漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

月の雪原 / 第一部・雪原 / 8・死の家・8

2009年01月18日 | 月の雪原
 ツァーヴェは助手席で小さくなって、声を殺して泣いていたが、次第に我慢ができなくなって、大きな声を上げて泣き始めた。アトレウスはツァーヴェの肩に手を掛け、もう一方の手の指で、零れ落ちてきた涙を拭った。アトレウスは言った。「車を出そう。オルガが一人きりだ」
 白い雪原の上を、アトレウスの車はゆっくりと動きだした。そして次第に速度を上げ、森の中へ入っていった。
 
 オルガの葬儀は、アトレウスが全てを取り仕切って行うこととなった。というのも、オルガやトゥーリには身内と呼べる人間は少なく、しかも長い間没交渉となっていたこともあって、連絡が容易にはつかなかったのだ。唯一連絡が容易くついたのはオルガの姉夫婦だったが、住んでいたのは、陸続きであるとはいえ他国であった。しかも彼女は今体調を崩しているということで、旅をするのは不可能であるということだった。彼女の夫も、丁度仕事で海外に出かけているという。アトレウスはオルガらの残した住所録を調べ、彼らの元同僚らのうちの何人かには連絡をつけたものの、住んでいる場所が遠いため、残念だがこちらには来れないという返事ばかりだった。それでアトレウスは、長い間の付き合いでオルガやツァーヴェが他人とは思えなくなって来ていたし、彼自ら葬儀を仕切ることにしたのだった。そしてツァーヴェの身元も、とりあえずは自分が預かることにした。
 葬儀はごく簡単に済ませた。費用の問題もあったし、参列者も少なかった。それでもアトレウスは町の人々から慕われていたから、皆の助けもあって、それほど惨めな葬儀にはならずに済んだ。オルガは、共同墓地に葬られるという可能性もあったのだが、アトレウスとツァーヴェの強い希望で、彼女の小屋の近くに葬られた。アトレウスがツァーヴェから土地を買い取るという形で、墓を小屋とともに保存することにしたのだ。
 葬儀の後、ツァーヴェは小屋からいくつかの身の回りのものを抱えて、アトレウスのアパートに移った。その中には、彼の宝物を詰めたクッキーの箱も含まれていた。
 アトレウスのアパートは町の中ほどにあった。白い外観が随分と煤けていて、それほど新しくはないアパートだが、部屋は三つあり、二人ならそれなりにゆったりと暮らせそうだった。アトレウスは、見かけによらず結構綺麗好きのようで、部屋はそれなりにきちんと片付いていた。とはいえ、神経質といった感じでもなく、埃はあちらこちらに白く積っている。物が散乱しているのは気になるが、埃はそれほど気にならないらしい。アトレウスは彼の友人と一緒にツァーヴェの小屋から運んできたベッドを部屋の中に運び入れ、一番小さな部屋の中に据えつけた。そしてツァーヴェに、これからしばらくはここがお前のベッドだと宣言した。


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