ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

猿芝居

2013年11月13日 | 思想・学問

 年相応、という言葉がありますね。

 子どもには子どもの、思春期には思春期の、学生には学生の、若い社会人や中年の中間管理職にはそれ相応の役割があり、悩みがあるというわけです。

 近頃、そのことを実感します。

 40代も半ばになってそんなことを感じるとは、遅きに失した感がありますが、独身を貫き、趣味や恋愛など、若者の特権と言うべき楽しみを永遠に楽しもうという勘違い中年男女が急増している今、私は少しマシかなと思います。

 言わば現世は、誰もが年相応、身分相応の猿芝居を演じ続けることによって成り立っています。

 それを拒否して自分探しという不毛な精神上の旅を続ける者もいますが、それは食えるあてがあってこそ出来ること。
 一般的には食うために、嫌でも猿芝居の世界に打って出て、その芝居を続けなければ食えなくなるという恐怖ゆえ、猿芝居を続け、気が付いたら老境に差し掛かっていた、というのが本当のところなのではないかと思います。

 猿芝居から抜け出す才能が無い者は、ジャンボ宝くじなどに夢を乗せ、芝居なしに生きられる将来を夢見るのでしょう。
 私もまた、必ずジャンボ宝くじを購入する愚か者の1人です。

 幸福とは一体どういうことなのでしょうね。
 
 心理学者のマズローは、衣食住の心配が無く、社会的にも成功した場合、自己実現という欲求が生まれ、これを充足させることが幸福であると説いています。

マズローの心理学
フランク・コーブル
産能大出版部

 また、在野の評論家、コリン・ウィルソンは、晴れた休日の朝の気分を例に、至高体験というものを人は誰でも経験しており、至高体験を自在に感じられる境地こそ幸福であると説いています。
 また、至高体験こそ自己実現であるとし、先行するマズローの理論も取り入れています。

至高体験―自己実現のための心理学 (河出文庫)
Colin Wilson,由良 君美,四方田 犬彦
河出書房新社

 なんだか脳内麻薬を自在に放出出来る感じがして怖ろしいですが。

 しかし、極東の島国に生まれ、骨の髄までこの島国の文化伝統に浸かりきって生きてきた私には、至高体験だとか自己実現だとか言う、結局はおのれの欲望を満たすための方便に過ぎない理屈には、どうしても納得できないでいます。

 「方丈記」で有名な鴨長明は、「発心集」という著作を残しています。

 要するに、発心を起こして仏門に入った様々な例を紹介し、発心を勧めているわけですが、ご本人は望んだ役職に就けずに京都郊外に庵を結んで、発心した風を装いながら、祭りがあれば都に出かけ、事件があればやっぱり都に出かける俗物ぶりです。
 大体発心して庵を結ぶというのに、なんだってまた都に歩いて行ける所をえらぶのでしょうねぇ。

方丈記 発心集 歎異抄 現代語訳
三木 紀人
学灯社

 かの西行法師も、

 世の中を 捨てて捨てえぬ 心地して 都離れぬ 我が身なりけり

 という俗物らしい和歌を残しています。

 わが国の先人の言葉を見れば、猿芝居を止めようとて止められぬのが人というものであるかのごとくです。

 しかし私は、それを知りながら、明治期に流行った高等遊民のような生活を、出来ることなら明日からでも始めたいと思うのです。

 しかし、そう思い続けながら、仕事を続けて22年近くが経ってしまいました。

 これからも、ジャンボ宝くじやLOTO7などに儚い夢を乗せ、猿芝居に幕を下ろす夢を持ち続けるより他、生きようがありません。

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暗黒の日

2013年11月13日 | 社会・政治

 暗黒の日とは大げさなとお思いでしょうが。

 先般、国連の人権理事会理事選挙が行われ、その結果を見たある人権団体の人が嘆いた言葉です。

 人権弾圧を続ける赤い巨大帝国、中国、同じ共産国家のベトナム、キューバ。
 女性が車を運転することを認めない唯一の国にして女性差別では名を知られたサウジアラビア。
 過去、人権調査の立ち入りを拒否したアルジェリア。

 蒼々たる人権無視の国家が当選国に名を連ねています。

 これではまるで、町内会で防犯組織を作る時、付け火が癖の男をわざわざ選ぶようなもの。
 あるいは、職場などでハラスメント相談員に、セクハラだのパワハラだのを続ける困ったちゃんを任命するような事態です。

 これでは人権を蹂躙された人々は何を頼りにすれば良いのでしょうね。

 おそらく異形の大国、レッド・チャイナなどは、欧米やわが国などが共有する人権意識は世界普遍の価値では無いとかなんとか言いだして、人権理事会を悪用して人権の在り方は国によって多様だと主張し、自国の人権弾圧を糊塗する挙に出ること必定です。

 もともと国際連合なんてご大層な名前を付けてはいても、国家間の利害が衝突すると、何の力も発揮できないことは、過去の紛争に国連がどう力を発揮したかを見ていれば猿でもわかる事実です。
 紛争解決に力を発揮したことなど無いのですから。

 ここは一つ、お手並み拝見とばかり、新しい人権理事会の言動を見守る他ないでしょうねぇ。

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SNEP(スネップ)

2013年11月13日 | 社会・政治

 最近、「SNEP」(スネップ)と呼ばれる新しい概念が話題になっているようです。

 NEET(ニート)と似ていますが、NEET(ニート)より広い概念です。

 ニートについて、厚生労働省は「15~34歳の非労働力(仕事をしていない、また失業者として求職活動をしていない者)のうち、主に通学でも、主に家事でもない独身者」と定義しています。

 スネップ「20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚者。就業していない。家族以外の人と2日連続で接していない」と定義されているそうです。

  玄田有史東大教授らが、2012年半ば頃から提唱してきた造語で、「Solitary Non-Employed Persons」(孤立無業者の頭文字をとったものだそうです。
 ここでいう「2日連続で接していない」とは「普通に会話が出来る距離にあった」ことを指し、電話やメールほかインターネットでの交流などは含んでいません。

孤立無業(SNEP)
玄田 有史
日本経済新聞出版社

 これは要するに、かつて若者の問題であると考えられていたニート引きこもりが、そのまま年を取ってしまったために考え出さざるを得なかった言葉と言うべきで、ニートという言葉が一般的になった段階で、予測できたことかと思います。

 面白いのは、中卒や高校中退にスネップが多く、高卒・大卒・大学院卒に差は無く、専門学校卒が一番スネップが少ないということ。
 また、生まれ育った環境や経済力の差異はほとんど関係なく、どんな家庭でも起こり得る現象だそうです。

 また、ニートはインターネットやSNSの利用率が高く、テレビゲームやアニメを好む傾向があるのに対し、スネップはこれらにも興味を示さない者が多いため、より社会とのつながりが希薄、というより社会に関心が無い者が多いそうで、これは深刻です。

 では彼らはどうやって食っているかといえば、ニートからスネップに昇進?した者は多くが脛かじり。
 中高年になってリストラされた独身者などの場合、貯金や退職金で食いつないでいるというのが現状です。

 サラリーマンをしていると人間関係が極端に仕事関係に限定されてしまうため、リストラされたり退職したりすると、独身者は一挙に人間関係を失ってしまい、さらには生き甲斐や意欲も失せ、引きこもったままスネップと化してしまうようです。

 日本社会がひたすら豊さを追い求めて経済発展を遂げたのは喜ばしいことですが、働かずとも食っていける者が増加して、社会問題になるほどその人数が増えたのは、あるいは豊かな社会が必然的に陥る副作用なのかもしれません。

 政府や自治体は何年も前から職業訓練やカウンセリングなどの対策を講じてきましたが、そもそもそういう場に出てこられる者は、直にニートスネップから脱出できるでしょう。

 巨大なマン・パワーが社会に還元されることなく無為に時間を過ごしているとすれば、社会全体が活気を失うでしょう。

 これは将来、日本社会最大の問題になる可能性をはらんでいるものと思います。

 ただ、一人一人事情は違うわけで、これに対する特効薬は存在し得ないでしょう。

 結局はおのれ独りで精神上の暗闇と闘い、一人一人がその闇から自力で脱する他無いものと考えます。

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