ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

味本・旅本ライブラリー9…『美味しんぼ』 雁屋哲作・花咲アキラ画

2005年10月19日 | 味本・旅本ライブラリー
※前回の投稿分を一部内容変更して、1回にまとめました。重複部分はご了承ください。

 「主(あるじ)を呼べっ!」「まったりとこくがある味わい」「こんなものは本物のうどんじゃない!」などの大仰な台詞に、聞き覚えがある人も多いのでは。新聞記者の山岡士郎と美食芸術家・海原雄山父子の繰り広げるグルメ対決は続くこと20年あまり、今や92巻の大河グルメマンガとなっております。

 ストーリーは概ね知られているでしょうから、海原雄山のモデルについて少し触れます。大正~昭和初期に活躍した実在の人物で、書家・陶芸家である北大路魯山人。マンガでは登場しないものの、雄山の師匠・唐山陶人翁の師匠と設定されています。形式にとらわれない自由奔放な作風で、個性的な作品を数多く残しているが、天才の強烈な個性ゆえの大胆な言動に敵も多く、芸術界では評価が極端に分かれるよう。大変な美食家でもあり料亭も経営していたのですが、その名がそのものズバリの「美食倶楽部」。のちに「星岡茶寮」という料亭も経営するのですが、マンガに出てくる「岡星」の元ネタという説も。

 ちなみに魯山人に関しては、平野雅章氏が編集した書物がいくつか出ています。自伝や作品についてのほか食にまつわる本もあり、文春文庫「魯山人味道」(←だったかな?確認しておきます)ではこんなエピソードが。フランスの有名な鴨料理の店で、店の看板である鴨料理を魯山人一行が持参のワサビ醤油で食べ、伝統のソースをコケにして高笑い。これは初期の「美味しんぼ」に掲載されている話の元ネタで、今の泰然自若とした大芸術家たるたたずまいの雄山からは想像できない暴挙! ちょっと脱線しましたが、こんな個性あふれる魯山人の食生活など氏関連の本もおいおい紹介しましょう。

 個人的には、「食育」や食文化の伝導などやや説教っぽい内容が多い最近よりも、純粋に料理対決がメインだった初期の頃のほうが面白かったように思えます。出てくる料理もセンセーショナルだったし(フランス空輸のフォアグラを茨城沖でとれたてのアンキモが凌駕する、とか)、キャラも山岡はずっこけ3枚目でなく気障な無頼漢、雄山は人徳あふれる大人物ではなく傲慢無礼な敵役と、まさに「料理劇画」といった独特の世界観でした。そんな訳で古書店などで買って読むなら、1巻から20巻前後あたりがおすすめです。

 いわば料理マンガのパイオニアといえるこの作品、現在数多いグルメマンガの様々なパターンが含まれているのが興味深い。うまいもの対決の「料理勝負」をはじめ、駆け出し料理人の成長過程を追う「料理人修行」、料理屋や食に関する商売の現場を描いた「業界事情」、食の安全性や食育など学習的な「食文化蘊蓄」、そして人間ドラマを食がとりもつ「料理人情物語」など多種多彩で、他のグルメマンガに似たようなストーリーが見られることも? 今後このコーナーでとりあげる料理マンガは、これらのパターン分けを元に紹介していきます。あくまで「なるほど」と読みごたえのある内容のマンガに絞り、あまりに現実離れしたのは御勘弁。食べるとうまさのあまり宇宙にとびだしてしまうようなヤツとかはちょっと…。

◎『美味しんぼ』 雁屋哲作・花咲アキラ画 小学館 定価530円