ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

B面の夏

2024年08月06日 | 文学

 30年も前に刊行された黛まどかの句集「B面の夏」を昨夜読みました。
 この人の名前はもちろん30年前から知っているし、代表的な句のいくつかはなぜ覚えたのか分かりませんが、諳んじることもできます。
 それなのに句集を読まなかったのは、この人、もしくはその周辺のファン達のイメージが恋愛依存的な雰囲気を醸し出し、気持ち悪くて面倒くさいように感じたからです。
 改めて読んでみると特段恋愛依存とは感じませんでした。
 
 ふらここや 恋を忘るる ための恋

のような句が恋愛依存的に感じたのかもしれません。
 公園デートでしょうか、ぶらんこに乗りながら前の恋を忘れようと新たな恋を求めているというほどの意かと思います。 

 また、こんな句。

 夜桜や ひとつ筵(むしろ)に 恋敵

なんて、怖いですねぇ。

 私が最も好む句は、

 飛ぶ夢を 見たくて夜の 金魚たち

 です。
 近頃では高校の国語の教科書に載っているのだとか。

 一生を狭い金魚鉢で過ごす金魚でさえ、せめて夢の中では広い世界を飛び回りたいのでしょうか。

 もはや大御所となり、いくつかの大学で客員教授を務めているそうです。

 一口に30年と言いますが、それは途方もなく長い年月です。
 30年前、私は24歳で、仕事にも少し慣れ、悪い遊びを覚え、天下を取ったような気持ちでいました。
 まさか30年後、今の私のような疲れて冴えないおっさんが出来上がろうとは思ってもみませんでした。


 


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殺した夫が帰ってきました

2024年08月05日 | 文学

 近頃お気に入りの桜井美奈のミステリー「殺した夫が帰ってきました」を昨夜読みました。
 タイトルが極めて刺激的です。

 DV夫を崖から突き落として殺した女。
 その後独身と偽ってファッションデザインの会社に勤め、充実した毎日を送ります。
 しかし罪の意識に苛まれるのも事実。
 そして夫殺害から5年も経って、記憶を失った夫が帰ってくるのです。
 崖下で奇跡的に生き残ったのか、はたまた化物か、とにかく女は記憶を失ってすっかり優しくなった夫と奇妙な同居生活を始めます。

 女の不幸な生い立ちが語られ、様々な登場人物が真実に近づき、あっと驚く結末を迎えます。
 謎が重層的に絡まる物語で、何を書いてもネタバレになってしまうので、これ以上は書きません。
 
 切ない真実に、つい、落涙を禁じ得ませんでした。


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犬のように

2024年08月04日 | 散歩・旅行

  昨日はイオンモール幕張新都心に出かけました。
 夏になるとよく訪れます。
 夏は暑すぎて外散歩が出来ないため、歩くために空調の効いただだっ広いイオンモールは快適で便利だからです。
 普段運動などしない私にとっては散歩くらいしか体を動かすことがありません。
 散歩は私にとって死活的に重要です。
 犬のように。

 イオンモール幕張新都心へは東関道を使って車で20分ほど。
 11時半頃に着いて、まずは洋麺屋五右衛門で昼食。
  
 その後歩き始めました。
 
 同居人の体重が過去最も重くなってしまい、近所のジムに通い始めて一か月半。
 食事制限はしていないのに2キロ痩せたと同居人は喜んでいます。
 これまでほとんど運動をしていなかったのに突如として運動に目覚め、スポーツ用品売り場が見たいとか言いやがります。
 色々見て回り、トレーニングウェアを2着購入。

 私は本屋で小説2冊と歌集を1冊、句集を1冊購入しました。

 なんちゃって貝の口(帯の結び目) をマジックテープと思われる帯に突っ込み、腰ではなく腹で巻いたグズグズの着方で浴衣を着た青少年と安そうな浴衣女性のカップルをやたらと見かけました。
 なんちゃって貝の口、存在は知っていましたが見るのは初めてです。
 しかも大勢。
 ちゃんと着ている者は見る限り一人もいませんでした。

 要は七五三の着付けと一緒です。

 スマホで調べたら幕張ビーチ花火フェスタなる花火大会を開催の由。
 なるほどと頷きました。
 開始は19時15分からですが、お昼前からイオンモールをうろついています。
 いくらなんでも早すぎるだろうと心の中でツッコミを入れざるを得ませんでした。

 なんだかんだで8,000歩歩き、珈琲を頂いて帰宅。
 良い土曜日でした。


 


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幻想列車 上野駅18番線

2024年08月03日 | 文学

 金曜の夜、小説を読んで過ごしました。
 読んだのは桜井美奈の「幻想列車 上野駅18番線」です。
 先般この作者の「私が先生を殺した」という上質なサスペンスを読んで気に入り、他の作品も読んでみようと手に取った1冊です。

 

 内容は「私が先生を殺した」はサスペンス、「幻想列車 上野駅18番線」はファンタジーというか寓話というか、とにかくこの世の存在では無い者が登場します。

 心に傷を持った者が上野駅の隅、人けの無いベンチに座っていると、不思議なことが起こります。
 テオと呼ばれるぬいぐるみのように可愛らしい架空の生き物が、その外観からは不釣り合いな乱暴な口調で鍵を渡し、秘密のドアを開けるよう誘います。
 ドアを開けるとレトロな一両編成の列車(一両で列車というのは変ですが)が止っています。 

 上野駅には存在しないはずの18番線
 テオに促されるまま列車に乗ると深く真っ黒な瞳の車掌がにこやかに待っています。
 この車掌、とんでもないくらいの美青年です。
 そこで、誘われた者は不思議なことを聞かされます。
 一つだけ、消したい記憶を消してあげる、というのです。
 そして列車は記憶を消した後の近未来と消さなかった場合の近未来を見に発車するのです。

 この物語では4人の登場人物が同じシチュエーションでそれぞれの記憶を消す旅が描かれ、連作短編集の体裁を取っています。

 音楽家を目指し、目標のピアニストへの茨の道を進むか、安定を求めて教師になるかに悩む音大生。
 彼は少年の頃小さな音楽祭で入賞した記憶を消せば音楽にさして興味を持たないで済んだのではないかと悩んでいます。
 彼は記憶を消すのでしょうか。

 事故で幼い息子を亡くし、さらに一年も経たずに愛しい妻まで病で亡くした男。
 彼は息子の事故の記憶を無くしたいと思っています。
 しかしそれは、妻との結婚をも忘れて、独身生活を続けてきた、という人生にならざるを得ません。
 苦しい記憶とともに愛しい記憶までも無くしてしまうことを選ぶのか。

  痴漢にあったことを忘れたい女。

 幼い頃義父を突き飛ばし、頭をぶつけて亡くなったことを、自分が殺したと言って苦しみ続け、その記憶を消したいOL。

 それぞれ心に闇を抱え、消してしまいたい記憶がありますが、それを消すと消したことに伴って良い記憶をも無くしてしまうという究極の選択を迫られます。

 そしてエピローグにいたって、車掌こそ、50年以上前にすべての記憶を消してこの世の者ではなくなった当事者だということが示唆されるのです。

 平易で読みやすい文章にそれぞれの主人公の葛藤が綴られます。

 記憶とは何だろう。自分を作っているのは、記憶なのだろうか。

 という登場人物のつぶやきは、記憶に拘束されざるを得ない人間の本性を突いていて秀逸です。
 難を言えば平易であるがためにかえって子供っぽく感じられる文章でしょうか。


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