スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

東京優駿&情報の分断

2021-05-30 19:27:06 | 中央競馬
 日本ダービーの第88回東京優駿
 レッドジェネシスはすぐに控えました。逃げたのはバスラットレオンで向正面に入るあたりで3馬身くらいのリード。2番手にタイトルホルダー。3番手にエフフォーリアとヴィクティファルスとグラティアス。6番手にシャフリヤールとサトノレイナス。8番手にバジオウとワンダフルタウン。10番手にヨーホーレイクとグレートマジシャン。12番手にタイムトゥヘヴンとラーゴムとステラヴェローチェとアドマイヤハダル。向正面に入ってバスラットレオンのリードも縮まり,15頭が密集してのレース。2馬身差でディープモンスター。3馬身差の最後尾にレッドジェネシス。最初の1000mは60秒3の超スローペース。
 サトノレイナスが外から上昇し,直線の入口ではかなり外へ。バスラットレオンのすぐ外から伸びてきたのがグラティアスでエフフォーリアはその外へ。そこからエフフォーリアが抜け出して先頭。その内に進路を取ったシャフリヤールが追い上げてきて,2頭が並んでフィニッシュ。写真判定となり,優勝は内のシャフリヤール。エフフォーリアがハナ差の2着。坂を上ってからまた伸びたサトノレイナスに,エフフォーリアとサトノレイナスの間から伸びたグレートマジシャンとステラヴェローチェが迫って3頭の3着争い。こちらも写真判定で,真中のステラヴェローチェが1馬身4分の1差で3着。内のグレートマジシャンがハナ差の4着で外のサトノレイナスがハナ差で5着。
 優勝したシャフリヤールは毎日杯からの連勝で大レース初制覇。新馬を勝った後,共同通信杯に挑戦してエフフォーリアの3着。このときに2馬身半強の差をつけられていたのですが,こちらが新馬を勝ったばかりでの重賞挑戦だったことを考慮すれば,十分に逆転も可能だったと考えられます。ただ,このレースはエフフォーリアが王道のレースをして,それを内から僅かに差しての優勝ですから,能力が完全に逆転したとまではいえないでしょう。ただ3着との差はペースを考えると大きく,この2頭がほかに比べては現時点での能力で明らかに上回っているのは間違いないといえそうです。父は第72回を制したディープインパクトで父仔制覇。4つ上の全兄に2017年に毎日杯と皐月賞,2019年に大阪杯を勝ったアルアイン。Shahryarはペルシア語で偉大な王。
 騎乗した福永祐一騎手は天皇賞(春)以来の大レース39勝目。第85回,87回に続く連覇で日本ダービー3勝目。管理している藤原英昭調教師は一昨年の高松宮記念以来の大レース16勝目。第77回以来11年ぶりの日本ダービー2勝目。

 現実的に存在する各人の喜びlaetitiaと悲しみtristitiaは異なります。たとえば地球の温暖化についていえば,たとえそれが未来のことと表象されるとしても,強い悲しみとして感じられるために,それを防止するために,現在の喜びを断念したり現在の悲しみを受け入れるという人もいるでしょうし,逆にそれは未来のことだと表象されるがゆえに,悲しみとしては弱く感じられることによって,それを促進させてしまうとしても,現在の喜びを希求したり現在の悲しみを除去することを選択するという人もいるでしょう。同様に新型コロナウイルスの場合でも,罹患していない人は罹患するとすれば未来のことであり,かつ罹患するかどうかも不明ですから,罹患することの悲しみはきわめて弱く感じられるために,感染するリスクを高めてしまうことであれ,現在の喜びを希求したり現在の悲しみを除去することに注力する人もいるでしょうし,たとえそれが未来に確実に生じることではないとしても,感染することの悲しみの強さのゆえに,現在の喜びを断念したり現在の悲しみを受容することの方を選択する人もいるでしょう。これらはどちらも二者択一であるがゆえに,一方が他方を,他方が一方を非難し合い,社会的な分断や亀裂を生じさせる要因となり得るのです。
                                   
 なおかつ僕たちは,自身の悲しみについてはそれを否定しようとし,喜びについてはそれを肯定しようとします。こうしたことから現実的に亀裂が生じた場合は,余計に双方の非難合戦が熾烈になり,さらに大きな亀裂が入ることになります。いい換えれば亀裂が亀裂を再生産していき,修復が不可能とはいわないまでも,困難な状況にまで進捗していくのです。しかも,悲しみを否定しようとする場合には,第三部定理一三系により,それを表象するimaginariこと自体を厭うようになるのですから,将来の地球の温暖化による悲しみを軽んじる人はそれに関連する情報に接触することを厭うようになりますし,新型コロナウイルスに感染することの悲しみを軽んじる人は,同じようにそれに関連する情報に接触すること自体を厭うようになります。そしてこのことは逆の場合にも真verumなので,社会の分断は情報の分断も生み得るのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする