ブラックファイブ

あのDr.ブラックジャックの半分以下なので、ファイブとします。命燃え尽きるまで、経験と知識からブログをやろう。

白い巨塔 14

2004-12-31 18:16:02 | Weblog
 最終章“無念”、何故残念ではなく、無念としたのか? 残念では未練心が強調されるが、無念なら忘念の無いことも含まれそう。この違いでしょうね。今度から私も「無念」を選ぼう。
 このドラマをみて、特に裁判の場面などで、気づいたこと。
 彼らは視線を余り動かさない。俗な私達はついあちこちを忘れてはいけないと、キョロキョロと見回し、激しく視線を動かしてしまう。しかし、財前クンはまっすぐ前を見て、ユックリと話す。おもむろに振り返り見据えて言う、「私は間違ったことはしていない!」。他の役者もキョロキョロしたのは余りいなかったように記憶する、佃くんや柳原くんでさえも。
 田宮クンの時は“胃癌の告知”はなかったように思う。その後時代の流れから、財前クンには“肺癌”と病名をはっきり告知する。勿論、予後は言わない。進展形態から、肺癌、型は腺癌で原発は小さくても転移していることも多々あるタイプと推測する。
 折角だから、余興にタバコ(財前はヘビースモーカー)の話とイレッサ(内服抗ガン剤)の効果をちりばめたら、やっぱりやりすぎでまずいかな・・・この件は余談にしておこう。日本タバコ販売とアストラゼネカ(イレッサを売っている)がスポンサーについていたら良かった。
 教授選から医療過誤裁判、自分のガン死まで。
 医療過誤はけっこヤバイ、医師で危うい場面に出くわさなかった人なんて存在しないよ。
 どうして裁判になってしまうか、簡単には昨日のブログに書いて、佐々木のとうちゃんが言ったように“分かるように話す”これが一番大事です。これが十分なされていたら、カルテに書かれていることは二番目です。ついはしょってしまうのです。その分カルテに書いて補う。このサイクルをうまく回すと良いのですけど、近頃はややもすると訴えようという気の方が増えてきているのも本当でしょう。
 でも、患者側は知らないから訴えようと考えてしまう部分もあるでしょうね。

 年末で気がせいて十分な総括ができない。これは上述のはしょってしまうことに通じる部分ですね。
 反省(だけなら○○にもできる・・この言葉をすぐ思い出すこの一年でした)。
 来年はキョロキョロすることを減らし、ユックリ話そう。“無念”も使ってみよう。
 ・・・あいつもゆっくり見ながら歩くぞ。田宮クンと唐沢クンの違いは明日にしよう。
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白い巨塔 13

2004-12-30 23:14:46 | Weblog
 今日はアンコール白い巨塔の最終章をやっている。 見てる? 見てない? 私は見ながら書いてます。
 財前教授は裁判のもとになった患者“佐々木”氏にそっくりの患者を手術することになった。過去の幻影が向こうに見ながら手術をし、財前には考えられない不手際を見せる。誰にでも頭の中で混乱を生じることはあり得る。以前うまくいかなかったシチュエーション(状況)に似ている。『そうなってはいけないのだ』と左脳が言う、でも右脳はドンドンのめり込んでいく。このはい上がろうとしながら沈んでいくというジレンマ的な“強迫神経症”はいつでも起こりうる。一歩待つ、この待とうということを思い出せれだ泥沼から抜け出せるかもしれない。
 前にも書いたが、毎日のくり返しのラセン階段を登って行かねばならないのです。同じ所を回っているなら、それは堂々巡りそのものです。まあ、このラセン階段が進歩というものでしょう。
 ラセン階段を下りていったらなんてことは、考えるもさみしいいことですね。

 財前は咳をする。里見は言う。「よくない咳だ。顔色が悪かったぞ。体調管理はしているのか?」
 財前クンは裁判に負けて倒れる。この時、里見クンは胸を叩いて言った。「気胸が起こっているのだ。救急車を呼べ」。胸を叩くだけで診断、この瞬間は名医の極みだ。でも、本当に叩いただけで分かるの、しかも服の上からで、と突っ込みたくなった。打診とは、超音波診断に対するゴッドハンドの別称です。
 胸の中の空気の程度で響きが異なる。肺には空気が多く、その上から叩くとよく響く。例えば中身の詰まっている太股を叩いたのと比べてみると分かる。気胸は肺がしぼんで空気が胸の中に満ちてしまう。元々肺は空気が多く入っており、この響きの差をあの場面で分かるのかいなっというのが妥当だろうだけれど、里見クンはそれなりに名医でなければならないしね。
 東先生が開胸して「播種だ。胸膜全体に広がっている」と言って絶句。これは辛い決め場面だったね。
                   23:13 

 教訓! 途中佐々木氏の息子が言ってましたね。「オヤジが生きていたら『分かるように言え』と怒鳴るよ」。この一般普通の人に分かるように話すこと、これが一番でしょうね。全てにおいても。
 明日は年末でもあるし、このドラマの総括について語ろう。
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白い巨塔 12

2004-12-29 18:41:22 | Weblog
 カルテ、これはアヤシイ書き物です。唐沢クンの時、裁判前にカルテを照合し、修正インクを上塗りして消す・・・こんな馬鹿なことはやらないよ。この場面は、アドバイザーがきちんと教えてあげればよいのに。そのページごと、受持医が新たに書き変えるのに決まっているではありませんか。それ位をして裁判で争わないと、真実味に欠けます。
 アヤシイとは、カルテは患者さんの観察日記(これは看護記録が該当する)でもなく、診療記録ではあるけど、書き込み者(担当医)しかわからないのです。第三者は一見して中身が理解出来ないのです。理解する為には、最初のページから順を追って読み込んでいかねばならないのです。そこに、別のレントゲンや検査結果を付加して、やっと担当医の考え、診療形態に追いつけるのです。途中のある一日を見てもよく分からないのです。更に、手書きカルテでは、大概の医者の字はへたくそで読みがたく、読む気がしなくなってくるものが多いのです(勿論、合格点のカルテも多数ありますけどね)。
 カルテ開示は平気ですけど、字が汚くて読めないのがばれる、それをいちいち解説するのはかったるい。中身をはしょっているのも知られてしまう。入院日から退院日までが、たった一頁、書いてあるのは合わせて数行なんてのもあります。
 この場合は、入院要約(入院から退院までの治療経過をまとめたもの)が最後の頼りです。
 これも機械的に処理されると、もう患者さんと担当医の記憶にしか本質は残りません。
 この隙間に看護記録が出てくるのです。財前裁判でもカルテに無いところを。看護記録から攻め込まれていましたね・・・看護師(数年前から師と呼び名が代わったのです)さんににらまれないように。
 要領よく書くことは、文書の基本ですけど、中身がいくら良くても読めなくては何にもなりませんね、零点です。読めることが一番、中身は二番です。
 将来、電子カルテになって、キーボード入力になると字は読みやすくなりますから、みんな努力しなければならなくなります。中身のある事を書くようにしようと。

 未明に電話がかかってきました。昨日まで書いていた超高齢者の方が急にお亡くなりになってしまったのです。折角、年末年始に外泊をと考えていたのですけど無理でした。私が急きすぎた? 合掌。
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白い巨塔 11

2004-12-28 23:20:08 | Weblog
 はじめに昨日のミステークをお詫びします。
  ① 昨日は、10 だった。
  ② パソコンがやや不調で文末の展開がしまらなくなってしまい失礼しました。

 患者さんは、相手が卒後1年目の研修医でも、数年のペーペーでも一人前の医師として接してきます。
 柳原クンの様なぼくとつとした医師だと、ちょっと鈍くさく歯切れが悪いけど、『この人は悪い人ではない』という印象を与える。
 財前クンなら卒後1年目はどんな診療姿勢だったのかを想像してみたいものだ。
 優秀だろうから、言葉の端々に『そうか、・・。ウン』と言わせそうな感をにおわせただろうね。
 でも、質問し難い雰囲気も漂わせただろうね。『君は私の診断が違うとでも言うのかね』とでも言い返されそうだ。そのまま、前をむいて突っ走っていく。こんな姿が想像できそう。
 良いときは、自信に満ちた言動が患者に安心感、頼りがいを感じさせるでしょうね。
 東クンならどんなだろうか。帝国大卒、将来の教授候補の秀才医師、言葉多く理屈で診断を説明し、患者は何を言われているのか難しくて理解できない。何を質問したらいいのかすら分からなくなってしまい、『この偉い先生が、こう言っているのだからきっとそうだろう』と自らを納得させてしまうのでしょうか。
 それならと患者さんの言葉を引き出すような姿勢はいいけど、なかなか本質に迫らずに時間のロスが多くなる。この話の展開を核心へ誘導することができたらOKでしょう。
 まあ、東クンや財前クンは少しの言葉から、その奥までを一気に洞察してしまったのでしょう。
 柳原クンは、一杯話を聞きそうだから、カルテに書くのが追いつかず、他の人がカルテを見ても結論が分かりにくくなってしまっているでしょう。

 実は昨日は病院の忘年会だったのです。大学では医局の忘年会は体育会系の部分もあるのです。幹事が「君たち、何か出し物を考えておくように」と命令を下すのです。拒否禁止です。それでも内科系はまだおとなしい方で、外科系はもっとヤバイのです。現在、教授の椅子に坐しているお偉方も何かやってきているのです。この同罪感が連帯感を生み、教室を一体化させるひとつでもあるのでしょう。
 まあ現在はかなり民主化されてきていますけど。財前君はどんな余興をやってくれたのでしょうかな?
 話が斜めになってしまいましたが、明日はこのカルテについて語ろう。
 そう、私の受け持っている超高齢者も正月は何とか外泊出来そうです。
 
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白い巨塔 9

2004-12-27 23:38:27 | Weblog
 その続き、接待に負けそう、これが一番。普通の人は接待を受けたら義理を感じる。そして、思うつぼにはまる。それなら、始めから接待を受けなければいい。その通りだけど、一人変人風に取られるのも難しいし、このジレンマ。まあ、精々挨拶程度までと自分を戒める。これしかない。決して深みに入り込まない。
 入り込むときは覚悟するしかない。
 財前クンの様に、ドイツでのスケジュールを決めてもらい、飲食まで面倒を見てもらう。これは古き良き時代の悪しき因習です。義理を返さずにはいられない。財前クンしかり。私達はもっと弱いのです。
 懺悔すると、卒業後初めての学会は出発地までの往復の交通費以外は全て接待だった。
 こんなものかと思ってしまうのが、泥沼の入口です。気をつけるべし。
 こんな事を繰り返していると実力もないのに、あるように錯覚してしまう。
 すると、浪速大学第一外科の医局長の様に、医局外交ばかりに目を奪われてしまう事になる。
 学会や勉強会に行くと、製薬会社の担当が案内をする。そして、相手持ちの昼食、夕食。
 接待されて悪い気がしない、ココが泥沼の第一歩です。
 実力も伴わないで、接待された医師。

  イメ-ジわかるよね.
Today, itsb story is ennd.



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白い巨塔 9

2004-12-26 22:19:43 | Weblog
 180度の転回、わかりやすく言えば、医師免許を取るまでは座る椅子は患者の椅子。免許取得後は医師の椅子で患者と相対する。相対する位置は180度といった感じが全てを物語る。
 学生の頃は医局の前のスーツ姿の方達はと思って見ていたのが、今度は向こうから名刺を持って寄って来て、腰も低く「先生、今後とも宜しくお願い致します」と言う。よく見ると向こうはずっと年上です。
 彼らとは製薬会社の宣伝販売員のことです。全くのペーペーが免許証一枚で持ち上げられる。
 ずっと年上の患者さん、社長の様な貫禄の方達からも「先生、いかがでしょうか」と言われる。
   先生=①先に生まれた人 ②学徳のすぐれた人、自分が師事する人 ③学校の教師           ④医師・弁護士など、指導的立場にある人に対する敬称 ⑤他人を、親しみまたはからかって呼ぶ称〔広辞苑〕
 まあ、この先生という言葉のイメージがうんと浮上しすぎてまずいことがあるのでしょうね。
  ④にあるけどホントに指導的なのかな、他の分野でも指導的な立場は余るほどあるけど。
  ③と④は昔からの習慣的慣用句のようなものかな。
 今まで、人を指導し、教えると言うことを学習しないまま、先生と言われてしまう不安定さが危うい。
 東教授のような純培養の人は、そのまま持ち上げられて、そんなものと染み込んで身に付いてしまう。
 財前クンの様な苦学生で野心家は、のし上がろうとする手段の一つにしてしまう。
 ④の如く、他の職種で試験の合格だけで、180度向こう側に行けるものは余りない。
 試験合格後、練度が上がって初めて180度向こう側に行けるのだけれど、それまではまだまだ手前、即ちこっち側に近いのが当たり前だよ。でも、大概が180度近く向こう側に行ってしまうけど。
 言わんとすることは、分かるでしょうけど、練度が上がる前に思いが上がってしまいがちなのです。 
 
 今日は午前中に病院に行きました。先週後半に回復の兆しを見せた超高齢者さんが、またやや不調。超高齢者になると、もう明日のことは予測できません。「それでは又明日」と言って挨拶しても、翌朝には挨拶できなくなっているってことは度々あり得ます。家族は「昨日帰る時はあんなに元気だったのに」とご不満ですが、『天命です』と喉まで出かかっているけど、さすがに言えませんね。明朝回復を期待!
 明日はこの続きを語ろう。
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白い巨塔 8

2004-12-25 23:28:16 | Weblog
 いいクリスマスイブでしたか?
 さあ、研修医の諸君!君たちは僕らの頃に比べてレールが引かれており、恵まれているよ。先輩からのおこぼれは無くなったけど。(おこぼれ・・・目先の甘い汁など)
 浪速大学では、入局間もない薄給の下級医局員が入院患者を担当していましたね。今年の4月から研修制度が変わり、今までかなり大多数の医学部卒業生が研修医として大学にいたが、今春からはかなり多数が大学外の病院で卒後研修を行うように変わったのです。昨年までは卒後1年目の医師が数名の入院患者を受持ち、上級医の指導の下に患者診療をする。これを積み重ねて実力を上げ、自分の進むべき方面を決めていくのでした。上級医が多忙だったらどうなる?柳原医局員は財前教授の言った抗生物質治療を教授の意見だからと延々とやる。途中の疑問も評価もせずに。或いは、上級医にも相談できずに、全て自分の判断でやる。そのとき大学病院の診療レベルはその研修医のレベルになってしまいます。上級医間の意見が異なる。どっちを選択すればいいのか?上級医はたまにしか患者をみてないかもしれない。この危険性!
 柳原医局員の様に『断層撮影をしては』と教授に向かって言う、しかも教授回診時に言うなんてことはタブーです。これは逆鱗に触れる行為です。はっきりいうと、この行為に関して柳原君はアホです。
 こうかなと考えたら、他の時に相談するのです。別の見方をすれば柳原君の行為はスタンドプレーです。 一緒に診てくれる上級医がいたらこんな結果にはならなかったでしょうけどね。
 私も研修医の頃は、回診時突っ込まれないかといつも緊張していました(まだ、十分きまじめだったころのことです)。上級医も突然、教授回診の時にやって来て、いかにも一緒に診療をしているという振りをするのです(いいすぎかな)。
 でも、ある時教授は入院患者を週に一回しか診てないのにホントに患者のことが分かっているのだろうかと思いました。これは先輩にも尋ねることは出来ませんでしたけど。それからは、回診は半分は儀式と思うような感じがして来ました(まずいかな?)。
 でも、教授が研修医の診療に口をはさんでくれるのは、君を忘れてはいないと言う面から楽しいものでもあります。
 卒業して医師免許を取った途端、患者診療は殆ど素人でも回りから『せんせい、先生』といわれはじめるのです。この180度の転回が医者のはじまり。
 明日はこの180度について話そう。

 昨日のイブの余波で私の頭も駄文駄文になりそう。私的な続きですが昨日はブログを休んでディナーショーに行ったのです。携帯を持っていきましたが病院からの連絡はありませんでした。 
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白い巨塔 7

2004-12-23 23:32:47 | Weblog
 浪速大学第一外科東教授、見た目の通り東都大学出身の純培養、日の当たる坂道を順調に上ってきた方です。最後に出身校の教授には成れなかったけど。でも、西の国立浪速大学教授と言えばやはり日当たり抜群の場所です。学問第一の教授の典型です。こんな人は自分の手を汚したことは殆ど無いでしょう。裏仕事はみんな回りがやってくれて、まずい部分を見せず、また知らないのでしょう。
 財前クンは苦学生、この苦労が東教授にはない営業の才を身につけさせたのでしょう。自分にない営業の才を助教授に見せられては東さんもたまらないでしょうね。更に手術の切れ味も鋭いとなったら立場無いよね。まあ、ドラマだけど。
 実際には、教授選の所で書いたように、学問だけでは余程でないと難しい。
 営業が主で教授になれることもあるしね。
 極端に言うと、教授には学問教授と営業教授に2種がある。実際はその人個人のそれぞれの比率が違うってことだけど。
 でも、もう教授っていうのは営業部長でもあることを認識しなければならない時代だと思うよ。
 例えば、必要ならだれにでも頭を下げてみんなの仕事をやりやすくするというように。
 未だに認識のない方もあちこちにいますけどね。
 東さんは前時代の教授、財前クンは現代にも通用しそうな教授の感じ、ただ、傲慢さに足すくわれて命取りになるけど。敵を作りすぎる。
 教授の姿勢は医局のカンファランスや医局会議を見ればすぐ分かるよ。
 教授というの言葉を“社長”や“部長”に置き換えてみると面白いかな。

 今日は病院から電話もなく久しぶりにボーッとしたかったけど、他の勉強会などのノルマに追われてブログは夜になってしまった。明日は東京に行くのでオヤスミします。
 明後日は医学生の次、研修医について語ろう。 良き X’mas eve が来ますように。
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白い巨塔 6

2004-12-22 21:59:59 | Weblog
 医学生、もはや懐かしいの響きだ。授業で話してくれる教授の教えは、全て最新の医学の真実の固まりと信じていた事もあった。でも、全ての基礎・臨床の教授を知ると幻想はすぐに崩れてしまった。一言で言うと「お前、教える気ー、あんのか」という奴もいたからです。
 浪速大学財前助教授の様な授業をしたら、入局希望者は殺到するよ。私なんかこの教室だけは絶対行かないと秘かに誓ったところがあったりしたもんだ。その教室を回ったときなど、その気持ちがばれないかとヒヤヒヤしたこともあった。知らん顔して意識を秘めてしまうのです。
 外科では財前クンのような手術を見せると、学生は目を見張らせるよ。『スゴイ!』っと。
 内科系でも、手術のような見せ物は無いけど、学生に目を向かせることは出来る。それは患者診療に対する真摯な姿勢が一番。難しい事を学生にも患者にもわかりやすい言葉で理解できるように説明する。こんな基本的あたりまえのことです。
 外科をまわった時のこと、講師の医師が手術中に「お前らはこんな事するなよ」と言いながら悪い見本を見せる。「なんだこいつは」と思ったけど、口では「ハイ!」と言った。この口心矛盾。喉の奥の下の胃袋辺りまでだったね。『するなと言って、するのは何故ですか』との質問が出かかったのは。
 要するに、医学生はまだまだ素直なんです。彼らへの教育は凄く大事、先輩の義務です。
 財前クンは教育には熱心に見えたよ。自分が凄く勉強したことは彼の礎の一部になっているから。ここは十分に学ぶべきところだ。階段教室の学生達の釘付けの視線、ここまでいけたら最高、まあ、ドラマだけど。

 先日の意識不明の救急患者が覚醒し、今日は車いすにまでのることが出来た。私の直感では某医療機関が超ジイサンに薬を飲ませすぎたのだと推察する。でもこの話はご家族にはとても出来ない。
 明日は教授についてもう一度語らせてくれ。
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白い巨塔 5

2004-12-21 21:10:33 | Weblog
 つい新任教授の欠点を書いてしまっが全てではない。骨を埋めるつもりで植民地へ赴任してくる人もいる。植民地の住民もその辺りは肌で感じる。すると、5年後、10年後には教室の雰囲気が変わってくる。現地人を育てようとする意気込みは確実に伝わってくる。その教室は幸いだった。
 でも、植民地で名をあげて、帝国に凱旋帰国(帝国教授になること)を考える方もいる。
 途中で変心されるとかなりがっかり、でも、その方の人生だからと割り切るしかない。当たり前だが、変心後の教室の雰囲気はぐっと冷えてきている。
 昨日は外科の事を書いたが、内科についても書こう。新任教授が赴任して、助教授を母校(帝国)から連れてくることもあるのです。こうなると、現地人の上は講師(No.3)以下止まりです。「こんなのあり!」って感じ、植民地に反乱が出来るなら反乱を起こしたいよ。No.1にもNo.2にも反論し難い状態になってしまう。教授が決まると大学の他教室からの援助はまったくなくなり、助勢も無し。ひどい場合は、教授の定年までの年数を計算して、自分の行動、身の振り方を考えねばならなくなる。
 助教授と年の近い人々は言動に人一倍気を遣わねばならないのです。この閉塞感、きっとたまらないよ。
何とも、何も言えなくて。
 まあ、教授は中小企業のオーナー社長の様な者です。

 今日、母校の学生が病院見学に来ていた。5年生、さすが若いね。これくらい年が違うとみんなかわいく感じるよ。自分にもあの頃はあったのだろうね。彼らの様に可愛く思われていたのかな?思い返せばどうも疑問だ ??
 明日は医学生のことを書こう。
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