心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

電脳の中の「私」

2012-07-01 09:47:25 | Weblog
 梅雨の中休みでしょうか、昨日はなんとなく晴れ、そんな一日でした。朝、愛犬ゴンタの散歩を終えると、久しぶりに身体を洗ってあげました。若い頃とは異なり、毛並みもお爺さんっぽいのが妙に気になりました。そして迎えたきょう日曜日は、朝から雨です。音もなく降っています。パソコンに向かって、さあて今日のお題はと思うに浮かんできません。やむなくヤナーチェックの「シンフォニエッタ」を部屋中に響かせます。「1Q84」の余韻に浸りながら、宙に放り出されたような読後感が頭のなかでくるくる回っています。

 そうそう、昨日は所要のため午後から福山にお出かけでした。出がけに新大阪駅の書店で目に留まったのが姜尚中さんの「続・悩む力」(集英社新書)でした。ベストセラー嫌いの私が、昨秋、秋田に出張した際、駅前のジュンク堂書店で手にしたのが「悩む力」でした。その後「あなたは誰?私はここにいる」(集英社新書)にも目を通しました。氏のことは、NHKの日曜美術館の司会をされていたので、ぼんやりと知っていましたが、今日の時代環境のなかで徹底して「自己」「私」を見つめていく視点が妙に気になったものです。それ以上に、同時代性というのでしょうか。氏と同じ年に生まれ、大学では共に政治学を学び、ウェーバーに関心を抱いていたという共通点がありました。姜尚中さんは学者として、一方の私は一市民として生きてきたこれまでの歩みを、自らを振り返る。そんな思いを私のなかに芽生えさせてくれた、ということでしょうか。昨夜も最終の新幹線で帰阪しましたが、ずっと考えながらページをめくっていました。

 話はがらりと変わりますが、2週間前久しぶりにお休みをいただいた日曜日、家内のお伴をして近所のホームセンターに行きました。時間潰しに家電量販店を覗いていて、PCの本体(タワー)を衝動買いしてしまいました。以前のPCは5年前、孫君が生まれた日に日本橋で買った中古でしたから、改造に改造を重ねたものの、さすがに最近は時折苦しそうな音を出していました。最新の機能満載で5万円弱、私にとっては5号機目となります。これでやっと家内専用機と同じくWindows7になりました。以前は30万円前後していたPCがなんとこのお値段。びっくりです。
 一週間前の土曜日は、ソフトをインストールして、PC環境構築に汗をかきました。ところが根っからの素人です。メールの設定に手こずりました。PC本体のメール設定はなんら問題はなかったのですが、スマホのPCメールの調子が変。1日が終わると、その日に受信したメールがすべてなくなってしまうのです。PC本体に蓄積されているので支障がないと言えばないのですが、移動の多い私にとって手元のメールが一瞬にして消えてしまうのは悲劇です。ところが、一昨日の夜、PC本体のメールソフトを理屈がわからないままに弄っていたら、なんと、なんと夜になってもスマホのPCメールが消えないではありませんか。ひと安心しました。
 30年近く前、職場のパソコン研修でPL/1という恐ろしいプログラミング言語のお勉強をしました。理屈を理解しようとPCの玩具のようなもので遊んだりしましたが、その後ワードプロセッサーが普及して、そちらにシフト。慣れた頃に今度は一体型のPCが店先に並ぶようになりました。パソコン通信が流行りだす時期です。電話回線でニフティーにつながったときの感激は今でも覚えています。こうして私のパソコン生活は始まりました。今では家中に数台のPCが転がっていますが、プラットホームは1台に限定しています。移動中はiPadかスマホで十分です。
 歳をとってくると忘れ物が多くなって困ります。だから最近はEVERNOTEが頼りです。手軽に情報を見たりアップしたり。備忘録代わりです。ある種、私の頭脳の一部になっています。となると、「私」っていったい誰?ということになってしまいますが、PCで把握している「私」って、その気になっているだけで、実は薄っぺらいものなのかもしれません。このブログがまさにそうであるように。さきほどまで勇ましいことを言っていたのに、急に空虚感に包まれてしまう。どうなんでしょうね。
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