールのつまみにいいね」と親父さん。
島野菜の天ぷら。どれも瑞々しく大振りでうまい
親父さんのお勧めで、2品目にいただいたのは島野菜の天ぷら盛り合わせ。この日のタネは赤ピーマン、角ばったシカクマメ、太く長めでやや曲がったアマナガトウガラシ、茶色い葉っぱのハハタマ、白いパパイアなど。いずれも収穫量があまり多くなく、ほとんどが島内で消費されて本土には出回っていないという。
シカクマメはもともと小笠原の夏の野菜不足を解消するため、導入・育成された野菜で、6月から11月まで収穫される。大きなサヤエンドウのようで、ややぬるりとした食感。豆のパツパツした香ばしさがあり、青い生気があふれてくるよう。
赤ピーマンは瑞々しく、アマナガトウガラシは辛さはなくねっとりとほんのり甘い。ほか普通のアカトウガラシも出回っており、本土のよりやや小柄。硫黄島原産の種で、かなり刺激的な辛味があるという。ハハタマは俗に言う金時草で、粘りがあり青臭い葉っぱ。ゆがいておひたしにすると山菜の風味という。 珍しいのがパパイヤで、まだ青いのを揚げてある。沖縄や小笠原では果物でなく野菜扱いで、「待てないから青いうちに食べてしまう」とも。生っぽい芋のようでパキパキに固く、ほんのり甘みがある。
小笠原は絶海の孤島だけに、食文化は魚介系のものが中心のイメージだが、こうした島野菜が量は少ないが栽培されている。もともと火山やサンゴ礁系の地盤のため、土地がやせている上、亜熱帯の気候なので本土とは植生が異なるが、それゆえに本土にはないこれらオリジナルの野菜が、人気があるという。
左はアカバのあんかけ。右はアカバの味噌汁
小笠原の魚と野菜談義が盛り上がったところで、サービスに親父さんが出してくれた一品料理は、魚の空揚げのあんかけだ。たっぷりの白身魚で、軽く揚げた身がホクホクと香りがいい。旨みが揚げたことで、熱で引き出されている。 魚の正体はアカバという魚で、小笠原を代表するローカル魚。一般的にアカハタと呼ばれている魚で、水深5~10メートルから100メートルぐらいまでの根に生息するのを狙って、底魚一本釣り漁で漁獲される。赤い魚体の中型の魚で、白身の味の評判が高い。
地元では味噌汁の具として知られ、うろことえらを外してぶつ切りにした身に、玉ねぎを入れて仕上げる。締めの椀でいただくと、白身がプリプリ、クイクイと弾力があり、かなり淡白。旨みはほぼ感じられないが、瑞々しく高貴な味がする。アラの部分がうまく、背びれのゼラチンがトロリ、皮と縁側のとろみもうまい。
しゃれたムードのチャーリーブラウン。右は20時頃のボニン通り
アカバは最終日の夜に行ったレストラン『チャーリーブラウン』でも、アカバのソテーというメニューでいただいた。アメリカンスタイルの鉄板焼きレストランで、店内はウッディな内装。ピアノのジャズ生演奏もあり、離島の飲食店としてはずいぶんとしゃれた雰囲気だ。
こちらでも先に注文したのは、島野菜を使った一品料理。島オクラはシカクマメと並ぶ小笠原の代表的な島野菜のひとつで、普通のオクラの倍ぐらいの長さがあり、断面が丸型なのが特徴。食感は普通のオクラよりも柔らかく粘りがあり、軽く湯がいて食べられるほど柔らかい。 ここではさっとゆでたのを氷で冷やし、マヨネーズと島唐辛子を混ぜた味噌につけていただく。島オクラはうぶ毛がなく、角もない丸っこい姿。全体的に粘りがあり、箸でとるとすでに糸をひくほど。みずみずしく青臭く、さっぱりと元気が出る食感。水っぽさと唐辛子味噌のピリッとした辛みがちょうどいい。
もうひとつの島トマトは、夏が旬の普通のトマトと逆に、秋口から春先がシーズン。蜜のような甘みがあり、フルーツのような味わいがする。主に母島で栽培しており、これも名物島野菜のひとつだ。店でいただいたのは、シンプルなトマトスライス。食感は本土のトマトよりもやや固かったが、小笠原の海からとった天然塩でいただくと瑞々しく、確かにフルーツのような自然な甘さがあふれている。
上左から時計回りに、島オクラ、島トマト、マグロのソテー、地ダコのスモーク
この日の魚料理は、島で水揚げされたメバチマグロのレアステーキに続き、大振りの皿に30センチほどの大きなアカバが、尾頭付きで丸一匹のって運ばれてきた。かなりのボリュームで、トマトのソースに玉ネギ、揚げニンニク、青ネギがたっぷりのり、添えてある島レモンを絞っていただく。
白身はびっしりと厚くついているが、かなり弾力があり骨にぴったり張り付いている。身はグイグイ、ピチピチの生きのよさ、グイッ、ブツッと歯ごたえがよい。味は究極の淡白で、澄み切ったみずみずしさが舌に鮮烈。酸味があるソースに絡めても、白身がはじいて淡さを主張するほど。本土の魚にはない、強烈な生気を示す白身だ。
こうした島ならではの料理に合わせて、滞在中にずっと飲んでいた酒が、母島でつくっているラム酒。サトウキビ栽培が盛んだった小笠原で、糖蜜を発酵・蒸留してつくって島の人が飲んでいたのがルーツで、いわば農家が自宅用に密造していた「糖酎」がはじまりともいわれる。収穫期になると農家から甘い匂いが漂ってきていたのだとか。
糖蜜の搾りかすを材料にしており、糖度が高くよく発酵したため、アルコール度がかなり高い酒だった。返還後、これを後に島の名物にしようとしたのだが、サトウキビを材料とした焼酎は当時の酒造法の関係で認可されず、ならばラム酒にしようと小笠原ラム・リキュール株式会社が設立。小笠原の地酒としてのラム酒が誕生し、1992年より販売されるようになった。
小笠原の地酒といわれるこのラム、つまり比較的新しい酒なのである。サトウキビが材料だから、甘い酒かと思いきや、飲んでみると芋焼酎らしい糖分の臭みが強烈。グラス一杯をストレートで飲んだら、後で頭がガンガンくるほどだった。だが不思議と翌日に残らなかったのは、沖縄の泡盛もそうだが南の島の強い酒ならではの特徴なのだろうか。
島ラムはいわば小笠原の地酒。度数が高いのでガツンとくる
離島ならではの地魚料理はこれら刺身や焼き物のほか、島寿司やカメ料理など、独特の食文化に基づく料理もいくつかある。帰りの船が出港するまで、最短でも3日あるのが、小笠原の旅ならでは。季節はずれの島の旅には、小笠原の島魚料理三昧で楽しむことにしよう。(2009年11月26日食記)