前回の『
農業と食の問題を通して世界の潮流を考える(3-2)』において、『遺伝子という山を越えた先にあるもの:アフリカの遺伝子組み換え作物の実態と遺伝子編集技術の暗示するもの』という文献の(要旨)と(序論)部分のみの紹介を行い、次回はGE技術擁護者の訴える3つの特徴に関する擁護側と懐疑派側の論点を紹介する旨を記して前回は終えました。以下にこの擁護側と懐疑派側の3つの特徴に関する議論を今回は紹介します。
GE技術を成功裏にアフリカ大陸に普及させたいのであれば、どのような条件が必要なのかに関する議論は、今回も見送りました。また別の機会に紹介するつもりです。
では、以下に紹介を始めます。
3つの特徴(精密性・コスト・迅速性)が、遺伝子編集技術と遺伝子組み換え技術の両技術の潜在能力の説明に長く使われてきている。
これら3つの特徴を継続的に主張し続けたが為に、多くのアフリカ農民の利益が妨げられてきていたと言える。よって、これら3つの長所とされた主張を精査して調べることは意義有ることであろう。そして、制度的構造と評価基準に焦点をあてることで、アフリカにおけるGM作物の複雑な遺産から得られる教訓について学ぶことができると考える。
そして、今後GE技術に焦点が当てられるであろう今後の育種プログラムの中にGM作物から得られた教訓をどのように組み込んでいくかに関する、我々の推奨事項を最後に述べることとする。
そのためにも、遺伝子だけに焦点を絞り込み過ぎることなく、遺伝子も含めての全体的視野に立ってアフリカの農業施策全般を考えていくことの重要性を、資金提供者らや政策決定担当者らに提案したい。
【遺伝子組み換え(Genetically Modified;GM)からゲノム編集(Genome Editing;GE)へ】
1980年代後半そして1990年代初めから始まった分子内マッピング技術の発展により、科学者らは、価値ある形質に繋がる遺伝子の特定が可能となった。一方で、遺伝子の組み換え(genetic modification)技術の発展により、育種業者はある生命体の遺伝子を別の生命体へと移すことが可能となり、生殖の概念の壁が取り払われてしまった(Stone,2021)。
遺伝子技術者らは、土壌中に常在する菌であるバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus Thuringiensis,Bt菌)の遺伝子を切り取り、栽培植物に組み込むことが可能となった。
GM作物の推進者らは、この新たに達成された技術の成果は、単に作物の改質が達成できただけではなく、この新技術により貧困が削減でき、食料安全保障が改善され、経済と人類の発展が約束されることになる、との評価を広めていった(Bouis,2007;Qaim&Kouser, 2013)。
初期のバイオ技術の大半を開拓したアメリカでは、GM作物が急速に市場を拡大した。今日ではトウモロコシ・大豆・綿花の90%以上がGM作物である(USDA,2020)。
世界全体で見ても、GM作物は26の国々で2億haに近い耕作面積で栽培されている(ISAAA、2019)。
しかし栽培されているGM作物の種類は4つ(大豆・トウモロコシ・綿花・キャノーラ)のいずれかであることがほとんどである。GM作物栽培に割り当てられている耕作地の88%は、除草剤耐性機能を組み込んだ作物向けであり、その中の45%は除草剤耐性機能とともに害虫抵抗性機能を同時に組み込んだ作物である(ISAAA,2019)。
【除草剤耐性機能は、世界的に最も汎用されているモンサント社(現在はバイエル)除草剤glyphosateの散布でも枯れることがない特質をもつ種子。害虫抵抗性機能はバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus Thuringiensis,Bt菌:生物農薬として30年以上の実績を持つ)が持つ作物の葉を食べる毛虫に対し殺虫効果を持つBt菌からの形質を組み込んだ種子】
GM推進者らが、GM技術の利点を強調する例として、果物や野菜栽培を行うに当たってウイルス抵抗性の形質を導入することが有益であると主張しているが、実際に応用され利用されているケースの規模は小さい。
潜在的な価値があると見られる別の形質として日照りに強い形質や栄養成分強化に繋がる形質があるが、これらの開発は充分に為されていないのが現状である。
GM作物の研究・開発は今も続いているが、新たなバイオ技術が出現してきている。
それがゲノム編集(GE)技術であり、この技術はDNAの繋がりであるヌクレオチド連鎖上で、加える・削除する・変換する、または置き換えるといったことを行って、作物の遺伝子構造を変換する技術である。
ゲノム編集技術には幾つかの異なったやり方・道具がある(Glover et al、2020)。
これまでのGM技術では、ヌクレオチド鎖の変換はランダムに行うことしかできない状況であったのに対して、GE技術においては、ゲノム連鎖内のヌクレオチドの繋がりのターゲットとする部分に対し編集が行える、という特徴がある。
GM技術と比べて、GE技術には3つの大きな特徴があるとGE技術の推進者らは指摘する。
1 精密さ:ゲノム内のターゲットとする箇所を、高い精密度・大きい制御力で編集ができる。
2 コスト:必要なインフラ装置・設備は極めて少なく、GE処理のコストは低い。従ってGE技術は「民主的であり、ハードルの低い技術」である。
3 迅速性:GM技術と異なりGE作物には別種生命体からの外来性遺伝子物質は組み込まれない。従って、研究室レベルから上市レベルまでにクリアしなければならないハードルは、GM作物に比べて低いことから、商品化までに要する時間とコストは低いだろうとの主張である(Macnagthten&Habets,2020;Smyth,2020)。
これらGE技術を擁護し、GE技術から生れるビジネス機会の最大化を目指す人々の主張する特徴の妥当性とその主張に疑念を持つ人々の考え方・意見を、以下に詳細に検討してみたい。
第一の主張:精密さ
Charpentier氏とDoudna氏の2020年ノーベル化学賞受賞の際、スウェーデン王立科学アカデミーは彼らの開発したCRISPR-Cas9遺伝子編集技術が「極めて精密性が高い」点を強調した。植物の品種改良を行う専門家らも、この技術が従来の遺伝子組み換えの抱えていた課題を克服する「超精巧」なもの、として歓迎した。
しかしながら、CRISPR-Cas9遺伝子編集技術には、実際に利用する場面において多くの複雑さが存在していることが明らかになってきている。
即ち育種家らはCRISPR-Cas9遺伝子編集技術を利用するにあたって、多くの他の技術も合わせて一緒に利用しており、例えば、最近Corteva Agriscience社は、グリフォサート耐性トウモロコシと害虫耐性トウモロコシの認可申請を欧州の食料安全機関に行っているが、これらの新しい種子は、CRISPR-Cas9遺伝子編集技術と共に旧来の遺伝子組み換え(GM)技術も利用して作られているのである。更に、利用される遺伝子編集技術の種類並びに対象とする植物の種類によっては、GE技術ではあっても外来のDNAの挿入に繋がる可能性が否定できないとされる。
即ち、新たに導入を考える形質に対応するゲノムが対象とする植物に存在しない場合には意図的に外来DNAを挿入する可能性があり、またそれとは別に遺伝子編集技術の工程中、意図はしないものの副次的に挿入が起こってしまう可能性がある。例えば国際熱帯農業研究所の科学者らは、プラスミド伝達(plasmid delivery)を用いてバナナの遺伝子編集を行っているが、編集に用いた「選択マーカー(selectable marker)」がバナナのゲノムに挿入されてしまい、結果として外来DNAが組み込まれたトランスジェニック植物が作り出されたと指摘している。
CRISPR技術は、外来遺伝子の挿入が無い点で従来のGM技術とは異なるとしばしば指摘されるが、遺伝子編集(GE)作物には外来性DNAの小断片が導入され含まれてしまう可能性があり、現在良く宣伝に利用されている言説・説明は誤解を招く危険を内在していると言える。
外来からDNAの挿入は無いと主張することで、遺伝子編集作物が遺伝子組み換え作物とは別種のものだとする説明は、これら2つの技術の間に存在する不都合な類似点や重なり状況を都合よく隠ぺいしたい利害関係者らが行いがちな「目標・結果ありき」の言説戦略だと言えるのである。
第二の主張:コスト
GE技術の秀逸性を強調する主張の第二番目は、コスト面であり、この技術が植物の育種に関わる多くの人々に利用できる『民主的な技術』であるとする点である。
例えば、2015年のNature誌には、CRISPR技術が簡便であり、必要な資材の入手が容易であり、研究者が実際に行う必要のあることは、研究目的に合致するRNA断片を注文することだけで、他の資材は、通常の在庫から容易に入手でき、要するコストは30ドル未満であり、アフリカ農民らが直面する課題に対し解答を模索する開発者や技術擁護者らに対してもコスト的に参入可能な障壁の低い「民主的な育種技術」だと指摘している。
上に述べられたGE技術の特徴、例えばハードルの低さや様々な地域でも利用可能な『民主的』技術であるといったGE技術がばらまいた夢は、しかし高度の技術集約型を特徴とするバイオ技術企業が勃興し、これら大企業が取りくんだ厳格な知的所有権戦略によって残念ながら打ち砕かれてしまった。
米国における1980年のDiamond対Chakrabartyの裁判の判決により、GM作物を含む生きた生命体にまで知的所有権は効力の範囲が拡げられる事となった。
この判決により、企業間の知的所有権競争が激化し、発明競争と共に法令順守に係るコストの拡大が発生してしまった。
コスト上昇により企業間に合併の動きが起こり、1990年代前半時分には800件ほどの合併や買収やその他の戦略的合同化が農業各種資源供給企業からなる業界で見られ、10年前の1/5の企業数に減少したのである。
企業合同化の波は、知的所有権の効力を強化することに繋がり、この潮流が21世紀にはいっても継続しており、今日では4社の巨大企業(バイエル-モンサント;ケムチャイナ-シンジェンタ;BASF;コルテバアグリサイエンス)が世界の種子ビジネスの65%を支配している状況となっている。
1990年代後半、これらの多国籍企業はGM技術から得られる種子の持つ潜在能力の大きさに沸き立ち、これら種子がアフリカの貧困と飢えの解決に役立つと考え、彼らは知的所有権で守られた彼らが作成の種子をアフリカに送り込んだのである。
GM種子の第一陣は、種子ならびに必要とされる外部投入資材と一緒にアフリカの農民たちに販売された。販売された種子の価格は、アフリカの農民が扱っていた従来の種子に比べて30~40%高いものであったが、GM種子を利用する栽培法を採用すれば充分収穫高の向上でコスト的問題は無いと説明されたのである(Schnurr, 2012)。
南アフリカにおける初期のデータ(害虫耐性形質を組み込んだ綿花並びにトウモロコシ)によると、初期投資の増額以上の収穫量のアップと投入殺虫剤量低減によるコストダウン効果が出た(Keetch et al., 2005; Thirtle et al., 2003)としているがその後の長期間にわたり検討を継続した所、初期に打ち出された成功事例は、補助金並びに特恵協定による下駄を履かせたことによる結果だったと指摘されている。即ち、これら補助金や特恵協定が無い状況では、GM種子に付随するコスト高はアフリカ農民にとっては採用を躊躇する事態に繋がることが証明されている(Schnurr, 2012)。
2008年Fischer らは、南アで販売の害虫耐性Btトウモロコシが、当時小規模農家が通常購入していた認可済み種子に比べて5倍高いことを認めている。一方、2019年のデータによると、GMトウモロコシ種子が通常手に入る種子に比べて10倍高いとしている(Fischer,2022)。
知的所有権の制約と種子の高いコストが第一世代のGM種子の採用の妨害になっている。
この状況の下、これら採用の障害となっている制約に縛られないアフリカの主要作物のアフリカ版遺伝子組み換え作物の作成に向けた協調的な取り組みが発生している(Schnurr,2015)。21世紀に入りロックフェラー財団は巨大バイオ企業と提携してアフリカ農業技術財団(the African Agricultural Technology Foundation, AATF)を設立し、民間の種子会社とアフリカの科学者の間の協定を仲介し、これら協定のもとでアフリカの農家が知的所有権の制約から利用が妨げられている技術を利用できるようになることを目指したのである(Schnurr, 2017)。
AATFとその支援者らは、害虫・疾病・干ばつに強いイネ・ササゲ・トウモロコシなどのアフリカの主要穀物の遺伝子組み換えの開発に着手している。しかし、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(BMGF)を始めとする強力な援助機関の支援にも関わらず、アフリカ農家向けに特別に設計され、アフリカ農家が利用可能な遺伝子組み換え作物の作成を目指す運動の結果はまだ実現していない。
AATFは巨大アグリ企業とロイヤリティー無しのライセンス契約を交渉しているが、AATFが仲介するPPP(官民連携)の動向は鈍い。
2022年時点で、これらプロジェクトのうち商業化の段階に達したのはナイジェリアのBtササゲの一つだけであり、化学的及び規制上の障害物に足を取られているプロジェクトは、アフリカ向け節水トウモロコシ・ウガンダの栄養強化バナナ・ウイルス耐性キャッサバなどである。
こうした継続的遅延は、アフリカの科学者らや農民の利益を優先するのでなく多国籍企業の利益を優先する姿勢であり、国際的資金供与団体からの資金供給の不安定さであり、バイオ技術に対する寛容な法律の存在であり、そしてPPP事業を遂行する国家が適切な規制政策を欠いているもとでのPPP事業遂行がプロジェクトの停滞を生んでいると考えられる(Schnurr, 2018)。
1990年代の企業統合化の流れと既存のGM技術をアフリカ諸国に適応しようと試みた過去の歴史を顧みれば、GE技術の持つ低コスト性という特質がアフリカの農民らの手ごろな利用に結び付くだろうと主張する技術擁護者らは、立ち止まって考えるべき時だと考える。
現在、展開中のアフリカ固有の作物のGE版作物のなかで、アフリカの研究機関や高度学術団体内で検討されているプロジェクトはほとんどないのである。
更に問題な点であるのは、各種組織がGE技術の様々な場面で知的所有権争いを展開している環境のもとで、知的所有権の規則が製品のコストや利用法にどう影響をするのか、研究や研究のデザインにどのように影響するのか、ゲノム編集に必要な材料・機材・材料への入手性にどのように影響があるのか、等で様々な疑問が残されているのであり、これらさまざまな疑問というものはそもそもGM技術の開発展開時にも存在していたものなのだ(Martin-Laffon et al., 2019; Montenrgro de Wit, 2020)。
GE技術の特許出願は、2005年以降15倍以上に増加している(Brinegar et al., 2017; Graff and Sherkow, 2020)。学術機関と企業組織が急速に知的所有権を申請していることは、「基本的な研究手段と考えられるものが、成立する知的所有権の支配下に置かれ、それにより技術の展開や利用性に障害が出る可能性の有ることを科学者らや法律専門家らは危惧している(Egelie et al., 2016)。
GM技術をめぐる知的所有権制度の時と同様は、GE技術の知的所有権化は、ゲノム編集における将来の人道的及び公共の利益のための活動領域を限定することになる。
コルテバ・アグリサイエンス社所有のCRISPR関連の知的所有権の占める領域は広範であることから、今後この領域の技術や構築物の知的所有権を追求する如何なる活動組織もコルテバ・アグリサイエンス社との間でライセンス協議の必要性がある(Egelie et al., 2016)。
現在進行中の知的所有権取得の動向は、GM技術の利用時に生じたことと同様に、GE技術に関しての企業支配の集中化を引き起こす可能性がある。
CRISPR技術の知的所有権化の動向と本技術の利用性が、今後「衝突を引き起こすか、または協調化が起こるか」は、今後の動向を見ないと判断できない状況ではある(Sherkow, 2018)。GeorgesとRay(2017)は、「大企業が利益最大化のために課す知的所有権による支配という構造に対する心からの怒りというものが、GE作物を社会的に受け入れる際の最大の障害物となる」として、「政府は、知的所有権の権利に対する合理的な規制をもとにGE作物をコントロールしていくことが求められる」と指摘している。より規制を強めた対応を政府が取らなければ、GE作物はコストの高さや知的所有権に係る協定上の制約からその利用性は限定的なものになるだろう。
第三の主張:迅速性
ゲノム編集を支える3番目の主張は、技術的設備と実験室的研究段階から市場に上市するまでの時間が、GM技術に比べて早いとする点である。
従来の植物育種は通常「本質的にランダムであり、近縁種に望ましい形質があるかどうかに制約されていた」と考えられている(Barrows et al., 2014)。
20世紀後半にGM技術が登場した時、従来の育種では「最低でも7年から10年」かかっていた形質改良プロセスをGM技術では5~6年に短縮できると称賛された(Sharma et al.,2002)。
しかし、GE技術の登場によってGM技術は今では遅い・扱いにくい・面倒だと言われるものになっている。目的の遺伝子の特定と分離、そして特定評価が多くの場合「時間がかかるもの」とされ(Jacobsen et al., 2013)、一方、戻し交配と選択による標的形質の導入は、育種プロセスを遅らせるもう一つの「制限要因」である(Wolter et al.,2019)。
それとは異なり、GE技術は「一世代の中で、複数の有益な形質を選別した遺伝子鎖の中でピラミッド化することが可能となる」、よって育種工程の必要時間は半減することができるとされる(Gao,2021)。
GE技術擁護者たちの二番目に主張する点は、GE作物には対象とする作物とは別の種類の外来生命体からのDNAの導入が避けられていることであり、この外来生命体からのDNAが取り込まれていないことから、いわゆるトランスジェックDNAが含まれているとされたGM作物の市場化が非常に煩雑な規制上のハードルをクリアしなければならないことから遅れたという事実を、GE作物は回避できると指摘しているのである
バイオ技術擁護者らに広く行きわたる意見として、GM作物はアフリカ大陸において過剰に規制を受けており、技術の利用化や革新化を妨げるものである、という考えがある(Qaim 2020;Smyth,2020;Thomson, 2021)。
擁護者らの不満は、バイオ技術に対する安全規制法が禁止的であり慎重な側面を持っていること、安全規制を司る組織の資金不足の点と植物育種と規制監督の両方の能力構築の不足が原因しているとされる(Nang’avo et al., 2014)。
しかし擁護者らは希望は捨てておらず、ゲノム編集技術が先のGM技術の轍を踏むことなく、ハードルをクリアできるものと考えている(Lassoued et al,2019; Waltz,2019)。
このことはどの位信憑性があるか?
GM技術が登場した初期のころ、擁護者らはGM技術に対し起こるであろう懐疑論の大きさを過少に評価していた。
2000年債の初めごろ、アフリカ諸国でバイオ技術を規制する如何なる法律も、また国内に規制する組織を持っている国もほとんどなかったのである。
各国政府・BMGF・ロックフェラー財団や米国国際開発庁を含む世界の開発資金供給機関は、直ちに地球環境ファシリティー(the Global Environmental Facility)やバイオセーフティーアフリカ専門家ネットワーク(African Biosafety Network of Experrise)やバイオセーフティ-システムプログラム(Programme for Biosafety Systems)等の専用プログラムを立ち上げることで、各国の法制整備・国家バイオセーフティ-機関の設立・規制当局者たちの訓練の支援活動を進めていった。
バイオセーフティ-に関連する規制当局は中立性が求められるものであるが、推進されたバイオセーフティ-法や機関は遺伝子技術を擁護する性格を持つことを要請されたことから、バイオ技術の規制と推進と間の線引きがあいまいになるという事態が起こった。
資金供与国や供与団体らは、これらの活発な活動や遺伝子組み換え作物(GMO)プロジェクトへ資金提供や熱心な戦略的情報操作を駆使することで、アフリカ大陸全体にバイオ技術を受け入れる政権を持つ国家を作りだすことができるとの信念を持っていた。
だが、事態はそんな単純なものではなかったのである。
アフリカ各国政府は開発を推進していく上で、そしてバイオセーフティ-規制を運用していく上で、主権の行使を行い、例えばエチオピアやウガンダではバイオ技術を推進するのでなく、むしろ規制をかける方向の法律を施行していった。
それに加えて、アフリカ大陸全体で生物多様性アフリカセンターやアフリカ食料主権同盟が実践する社会運動が推進され、それらの社会運動ではGM作物の利用だけでなく、これら革新技術が内蔵する開発や自由化自体の構造的問題そして革新技術の世界規模への拡大化に内在する世界規模で存在する格差問題にも疑念を提示するのである(Rock 2019)。
この論文執筆時点では、ゲノム編集技術を既存の法律または新しい法律に組み込むことを考えているアフリカの国はほとんどないと言える。
ゲノム編集に焦点をあてた規制を策定しようとした国は3カ国のみであった。
ケニアとナイジェリアはどちらも、「新規の遺伝子の組み合わせを持っていない製品に対してはバイオセーフティ-規制から除外するとかケースバイケースに審査するといった」より寛容的なアプローチを選択している(Komen et al., 2020)。一方、南アフリカは2021年10月に以前のGM作物と同様の危険性評価を遺伝子編集作物に課すことを宣言している。
規制制度・規制体系がアフリカ大陸ではバイオ技術の推進に役立つのではなく、むしろ推進を妨げていると、多くのバイオ技術推進派が信じているということを前提にすると、多くのGM作物が陥ってしまった落とし穴を避けて、承認プロセスを推進するためには、外来性DNAを含有するものと含有しないものを明確に分別する規制体系を、バイオ技術推進派は擁護するだろうことは充分あり得ると思われる。
かかる規制体系がアフリカ諸国の政治家や市民らに受け入れられるかどうかは、また別の話ではある。
「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
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