
「おへそ」は産まれたあとは役に立たないと思っている人が多いと思うが,神経内科医はそんなことを言ってはいけない.Charles E. Beevor(1854-1908)は,仰臥位の状態で頭を挙上させると,おへそが上方へ移動する神経徴候を発見した.この神経徴候はのちにBeevor徴候と呼ばれることになる.
しかし,Beevor徴候をご存じない人にしてみてば,この所見の意味するところはなかなか想像がつかないのではないか.まず,Beevor先生は,この神経所見を胸髄11~12神経根レベルを巻き込む悪性腫瘍の症例を経験した際に初めて記載している.実はBeevor徴候は下部腹直筋の筋力低下が存在する症例に認める所見で,おへそを境に,その上下で筋トーヌスが異なるため,頸を持ち上げといった負荷をかけると,筋トーヌスの高い上方へおへそが移動するのである.
ではどんな疾患でBeevor徴候が陽性になるのであろうか? 下部腹直筋は第10~12胸髄レベルで支配されていることから,同部位の器質的病変,例えば,脊髄腫瘍,脱髄性疾患,血管障害,脊髄空洞症などでは陽性になることがある.そしてもう一つ,意外なことに,顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSH)でこの所見が高率に陽性になる.
FSHにおけるBeevor徴候の有用性は,まず1990年Gavin I et al.らによって報告された.彼らによれば,30人のFSH中,Beevor徴候陽性者は27人で,一方のdisease control群では,Beevor徴候陽性者は0/40人であった.その後,FSHは第4染色体長腕 (4q35) における欠失(D4Z4 repeats numberの減少)を検索することで遺伝子診断や予後予測が可能になっているが,遺伝子診断が可能となった後の報告でも(Shahrizalia et al. 2004),FSH患者におけるBeevor徴候は19/20人で陽性(1人の陰性者はFSHの無症候キャリア),他の筋疾患群では2/28人で陽性であった.すなわち,sensitivity 95%, specificity 93%ということになり,Beevor徴候はきわめてFSHに対して,きわめて有用性が高く,かつ容易に行なえる検査といえる.
さて,一番のなぞは,なぜBeevor徴候がFSHに特異性が高いかということだ.つまり,FSHではおへそを境にして,その下部の腹直筋に筋原性の変化が生じているということになるのだが,なぜそのようなことが起こるのかについては残念ながら分からない.
最後に豆知識として,FSHを臨床的に診断するためポイントを示しておく.
①家族の写真を入手して,家族歴をチェックする.
②笑ったときの表情や鼻のしわ,口笛を観察する.
③閉眼時の眼輪筋の抵抗性や睫毛徴候をチェックする.
④翼状肩甲をチェックする.
⑤「ポパイの腕」所見(前腕に比較し上腕の萎縮が目立つ)をチェックする.
⑥Beevor徴候をチェックする.
いずれにしても,「おへそ」まで観察し,さらにFSHの診断に有用であることまで見出した神経内科医の先達の観察力に脱帽である.
Arch Neurol 47:1208-1209, 1990
JNNP 76:869-870, 2005.
しかし,Beevor徴候をご存じない人にしてみてば,この所見の意味するところはなかなか想像がつかないのではないか.まず,Beevor先生は,この神経所見を胸髄11~12神経根レベルを巻き込む悪性腫瘍の症例を経験した際に初めて記載している.実はBeevor徴候は下部腹直筋の筋力低下が存在する症例に認める所見で,おへそを境に,その上下で筋トーヌスが異なるため,頸を持ち上げといった負荷をかけると,筋トーヌスの高い上方へおへそが移動するのである.
ではどんな疾患でBeevor徴候が陽性になるのであろうか? 下部腹直筋は第10~12胸髄レベルで支配されていることから,同部位の器質的病変,例えば,脊髄腫瘍,脱髄性疾患,血管障害,脊髄空洞症などでは陽性になることがある.そしてもう一つ,意外なことに,顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSH)でこの所見が高率に陽性になる.
FSHにおけるBeevor徴候の有用性は,まず1990年Gavin I et al.らによって報告された.彼らによれば,30人のFSH中,Beevor徴候陽性者は27人で,一方のdisease control群では,Beevor徴候陽性者は0/40人であった.その後,FSHは第4染色体長腕 (4q35) における欠失(D4Z4 repeats numberの減少)を検索することで遺伝子診断や予後予測が可能になっているが,遺伝子診断が可能となった後の報告でも(Shahrizalia et al. 2004),FSH患者におけるBeevor徴候は19/20人で陽性(1人の陰性者はFSHの無症候キャリア),他の筋疾患群では2/28人で陽性であった.すなわち,sensitivity 95%, specificity 93%ということになり,Beevor徴候はきわめてFSHに対して,きわめて有用性が高く,かつ容易に行なえる検査といえる.
さて,一番のなぞは,なぜBeevor徴候がFSHに特異性が高いかということだ.つまり,FSHではおへそを境にして,その下部の腹直筋に筋原性の変化が生じているということになるのだが,なぜそのようなことが起こるのかについては残念ながら分からない.
最後に豆知識として,FSHを臨床的に診断するためポイントを示しておく.
①家族の写真を入手して,家族歴をチェックする.
②笑ったときの表情や鼻のしわ,口笛を観察する.
③閉眼時の眼輪筋の抵抗性や睫毛徴候をチェックする.
④翼状肩甲をチェックする.
⑤「ポパイの腕」所見(前腕に比較し上腕の萎縮が目立つ)をチェックする.
⑥Beevor徴候をチェックする.
いずれにしても,「おへそ」まで観察し,さらにFSHの診断に有用であることまで見出した神経内科医の先達の観察力に脱帽である.
Arch Neurol 47:1208-1209, 1990

JNNP 76:869-870, 2005.
