ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん37…北海道・旭川 『旬香』の、うちわのような巨大な根ボッケ

2006年09月17日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 「旅で出会ったローカルごはん」の旭川の項で、ひと頃ブレイクして全国区となった、旭川ラーメンについて紹介しました。本にお姿を掲載している「青葉」ご主人の村山さんと、先代の親父さんとともに、熱々のラーメンをすすりながら、ラーメン談義で盛り上がったことが思い出されます。
 これと別の機会に旭川へ泊まった時、旭川から日本北限の稚内へ日帰りで往復してきたのですが、当時、急行でも片道何と4時間! 現地の滞在はたった2~3時間、しかも豪雪なのに、よくやったもんだ。往復8時間列車に乗ったおかげで、旭川に戻ってから雪の中を繁華街で2軒ほど飲み屋をはしごしたら、酔いが回ったこと。季節は真冬で雪の中、旭川は道内屈指の冷え込みとなる土地柄、酔いつぶれて路傍で寝込んだりしたら、凍死しかねませんでした(笑)。その一軒をここで紹介しましょうか。1軒目でかなりできあがっていたため、料理の写真をとっていないのはご愛敬。冬の旭川の厳しい寒さを、写真から感じ取ってください(とごまかして…)。 


 稚内のノシャップ岬で寄った寒流水族館には、北海道の近海に生息する魚を飼育展示している大水槽があり、おなじみのカレイやエイ、タコをはじめ、北海道ならではの魚である、珍しいイトウやソイなどが泳ぐ姿を観察できる仕組みになっていた。それらに混じって、地味な縞模様で何だかネズミのような顔をした魚が、いっぱいいるのが目に付いた。これがなんと、東京の大衆居酒屋で飲む際によくお世話になっているホッケ。開きにされて焼かれた酒の「肴」としてならおなじみだが、実際に「魚」の姿で泳いでいるのは初めて見たのだった。

 サケやタラだけでなく、ホッケも立派な北海道を代表する魚だったなあ、と思いつつ、稚内から乗車した急行「礼文」で黄昏時の旭川駅へすべりこめば勢い、焼きたてのホッケの開きを肴にして一杯、といきたくなる。駅前のホテルに荷物を置いたら、いざ、目指すは旭川随一の繁華街・三条六丁目。通称「さんろく街」だ。冷え込みが厳しく、すでに凍り付いた足元に注意しながら、夜の明かりがともりだして賑わいを見せる町の中を、ホッケを求めて歩き回る。すると、まだ真新しくきれいな白木の扉が目を引く、居酒屋らしいたたずまいの店に出くわした。紺の暖簾に白字で『旬香』と描かれた屋号にひかれて、ここを今宵の一軒目に決めることにした。旬の香りと聞いただけで、店から脂ののったホッケが焼けた匂いがまさに漂ってくるようだ。

 暖簾をくぐると店内は意外に狭く、カウンターに腰掛けると目の前のガラスケースの中に、この日仕入れた魚介が並んでいる。もちろんホッケの開きもあり、まずはこれを焼いてもらうことにした。すると「焼き上がるまで時間がかかるから、造りでもいかがですか」。ご主人に勧められるままに刺身盛合わせを頼んで、ビールを飲みながら待つことにした。ツブ、ハマチ、シメサバ、アンキモ、ホタテで合わせて1000円ちょっと。中でも、自家製のシメサバが酢がきつくなく、脂ののり具合がいい塩梅。ホッケの登場を待たずして、ついビールが進んでしまう。酔いにまかせて、つれづれにご主人と話したところ、この店はご主人夫婦と息子さん夫婦の4人でやっているという。「それまでは白老で趣味の釣りを楽しみながら、のんびり暮らしてたんだけどね」と話すご主人が、旭川で店を開くという息子を手伝うことにしたそうで、まさに家族経営の居酒屋なのである。

 釣りが趣味というぐらいだから、ご主人は魚についてかなり詳しそうな様子だ。そこで北海道のホッケについて聞くと、日本海側と太平洋側で生態がかなり異なっているという。日本海側のホッケは回遊するため、水深30メートルほどの浅い所に生息しているが、太平洋側のホッケは「根ボッケ」と呼ばれ、回遊せずに水深200~300メートルの深場でじっととどまっている。中には、30センチを越える大型になるものもいて、日本海側のホッケよりも脂がよくのっていておいしいとのことである。一般的には背開きにして、一夜干しにしてから焼くといいらしい。

「これが、その根ボッケですよ」と運ばれてきた開きは、まるでうちわのようにでっかく、1匹で軽く2、3人前はありそうだ。こいつぐらいの大物のホッケが、ご主人の竿にもかかっていたのだろうか。箸で身をほぐすと、皮に近いほど火が通っていてパリッと香ばしく、中骨側は脂が程良くしみ出ていてしっとりとしている。ホッケは、漁師にとっては卸値が安いのであまり儲けにならず、ちくわの材料にしてしまうことが多いそうだが、居酒屋派にとっては安い上に大きいから、庶民的で強い味方だ。さらにビールを追加してから半身をいただいた頃には、醤油をかけた大根おろしをホッケに添えてご飯が食べたくなってきた。結局、途中からは焼き魚定食に献立を変更することになり、大きなホッケをきれいさっぱり平らげた。

 小一時間で席を立つと21時が近い。店を出てビルの電光掲示の温度計を見ると、マイナス7度と表示されている。旭川はさすが、北海道の内陸部だけに、札幌よりも冬の冷え込みが一段ときついようだ。こんな夜には飲んだ締めくくりに、ラーメンをすするに限る。となれば、締めのラーメンは「旅で出会ったローカルごはん」32ページへと続く? (2月上旬食記)