ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

菊投げ入れよ

2013年05月03日 | 文学

 あるほどの 菊なげ入れよ 棺の中

 夏目漱石が同時代の夭逝の歌人、大塚楠緒の死にあたって詠んだ句です。

 この人、詩歌を詠んだり、小説を書いたり、翻訳をしたり、明治時代にマルチな才能を発揮した女性です。
 同時代を生きた夏目漱石にしてみれば、手足をもがれるような思いをしたことでしょう。

 菊で思い切り棺を飾りたいという思い、切ないですねぇ。

 今を生きている人間にとって、死は未知であり、また逆に逝ってしまった人にとって死は当然の事態でありましょう。
 私たち生きている者は死がいかなるものであるか知りたくてたまらず、しかし死者は沈黙を守る他ありません。
 私たちは最も知りたいことを知ることができず、死者は教えたいことが教えられません。

 この生者と死者のミスマッチ、埋められることは無いのでしょうね。

 私たち生きている者は、日々の雑事に追われながら、時折、根源的な死の恐怖に襲われることを如何ともなしえません。
 この不思議を腹に抱えながら、あらゆる人々が平気な顔をして日々を生きていることが、不思議でなりません。

 そういう私も、日々、雑事を平気な顔でこなしているのですが。
 
 しかしそういう生き方以外に、いかなる方法が採り得るでしょうか。

 死は未知にして未来のこと。
 来たるべき未来も未知にして、経験が必ず活かせるともかぎりません。

 そうであるなら、私ができることはただ一つ。
 あまりにつまらぬ仕事、日常の雑事を誠実にこなし、なおかつ、古今東西の書物に学んで、おのれの信念を強化させることだけです。

 夏目漱石が冒頭の句を詠んだ心境は、一年二か月前に尊敬する父を亡くした身には痛いほど理解できますが、死者を悼んでばかりでは、現役世代は生きていけなくなるのも道理です。

 私はせめて、限りない菊を父のみならず、
 あまたいるご先祖様にお供えしたいと思います。
 今私がここに生きて在るのは、とりもなおさずご先祖様のおかげなわけですから。

 わが国では祖霊信仰がお盛ん。
 神様よりも仏様よりも、ご先祖様の尊い霊こそが、私を正しい未来に導いてくれるでしょう。

 

漱石俳句集 (岩波文庫)
坪内 稔典
岩波書店

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