岩清水日記

「こうして綴ることで想いは深く掘り下げられ、岩清水が湧くように新たな命脈が保たれて、みずからを励ます」平松洋子 

鞆の浦 その2

2016年05月30日 | 日本の仲間

広島県福山市鞆の浦は、一度は訪問していただきたいですね。

中四国の人は日帰りも可能です。もっと遠くても新幹線利用なら問題なしです。

食事も美味しいので宿泊もお薦めです。

瀬戸の夕日は格別です。

小さな町ですがほとんど石畳です。

当然道幅が狭い。それが風情です。

大きな車には不便。こんなに軽の似合う町は初めてでした。

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瀬戸内の真珠 「鞆の浦」

2016年05月29日 | 日本の仲間

瀬戸内海の湊といえば、まず第一に上がるのが「鞆の浦」です。

どこまで遡れるのかわからないほど古い湊です。

福山市に属します。

広島市と岡山市のちょうど中間に位置します。

もちろん広島県第2の都市です。

しかし経済や文化面で考えれば、岡山に近いのではないでしょうか。

福山は、吉備の国です。吉備は備前、備中、備後に分かれるわけですが、備後とは今の福山です。

福山は明治期は小田郡と呼ばれたそうです(鞆の浦の高齢の方の話を聞く機会がありました)。

小田郡といえば、岡山県の西部のことだと思っていた私はびっくり。

帰って調べてみると少し長いのですが引用します。WIKIからです。

1871年(明治4年)、廃藩置県後の第1次府県統合により備中国の10県および旧備後国福山県を統合して設置され、備中国全体と備後国東部6郡を領域とし、中国地方山陽道でも有数の石高人口を抱える県であった。

この県は最初、深津県と称していたが、これは当初県庁を深津郡福山町(現在の広島県福山市)の福山城に置く予定であったためで、県名はその郡名に由来する。だが、幕府譜代領の福山の地に県庁を置くことをよく思わない新政府の思惑により、小田郡笠岡村(現在の岡山県笠岡市)の幕府笠岡代官所跡に変更となる。その後、1872年(明治5年)に県名は県庁がある笠岡村の郡名から小田県に改称となる。

しかし、1875年(明治8年)、この小田県全域が岡山県に統合されたため廃止された。さらには、1876年(明治9年)の第2次府県統合で、備後国側の地域(現在の福山市と尾道市東部の一部・府中市の大部分と神石高原町に当る地域)が岡山県から広島県に移管され現在に至る。

古老のおっしゃる通りでした。

明治初期は行政もてんやわんやだったことがわかります。

朝令暮改は当たり前だったのでしょう。

では鞆の浦はどうだったでしょう。

明治期には沼隈郡と呼ばれ郡役所が鞆にあったそうです。

この地方の中心だったことは明らかです。

鞆の浦は、JR福山駅からバスで30分ほど南下します。

鉄道から離れていることが、江戸や明治の街並みが残ることにつながります。

瀬戸内海では玉島、牛窓、室津などの湊が同じように面影があります。

鞆の浦がもっとも色濃く残っているように思います。

古老によれば、当時の歴史的な遺産として、5つあるそうですが、すべてが現存するのが鞆の浦だそうです。

常夜灯、雁木、番所、そのほか2つあるそうですが忘れました。あきませんね。

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『サクラソウの人々』 OHKテレビ(岡山)のドキュメンタリーです。

2016年05月28日 | おかやま入居支援センター

2016年5月28日に放映されました。

おかやま入居支援センターの理事でもある阪井ひとみさんの活動を追っています。

丹念な取材をされています。

阪井ひとみさんの活動に敬意を表します。

以下はOHKの番組案内からの転載です。


部屋を借りたくても借りられない人たちが暮らすマンション。社会のセーフティーネットからこぼれ落ちた人々と彼らのために奔走する、熱血大家さん。その日々を追う。
320万人―。日本で今、躁鬱(そううつ)病や統合失調症など、心の病にかかっている人の数だ。そのうち、精神科病院に入院している人は約32万人、1年以上の長期入院患者は20万人に上る。国は長期入院患者をできるだけ早く退院させる方針を打ち出しているが、そこには解決すべき様々な問題がある。その1つが、精神障害者に対する地域の根強い偏見。中には、退院しても劣悪な環境の部屋しか借りられない人もいる。「ただ、普通に暮らしたいー」。 そんな人たちに、救いの手を差し伸べる女性が岡山市にいる。不動産会社社長の阪井ひとみさん(56)。20年前に入居者の1人が精神障害者になったことがきっかけで、精神障害者が置かれている現状を知り、精神障害者の入居支援を始めた。8年前には、岡山市中心部に7階建ての中古マンション「サクラソウ」を1棟まるごと買い取るなど、これまで入居支援した人は1000人を超える。今では、精神障害者だけでなく、ホームレス、家族から虐待を受けた人、元受刑者など“社会的弱者”の支援も行っている。  今年4月、障害のある人もない人も共に暮らせる社会を目指した障害者差別解消法が施行された。 「社会の理解を広めたいー」 弱き人々のために走り続ける阪井さんの奮闘を追うと共に、今この国にとって、“家”とは何かを見つめる。

※画像は阪井ひとみさんのシチズン賞受賞を報じた新聞記事です。

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松井孝治さん(元参議院議員)のオバマ広島スピーチへのコメントです。

2016年05月28日 | 国会と政治

今日は米国大統領という存在の言動の一つ一つの重みをあらためて痛感した。オバマ大統領のここぞの演説力、そしてふるまいの素晴らしさについても。

スピーチライターも優秀なのだろうが、やはり本人の演説力が秀でている。正式な演説という形を取らず、また、あまり演出を過剰にしないという配慮か、プロンプターなしの紙の原稿に基づいての演説だったが、視線はほとんど紙に落とさずに(というか時折紙に落としつつも、印象としてはずっと顔をあげている感じを与えているのがうまい!)、一言一言の言葉は練られて、語り口の速度にせよ、情感と理性のバランスにせよ素晴らしい。何より、やはりあの声がよい。

演説同様、被爆者との対面も周到に準備されていたのではあろうと思う。しかし坪井さんや森さんが何をどのような表情で語るか、言葉を詰まらせるかまでの予想はつかぬ。坪井さんのノーベル賞発言に笑顔で応じ、森さんの肩を抱き寄せる、大統領の言動一つ一つが、日本という国の中にわずかに残っていたわだかまりの大部分を溶かして、真の和解を実現するとともに、日米の友情を深化させた。

オバマ大統領という政治家は、きっと国内の議会対策など眼中にない人に違いない。
現職大統領としてよりも、彼が掲げた遠大な、しかし、人類にとってこの上なく重要な課題の解決に向けて、元大統領としてその人生を賭けて取組んでくれるのではないか、そんな、青い期待が膨らんだ今宵であった。

久しぶりに痺れました。

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『牡蠣工場』 想田和弘監督作品を観ました。

2016年05月28日 | 映画・DVD 

 2016年5月28日追記

 インタビュー記事がネットで読めます。

 副読本のような効果があります。

 このインタビューも素晴らしい。

 監督が撮影しながら被写体の方と会話をするのですがそれが自然でいいのです。

撮影者や製作者も含めて丸ごと映し出されていく。

ドキュメンタリーの新たな展開だと思います。

以下は5月27日に書いた文章です。

牡蠣工場のホームページです。

「かきこうば」です。「こうじょう」ではありません。

微妙な違いにみえるかもしれませんが重要な違いです。

牡蠣工場には様々な機械が必要です。

それは人間の補助機械であり「こうば」ということばがぴったりです。

 撮影されたのは岡山県牛窓。「日本のエーゲ海」といわれるほど美しい海辺の街です。

特に斜光線が美しく、画家が好んで描いています。

この映画の中でも素晴らしい映像となっています。新日本紀行や高倉健の主演映画を思い出しました。

冒頭から白い野良猫が頻繁に登場します。低いアングルからの撮影は岩合さんも顔負けです。

この2点は映画の背景でありますが核心ともいえます。

映画の中心には宮城県南三陸町で牡蠣の養殖をしていた渡辺さん家族がいます。

娘さんが幼いため放射能汚染を避けて岡山への移住を決断したそうです。

宮城と岡山の牡蠣工場はずいぶん違うといいます。

共通するのは、牡蠣はなまもの。徹底して器具や工場をきれいに保ちます。

そして、スピーディに作業を進めます。

牡蠣を解体するのですから、牡蠣殻が大量にでます。その処理も手間暇がかかります。

渡辺さんは男手が足りません。中国人男性を雇います。

中国人の評価は人によってさまざまです。

映像を見る人にその判断が任されます。

岡山の海辺の小さな町にも世界への拡がりが感じられました。

お薦めです。

 

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佐藤雅彦さんがFBでプロフィールを更新されました。

2016年05月28日 | 佐藤雅彦さんと認知症のページ 

ご本人が拡散希望をされています。

このブログでも紹介させていただきます。

 

以下転載です。

2016年5月28日みなさんおはようございます

プロフィール更新しました、シェアしていただければ感謝です。
佐藤雅彦プロフィール。
1954年岐阜県生まれ。
岐阜県立大垣工業高校電子科卒業後、1977年3月名城大学理工学部数学科を卒業。
中学校の数学教師を経てコンピューター会社にシステムエンジニアとして勤務。
32歳の時、133戸のマンション管理組合理事長として、
マンション管理組合活動をする。
30代より教会に通い39歳の時洗礼を受けクリスチャンになる。

40代 ワールド・ビジョン・ジャパンのチャイルドスポンサーシップを通じて、
毎月一人4500円(6人で27000円)送金して世界の貧しい子供を6人支援する。
タイの支援チャイルドに会いにタイ各地を1週間視察。

2005年51歳の時アルツハイマー型認知症認知症と診断される。
診断後茫然自失、地獄の生活を続ける。
聖書のイザヤ書「わたし(神)の目にはあなたは高価で尊い」言葉で立ち直る。
以降、人との出会いと繋がりを大切にしながら、認知症に関する講演活動を始める。
現在、講演や「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」を通じて「認知症とともに生きる」ことの発信を続けている。
全ての人へのワン・メッセージは「認知症であっても不便であるが不幸ではない」。

2114年11月 大月書店より「認知症になった私が伝えたいこと」を出版
私の本が2015年 日本医学ジャナーリスト協会賞 優秀賞をいただきました。
2016年5月 大月書店より 「認知症の私からあなたへ20のメッセージ」を出版
日本認知症ワーキンググループ共同代表
認知症とともに歩む本人の会代表
ホームページ http://www.sato-masahiko.com
認知症と診断後10年間、自宅マンションで一人暮らし、現在ケアハウスに入居。
主な出演
2013年 第6回世界精神医学会アンチスティグマ分科会国際会議(演者)
日本テレビ「news every キーワードコーナー 若年認知症」、NHKラジオ「アルツハイマーを生きる」、「社会福祉セミナー、認知症本人に聴く」
主な記事
朝日新聞「患者を生きる」ほか、毎日新聞、読売新聞など。
国際アルツハイマー病協会機関誌(ADI機関誌)、CLINICIAN ’12 NO. 608、新老人の会の会報、精神医学「アンティステグマと認知症」、中央法規「りんくる」「おはよう21」、介護保険情報、NHK出版「社会福祉セミナー」など多数。

転載終わり。

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オバマ大統領広島スピーチ全文です。

2016年05月28日 | 世界のなかま

2016年5月27日 広島にて

投稿日: 2016年05月27日 19時45分 JST 

 

71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました。閃光と火の玉がこの街を破壊し、人類が自らを破滅に導く手段を手にしたことがはっきりと示されたのです。

なぜ私たちはここ、広島に来たのでしょうか?

私たちは、それほど遠くないある過去に恐ろしい力が解き放たれたことに思いをはせるため、ここにやって来ました。

私たちは、10万人を超える日本の男性、女性、そして子供、数多くの朝鮮の人々、10人ほどのアメリカ人捕虜を含む死者を悼むため、ここにやって来ました。

彼らの魂が、私たちに語りかけています。彼らは、自分たちが一体何者なのか、そして自分たちがどうなったのかを振り返るため、本質を見るように求めています。

広島だけが際立って戦争を象徴するものではありません。遺物を見れば、暴力的な衝突は人類の歴史が始まった頃からあったことがわかります。フリント(編注・岩石の一種)から刃を、木から槍を作るようになった私たちの初期の祖先は、それらの道具を狩りのためだけでなく、自分たちの同類に対して使ったのです。

どの大陸でも、文明の歴史は戦争で満ちています。戦争は食糧不足、あるいは富への渇望から引き起こされ、民族主義者の熱狂や宗教的な熱意でやむなく起きてしまいます。

多くの帝国が勃興と衰退を繰り返しました。多くの人間が隷属と解放を繰り返しました。そして、それぞれの歴史の節目で、罪のない多くの人たちが、数えきれないほどの犠牲者を生んだこと、そして時が経つに連れて自分たちの名前が忘れ去られたことに苦しめられました。

広島と長崎で残酷な終焉へと行き着いた第二次世界大戦は、最も裕福で、もっとも強大な国家たちの間で戦われました。そうした国の文明は、世界に大都市と優れた芸術をもたらしました。そうした国の頭脳たちは、正義、調和、真実に関する先進的な思想を持っていました。にもかかわらず、支配欲あるいは征服欲といった衝動と同じ衝動から、戦争が生まれたのです。そのような衝動が、極めて単純な部族間同士の衝突を引き起こし、新たな能力によって増幅され、新たな制限のないお決まりのパターンを生んでしまったのです。

数年の間に、およそ6000万人もの人たちが亡くなりました。男性、女性、子供、私たちと何ら違いのない人たちがです。射殺され、撲殺され、行進させられて殺され、爆撃で殺され、獄中で殺され、餓死させられ、毒ガスで殺されました。世界中に、この戦争を記録する場所が数多くあります。それは勇気や勇敢な行動を綴った記念碑、言葉では言い表せないような卑劣な行為の名残でもある墓地や空っぽの収容所といったものです。

しかし、この空に立ち上ったキノコ雲の映像を見た時、私たちは人間の中核に矛盾があることを非常にくっきりとした形で思い起こすのです。

私たちの思考、想像力、言語、道具を作る能力、そして人間の本質と切り離して自分たちを定めたり、自分たちの意志に応じてそうした本質を曲げたりする能力といったものを私たちが人類として際立たせること――まさにそうしたことも類を見ない破滅をもたらすような能力を私たちに与えられることによって、どれだけ悲劇をもたらす誘発剤となってしまうか。

物質的な進歩、あるいは社会的な革新によって、どれだけ私たちはこうした真実が見えなくなってしまうのか。

より高い信念という名の下、どれだけ安易に私たちは暴力を正当化してしまうようになるのか。

どの偉大な宗教も、愛や平和、正義への道を約束します。にもかかわらず、信仰こそ殺人許可証であると主張する信者たちから免れられないのです。

科学によって私たちはいろいろなコミュニケーションをとります。空を飛び、病気を治し、科学によって宇宙を理解しようとします。そのような科学が、効率的な殺人の道具となってしまうこともあります。

現代の社会は、私たちに真理を教えています。広島は私たちにこの真理を伝えています。技術の進歩が、人類の制度と一緒に発展しなければならないということを。科学的な革命によって色々な文明が生まれ、そして消えてゆきました。だからこそいま、私たちはここに立っているのです。

私たちは今、この広島の真ん中に立ち、原爆が落とされた時に思いを馳せています。子供たちの苦しみを思い起こします。子供たちが目にしたこと、そして声なき叫び声に耳を傾けます。私たちは罪のない人々が、むごい戦争によって殺されたことを記憶します。これまでの戦争、そしてこれからの戦争の犠牲者に思いを馳せます。

言葉だけで、そのような苦しみに声を与えるものではありません。しかし私たちには共有の責任があります。私たちは、歴史を真っ向から見据えなけれなりません。そして、尋ねるのです。我々は、一体これから何を変えなければならないのか。そのような苦しみを繰り返さないためにはどうしたらいいのかを自問しなくてはなりません。

いつの日か、被爆者の声も消えていくことになるでしょう。しかし「1945年8月6日の苦しみ」というものは、決して消えるものではありません。その記憶に拠って、私たちは慢心と戦わなければなりません。私たちの道徳的な想像力をかきたてるものとなるでしょう。そして、私たちに変化を促すものとなります。

あの運命の日以来、私たちは希望を与える選択をしてきました。

アメリカ合衆国そして日本は、同盟を作っただけではなく友情も育んできました。欧州では連合(EU)ができました。国々は、商業や民主主義で結ばれています。

国、または国民が解放を求めています。そして戦争を避けるための様々な制度や条約もできました。

制約をかけ、交代させ、ひいては核兵器を廃絶へと導くためのものであります。それにもかかわらず、世界中で目にする国家間の攻撃的な行動、テロ、腐敗、残虐行為、抑圧は、「私たちのやることに終わりはないのだ」ということを示しています。

私たちは、人類が悪事をおこなう能力を廃絶することはできないかもしれません。私たちは、自分自身を守るための道具を持たなければならないからです。しかし我が国を含む核保有国は、(他国から攻撃を受けるから核を持たなければいけないという)「恐怖の論理」から逃れる勇気を持つべきです。

私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。このような破壊をもたらすような核兵器の保有を減らし、この「死の道具」が狂信的な者たちに渡らないようにしなくてはなりません。

それだけでは十分ではありません。世界では、原始的な道具であっても、非常に大きな破壊をもたらすことがあります。私たちの心を変えなくてはなりません。戦争に対する考え方を変える必要があります。紛争を外交的手段で解決することが必要です。紛争を終わらせる努力をしなければなりません。

平和的な協力をしていくことが重要です。暴力的な競争をするべきではありません。私たちは、築きあげていかなければなりません。破壊をしてはならないのです。なによりも、私たちは互いのつながりを再び認識する必要があります。同じ人類の一員としての繋がりを再び確認する必要があります。つながりこそが人類を独自のものにしています。

私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。選択をすることができます。子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます。

人類の共通性、戦争が起こらない世界、残虐性を容易く受け入れない世界を作っていくことができます。物語は、被爆者の方たちが語ってくださっています。原爆を落としたパイロットに会った女性がいました。殺されたそのアメリカ人の家族に会った人たちもいました。アメリカの犠牲も、日本の犠牲も、同じ意味を持っています

アメリカという国の物語は、簡単な言葉で始まります。すべての人類は平等である。そして、生まれもった権利がある。生命の自由、幸福を希求する権利です。しかし、それを現実のものとするのはアメリカ国内であっても、アメリカ人であっても決して簡単ではありません。

しかしその物語は、真実であるということが非常に重要です。努力を怠ってはならない理想であり、すべての国に必要なものです。すべての人がやっていくべきことです。すべての人命は、かけがえのないものです。私たちは「一つの家族の一部である」という考え方です。これこそが、私たちが伝えていかなくてはならない物語です。

だからこそ私たちは、広島に来たのです。そして、私たちが愛している人たちのことを考えます。たとえば、朝起きてすぐの子供達の笑顔、愛する人とのキッチンテーブルを挟んだ優しい触れ合い、両親からの優しい抱擁、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあったのだということを考えることができます。

亡くなった方々は、私たちとの全く変わらない人たちです。多くの人々がそういったことが理解できると思います。もはやこれ以上、私たちは戦争は望んでいません。科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています。

国家や国家のリーダーが選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島から得られるでしょう。

世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります。この未来こそ、私たちが選択する未来です。未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう。

 

岩清水:視野を人類史に広げ、普遍的な理想(西洋文明の到達点)を語り、厳しい現実をことばを選びながら語る。未来のため今生きている私たちが一歩でも核廃絶に近づけたいと。

現実は厳しい。世界を軍事、経済的にリードしている米国は、核どころか自国の銃規制もできない。それは生産・流通側の強い意向である。原発を含めた核産業の圧力は巨大である。

 
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錦織、3回戦突破しました(^_^;)

2016年05月28日 | スポーツ(身体に魅せられて)

大変なゲームでした。

2ゲーム先取のあと、2ゲーム相手にとられて、

ファイナルセットを勝ちきりました。

ファイナルセットの勝率は歴代1位というけど本当ですか。

すごいなー。

精神力が抜群です。

アンダー10の選手は違うね。

次のゲームは日曜日だそうです。

睡眠不足が続きます。

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錦織ピンチ!3回戦は苦しいぞ。

2016年05月27日 | スポーツ(身体に魅せられて)

難敵ですね。

フォアが強いベルタスコ(スペイン)

2セット連取も後が大変になっています。

2−1で4セットに突入だ。

ここで盛り返す力がついているはず。

頑張れ!

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伊勢志摩サミット、「伊勢神宮で集合」はだめ。

2016年05月27日 | 国会と政治

この映像を見て驚いた。

世界の首脳が「伊勢参り」とは。

官邸の強い要望と聞くけれど、政教分離はどうした。

参拝しなければいいというのだろうか。

ホスト国なら大目に見られるということか。

しかし、日本国民は このことの重大性、危険性を自らの歴史に照らして考えなくてはならない。

「政治と宗教」という現代の大課題に真摯に取り組まなくてはならない。

安倍氏のように、「そんな些細なことをいうな」という姿勢は絶対にダメです!

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ウィンドウズ10に悩まされていますよ。

2016年05月26日 | 世界のなかま

ウィンドウズ10がパソコンに侵入してくる。

既に自宅の2機が10になってしまっていたが(自分から)。

いよいよ業務用も...。これはほぼ勝手に10に。

以前から使っていたので使い勝手は慣らされていたが、使えなくなるソフトも出てきた。

対策にバタバタと時間が過ぎる。

勝手にグレードアップするなんて、マイクロソフトは危険だ。

もちろん、何をされているのかわからない。

アップグレードされても最後に同意をしなければいいのだけれど、それが同意してしまうんだ。

人の心理をよく読んでいる。

パソコンが非力なら動作が遅くなり動かなくなることもある。

今日の毎日新聞に、マイクロソフトが慌てて対策を練っていると書いてあった。

マイクロソフトの姿勢は、無料でアップグレードしてあげるのだから問題ないだろうということかもしれないが、それはおかしい。

利用者には基本ソフトの選択肢は極端に少ない。

公共財としての姿勢を取り戻してほしい。

 

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うつろう日々。

2016年05月25日 | 岡山

通勤途中にある池に蓮の花が咲いている。

夕方には閉じている。

ほんとうに美しい。

自然は素晴らしいと思う。

癒される。

 

 

 

 

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日米地位協定を読む。

2016年05月23日 | 日本の仲間

今、日米地位協定を読む。

外務省より転載

まさに治外法権。

まさに進駐軍。

前文(PDF)

第1条 軍隊構成員、軍属、家族の定義(PDF)

第2条 施設及び区域の許与、決定、返還、特殊使用(PDF)

第3条 施設及び区域内外の管理

第4条 施設及び区域の返還、原状回復、補償(PDF)

第5条 船舶及び航空機の出入及び移動

第6条 航空・通信の体系、航空・航行施設に関する協力(PDF)

第7条 公益事業の利用(PDF)

第8条 気象業務の提供(PDF)

第9条 米軍人、軍属及びその家族の出入国(PDF)

第10条 運転免許証及び車両(PDF)

第11条 関税及び税関検査の免除(PDF)

第12条 労務規定(PDF)

第13条 課税

第14条 特殊契約者(PDF)

第15条 歳出外資金諸機関(PDF)

第16条 日本国法令の尊重(PDF)

第17条 刑事裁判権(PDF)

第18条 民事請求権(PDF)

第19条 外国為替管理(PDF)

第20条 軍票(PDF)

第21条 軍事郵便局(PDF)

第22条 在日米人の軍事訓練(PDF)

第23条 軍及び財産の安全措置(PDF)

第24条 経費の分担(PDF)

第25条 合同委員会(PDF)

第26条 発効、予算上及び立法上の措置(PDF)

第27条 改正(PDF)

第28条 終了(PDF)

末文(PDF)

 

WIKIから転載

日米地位協定

概要

この法律の第17条により、「合衆国の軍法[3]に服するすべての者に対して(第17条1-a)、また米軍基地内において(第17条1-b反対解釈)、合衆国の法令のすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する。」とされ、合衆国軍隊が第一次的裁判権を持つ。「統一軍事裁判法」に服する者には、日本で罪にならない犯罪でも同法で犯罪となるなら、米軍が専属的裁判権を行使する権利を有する(第17条2-b。日本国法令ではなく合衆国法令やアメリカ軍軍法その他が適用される)。また裁判権が競合する場合でも、公務執行中の作為又は不作為から生ずる場合は、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して米軍が第一次的裁判権を有する(第17条3-a)とされる。

不平等性の主張

協定の改定を求める日本の人々は、日米地位協定が不平等であると主張している。総じて、日本国内でありながら日本の法令は適用されず駐在公館(将兵個人には外交官)並みの治外法権・特権が保証されており、逆に日本国民の人権こそが侵害されているとして、在日米軍基地周辺の住民、特に多数置かれる沖縄などの地域の住民から内容の改定を求める声が上がっている。 同じ第二次世界大戦敗戦国のイタリア共和国ドイツ連邦共和国冷戦後に大使館の土地以外の管理権を取り戻したのに対して日米地位協定は1960年以来、運用改善のみで一言一句改定されていない。

裁判権

第17条5(C)により、日本で裁判を受けるべき被疑者であっても、アメリカが先にその身柄を拘束した場合は、身柄が引き渡されるのは検察により起訴がなされた後である。このため、起訴までの間に充分な捜査ができない。更には重罪にも拘らず身内の行為として不当に寛大な処分がされる恐れさえある(→軍法会議#軍法会議の問題点)。1956年3月28日の日米合同委員会では、職場で飲酒した後の帰宅途中に事件事故を起こしても「公務中」とみなす取り決めが、同年10月28日の委員会裁判権分科委員会刑事部会会合では、第一次裁判権さえ放棄し“実質的に重要であると認める事件についてのみ権利行使”とする密約が結ばれていた事が後年に判明している。

これが如実に現れたのが1974年の「伊江島住民狙撃事件」である。当初、在沖米軍は容疑者の“公務外”を認め、日本に一次裁判権を譲ったが、直後に国務省国防総省の強い反発と突き上げを受け、事件の概要を改変してまで急遽公務証明を発給し、日本外務省の抗議の中、一次裁判権を強引に移管させた。国務長官緊急電の『国務省・国防総省共同メッセージ』はその理由を「米国内の事情」と「もし裁判権を行使し損なったら、その影響は米国が他の国々と結んでいる一連の地位協定にまで及び、……米軍要員の士気にも及ぶ」ためであるとしている。

1995年にはアメリカ海兵隊の兵士3名が12歳の女子小学生を拉致した上、集団強姦した。裁判自体は日本管轄で行われたものの、実行犯である3人が日本側に引き渡されなかったことが大きな問題になった(沖縄米兵少女暴行事件)。

2002年6月に沖縄で、窃盗容疑で逮捕された整備兵が「急使」(米軍のクーリエ)の身分証を保持していたため、釈放され任意調べに切り替えられた事件[4]、4月には在日オーストラリア人女性が横須賀で空母「キティホーク」乗組員に強姦され、しかも容疑者は事件発覚前に海軍当局によって名誉除隊させられアメリカ本土に逃亡する事件が起きている[5]

2004年8月、沖国大米軍ヘリ墜落事件が発生した際にはアメリカ軍が一時的に現場を封鎖していた。沖縄県警察航空危険行為等処罰法違反で、公訴時効いっぱいの3年間にわたり捜査を行なったが、協定の壁に阻まれ全容解明は出来なかった。“米軍機事故の現場は協定により全てアメリカ軍管轄地”の拡大解釈がされている疑いがある。

2008年4月には、沖縄県北谷町で、海兵隊憲兵隊が、万引きで店員に現行犯逮捕された海兵隊員の家族少年を、110番通報で駆けつけた沖縄警察署員の引き渡し要求を無視して身柄を拘束し基地内に連行(憲兵隊は「容疑者が暴れる恐れがあったため」と弁解している)、その後解放し任意調べにするという事態が起きた。沖縄署は「優先権侵害であり捜査妨害」と表明している。

2013年、AP通信が情報開示を求めた結果、2005年からの性犯罪処分者中、詳細が判明した244人の2/3は自由刑を受けず降格や不名誉除隊、罰金などの人事処分のみだったことが判明。国防総省は軍法会議にかけるよう努力していると説明しているがほとんど守られていない事実が明らかになった[6]

原状回復義務

第4条1により、米軍が日本に施設を返還する場合、その土地を元通りに回復する義務を負わない。この規定は返還前の通りに人家等を建て直したり、補償をしたりする義務を負わない、と言う意図で作られたものだと考えられるが、実際には返還後の土壌からPCBなどの有害物質が発見される事例があり、これらの土壌の除染作業を日本政府が行なう必要が生じている。アメリカ国内ではたとえ軍施設であっても環境基準の遵守を義務付けられており、“日本では更地に戻しさえすればよく、後の処理の義務はない”と解釈されている疑いがある。

第28条で有効性が“日米安全保障条約の有効期限に倣い有効”と定められている。よって、協定に基づく施設のための敷地借用は契約更改手続きをする義務がない。

この原状回復義務の免除の規定は、元々は第4条2と一対の規定として作られたものである。第4条2では米側から日本側に返還された建物や工作物について、提供中に米側が加えた改良(建物の改築など)をそのまま日本側が受け取ることができ、尚かつ米側にその費用を返還する必要がないとされており、戦後の貧しい日本にとっては利点のある規定であった。しかしながら現代においては、米側から返還される建物は大半が老朽化しており、また跡地利用の観点から返還された建物をそのまま利用することもほとんどなくなったことから、第4条2は利点のない規定になってしまっており、相対的に第4条1の土地の原状回復のみが日本側に重くのし掛かる状態になっている。

将兵の地位

第9条第2項により、将兵・軍属は外国人登録の義務がない(「合衆国軍隊の構成員は……外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される」)。日本への出入国に際しては軍港や空軍の飛行場を通じて入境すれば出入国管理及び難民認定法出入国管理の対象外(旅券不要。軍人IDカードさえあればよい。犯罪歴があっても入国出来る)で、また営外居住の場合は誰がどこに住んでいるのか把握出来ない。その総人数は“日本の外国人”の統計から除外せざるを得ない。

軍車両は「軍務」として証明を取れれば有料道路通行料は日本政府負担となる。この「軍用車両有料道路通行証明書」が際限なく発行され、私用のレンタカー、果ては団体観光旅行「ヨコタツアー」にまで使用されている[7]。自動車の取得に当たっては、日本人在日外国人を問わず車庫証明の提出が義務付けられているが、沖縄では基地外在住であるにも拘らず将兵・軍属が「保管場所は基地内」と強弁し、証明を提出せず自動車保管場所確保の義務を免れている疑いが2008年5月に浮上[8]

また“米軍関係者の拘禁に当たっては習慣等の相違に考慮を払う”と定めた「地位協定に基づく日米合意」により、一般人には当時[9]は全面的に認められていない「取調べの可視化」、弁護人の同席が保障されている[10]他、横須賀刑務所に収監されている米兵服役者は食事などで日本人服役者に比べて厚遇されている事が2002年に判明した[11]。拘留中の厚遇は他の外国人では殆ど例がない[12]

その他

AFN他、米軍無線局には電波法は適用されない。本土の連邦通信委員会に従う定めになっている。

航空特例法(日米地位協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律)により、米軍機は自衛隊機と異なり航空法の最低安全高度規制[13](第81条)、及び迷惑な飛行の規制(第85条)に縛られずに飛行する事が可能である[14]。また自衛隊機(自衛隊法第107条規定)と同様に耐空証明を受ける義務がない。

基地内日本人職員の地位には時間外労働に関する三六協定、安全委員会、就業規則などに関する6つの労働基準法関連規定が適用されていない。これらはいずれも地位協定に基づく協議と合意の対象としている[15]

交通事故補償で、日本人側に過失が無くても日本政府が自動車事故の賠償金の25%負担。

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藤城清治展 奈良県立美術館

2016年05月22日 | 日本の仲間

奈良県立美術館に、藤城清治展を見に行きました。

美術館は県庁のすぐ近くです。

車の人は県庁の駐車場を利用されるといいと思います。

とても見ごたえのある展示会です。

藤城清治さんは今年で92歳。現役です。

10代の頃からの作品ですから、80年間の集大成です。

暮らしの手帖の影絵は1940年代からです。

数多くの大作があります。

「アッシジの聖フランチェスコ」や「宮沢賢治の童話」、そして最近では東日本大震災や広島を描いています。

7月3日までです。

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白鵬が力を出し切る。

2016年05月20日 | スポーツ(身体に魅せられて)

良い取り組みだった。

横綱の連続技が上まった。

白鵬は確かに強い。

稀勢の里もよくこらえたが残念でした。

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