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ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

歴史から学ぶ?

2023年01月07日 | 社会・政治

 今日から3連休。
 初日の今日微熱が出て家でゆっくり過ごしています。
 微熱と言っても、37度あるかないか。
 だるい程度のことです。
 市販の風邪薬を飲んで、それも改善されているので、コロナでは無いと思います。

 年明けの三日間、ひどく疲れました。
 好きな晩酌もやる気が起きず、素面で夜を過ごしました。
 それがかえって良くなかったのかもしれません。
 慣れないことはするものではありません。

 ロシアとウクライナとの戦争が起きるまで知りませんでしたが、ロシア正教や東方正教では、今がクリスマスなんだそうですね。

 昔の戦争では、クリスマス停戦というのがあったらしく、戦争にもお休みがあったそうで、ずいぶん牧歌的なものです。

 人間は歴史から何も学ばないということが歴史からは学べる、と皮肉ったのはヘーゲルでしたか。
 今の遠い国の戦争をみていると、そのとおりだと思います。
 少なくとも第二次大戦以降、大国がガチンコで侵略戦争を起こすことは無くなったと、私は本気で信じていました。
 認識が甘かったのですね。

 第二次大戦で戦勝国となった当時のソビエトは、約900万人もの犠牲者が出たと伝えられます。
 敗戦国の我が国が約300万人、ドイツが約800万人と言いますから、ソビエトの死者がいかに多かったかが分かります。
 元々兵隊や一般庶民の命が軽く扱われるお国柄と見えます。

 日露戦争時、皇軍とロシア軍が白兵戦を繰り広げている戦場に、ロシアは後ろから大砲をボカンボカン撃ちこんで、皇軍を驚愕させたと伝えられます。
 要するに味方もろとも敵を倒すという戦法で、ロシア兵にしてみれば背後から味方に撃たれるわけですから、たまったものではありません。

 以前観た「スターリングラード」という映画では、ドイツとソビエトの市街戦での激闘が描かれていましたが、そこでは、ロシア兵は二人に一丁のライフルしか渡されず、しかも逃げようとするソビエト兵を撃ち殺すためのソビエト部隊が待ち構えていて、衝撃を受けた覚えがあります。
 二人に一丁ということは一人は丸腰ということで、弾除けにでなれということでしょうか。
 丸腰の兵隊が逃げ帰ろうとするのも当たり前だと思いますが、そうすると味方から撃たれるのですから、兵隊は半狂乱になって戦いを続けたものと思います。

 不条理で知られる皇軍も、兵隊にそこまでひどい扱いはしなかったものと思います。
 特攻はさせましたが。

 その悪しき伝統は現在の戦争でも生きているのじゃないでしょうか。

 より多く殺害し、より多く破壊した国が勝利するのが戦争というものだと思いますが、ロシアに限ってはそうとも言えないようです。
 味方がどれだけ殺されようと、広い国土を利用して奥へ奥へと逃げ、敵の兵站が尽き、過酷な冬を迎えた頃に反撃するという戦法は、ナポレオンとの戦争でもナチとの戦いでも同じだったように思います。

 今、ウクライナは世界有数の軍事大国を相手にして、ずいぶん善戦しているものと思います。
 ロシア兵も大義の無い侵略戦争に加担させられて、疲れ切っているのではないでしょうか。

 プーチンが始めたこの戦争、いつ、どういう形で終わるのか、全く見えません。
 どんな形にせよ、独裁者にして侵略者となってしまったプーチン、歴史が彼をどう裁くかは、歴然としているように思います。
 どうか一日も早い停戦をと願います。


借金まみれ

2022年12月25日 | 社会・政治

 今日、先般購入した新しい冷蔵庫が届きました。
 我が家は二人で暮らしていますが、奮発して4~5人向け、と書いてあった大型の物を購入。
 23万円と、少々痛い出費ではありましたが、前の冷蔵庫、20年も使い、もはや骨董品どころか化石のような物だったので、大きく、様々な機能が付いた新しい物を手に入れたことは新鮮な喜びがあります。

 考えてみると、人間は一生のうちにあまりにも多くの物を購入します。
 高い物から言うと、家、車、各種家電、時計、パソコン、スーツなどなど。
 しかもそれらは経年劣化するのでいずれ買い替えなければなりません。
 それらが買える程度の給料をもらい、どうにか生活する毎日です。

 資本主義の悪魔とでも申しましょうか、稼いだお金は借金をすること無く、小銭を貯められるくらいの金額で、いつも搾取されているような気持ちです。
 しかし人並みの暮らしがしたいと思えば、それらの生活必需品と呼ばれる贅沢品を買わなければなりません。
 消費すればお金がまわり、経済が良くなると言いますが、わが国は貧乏街道をまっしぐらに突き進んでいるように感じます。
 
 わが国はどこで間違えたんでしょうね。

 その一つは、国債の発行。
 財政法で国債の発行は原則禁じられていますが、原則ということは例外があるということ。
 1965年に1年限りの特例措置として国債が発行され、1年かぎりのはずだったのに、その後毎年発行されることになりました。
 まるで闇金に手を出すような話です。
 国債は雪だるま式に膨れ上がり、わが国の財政状況は異常なまま何十年も経ってしまいました。
 税収だけで賄えるような、小さな国家のままでいれば良かったものを、借金の繰り返しでやっていこうなど、狂気の沙汰です。
 初めて国債の発行を決めた時、当時の大蔵省ではついに禁じ手を使ってしまった、という意識が共有されていたと聞き及びます。

 それが今では国債ありきで予算組みを行うのが当たり前になってしまいました。

 国債の発行を抑えるには、大増税が手っ取り早い方法だということくらい、猿でもわかります。
 しかし国民から選ばれる政治家は、票にならない増税なんて、おくびにも出しません。

 労働人口は減って高齢者が増え、国家財政を圧迫しています。
 今年はウクライナとロシアの戦争のせいで電気代が高騰し、就職して初めて、年度途中に予算を10%留保するようお達しが出ました。
 昼休みは照明もパソコンも消して、お通夜のようです。
 これがわが国の現実です。

 財政破綻しないのが不思議ですが、なぜか日本の国債は信用度が高いらしく、それをもってしのいでいます。
 私たちは、沈みゆく国で日々を暮らしていると言っても過言ではないでしょう。
 この泥船を豪華客船に変貌させることが出来るような、そんな奇跡のような政治勢力が現れないかと、夢想するばかりです。


マスク不要?

2022年12月11日 | 社会・政治

 今朝は昨日の副反応がどこへやら、爽やかに目覚めました。
 体温も36度4分と全くの平熱。
 5回目のワクチン接種、副反応は一日で収まりました。

 先週、駅のホームで小汚い白人と駅員が押し問答を繰り広げているのを目撃しました。
 白人、何の思想にかぶれているのか知りませんが、ワクチンもマスクもコロナに対し何の効果もない、したがって自分はマスクをしないし、しない自由がある、と主張していました。
 駅員は電車に乗るならマスクをするよう迫っていました。
 しかもビニール袋で封がしてある真新しいマスクを持って、これを着用せよ、と言っています。
 白人はマスクが何の役にたつか説明しろ、だの、お前はキチガイだだの、日本の文化は狂っている、だの言いたい放題でした。
 押し問答を10分くらい続け、駅員、もう仕方がないと思ったのか、マスクを着用して電車に乗るか、電車に乗らずに駅から去るか、どちらかしかない、どちらにするか選択しろ、と、かなり強い口調で言い放ちました。

 曖昧な物言いをするのが日本語の特徴で、白人もそれを知っていたのか、駅員の極めてはっきりして毅然とした態度に接し、しばし黙考に入りました。
 そして白人が言いだしたのが、お前の顔写真を撮影させろ、そうしたらマスクを着用する、というもの。

 SNSで写真をアップされ、悪口のかぎりを書き立てられる可能性がありますが、駅員は涼しい顔で、どうぞ撮ってくださいとばかりに、マスクを取って白人に詰め寄りました。
 白人、スマホではなく、骨董品、いや化石のようなデジカメを取り出し、駅員の顔を撮影。
 駅員が白人にマスクを渡そうとすると、お前が付けろ、とか言ってマスクを駅員に返してしまいました。
 駅員はやむなくビニールを破ってマスクを取り出し、不潔極まりない白人の顔にマスクを付けてやっていました。

 これは示唆に富んだ出来事だと思います。

 まず、白人の狂気じみた態度と、毅然としながら礼儀正しく接する駅員の様子との対比。
 白人が繰り広げるマスク不要論と、主義主張に関係なく電車ではマスクをしなければならないと原則を押し通す態度。

 マスクをしない自由というのは確かにあると思います。
 現に欧州各国ではすでに公共の場所でマスクを着用する義務は無くなったと聞き及びます。

 しかしわが国ではまだマスクをすることが当たり前であり、義務と言ってもよいかと思います。
 我が国と他国との違いを声高に叫んだところで意味はありません。
 ここは日本なのですから。

 私はその駅員の一切の妥協をしない、堂々たる態度に感銘を受けました。
 クレーマーにはひたすら低姿勢で臨む日本人のなんと多いことか。
 低姿勢ではなく、どんな事態でも毅然とした態度で接することが肝要だと思いました。


貧乏な国

2022年11月27日 | 社会・政治

 10月15日から10月18日まで、喘息の発作で入院してから一か月以上が過ぎました。
 その間、毎日吸入とうがい薬を使ったうがいを欠かさず、煙草も絶って、今のところ喉の調子は良い感じです。
 わずか数日の入院でしたが、二度と入院はしたくないと思います。
 病院食はまずくて、それでも体力をつけなければと必死で食いました。
 病院の代金は高く、保険は5日以上の入院でなければおりないということで、仕方なく自分の預金から払いました。

 我が家は共働きで、しかも同期とあって、同居人の給料と私のそれはほぼ同額です。
 家計にはお互い50%を入れています。
 そうすれば一人前の収入が家計費になるので、数年前に住宅ローンの返済が終わったため、預金は増える一方で大分楽になりました。

 また、家計費に50%を入れると言うことは、残りの50%が自分の小遣いになるということで、そんなに使えるはずもなく、私個人の預金も大分増えています。

 同居人は金を買ったりして、資産を増やしています。
 私はそういうことは苦手で、資産運用はしていません。
 金利は馬鹿みたいに低いですが、銀行に預けていればリスクは0で、私にはそれが合っているようです。
 下手に資産運用などして損をするのは嫌ですから。

 お金のことを考えると、子供が出来なかった我が家には、ずいぶん余裕があります。
 二人合わせれば年収は1,500万円くらいになります。
 一人の収入は少なくても、二馬力で頑張れば余裕ができるのだなということを実感します。

 しかしそれでも、なんとなく貧乏な感じが抜けません。
 車を買い替えたり、高級鮨店で食事を楽しんだりしているせいでしょうか。

 かと言って、生活レベルを落とすことはできません。
 もうこの生活に慣れてしまったのですから。

 退職時に預金が2,000万円無いと老後の暮らしは厳しいと聞きました。
 そのくらいの預金はあるし、退職金と合わせれば、豊かな老後が過ごせるのかもしれません。

 それでもなぜか、お金のことが心配です。
 先日入退院をしたせいで、治療費というのは高いのだなと実感しました。
 保険には入っていますが、最低限のものですので、大病を患ったら払えるか心配です。

 結局、世の中金、でしょうか。

 これから体力は衰える一方でしょうし、記憶力や判断力も落ちていきます。
 そんな中で、定年まで勤めあげられるか心配です。

 公務員の多くは、生活の安定を求めて就職しているものと思います。

 しかし私は、安定した給料をもらいながら、コツコツ小説を書いて、40歳までに華々しくデビューしようと思っていたし、せっせと小説を書いてもいました。

 転機となったのは、36歳で精神病を発病したこと。
 今でこそ元気に働いていますが、私の30代後半はボロボロでした。
 当然、小説家への夢は諦めました。

 今は生活のために、漫然と働いています。
 人生思いどおりにはいかないものです。

 私の知り合いに、高学歴だったのに社会になじめず、引きこもりからニートになってしまった者がいます。
 もう20年も引きこもっていて、両親も年だし、これからどうやって生きていくのでしょうね。
 20年にもわたる引きこもり生活、その間の彼の精神は激しく揺れ動いていたのではないかと思います。
 その精神の堕落は、想像するだけで怖ろしく、彼に同情せざるを得ません。

 5080問題ということをよく耳にするようになりました。
 50代の引きこもりを、80代の親が面倒をみる、ということだそうです。
 5080問題はやがて6090問題になり、ついには引きこもりの孤独死の問題になるでしょう。
 生活保護の財源も限界があります。

 これら引きこもりの人たちを、憲法で保障された最低限の健康で文化的な生活をおくれるするようのは出来ないでしょう。

 彼らはどこで人生を誤ったのか、苦しんでいることでしょう。

 30年にも及ぶ不景気で、わが国は貧乏な国に転落してしまいました。
 バブルなんて、夢のまた夢です。

 わが国がもう一度、花を咲かせることがあるでしょうか。
 多分、もう無理でしょうね。


国葬

2022年09月25日 | 社会・政治

 本日は見事な秋晴れに恵まれました。
 久しぶりに、ご近所を1時間ほど散歩。
 気持ちの良い散歩となりましたが、コロナが流行する前はしょっちゅう用事もないのに都内各地に出かけ、歩き回っていたことを思うと、少し、寂しい気持ちになります。

 明後日は安倍元総理の国葬とあって、きっと都内は厳重に警備を行っていることでしょう。

 安倍元総理の国葬については、強硬に反対する人々がおり、それだけでも、国葬を中止したほうが良いのではないかと思います。
 法的根拠が無いとか金がかかるとか、様々な理由があるのでしょうが、結局は安倍元総理が大嫌いというだけのような気がします。

 お葬式というもの、多くの人が故人を悼み、静かに別れを告げるために執り行うべきと考えます。
 今の状況で国葬を強行しても、安倍元総理を悼むというよりは、安倍元総理が行った政策の数々を貶めるための儀式になってしまいそうで、なんだか嫌な感じがします。
 国葬にこだわる必要は無かったのではないかと思います。
 
 国葬ではなく、吉田茂元総理を除く歴代総理と同様に、自民党と内閣が行う合同葬儀で十分でしょう。
 それならば誰も文句は言いますまい。

 お葬式を政争の具にされたのでは、安倍元総理も浮かばれないと思います。


おそろしあ

2022年09月18日 | 社会・政治

 首都圏に大型台風が接近中。
 九州あたりはすでに被害を受けているようです。
 今、千葉市は昼間だと言うのに外は真っ暗で雷鳴が轟いています。
 朝、まだ雨が降り出す前に買い物を済ませたので、私はただ、マンションの窓から外を見つめて慄いています。

 ここ数年、台風は大型化、狂暴化の一途を辿り、異常気象はすでに異常ではなく、日常化してしまいました。
 季候がおかしくなると、生活のすべてが狂っていきます。

 ただでさえ人間の社会は狂っているというのに。

 例えばロシアとウクライナの戦争。
 ロシアが超軍事大国であると思えば、ウクライナなどひとたまりもないと思っていましたが、善戦著しく、ロシアに対して反転の勢いです。
 狂った指導者、プーチンにはとてつもない誤算でしょう。
 しかし、ロシアを侮ってはいけません。
 ナポレオンもヒトラーも、ロシアにというよりロシアの冬にやられてしまいました。
 もしかしたら、プーチンは冬の到来を待って大規模な攻勢を仕掛けるつもりかもしれません。

 おそろしあ。


2022年09月10日 | 社会・政治

 英国のエリザベス女王が亡くなられたとか。
 ずいぶんな長生きで、息子の新国王はすでに御年73歳。
 73歳で新国王とは驚きです。

 現在、天皇陛下を含め、世界各国に王室が残存していますが、これらはいつまで続くのでしょうか。
 今時天皇だの王様だの、時代錯誤な気がします。

 わが国の皇室の人々、生物学的には人間ですが、社会学的には人間ではありません。
 選挙権も被選挙権もなく、職業選択の自由も住居の自由も無い。
 いわば現代の賎民とでもいうべき存在です。
 あらゆる権利や自由を制限し、その代わりに崇め奉るとは、そしてそんな人々の存在を許すとは、私にはにわかには信じられません。
 さらには宮内庁だの皇宮警察だのに莫大な税金を投入する。 
 そんなことまでして、誰にどんな利益があるのでしょう?

 このブログで何度も書いたとおり、私は天皇制は廃止すべきものと考えています。
 差別はいけないと言いながら、国家総出で皇室の人々を差別しているではないですか。
 人間らしい生活をおくれるよう、差別は撤廃すべきです。

 聖と賤が表裏一体であることなど、さんざん言い古された物言いです。
 聖とされる人は必ず賤なのです。
 そういう者の存在は、国家統治には便利かもしれません。
 しかし国家統治に便利だからと言って、ごくわずかの人々を差別してよいという道理にはなりません。

 どうか皇室の方々を差別にまみれた世界から救いださんことを。


戦前か?

2022年08月15日 | 社会・政治

 今日は敗戦記念日なのですね。
 77年経つのだそうで。
 ずいぶん長い間、わが国は平和を享受してきました。
  それは有難いことだと思います。

 ただ、昨今の世界情勢を見るにつけ、不安がよぎります。
 主要な大国は武力で領土拡張を狙うのはご法度というのがつい最近までの常識だったと思います。
 しかるに、ロシアはウクライナを侵略し、戦いはもう5カ月も続いています。
 ひと昔前だったら世界大戦になっていてもおかしくないと思います。
 西側の民主主義国家群は現代の常識に沿い、ロシアと戦おうとしません。
 ロシアの野望が達せられたら、ロシアと同じ専制国家の中国が台湾を武力で奪い取ろうとするかもしれません。
 そうなったらわが国も無傷ではいられないでしょうね。

 昨年までの8月15日と今日では、状況が大きく変わってしまいました。
 昨年までは戦後だったかもしれませんが、今、わが国は戦前を迎えたような気がします。
 次なる戦争の戦前。

 民主主義国家は専制国家の脅威にさらされています。
 わが国は米国に占領され、わが国が再度軍事大国になって世界を相手に戦うことを恐れた米国によって、即席の憲法で武装を禁じられました。
 しかしソ連との冷戦を迎え、米国は態度を豹変させ、わが国に応分の軍事的貢献を求めることとなりました。
 ほとんど改正は不可能な、国会における3分の2による発議、さらには国民投票を経る、という足かせをつけ、米国は後悔したでしょうね。

 わが国の主に保守系の政治家は、警察予備隊、保安隊、自衛隊と、名前を変えながら解釈改憲によって軍事力を整備し、今では英国の軍事雑誌で世界第5位の軍事大国と称せられるまでになりました。
 そのことは結構ですが、長いこと軍隊ではないみたいな苦しい言い訳を繰り返し、しかし実際は戦車や戦闘機を持つと言う、法律と現実との乖離が生まれました。
 これはわが国の人々の倫理感を破壊するような、大嘘であったと断じざるを得ません。
 不幸なことです。
  
 もし私が危惧するように、戦前に入ったのだとすれば、わが国は更なる軍事力の強化が必要でしょうね。
 台湾を攻めれば自衛隊という変な名前の日本軍がやってきて、大きな損害を被ることになると、中国に恐怖を与えなければなりません。

 今日まで主要大国が大規模な戦争をせずに済んだのは、第三次世界大戦に発展することと、核兵器使用に対する恐怖が主たる理由かと思います。
 多分人間が人間であるかぎり、平和は恐怖でしか保たれないのだろうと思います。
 それならばわが国が平和を維持するためには、ロシアや中国、北朝鮮に、わが国に対する恐怖を植え付けなければなりません。

 それは誠に馬鹿々々しい、愚かなことだと思います。
 しかし狂気を帯びた国々が世界を席巻する現在、わが国一人が正気を保っているわけにはまいりません。
 どこもかしこも狂っているのなら、狂気こそが正常ということになりましょう。
 わが国は狂気を身に纏い、この不確かな平和を維持せしめるよう、軍事大国化への道を突き進むより他、選択肢はありません。

 嫌な時代が訪れたものです。


77年

2022年08月09日 | 社会・政治

 今日、長崎に原爆が投下されてから77年目にあたるんだそうです。

   私の実母は幼いころ長崎で被爆したのですが、齢80を超えてなお、その日のことは鮮明に覚えているようです。
 皮膚がただれ落ちてなお絶命にいたらず、黒い幽霊のように歩く人々。
 水を欲しがっても、水を飲むとすぐに亡くなってしまうと分かっているため、水をあげられずに忸怩たる思いで、その場をやり過ごす民衆。

 大きくて真っ黒な雨が降る中、実母は生き残ったのでした。

 現在もいたって元気で、放射能に強い体質であったのかもしれません。

 原爆投下から77年ですから、被爆を体験して存命なのは、当時子供であった人々ばかりでしょうね。
 20歳で被爆したら、今97歳ですから、成人後に被爆した生存者は数えるほどではないでしょうか。
 ほどなくして、原爆投下は現代の問題ではなく、歴史的事実になっていくのだろうと思います。

 わが国に投下された2発の核兵器による損害の記憶が、世界の指導者に核兵器使用を躊躇させているのは確かだと思います。

 過去最大の核戦争の危機と言われたキューバ危機に際しても、米ソとも、核戦争は免れないと感じながら、政治の知恵でこれを回避できました。
 核兵器の怖ろしさを、わが国の惨状を見て記憶していたからこそ、核戦争を回避しえたと言っても過言ではないのではないでしょうか。

 しかるに、プーチン大統領は、ウクライナにおける小型核兵器の使用を検討しているやに聞き及びます。
 まったく馬鹿げています。
 狂気じみていると言っても言い過ぎではないでしょう。

 主要先進国は侵略戦争など仕掛けないのが今や常識。
 まさか本当に使用するとは思いませんが、戦争が膠着状態に陥り、勝ちを焦った大統領が最後の手段とばかりに核のボタンを押さないとも限りません。
 戦争というもの、より多く殺し、より多く破壊したほうが勝つようにできていますから。

 そういう意味では、太平洋戦争時、わが国は殺すことも破壊することも十分ではなかったと言えますね。
 だからこそ敗れたのです。
 誠に残念ですが。

   わが国は専制主義国家の中国、北朝鮮、ロシアに囲まれています。

   ウクライナの惨状を見れば、これら専制主義国家と戦うわけにはいきません。
 彼らを震え上がらせるような強力な軍隊を保持することが、戦争を避けるもっとも有効な手段だと思います。

  太平洋戦争の轍を踏まないためにも。

 


泥船

2022年08月05日 | 社会・政治

 長い一週間の勤務が終わりました。
 金曜日の夕方ほど嬉しい時間はありません。
 
 私が20代の頃、バブルは弾けたとはいえ、躁病のような浮かれた雰囲気が、世間に色濃く残っていました。
 当時は花金などと言って、金曜日の夜は弾けるのが良いとされていました。
 馬鹿なことだとは思いながら、私も流行りに乗っていました。
 
 今ではコロナのせいもあって、金曜日だからといって何も特別な空気は流れていません。
 バブルの頃が異常だっただけで、今は正常に戻ったと言うべきでしょうね。

 バブルが弾けて後、わが国は30年にも及ぶ長い停滞期に入り、それは今も続いています。
 給料は上がらず、景気の良い話など聞くことも無くなりました。
 少子高齢化はますます進み、将来、わが国はどんなことになるのか、また、衰え行く国家を舵取りするリーダー達は、何を目標にするのか、全く分かりません。

 漠然とした不安がわが国を覆うなか、国民も、自国の将来が見えずにいます。

 この不安の中にあっても、庶民は勤労に励み、金曜日の夜にはわずかばかりの解放感にひたる小さな楽しみを持ち続けています。
 それを生活と呼ぶのでしょうね。

 庶民の小さな楽しみを思う時、私もまた小市民に過ぎず、日曜日の夜には暗くなり、金曜日の夜は解放感に浸ると言う無限のループにいるようで、それを同じくする同時代の人々すべてを、愛おしく感じます。
 同じ泥船に乗った仲間として。

 この泥船、近いうちについに沈むのか、あるいは木造船くらいには出世するのか、どうなんでしょうね。
 浮かれつつも物思いに沈む、金曜日です。


祈り

2022年08月03日 | 社会・政治

 今年の夏は、異常な暑さです。

 異常であるがゆえ、過剰なまでに冷房を効かせてしまい、明け方、激しいくしゃみの連発とともに目覚める、なんていうことになっています。

 職場では、40年も前に作った空調ゆえ、細かい温度設定ができません。
 今時珍しい、「弱・中・強」なのです。
 しかも、「弱」でも寒いくらいによく効くため、職場でも鼻炎カプセルが手放せません。

 今夏の異常な暑さはわが国一国のことに非ず、欧州や北米をも席捲しているとの由。
 欧州では平時夏の暑さはそれほどでもなく、ゆえに冷房設備整わず、そこへ40度超えの酷暑にして、死者が出るのも道理です。

 そして世の状況を眺めれば、遠いウクライナはロシアの侵略に苦しめられ、ロシア兵はロシア兵で大義の無い戦を続けることに疲弊している様子。

 ウクライナ、ロシア双方にとって何の利益ももたらさない、滑稽とも言うべき愚かな戦いが続いています。

 わが国では安倍元総理の暗殺という大事件勃発。
 昨日の新聞のコラムでは、暗殺された、という受動的な言い方ではなく、殉職した、という能動的な言い方をしたい、と、変な理由で暗殺を殉職と言い換えようとしたりする輩も現れました。

 演説中の政治家が後ろから撃たれたら、それは殉職ではありません。
 警備の警察官が殺されたのなら殉職でしょうけれど。

 安倍元総理の死をヒロイックに装飾したいという思惑なら、故人にも遺族にもいらぬお節介というところでしょう。 

 コロナの蔓延は長引き、コロナ疲れもひどいせいか、最近わが国を含む先進諸国が、コロナをインフルエンザのような「普通の感染症」と見做そうかという動きがあるやに聞き及びます。

 今までの忍耐が水の泡という気がしますが、経済への大打撃がそんな妄言を吐かしめているのでしょうか。

 私はもう休日に出かけないのが当たり前になったし、マスクをしないとパンツを履いていないような違和感を覚えるに至り、何十年でもコロナと付き合う気持ちになっていました。

 何がどう変というわけでもありませんが、あらゆる歯車が狂い、少しづつ、私たちの生活を脅かしているように感じます。

 ここに至って、神頼みというか魔除けというか、そういう報道に接しないのが逆に不思議です。

 古く、京都の八坂神社は疫病除けで有名でした。
 それら祈祷は今となっては流行りませんが、きっと細々と続けられているのだと思います。

 それらも神事と言えば言えるわけですから。

 祈るということ、じつは大きな力が存在します。
 物理的な力ではないにせよ、大勢の人間が一つの事柄に関して祈ること。
 それらは言わば柱となり、あるいは風となって共同体の結束を固め、困難を克服する力を生み出すような気がします。

 だから私は、手指の消毒を欠かさず、マスクも着けて、今夏の異常の収束を祈りたいと思っています。


暗殺

2022年07月09日 | 社会・政治

 昨日安倍元首相が凶弾に倒れました。
 安倍政権と言えば、通算8年8か月の長きに渡って首相を務め、その功績ははかりしれません。
 要人が暗殺されるのは、はるか昔の2.26事件以来ではありますまいか。
 まさか銃規制の厳しいわが国で、このような事件が起きるとは。
 やり切れません。
 犯人は安倍元総理の思想信条を恨んでいたのではないと証言しているそうですが、あてにはなりません。
 なにか大きくて邪悪な勢力の後ろ盾があったとしか思えません。
 それは右翼か左翼か分かりませんが、どちらにしろ、素人の単独犯行とは思えません。
 わが国はどうなっちゃったんでしょうね。
 今度の参議院選挙、自民党が大勝ちするかもしれませんね。
 同情票ということで。
 安倍元総理の死で得するやつは誰なのか、警察の詳細な捜査が待たれるところです。
 敬愛する安倍元総理、安らかに眠らんことを。


電力

2022年07月03日 | 社会・政治

 今年は早くも梅雨があけ、猛暑日が続いています。 
 しかしながら、私は車通勤。
 通勤の車は、当然、冷房しています。
 事務職なので、職場は寒いほど冷房を効かせています。
 自宅ももちろん、ずっと冷房。
 そのせいか、暑さをあまり感じずに過ごしています。
 文明の利器のおかげで、昔の王侯貴族ですら味わうことの出来なかった、過ごしやすい夏をおくっています。
  子供の大学生にいたるも自室にエアコンがなく、夏、わけても夏の夜はしんどい思いをしましたが、それもはるか昔の話。
 もう30年以上、夏は冷房の効いた部屋で過ごす贅沢を享受しています。

 今は適切にエアコンを使用し、熱中症を予防せよの大合唱ですが、かつては冷房は体に悪いとされていたように記憶しています。
 良い時代になったものです。

 ただし、今夏は電力の需給が切迫しているとかで、節電が呼びかけられています。
 エアコンを使え、ただし節電せよ、というのは矛盾というもの。
 私はもちろんエアコンはガンガン使い、節電などしていません。

 思えば福島の原発事故以降、原子力発電は急速に減らされ、それが現在の電力不足につながっていると思います。
 再生可能エネルギーで電力を賄うのが理想だとは思いますが、現時点ではそれはあまりにも不安定というもの。


 結局、原子力発電の割合をかつてのように戻すしかないのではないかと思います。

 便利な文明の利器には、おおきな問題もあるようです。
 どうか政治家の皆様におかれましては、現状に鑑みて、必要なエネルギー政策を実行してもらいたいと切に願います。


 


呪う

2022年04月29日 | 社会・政治

 今日からゴールデンウィーク。
 2日と6日に休暇をとれば10連休になりますが、今の部署に移ってまだ一か月の私には、そんな余裕はありません。
 暦どおりのお休みです。
 面白くはありませんが、やむを得ざる仕儀と言うべきでしょう。

 私は私の小さな問題を片づける能力しかありません。
 いや、それすら無いのかもしれません。

 まして遠い異国の争いなど、ただ傍観するだけです。
 酷いことになってはいますが、私にはどうすることもできません。
 人間というもの、よほど争い事が好きなようです。

 自分を救うことさえ出来ないとは、私は私を呪うしかありません。


3.11 あれから11年 

2022年03月11日 | 社会・政治

 今日は3月11日。
 東日本大震災の日です。

 思えばその時、私は職場復帰していくらも経っておらず、管理職の配慮により、暇な部署でのんびり過ごしていました。


 ところが午後2時過ぎだったでしょうか、強い揺れが起こり、職員は急遽玄関前の庭に避難するよう放送で命令がありました。
 直後、私鉄、JR、バスなど、あらゆる交通機関が完全にストップしていることが判明。
 建物に大した損傷はありませんでしたが、即時帰宅が命じられました。
 
 しかし公共の交通機関が動いておらず、帰るに帰れない者たちは、職場に段ボールを敷いて眠るしかありませんでした。

 私は車通勤でしたが、普段なら30分で着くところ、激しい渋滞でわずか14キロの距離に5時間もかかりました。
 途中休憩のためコンビニに寄ったのですが、早くも水やおにぎり、弁当などは全て売り切れで、トイレにも長蛇の列。
 その時は東北の惨状など知る由もなく、何が起きたのか分かりませんでした。

 帰宅してテレビを見て初めて、大地震や津波によって、東北地方はひどいことになっていると知りました。
 特に津波に流されていく車や家屋には、ひどいショックを受けました。 
 復職して間もない私は、精神がやっとかさぶたに覆われたような状態で、人の悪意にひどく感応してしまうことは自覚していましたが、他人の不幸にも激しく心を痛めつけられるのだと知りました。

 その後何日も職場は開店休業状態となりました。

 その時は民主党政権下で、菅直人が総理大臣でしたが、あまりの狼狽ぶり、無能ぶりに全国民のみならず全世界が呆れ果てました。
 
 最高指揮官たる総理大臣が官邸を留守にして被災地を訪れては被災者を励ましたり、東京電力に乗り込んでは幹部を怒鳴りつけたり。
 その間刻々と上がってくる報告や、指示を求める声に、官邸は悲鳴を上げていたはずです。
 危機の真っ最中に総理大臣が現場を訪れるなど有りえないことぐらい、子供にだってわかるというもの。  

 活動家あがりの政治ゴロに危機下の国家を舵取りする能力は無かったようです。

 一方、被災者たちが、全く暴動や略奪を起こさないことが、世界のメディアを驚かせ、また称賛されていました。
 日本人の国民性だとか言っていましたが、だだでさえひどい状況で、暴動や略奪を起こす気力も体力もなく、そんなことをしても誰も得をしないと分かっていたからでしょうね。

 あれから11年。 

 着実に復興は進みましたが、まだ行方不明の方が多くいると聞きました。
 もはや存命ということはなかろうと思いますが、海中などで、細々と捜索活動が続いているそうです。
 骨のひとかけらでも見つかれば、ということでしょうか。

 この11年、私個人にとっても、日本あるいは世界にとっても、長い年月でした。
 自然災害の恐ろしさを痛感させられました。

 そして、今。

 ロシアはウクライナに侵攻し、破壊の限りを尽くしています。
 ロシアは局地的な小型核兵器の使用を検討しているらしいと報道で見ました。 
 なんとも愚かな人災です。
 ロシアはウクライナを軍事小国と侮って攻め入ったのでしょうが、侵略されている側は必死で戦いますから、簡単に降伏せしめることはできません。

 天災と違い、人災は防ぐことが可能なはずですが、当事国のどちらかが戦うことを決意してしまった場合、なかなか簡単にはいきません。

 ウクライナの姿を見るにつけ、勝てないまでも負けない軍事力を持つことが、わが国が平和を保つ第一歩だと感じます。
 相手国が戦うことを決意できなくさせるように。