漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

七枚綴りの絵/最後の絵/日輪の城郭・32

2007年04月18日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)
 懐かしい彼女だった。横を向いていたから、一層身体の線が優美に見えていた。声が詰まって、何も言葉が出て来なかった。だがその一瞬が過ぎると、今度は声を出すと彼女が幻と消えてしまいそうで、声を出すのが躊躇われた。余りにも長い間、私は一人で過ごしすぎたのだ。
 それで、落ち着くまでじっと彼女を見詰めていた。彼女は、まるでこちらには気が付かないといった風で、横を向いたまま、佇んでいた。彼女は白い服を着ていたのだが、その服に光が反射していたせいなのだろうか、周りがどことなくぼんやりと光って見えた。
 私は彼女を呼んだ。小さな声だったが、彼女の耳には届いたようで、こちらを振り返った。それから、彼女も初めて私に気がついたというように、驚いた表情で、手を口に持って行った。私は身体を滑らせて、ベッドから立ち上がった。それから彼女の方に向かって歩いた。彼女も数歩、こちらに向かって歩みを進めた。そして、私たちは固く抱擁を交わした。腕には確かに彼女の身体の重みがあり、決して幻ではなかった。
 会いたかった、と私は言った。どれほど長い時間、私はあなたに会いたいと思いながら過ごしたか、とても分からぬ程です。
 それはわたしも同じことです、と彼女は言った。けれども、きっと会えると信じておりました。
 私は、時々は疑いたくなることも、ありました、と私は言った。余りにも長い時間でしたから。
 あなたの前から、突然消えたことを恨んでいるのですね?
 恨んではいません。ただ、不安だったのです。ですが、今はもう、何も言う事はありません。
 私は再び彼女を強く抱擁した。彼女の身体の柔らかさが、嬉しかった。
 あれから、幾星霜の年月が流れ去りましたが、と私は言った。あなたは全く変わってはいない。
 それはあなたも同じですわ、と彼女は言った。けれどもそれは、不思議なことではありません。この場所では、年を取ることがないのですから。
 というと?
 この塔は、別の時間に属しているのです、と彼女は言った。あなたもわたしも、この塔に属している限り、決して年をとることがないのです。
 まさか!
 本当です。彼女は言った。その証拠は、あなたとわたしではないですか?
 しかし……。私は言いかけて、ふと気が付いた。
 それは、あなたはこの塔にずっといたと、そういう意味ですか!
 ええ。ここは、私の城ですから。
 それは余りに酷い!それなら、どうして今まで姿を見せてはくれなかったのですか!