谷啓さんが亡くなられました。
力の抜けた洒脱な役者でした。
本来はミュージシャンだったのでしょうが、私の記憶にある谷啓さんは、コントやドラマ、映画で粋な芝居を見せる、喜劇役者でした。
植木等やいかりや長介、渥美清や三木のり平、益田喜頓など、かつては爽やかな東京弁の喜劇人が多くいました。いずれも鬼籍に入られてしまいました。
近頃は関西弁を武器にしたやつばかりで、東京ではビートたけしが一人気を吐いていますが、そのたけしも監督業に忙しいようです。
とんねるずは内輪話ばかりで純粋な喜劇人にはみえません。何より枯れた味わいがありません。
寄席に行けば今でも多くの東京弁の喜劇人を観られますが、彼らは爆発的にブレイクすることがありません。
かつて渥美清がフランス座でストリップの合間にコントをやっていたころ、評判が評判を呼び、本来なら早く女の裸踊りを見せろ、コントひっこめ、などと野次を飛ばされるはずが、渥美清に限っては、ストリップはいいからあの四角い顔したコメディアンを見せろ、とストリッパーが野次られ、ストリップ小屋始まって以来最初で(多分)最後の、喜劇見たさに客であふれかえるという珍現象が起きたそうです。
喜劇というのは高度に発達した舞台芸術というべきで、これをきちんと鑑賞するには様々な風俗習慣や常識を弁えていなければならず、うんこと言えば笑い出す幼児には到底理解不能なものです。
しかしテレビでお笑い番組と称するものの多くは、タレント同士の予定調和的なののしりあいばかりで、騒音でしかありません。幼児番組かと疑いたくなります。
私が観るのは、時折流している寄席の中継や狂言などで、これらはテレビのスタジオ芸とは逆で、低いテンションでつまらなそうに淡々と演じるのがまことに滑稽で、喜劇を演じる者は笑顔を見せてはいけないな、と痛感するのです。
名人と言われた噺家さんは、ほとんどが退屈そうに話しますものね。
今日は谷啓さんの最期の作品となった、「釣りバカ日誌」の最終作でも観ようかと思います。
谷啓さんのご冥福をお祈りいたします。