土曜日に芸大美術館に行き、シャガールの絵に感銘を受けたことは、すでにブログに書きました。
今では何の違和感もない写実から遠く離れたシャガール等の絵画ですが、一時期、ドイツで退廃芸術として迫害されていたことがあります。
ナチは優れた北方民族の芸術は、健康的で分かりやすくあらねばならないと考え、抽象的な芸術を病的退廃として退けたのです。
皮肉なのは退廃芸術論を最初に唱えたのが、ユダヤ人の医者だったことです。
ブダペスト生まれの内科医、マックス・ノルダウは、近代芸術が規格を外れていったのは、急速な近代化による環境の変化のため、多くの芸術家が脳、もしくは眼、あるいは精神の病気に罹ったためだと説きました。そのために精神病患者に絵を描かせ、近代絵画との類似を指摘する念の入れようです。
この説は19世紀末、日本を含む多くの国々でかなり受け入れられたようです。
印象派からダダイズム、シュールレアリスムに至る一連の近代芸術が、多くの伝統的芸術愛好家から蛇蝎のように嫌われていたのでしょうね。
ナチはこの説を援用し、いわゆる近代芸術家は、スラブ人やモンゴロイド等の劣等人種か、そうでなければ精神病だと断じ、ナチが認めない書物を大々的に火にくべる焚書運動を起こしました。
ただ、一点物である絵画については、外貨獲得のため、外国に売ったとのことです。
面白いのは、近代芸術の質の低さを国民に知らしめるため、と銘打ってドイツ全土を巡回した「退廃芸術展」が、300万人の入場者を呼び、現在に至るもこれを超える展覧会は開かれていないそうです。
多くはナチの宣伝に乗って汚らわしいものを観た、と思ったのでしょうが、その芸術性の高さに気付いてうっとりと観た客も少なくなかったのではないでしょうか。ドイツ人の審美眼が特別偏っているはずもありませんから。
敗戦後、ナチに重用された御用芸術家たちは、単なる古典の模倣しかできない者が多く、地位を失っていきました。
一方ナチに迫害された芸術家は、あるいは殺され、あるいは亡命し、ドイツは軍事力で敗れたのみならず、文化・芸術でも自滅したのです。
アメリカの保守派裁判官が、星条旗を焼いた青年に対し、苦虫をかみつぶしたような顔で無罪を言い渡し、「星条旗を燃やすことは間違いだ。ただし、米国人が星条旗を燃やす自由を持っていることは命をかけて守る」、と言ったというのは、餓鬼大将にしか見えない米国が、じつは大和魂にも負けない強い根性を持っていることを明らかにしてくれます。
戦中の大日本帝国は思想犯には苛烈でしたが、芸術分野に対しては、ドイツほどの迫害は行いませんでしたね。
今、わが国で行われるのは、政府による弾圧ではなくて、マスコミやインターネットによる非難、いじめでしょうか。
米国のマイケル・ジャクソン、英国のダイアナ元皇太子妃の死。日本では皇太子妃の適応障害。
どれも高度に発達した情報社会と、それに追いつかない人間の下品な野次馬根性が原因のように思えてなりません。
ナチの絵画略奪作戦 | |
Hector Feliciano,宇京 頼三 | |
平凡社 |
ヒトラーと退廃芸術―「退廃芸術展」と「大ドイツ芸術展」 | |
関 楠生 | |
河出書房新社 |