心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

三週続いて南方熊楠

2016-02-06 23:58:50 | Weblog

 きょうの土曜日は所要のため東京・汐留の某新聞社に行ってきました。お昼前に到着したので、昼食でも食べようと周辺を散策していたら、なんとご近所に築地市場がありました。ならば美味しいお寿司でも頂こうと向かいましたが、外国人観光客でいっぱい。歩くこともできない盛況ぶりでした。というわけで、少し離れた路地裏の小さなお店でリーズナブルな日替わり海鮮丼をおいしく頂きました。そのせいか、お仕事の方は存分に新しい空気を吸い込んで、今後半年のエネルギーを全身に充満させて帰阪することができました。
 そんな土曜日の出張になりましたが、きょうは帰宅時間が遅くなりそうなので、ただいま新幹線の中でノートパソコンを開いてブログ更新の作業を始めています。NHKFMでN響定期演奏会からマーラーの「亡き子をしのぶ歌」、ブルックナーの「交響曲 第5番 変ロ長調」を聴きながらの作業です。
 さてさて、話は変わりますが、先日の日曜日、孫君たちがやってきました。長男君の手には自作の凧。聞けば小学校の工作で作ったらしい。さっそく近くの公園に連れていきました。風はそれほど強くはなかったのですが、うまく風を受けて舞い上がりました。長男君の満足そうな顔。孫の成長をみるのは嬉しいものです。
 ところで最近のブログを眺めると、珍しく南方熊楠、鶴見和子が頻出しています。でも、その勢いが止まりそうにありません。「南方熊楠の謎」に続いてamazonから購入したのは鶴見和子著「南方熊楠・萃点の思考~未来のパラダイム転換に向けて」でした。既に鶴見和子曼荼羅全集に収録されているものもありますが、南方曼荼羅に関する松居竜五先生との対談は初対面になります。
 楽しいですねえ。ひとつのことに集中し出すと出会いも多い。南方熊楠顕彰館のサイトを覗いたら、NHKBSプレミアムで新日本風土記 吉野 熊野」が再放送されるとの告知に目がとまりました。早速録画をしておきました。森の神聖、宗教と人の生き様、森との共生.....。と、画面に南方熊楠の姿がありました。奇人変人と言われた熊楠が、ロンドンから帰国した後に籠った熊野の森。そこで彼は粘菌の採集に励むとともに、学術雑誌「ネイチャー」や「ノーツ・エンド・クィアリーズ」に英文論文を相次いで投稿していきます。そしてエコロジーの視点から、神社合祀反対運動を繰り広げた。
 テレビの画面には熊楠が土宜法龍に宛てた書簡に記した南方曼荼羅の原図とも言えるものが映っていました。森羅万象様々な因果律を見つめる視点としての萃点、図では「イ」の位置にあたりますが、これとて立ち位置によって微妙に移動しながら全体を見つめ考えていく、不思議な不思議な、私を虜にしてしまう絵なのです。
 ああ、前のめりになりそうなので、少し話題を変えましょう。週の半ば、経済団体主催のオープン・イノベーションに関する会合に出席しました。どうも日本は、こうした真新しい舶来言葉に弱いのですが、要するに「井戸端会議」「三人寄れば文殊の知恵」、日本人お得意の知恵出しです。これがいま脚光を浴びるのは、現状に閉塞感があるからなんでしょう。話しの中で興味をもったのは「組織慣性」という言葉でした。取り巻く環境が変わりつつあるのに、これまでの動きを止めることができない内的な力、それを組織慣性というのだそうですが、それを打ち破るひとつの手法としてクローズアップされているようです。でも、実際にやろうとすると、これまた大変。社内に妙な政治力学が働きます。きょう、ある方がおっしゃっていました。理念をカタチに変えるのは本当に難しいと。ここは宇宙人(異邦人)に来ていただくほかありません。(笑)
 おっと。東京出張の影響からか、このブログの主旨に反して、なにやら仕事を引きずっています。ダメですねえ。きょうはこれぐらいにしておきます。ただいま名古屋駅を通過。帰宅後に微調整したうえで、写真を添えてアップすることにいたしましょう。

コメント