岩清水日記

「こうして綴ることで想いは深く掘り下げられ、岩清水が湧くように新たな命脈が保たれて、みずからを励ます」平松洋子 

『破天ーインド仏教徒の頂点に立つ男』山際素男著 

2017年06月25日 | 

 

破天 (光文社新書)
山際素男
光文社

この本は、佐々井秀嶺師の写真展が岡山市で開かれた折に購入されていただいたものです。その後、佐々井師のお話をお聞きする機会もありました。

新書本で600ページ! それも上下2段組です。

購入したのはいいのですが、読めるだろうかと思ってしまいました。

この本を薦めていただいたのが懇意にさせていただいている若い僧侶の方です。

佐々井師を支援されておりインドにも度々行かれています。

『破天』を250ページまで読みました。

日本での修行時代を経てインドに渡りインド仏教再興を始めた1970年頃を読んでいます。

話があまりにすごいので、ついていけない部分もあります。

しかし、なんとも魅力的な方です。

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美作の国 津山は城で持つ。

2017年06月25日 | 岡山

思い立って津山(岡山県)に行きました。

岡山駅からJRの快速で1時間余りです。

快速なら速い。初めて乗りました。

津山線の踏切はいつも通っているのにね。

その昔、京都から岡山の実家に帰省するときは、中国自動車道を使っていました。

津山のインターで降りて津山の街を通って53号線で岡山に戻っていたことを思い出します。

津山の街といえば、お城です。

天守閣や櫓などはすべて明治期に取り壊されていましたが、残った石垣のすばらしさにはいつも圧倒されていました。

今年は築城400年ということだから築城されたのは1600年代の初めということになります。

戦国時代に蓄積された築城技術は熊本城に見られたように津山城でも完成されていたように思えます。

もちろん、大砲がなければの話。大阪城のように攻められれば防ぎようがない。

初代城主は、森蘭丸の弟、森忠政

戦国の世を乗り切った人物でした。

津山駅前が変わってしまっていた。

駅前はバス乗り場中心です。

天満屋のビルが驚くほど目立っている。

この商店街は昔からありました。

天満屋の1階エントランス。珍しいカーブのエスカレーター。

武家屋敷跡です。門のみ残っています。

お城に向かいます。

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1週間、ブログを書かなかったですね。

2017年06月23日 | 国会と政治

前回の更新は16日なので1週間はブログを更新していません。

国会は18日に閉会したのですが実質16日でした。

それから1週間です。

可計問題ではその後文科省の新文章が共有フォルダにあることが明らかになった。

官房副長官がいろいろ指示をしていることが書かれている。当然、内閣府は否定した。

しかし、状況を考えてみれば信憑性の高い文章とほとんどの人は思うでしょう。

残念ながら、政府中枢にいる人々は平気でウソを言う。

ウソも方便というレベルではない。

政治家の品位も著しく低下させている。

共謀罪可決後、今週に目先を変えて憲法改悪論議。

内閣支持率急落も少し時間がたてば回復すると思っている。

確かに今まではそうなっていました。

が、策に溺れた政権を助ける国民がそういるとは思えないのだけれど。

しっかりしよう、日本人。

 

本日(6月23日)4時過ぎ、前川前文科省事務次官に記者会見があるそうです。

注目しましょう。

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安倍政権が崩壊する過程を見ている。

2017年06月16日 | 国会と政治

今週は「共謀罪」が参議院で可決。

加計学園関係文書の文科省公開、そして16日は内閣府の文書公開と急転直下の進展があった。

「共謀罪」参院可決後の発表という姑息さに加え、公開された文章は内閣府からの圧力が

あったことを明らかにした。

文科省がこの文章を公開したことは、「白状」(在ったことを認めた)したということ。

これ以上なにもありません。再々調査は勘弁してほしいと。

これは文科省の反乱にはあたらない。国民の声に従ったというそれだけのこと。

そのことでさえどれだけ大変なことか。

本日で実質的に国会審議は終了となる。

国会閉会、ゴングに救われたいという安倍政権だが、もう国民もマスコミも追及を緩めはしない。

政治家も官僚も官邸から距離をおき始めている。

人心が離れるとはこのことだ。

顎る平家は久しからずや。

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矢田丘陵 法隆寺から松尾寺ー矢田寺ー東明寺ー霊山寺を歩く

2017年06月12日 | Y21山の会と、ハイキング

この里山歩きは2004年に一度歩いていると山の仲間の言葉です。

上の写真は法隆寺の南大門前です。1438年再建、国宝です。

奥の中門(国宝)は改修中でした。

法隆寺は土塀に囲まれています。なかなか見ることのできない景色です。

たんぼと紫陽花

↓北側から法隆寺を望む。五重塔と金堂ですね。

大和松尾寺です。日本最古の厄除け寺だそうです。

↑石仏による立体曼荼羅でしょうか。

↓奈良盆地が一望です。中央奥が三輪山。山全体が御神体。そうめんが有名です。

次は矢田寺です。紫陽花が見事です。

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加計学園グループ 地元岡山から

2017年06月10日 | 岡山

加計学園って、なんだ。

今や全国区となったこの学園グループについて地元岡山から書いてみたいと思います。

今、マスメディアに登場している加計孝太郎氏は、学校法人加計学園の理事長です。

実は加計学園グループはもっと大きな組織です。

学校法人順正学園は孝太郎氏の姉の加計美也子氏が運営しています。

高梁学園という名もよく聞くのですが、これが現在の順正学園です。

岡山県高梁市にかつて順正女学校という中四国で最も古い女学校のひとつがありました。

順正学園はその名を継いています。

実はこの加計学園グループについてはあまりに広がりすぎて、地元にいるものでも理解できていません。

知っている範囲で書くしかないので、岡山理科大学についてです。

岡山理科大学は、年表によれば昭和39年に設立開校しています。

それまで岡山には岡山大学とノートルダム清心女子大学しかありませんでした。

3つ目の大学になります。翌年岡山商科大学が開校しています。

岡山市の北側にある半田山の周辺に大学が集まっています。

岡山理科大学は半田山の中腹にあります。

その岡山理科大学は私が岡山から離れているうちにどんでもないスケールのグループになっていました。

WIKIを読んでも学校が多すぎてなかなか理解が及びません。

岡山理科大学と半田山は山陽新幹線の車窓からよく見えます。最近も増築しています。

この半田山は岡山大学の管理となっており開発はできませんが、

住宅が建てられる山麓からでも岡山平野の景観が素晴らしいところです。

私はこの半田山の山麓を、勝手に半田山ビバリーヒルズと呼んでいます。

その命名は福武氏(ベネッセ)や加計氏の邸宅があることに由来します。

 

加計学園の創始者は加計勉氏です。孝太郎氏や美也子氏の父です。

本人は教育者ではなく教育事業者と名乗っていたそうです。

孝太郎氏はご自身を何者と考えているのでしょうね。

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『コッカイオンドク』6月11日に全国でいっせい発表!

2017年06月09日 | 国会と政治

共謀罪法案が参議院で審議されています。

この国会審議のまず問題点は、法案提出者である法務大臣がこの法案を理解できていないことです。

同様にほとんどの国民は理解できていないでしょう。私自身もです。

参考サイト:共謀罪って...なんだ

では実務で法案作成をした事務方はどうなのでしょうか。

歴史的な考察ができているのでしょうか。

とてもそのように思えません。(歴史の悪用知う意味で考察したかもしれませんが)

コッカイオンドク』は、「金沢の主婦※」小原美由紀さんが提案しました。※ご本人の言葉です。

小原さんはかねてからFB上で国会中継の書き起こしをされています。

国会の質疑応答はネットでも見ることができるのですが、見ている人はごく少数と思います。

私たちはテレビのダイジェスト報道しか知りません。

それに風穴をあけたのが、小原さんの書き起こしです。

見ることだけでも時間がかかる国会の質疑応答を書き起こすという大変な作業の成果を「コッカイオンドク」というカタチで

みんなで読んでみようという提案です。

それがネットで広がり、「コッカイオンドク」を実行した人々の映像がyoutubeにアップされてきました。

ではいつからこの活動が始まったのか。

以下は小原さんのFBからの転載です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

5月20日

国会書き起こしを「音読する!」と決めて一週間。

東京のみなさんにもリアルに紙で、届いた(*^_^*)!
一部始終を見てきてくれたみなさん、ぜひ読んでね。

今朝の東京新聞「こちら特報部」です♬

そしてこの土日、全国各地で「音読」しちゃってください!
台本は、こちら▽
https://aocl.jimdo.com/国会審議書き起こし/

声に出して読めば・・・迷言・珍言 次から次へ

笑えない「共謀罪」審議

演じた市民「法相、国民を愚弄している」

まだなんにも、終わってなんかないし。
国会でどんなやりとりがされているかも
共謀罪(テロ等準備罪)も、

知らない人が多いんだもん、伸びしろだらけだし!

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ということは5月13日か14日にご本人が発心し実際に友人と「コッカイオンドク」をはじめられたということです。

そのことはすぐに地方紙に掲載され、ネットで拡散されたいきました。

まだ1か月も経っていません。

実は「金沢の主婦」さんは、広報活動にとても詳しく、ネット活用能力も半端ではありません。

新しいタイプの社会活動家だと思っています。

6月11日、全国一斉「コッカイオンドク」日です。

いったいどのようなことになるか。

期待してください。

仲間がいなかったら、一人オンドクをやってみませんか。 成果をネットにアップしましょう。

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「佐々井秀嶺写真展」禁酒会館に本日も行ってまいりました。

2017年06月08日 | 岡山

会場は岡山市禁酒会館2階3階ギャラリーです。

今日は禁酒会館の紹介です。

この建物は、大正12年の建てられ岡山大空襲にも耐え現在も現役です。

市内唯一の木造3階建ての建築物だそうです。

管理人の方に、建築当時のことをお聞きしました。

大正年間は米国では禁酒法の時代であり、欧州でも禁酒令が発令された国があったそうです。

日本でも救世軍が禁酒運動を進めていました。

岡山では禁酒会館の建設を進めて無事完成したのですが、ただ全国には広がらなく岡山のみの建設になったそうです。

もちろん、民間の人々の努力のみです。

3階は断酒活動を進める人々の宿泊所になっていました。

すべて建設当時のままです。

6月12日までです。

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長泉寺・寺子屋文化講座『俊乗房重源と岡山地域』 久野修義先生

2017年06月07日 | 岡山

長泉寺は岡山市北区南方にあるお寺です。

実家から自転車で10分程度で行くことができます。

このお寺に参るようになったのは東日本大震災直後からです。

東北に送る文房具の包装作業に行きました。本堂の中まで文房具が並べられていました。

若い住職さんが率先された活動をされています。

その内容はホームページをご覧ください。

6月6日は、文化講座の聴講に参りました。

久野修義先生は岡山大学の名誉教授です。このお寺と岡山大学はそれこそ自転車で10分足らずです。

先生は日本の中世史が専門であり、この夜は日ごろはほとんど聞くことができない平安末期から鎌倉の始めの世情や

東大寺再建に尽くした重源の活動についてお聞きしました。

確かに高校では重源が東大寺再興を果たしたことは学びます。

しかし、どのような時代背景でどのような思いを抱いて行動したかは知る由もありませんでした。

南都・東大寺が焼失したのは1180年です。このとき重源は還暦です。

その年に東大寺造営勧進の宣旨が発せられた。

これから23年後に東大寺供養が執り行われました。

3年後に重源が没します。

ですから定年後のほとんどすべての歳月を勧進に費やしたのです。

ときあたかも源平の争乱、飢饉は毎年のごとく、京都では直下型大地震も発生します。

国中が惨憺たる有様だったのですが、その間に莫大な資金が必要になる大仏造営を始めていたのです。

なぜか、久野先生は仏国土を造り安心立国を目指したのではないかと。

例えば、平泉のように。

大変興味深いお話です。

重源は東大寺以外にも、各地でいわゆる公共事業を行っています。

道も整えています。もちろんお寺や仏像は数えきれないほど建立や修復をしています。

当時、志度第一と言われたそうです。志度とは、準備や仕切りのことですから、計画を立て実行する力量が並外れていたのでしょう。

このようなお話を聞くと本当にすっきりします。

ありがとうございました。

 

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『仏陀を背負いて天竺へー佐々井秀嶺写真展』 山本宗補撮影 岡山で開催中です。

2017年06月06日 | 世界のなかま

2017年6月6日~12日 岡山市禁酒会館2階3階ギャラリーにて

佐々井秀嶺師については、2008年に発刊された『破天ーインド仏教徒の頂点に立つ日本人』山際基男著で詳しく書かれています。

カバーの扉で佐々井秀嶺師についての紹介があります。引用させていただきます。

約40年間、一度も日本に帰国せず、灼熱の大地・インドで不可触賎民解放と仏教復興運動に命を捧げる僧侶がいる。今日佐々井は全インドに散らばる仏教徒のみならず、その名を全インドに広く知られ、”不可触賎民解放の父・アンベートカル”の遺志を継ぐ大指導者として、ラジウ・ガンディー以降、歴代大統領、首相たちで知らぬ者のいない”荒法師”である。

圧倒される写真です。インドの大地と仏教徒という日本とは全く異なるスケール感です。

山本宗補さんの写真が素晴らしい。

今回は会場で販売されていた大判『戦後はまだ… 刻まれた加害と被害の記憶』彩流社刊を買わせていただきました。

70人の戦争体験者の証言と写真です。大正から昭和一桁の方々の貴重な証言集です。

広島でも講演がありますよ。

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『どうする!原発のゴミ・全国交流会」が岡山で開かれました。

2017年06月05日 | 原子力発電

2017年6月3日~4日 岡山・労働福祉事情会館

自宅の近くで開催されるのではせ参じました。

全国(20都道府県以上)から参加されていました。

情報はフェイスブックから得ました。

一人で活動することが多い私にはFBの友人からの情報が頼りです。

「原発のゴミ」 高レベル放射性廃棄物の最終処分についての交流会です。

基調講演は、

1.末田一秀さん(核のごみキャンペーン関西)「10年後で漏れ出す放射能」

2.伴英幸さん(原子力資料情報室)「敵地提示の意味するもの」

北海道、青森、岡山、鹿児島、佐賀から報告がありました。

高レベル放射性廃棄物については、よくトイレのないマンションに例えられます。

トイレのないマンションというのはありえない話です。

(例外的には、阪神淡路大震災時の高層マンションでそのような事態に陥りました。停電となり1階から階段を使ってバケツで水を運んだと聞きました。)

しかし、原発にはトイレすなわち廃棄物の最終処分方法がありません。

世界中でなんとかしなければならないと試みは行われていますが、どちらにしてもうまく成功したとわかるのは遠い未来の話ですが、

失敗したとわかるのは10年後かもしれません。

恐ろしい話です。

末田一秀さんの基調講演では「10年後で漏れ出す放射能」とあります。

福島第一原発でも地下水対策に翻弄されていますが、最終処分場でも地下水による汚染が懸念されています。

対策に関しては、とりあえず現在の技術でやってみましょうということにすぎません。

「使用済み核燃料を再処理して生み出される高レベル放射性廃棄物の処分場適地が、早ければこの夏にも地図で示されることになっています。核のごみ処分場は2002年から候補地の公募が行われましたが、2007年の高知県東洋町長の独断の応募一件のみで、今後も見込みはありません。そこで国が適地を示すことを通じて関係住民の理解と協力を得ることに努めると法に基づく基本方針で打ち出されています。」(集会アピール案から)

今の政権は、辺野古で行われているように強権的な行動を行います。

政府と電力会社は平気でうそをつきます。これは各地の活動団体が強調していることです。

原発再稼働に関しても同様です。

皆さんは数十年の活動で散々味わってこられています。

今の政権の言動を見ていてもよくわかります。

黒を白と言い続ければ白くなると信じているようです。

政府は私たちを監視する体制を整えようとしていますが、

私たちに必要なことは逆に政府・行政を監視することです。

これは憲法と同じです。

憲法は、施政者を縛るものなのです。国民を縛るものではありませんから。

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文科省に「教育的指導」です。

2017年06月03日 | 国会と政治

官房長官が怪文章といっていた文章が文科省職員の複数のメールフォルダに保存されているらしい。

大臣の調査は係長までの職員には及んでいない。

なんというずさんな調査。

結果ありの調査でしかない。

前川前事務次官が「黒を白とは言えない」との発言に共感する職員がいることがわかったね。

証拠隠滅をしなかった。

それにしても、今の政権はひどい。

正直者が馬鹿をみる典型だ。

「逃げるが勝ちだが恥ではない」と思っているのだろう。

平気でうそをつく政権とその忖度組に怒りは収まらない。

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「竹生島」参拝。

2017年06月03日 | 日本の仲間

「あれこそ聞こえ候ふ 竹生嶋にて候へ」 平家物語「竹生嶋」より

竹生島宝厳寺は、724年、聖武天皇の勅命で僧行基が開眼したと縁起にあります。

おりしも、西国札所草創1300年の行事が行われていました。

※1300年前といえば718年ですので宝厳寺は開眼していなかったのですが、草創の意味からすれば矛盾はないのでしょう。

とにかくとても古いです。

源平の頃は、「噂に上っていたけれど、なかなか行けない島」だったことでしょう。

渡船もなく、村人の舟で行くしかなかったに違いありません。

船着き場は岩場の間にある小さな浜にあったようで、建築用の石材、木材の搬入も大変だったと思います。

急な石段(170段!)を上ります。

 

法厳寺です。

 境内にある五重石塔は重要文化財です。鎌倉時代の作と言われています。

さらに石段を上ると三重塔があります。

竹生島には神社もあります。神仏習合です。

つづく

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「竹生島」 一度は行きたい琵琶湖の孤島に行きました。

2017年06月01日 | 日本の仲間

 

竹生島(ちくぶじま)は、琵琶湖の北湖に浮かぶ小さな島ですね。

奥琵琶湖を巡っていると沖合に浮かぶこの島がとても気になります。

西国巡礼20番札所でもあります。

念願かなって出かけました。

湖西を通って近江今津港から連絡船に乗ることにしました。

京都南部の自宅から車で約2時間で到着です。

琵琶湖汽船は京阪電車の系列ですね。

竹生島が望めます。観光船が港に向かってきているのが見えます。

25分の船旅です。

桟橋がずいぶん高いですね。大型船(琵琶湖クルーズ)が接岸するからでしょうか。

竹生島に近づいても港や神社仏閣が見えません。

右に迂回すると見えてきました。

赤い三重塔が目に入りました。

船溜まりもあります。

この島には平地などありません。

早速、急な階段です。

皆さん、すぐに息切れです。

つづく。

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「優しくもおとなしい日本人」の悩み。

2017年05月26日 | 国会と政治

つくづく日本人はおとなしく優しいと思う。

もちろん、それだけではなく 世界から不安視される側面もあります。

政治に関しては、任せたのだからうまくやってほしいと考えています。

いわゆる性善説。少々の不正くらいでは、「その程度は人間ならあるよね」と許してしまう。

日々の暮らしを一生懸命しているのだから、政治のことはあなたに任せるよと。

このような日本人はなかなか変革を受け入れることはできない。

そもそも(基本的?)保守的なのだから。

「優しくもおとなしい日本人」は、論理的なことを好まない。

複雑な論理は受け入れがたいが、シンプルな言葉には反応してしまう。

複雑で怪奇な世界には、対応の仕方がわからなくなる。

もちろん、私も同じ。

何か柱になる人や制度に頼りたくなる。

たとえ、その柱が揺らいだとしてもしがみつく。

藁をもすがってしまう。

「優しくもおとなしい日本人」が堕ちたワナはここにある。

私は踏みとどまらなければならない一線というものがあると思う。

それが今、目の前にある。

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