ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん63…久留里 『須藤本家』の、名水を使った酒・天乃原

2006年09月13日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 房総半島の中程にある山間の城下町・久留里は、名水の町として知られる。町中のところどころには、上総掘りで掘った井戸がつくられ、湧水がこんこんと湧きだしている。湧水のある町には、水を生かした名水料理あり。井戸を持つ藤平酒造の前にある「安万支」で名水そばを頂くと、冬の短い日はもう傾いている。名水ゆかりのおみやげを買って、冬の日帰りローカル線の旅を締めくくるとするか。

 久留里駅方面へと向かい引き返して、駅前の和菓子屋「広本堂」で、小判形の最中「三万石もなか」をおみやげに買い込んだ。さらに、久留里の水の良さに惚れ込んだついでに地酒も買っていくことにして、店の人に近くに酒屋がないか尋ねてみると、それなら造り酒屋の「須藤本家」を訪ねるといい、と勧められる。久留里駅からは少し離れていて、最中をひとつかじりながら、駅からさっき歩いた古い町並みとは反対の方向へと向かって、さらに散策を続けることとなった。最中は薄皮で、中はあんがたっぷり入っている。ねっとりとした舌触りですがすがしい甘味があるが、あいにく久留里の水は使っていないとのこと。

 教えられたとおり、国道を15分ほど歩いたところに「須藤本家」はあった。ここは久留里の地酒「天乃原」の蔵元で、敷地内に湧く水を使って、古くからこの地で酒を仕込み続けている。久留里周辺にはこのように、仕込みに当地の伏流水を使った造り酒屋が集中しており、1軒ごとの規模は小さいながらも、軒数からすれば日本有数の酒蔵が集中する地区との声もある。国道に面した店先にも、仕込み水がこんこんと湧出しており、お酒を買ったついでに水を汲んでいく客もいる。中には、わざわざポリタンク持参で汲みにくるドライブ客もいるほどだ。

 杉玉が掲げられた入口をくぐって帳場へ入ると、本醸造から純米大吟醸まで「天乃原」がカウンターの上にずらりと並んでいた。「酒蔵が所有している井戸の中では、うちの井戸が日本でいちばん深いんじゃないかな」と店の人が話す通り、ここの井戸の深さは、何と500メートル。1日におよそ100トンという豊富な湧水量は、くせのない水の味とともに、酒造りにはこのうえない好条件という訳なのである。

 おすすめである、冷酒の「生吟」を2本買ったら、酒瓶とさっきの最中の包みを両手にぶら下げて久留里駅へと引き返して、ディーゼルカーに乗り込んでさっそく、冷酒を1本空けてみた。キリッとした辛口が特徴の「天乃原」だが、この「生吟」はほのかに甘みがあり、後口が爽やか、とても飲みやすい酒だ。黄昏の田園風景の中、のんびりと列車に揺られながら、瓶を何度も何度も傾ける。伝統の井戸掘りの技術で手に入れた優良な水は、そばによし、酒によしで、まさに久留里の町の宝。この水によって支えられる様々な城下町の味とともに、今後も守られていってほしいものだ。(1月中旬食記)