平野啓一郎の長編、「ドーン」を読み終わりました。
重い小説でした。
ドーン (講談社文庫) | |
平野 啓一郎 | |
講談社 |
この人が「日蝕」でデビューし、同作で芥川賞を受賞したときは、大変な才能が出てきたものだと思うと同時に、猛烈な嫉妬を感じました。
日蝕・一月物語 (新潮文庫) | |
平野 啓一郎 | |
新潮社 |
まだ20代だった私は、いつかは小説で食っていきたいと思っていたので、当時、優れた小説を読むと必ず嫉妬を感じたものです。
それは精神障害を発症した35歳の頃まで続きましたね。
「ドーン」の舞台は近未来の2030年代半ば。
NASAは人類史上初めて、有人火星探査を成功させます。
しかし、火星探査の様子はほとんど描かれません。
日本人クルーの明日人を主人公に、恋愛、不義密通、大統領選をめぐる陰謀、社会的悪、宇宙飛行士の精神といった問題が重層的に描かれます。
ほとんど詰め込みすぎ、くらいに。
この小説でもっとも重要なテーマになっているのは、分人(ディヴィジュアル)という概念。
人間は、妻との関係、職場での関係、親子兄弟や友人との関係など、様々な関係のなかで、核となる人格=インディヴィジュアルの他に、様々な分人=ディヴィジュアルを持っている、と言うのです。
いくつものディヴィジュアルを持つ複雑な生き物が人間であり、それを否定しては人は人たり得ない、というわけ。
概念としては分かりますが、ややしつこい感じがします。
絶望的な物語ではありますが、ラストにいたって、やや安易な希望が語られます。
一種の実験小説と言えるもので、この作者が描いてきたかっちりした小説群とは明らかに趣を異にしており、戸惑いを隠せません。
面白かったかと言われれば面白かったのですが、その重い物語に、やや精神がやられた感じです。
自分の精神が安定していると感じているうえ、やや難解な物語を読み進む者だけが物語を楽しむことができる、読者を選ぶ作品と言えるかもしれません。
そういう意味では、私は読者失格かもしれませんね。