Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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抗LGI1脳炎はfacio-brachio-crural dystonic seizureやdrop attackに伴う転倒を約1/4の症例で来たしうる!

2024年06月30日 | 自己免疫性脳炎
抗LGI1脳炎はてんかん発作,意識障害,認知機能低下,低Na 血症,睡眠障害(パラソムニア,不眠症,過眠症)などを呈する急性の自己免疫性脳炎です.Neurol Clon Pract誌に米国Mayo Clinicから,臨床をしっかり見ていて流石だなぁと思った論文が掲載されていますのでご紹介します.

抗LGI1脳炎136名における転倒やそれに準じる状態の頻度,原因,転帰について後方視的に検討しています.結果として,まず27%(36/136例)の症例に「発作」に関連した転倒またはそれに準じる状態が見られました.36例の年齢中央値は67歳(49~86歳),男性が64%(23/36)でした.原因としては,facio-brachio-crural dystonic seizure(FBCDS)が58%(21/36例)と最多,ついでdrop attack(転倒発作:意識消失の有無にかかわらず,姿勢時筋トーヌスの消失により突然,転倒すること)が25%(9/36例)でした(図A).ちなみにFBCDSのcruralは「脚の」という意味で,ラテン語のcrus「脚」から派生したものです.古典的なfacio-brachial dystonic seizure(FBDS)と同時に,同側の下肢の収縮と屈曲が起こるため,下肢の予期せぬバックリンクが生じて転倒します.

つぎに発作に関連した転倒による外傷は18/30例(60%)に認められ,具体的には皮膚の裂傷,関節脱臼,骨折から頭蓋内出血まで多岐にわたり,重篤な転倒が少なからず認められました(図B).drop attackでは外傷が高頻度の8/9例(89%)で生じていました(図C).発作に関連した転倒またはそれに準じる状態は,免疫療法により24/32例(75%)で消失しましたが,抗てんかん薬の単独では改善は不良でした(4/32例,13%).歩行補助具を使用して歩行した患者は33%にすぎませんでしたが,これはこの疾患における転倒リスクの認識不足を反映しているものと考えられました.

以上,抗LGI1脳炎ではFBDSは非常に有名ですが,発作は下肢にも及び,FBCDSを来すことを認識する必要があります.早期に診断すること,歩行補助具の使用などの転倒防止策を講じること,そして迅速に免疫療法を開始することが重要だと思いました.
Li X, Gupta P, et al. Seizure-Related Falls and Near Falls in LGI1-IgG Autoimmune Encephalitis. Neurol Clin Pract. 2024 Jun;14(3):e200301.(doi: 10.1212/CPJ.0000000000200301



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IgLON5抗体関連疾患の最近の進歩

2024年06月07日 | 自己免疫性脳炎
Curr Opin Neurol誌にIgLON5抗体関連疾患の最新の知見に関する総説が報告されていますので以下にまとめます.

1)臨床
慢性の経過をとること(ただし25%は亜急性)に加え,MRIの信号異常(5%未満),脳脊髄液の細胞増多(20~30%),蛋白の軽度上昇(40~50%)を必ずしも伴わないないことから,さまざまな神経変性疾患やstiff-person症候群などと誤診されることがある.



◆免疫療法は一般にNMDAR脳炎,LGI1脳炎などより有効ではないが,迅速に開始できれば改善しうる.
◆診断時の血清,脳脊髄液NFL高値は予後が悪い.
IgLON5 composite score(ICS)というスケールが開発された.さまざまな症候をカバーする5つのドメイン,17症状が含まれる(総スコアは0~69).(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209213



2)病理
◆脳幹におけるタウ沈着は罹病期間の長期化と相関する → タウ沈着は病態の後期または2次的な現象である可能性が示唆される.
◆TDP-43の沈着を神経細胞とミクログリアに認めることがある.
◆早期例で,神経細胞におけるMHCクラスIの上昇,ミクログリアの活性化,B細胞やT細胞の血管周囲や実質の炎症性浸潤,ニューロピルにおけるIgG4の沈着が認められる → 病態の早期における自己免疫機序の関与.



3)病態機序
◆IgLON5抗体の主なサブクラスはIgG4であるが,ほぼ全例でさまざまな量のIgG1も有する.
◆ラットの海馬ニューロンの培養を用いたin-vitro実験では,IgG1が不可逆的内在化の原因である.
◆IgLON5抗体は培養海馬ニューロンにおいて細胞骨格の変化を招くが,それがタウオパチーを誘導する可能性がある.

Gaig C, Sabater L. New knowledge on anti-IgLON5 disease. Curr Opin Neurol. 2024 Jun 1;37(3):316-321. (doi.org/10.1097/WCO.0000000000001271

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血糖自己記録ノートへの書き込みが顕著に増えた1型糖尿病では自己免疫性脳炎を疑う

2024年05月21日 | 自己免疫性脳炎
当科の山原直紀先生らによる症例報告がNeurol Clin Neurosci誌に掲載されました.膵島関連自己抗体である抗GAD抗体は1型糖尿病の診断に役立ちます.GAD,すなわちglutamic acid decarboxylaseは,グルタミン酸からGABAを産生する際に必要な酵素ですので,抗GAD抗体はGABAの産生を抑制することで神経症状を呈することがあります.代表的な疾患としてはStiff-person症候群がありますし,小脳性運動失調や難治性てんかん,辺縁系脳炎を呈することがあります.

症例は抗GAD抗体陽性(血清中6100U/mL)の1型糖尿病の44歳女性です.1ヶ月前から血糖自己記録ノートへの強迫的な書き込みが始まり,1週間前からけいれん発作が出現し入院しました.強迫性障害(obsessive-compulsive disorder;OCD)と考えられる書き込みは,恐らく不安をかき消すために,反復的・持続的に血糖測定をしたくなる衝動により引き起こされるものと考えられました.



免疫療法によりこれらの症状は消失しました.退院2ヵ月後に強迫的な書き込みが再発したため,一時的に免疫療法を強化し回復しました.



OCDはPANDAS,ADEM,さまざまな自己免疫性脳炎(CV2/CRMP5,Ma2,NMDAR,LGI1,GABAA)などで認められますが,抗GAD抗体陽性脳炎では初めての報告です.患者さん自らOCD症状を訴えることは少ないですが,上記のような所見をヒントとして,脳炎を早期診断し早期治療することが大切です.

なお本検討は糖尿病代謝内科 矢部大介先生らと行いました.

Yamahara N, Yoshikura N, Kimura A, Sakai M, Yabe D, Shimohata T. Obsessive-compulsive disorder as an initial manifestation of anti-glutamic acid decarboxylase antibody-associated encephalitis. Neurol Clin Neurosci. 17 May 2024 https://doi.org/10.1111/ncn3.12830


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画像異常パターンから自己免疫性脳炎を早期に発見し治療する!

2024年05月15日 | 自己免疫性脳炎
最新号のNeuroradiologyに臨床上,とても役に立つと思われる模式図が掲載されています.自己免疫性脳炎の画像所見を6群(辺縁系型,線条体型,血管周囲造影型,間脳/脳幹型,大脳皮質型,MRI異常なし)に分けて,それに対応する自己抗体と鑑別診断を示しています.画像所見から速やかに適切な抗体検索を行い,鑑別診断を除外し,早期診断・早期治療を目指すことが目的です.このなかでLGI1,CV2/CRMP5,Ma2,NMDAR抗体は商用で測定できます.また当科では以下の抗体等の測定が可能ですのでご相談いただければと思います.

・抗GFAPα抗体(GFAP astrocytopathy)
・抗mGluR1抗体(自己免疫性小脳失調症,CCA)
・抗IgLON5抗体(MSA mimics, PSP syndrome, CBS,パラソムニア等)

詳しくは当科HPの「自己抗体検索」をご確認ください.

Sanvito F, et al. Neuroradiology. 2024 May;66(5):653-675.(doi.org/10.1007/s00234-024-03318-x)オープンアクセス



(略)HSE = Herpes simplex encephalitis, SREAT = steroid-responsive encephalopathy associated with autoimmune thyroiditis, LGG = low-grade glioma, CJD = Creutzfeldt-Jakob Disease, LYG = lymphomatoid granulomatosis.

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多系統萎縮症の鑑別診断としてのIgLON5抗体関連疾患

2024年05月05日 | 自己免疫性脳炎
岐阜大学に異動し取り組んだことのひとつが「変性疾患と診断してきた症例の中に,治療可能な自己免疫性脳炎が含まれている」という仮説を検証し,免疫療法で治療することでした.ただ自己免疫性脳炎の経過は教科書的に「急性~亜急性」ですので,「慢性」に経過する変性疾患のなかに自己免疫性脳炎が隠れているという私どもの仮説はありえないとしばしば言われました.しかし事実は教科書通りではなく,慢性の経過を示す自己免疫性脳炎というものがあり,その代表がIgLON5抗体関連疾患です.

今回,Parkinsonism Relat Disord誌に掲載された当科の大野陽哉先生らによる論文は,多系統萎縮症(MSA)が疑われ,IgLON5抗体検査を依頼された35名の患者に対し,cell based assayを行い,陽性患者3名の臨床的特徴をまとめたものです.症候としてはパーキンソニズム,小脳性運動失調,重篤な起立性低血圧,急性呼吸不全,パラソムニア,声帯外転不全,錐体路徴候などを認め,一方,MSAに非典型的な症候として舌ミオリズミア,水平方向性眼球運動制限,繊維束性収縮,有痛性筋痙攣を認めました.いずれの症例も免疫療法により程度の差はありますが改善を認めました.



以上より,IgLON5抗体関連疾患はMSAの鑑別診断となりうることが示されました.本研究は,岡山大学山下徹准教授ら,山形大学太田康之教授ら,聖マリアンナ大学山野嘉久教授らとの共同研究として行いました.以下よりDLできますのでご覧いただければと思います.
Ono Y, Tadokoro K, Yunoki T, Yamashita T, Sato D, Sato H, Akamatsu S, Mizukami H, Ohta Y, Yamano Y, Kimura A, Shimohata T. Anti-IgLON5 disease as a differential diagnosis of multiple system atrophy. Parkinsonism Relat Disord. 124, 2024, 106992

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IgLON5抗体関連疾患のゲノムワイド関連解析とHLA関連解析から迫る病態機序

2024年03月06日 | 自己免疫性脳炎
私どもも協力したIgLON5抗体関連疾患に関する研究がBrain誌に報告されました.本症のHLA関連解析としては最大規模の報告で,研究の強みは複数の異なる民族の患者を組み入れたことです.研究を主導したスタンフォード睡眠医学センターEmmanuel Mignot教授には,留学中,ラボを見せていただいたり,ランチをご馳走になったことがあります.20年後に共同研究をさせていただくとは不思議なご縁だと思いました.

さてIgLON5抗体関連疾患ですが,慢性の経過で睡眠障害,運動異常症,球麻痺などの多彩な表現型を呈し,神経変性疾患との鑑別を要する自己免疫性脳炎です.HLA-DRB1*10:01やDQB1*05:01との関連が報告され,IgLON5抗体の存在とあわせて自己免疫学的機序が示唆されます.本研究の目的は,87人の患者サンプルを用いてGWASとHLA関連解析を行い,HLAペプチド結合候補を調べ,CD4+ T細胞への影響を調べることです.ゲノムワイドな関連を同定するのに87人では力不足に見えますが,HLA遺伝子は多型性が高く,遺伝子内および遺伝子間で強い連鎖不平衡を示すため,サンプルサイズが小さくても強力なマーカーとなります.事実,結果として,HLA-DRよりもHLA-DQとの強い関連が示されました.具体的には3つのHLA-DQ5ハプロタイプ(HLA-DQA1*01:05-05:01,HLA-DQA1*01:01-05:01,HLA-DQA1*01:04-05:03)との関連が,リスクの高い順に全患者の85%(74/87)で認められ,発症年齢に影響していました(図).



つぎにHLA-DQ分子の機能的関連性を,競合結合アッセイで検討しました.IgLON5が3つのリスク関連HLA-DQレセプターすべてに,ネイティブな状態ではなく,いくつかの部位にアスパラギン酸残基が翻訳後修飾(脱アミド化)されたIgLON5ペプチドが結合することが判明しました.この修飾の生理的意味は不明ですが,自己抗原はしばしば翻訳後修飾されることが報告されています(例:関節リウマチでのシトルリン化).HLA-DQ5結合物質として同定された3つの脱アミド化ペプチドは,すべてIgLON5のIg2ドメイン内に認められました.さらにこのIg2ドメインの脱アミド化ペプチドはT細胞を活性化しました.つまり特定のHLA-DQ分子がIgLON5タンパク質の特定のペプチドと結合し,T細胞に提示することが示唆されました.このプロセスが,IgLON5に対する自己免疫反応を引き起こし,病気の発症につながる可能性があります.このような現象の引き金は不明ですが,多発性硬化症におけるEBウイルスや,ナルコレプシーにおけるインフルエンザウイルスなど,いくつかの疾患では外来抗原による分子模倣(molecular mimicry)が強く示唆されています.同様のことがこの疾患でも生じているのかもしれません.

以上,IgLON5抗体関連疾患は主にHLA-DQに関連し,これらの分子により提示される脱アミド化IgLON5配列に向けられたT細胞自己免疫が関与する可能性が初めて示されました.この疾患は表現型が多彩ですが,HLAと表現型の関連をより詳細に検討する必要があると思いました.
Yogeshwar SM, et al. HLA-DQB1*05 subtypes and not DRB1*10:01 mediates risk in anti-IgLON5 disease. Brain. 2024 Mar 1:awae048.(doi.org/10.1093/brain/awae048

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Ma2抗体の標的抗原は進化の過程でウイルスから取り込まれ,いまだにウイルス様粒子を産生することで傍腫瘍性症候群をきたす

2024年02月07日 | 自己免疫性脳炎
最新号のCell誌の驚きの論文です.傍腫瘍性神経症候群(PNS)は,担癌患者に合併する神経障害のうち,免疫学的機序により生じる多様な症候群です.さまざまな自己抗体が出現しますが,そのなかでMa2抗体は精巣腫瘍,非小細胞肺がんに認めることが多く,細胞内抗原を認識しています.その抗原は「傍腫瘍性Ma2抗原(paraneoplastic Ma 2 antigen;PNMA2)」と呼ばれます.その遺伝子は中枢神経系で主に発現していますが,上述の腫瘍でも異所性に発現します.この米国ユタ大学からの論文では,PNMA2は進化の過程で,ウイルスがコードする分子がヒトの生理機能として組み込まれてできたこと,そしてそれがいまだに自己として認識されずに免疫の攻撃の対象となりPNSをきたすことが報告されています.

「進化の過程でウイルスがコードする分子が組み込まれた」代表例は,神経細胞のシナプス形成に関わるArcです.これはTy3レトロトランスポゾンの Gag蛋白質(レトロウイルスのウイルス粒子に必要な構造蛋白質)と相同性があり,実際に神経細胞内に存在するRNAを取り込んだウイルス様粒子を産生し,他の細胞へ伝搬させることが知られています.ちなみにレトロポゾンとは,自己のコピーを作成してゲノム内の異なる位置に挿入することができる移動性遺伝素子のことです.そして今回の研究は,PNMA2も同じTy3レトロトランスポゾン由来であり,Arc と同じようなウイルス様粒子(=非エンベロープ型ウイルス様カプシド)を産生して細胞外に分泌し,それが一種の自己(?)免疫反応を引き起こすことを示しています.



論文ではまず進化の過程で,Ty3レトロトランスポゾンが神経系の発達と機能に関わるDPYSL2遺伝子(Dihydropyrimidinase Like 2)の近傍に挿入され,この遺伝子のプロモーターを使用することになったため,海馬など神経系で強い発現が診られることを示しています.つぎにPNMA2はエンベロープを持たないこと,HIVに似たウイルス粒子を形成すること,レトロウイルスのGagタンパクに似た20面体複合体(PNMA2カプシド)を形成することを示しています.さらにこの組換えPNMA2カプシドをマウスに注射すると,外側のスパイクに結合する自己抗体が誘導されること,つづいてB細胞とT細胞の活性化,さらにサイトカインの放出につながることも示しています(図).そして最後にマウスの記憶や学習が障害されることが示されます.ヒトMa2抗体陽性PNS患者の脳脊髄液中のMa2抗体も,同様にPNMA2カプシドのスパイク部分に結合しました.



以上より,1億年前に組み込まれ,自己とも他者とも言い難いPNMA2カプシドが抗原となって誘発する免疫反応により,神経障害が生じることが明らかにされました.この研究が正しければ,Ma2抗体は細胞内抗原抗体といえど単なる診断マーカーでなく,病的意義を持つ抗体である可能性が高いわけですが,実際に免疫療法が有効である例が多いことが知られており,実臨床とも合致する内容といえます.
Junjie Xu, et al. PNMA2 forms immunogenic non-enveloped virus-like capsids associated with paraneoplastic neurological syndrome. Cell 2024, https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.01.009.

注)MRIはBrain. 2004;127(Pt 8):1831-44のもの.Cell論文では視床下部,皮質,海馬の順にPNMA2 RNA発現が高いことが示されているがこれに一致する画像といえます.




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小児の自己免疫性脳炎の自己抗体のレパートリーは成人とまったく異なる

2023年12月07日 | 自己免疫性脳炎
スペインのJosepDalmau教授のグループから,自己免疫性脳炎が疑われる18歳未満の小児における抗神経抗体の種類と頻度を検討した研究が報告されています.2011年からの10年間で血清または脳脊髄液を検査した急性散在性脳脊髄炎以外の自己免疫性脳炎が疑われた患者を対象としています.組織化学(tissue-based assay;TBA)を用いてスクリーニングし,陽性例はcell-based assay(CBA),免疫ブロット,または神経細胞蛍光免疫染色をさらに検討しています.

結果は対象2750人のうち,542人(20%)の血清または脳脊髄液が陽性で,その大部分(90%以上)は神経細胞表面抗原に対するものでした!その理由はN-メチル-D-アスパラギン酸受容体(NMDAR)が76%と圧倒的に多いことが影響しています.2番めはなんとミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG;5%)で,ほとんどが皮質脳炎を呈していました.次いでグルタミン酸脱炭酸酵素65(GAD65;2%),γ-アミノ酪酸A受容体(GABAA;2%)が続きます.その他の既知の細胞表面または細胞内抗原に対する抗体は陽性例の6%,そして未知の抗原に対する抗体はわずか9%でした.以上より,小児の自己免疫性脳炎における抗体のレパートリーは,成人とはかなり異なることが分かります.



なんといっても驚いたのは細胞表面抗原抗体が多いことで,例外はGAD65とHuぐらいです.機序としては合併しうるがんの種類の違い(小児では小細胞肺癌,乳癌,卵巣癌が少ない)や,免疫システムの違いが推定されますがまだ良く分かっていません.また細胞表面抗原抗体が多いことは,免疫療法が奏効する可能性が高いことを意味します.よって小児で自己免疫性脳炎を疑った場合,①まずNMDAR 抗体と MOG 抗体を測定すること(外注可能),②これらが陰性の場合,他の抗体の検索の可能性を探りつつ,免疫療法を検討することが重要かと思います(EUROLINE PNS 12 Ag を測定した場合,抗体と症候の組み合わせが合わないときは偽陽性を疑う必要があります).またこの論文でも1例含まれていますが,GFAP抗体陽性例もあります.当科は複数の小児GFAPアストロサイトパチーの診断の経験がありますのでご相談ください.

当科では自己免疫性脳炎の検体が集積しつつあり,新たな自己抗原の同定も含め,今後さまざまな研究ができる状況にあります(対象は小脳失調症やパーキンソニズムに及びます).最近,自己免疫性脳炎の研究をするために岐阜大学の大学院や専攻医に進まれる方が出てまいりました.研究はもちろん,臨床も深い議論が行われていますので,関心のある先生はぜひ見学におこしください.
Chen LW, et al. Antibody Investigations in 2,750 Children With Suspected Autoimmune Encephalitis. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2023 Nov 15;11(1):e200182.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000200182

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近未来の脳神経内科はCAR-T細胞を駆使する ―抗NMDAR脳炎への応用―

2023年11月13日 | 自己免疫性脳炎
自己免疫脳炎の代表的疾患である抗NMDAR脳炎は,精神症状,記銘力障害,痙攣発作,運動異常症,意識障害,中枢性低換気などを呈する若年女性にみられる脳炎です.急性期から積極的な免疫療法を行うことが重要で,第1選択療法でうまくいかないとき,速やかにリツキシマブなどの第2選択療法に踏み切れるかが重要です.ただし現在の治療は,広範な免疫抑制ないし非選択的抗体除去ですので,限界があり副作用も問題になります.

今回,Cell誌に,ドイツからCAR-T細胞療法でNMDAR抗体を作るB細胞を選択的に除去するという研究が報告されました! CAR-T細胞療法は脳神経内科では馴染みがありませんが,急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫といった血液がんに大きな進歩をもたらした治療です.少し解説すると,近年,T細胞免疫療法において,キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor: CAR)をもつ遺伝子改変CAR-T細胞の開発が盛んに行われています.CARは腫瘍抗原特異的TCRや抗体を改変して作成した受容体です.一般的に受容体には細胞外領域に抗体の可変領域(抗原認識部位)が配置され,細胞内領域にTCRの一部であるCD3や共刺激分子CD28,CD137の細胞内領域(活性化シグナル伝達領域)が配置されます.そして患者末梢血に存在するT細胞を採取して,ウイルスベクターで受容体を導入して,体外でCAR-T細胞を大量に作ることができます.これを再び体内に戻します.

この論文では,まずNMDARの自己抗体遺伝子を14種類クローニングし,ほぼすべてに反応する NMDA受容体の遺伝子構成を決め,それに細胞内の4-1BB/CD3ζドメインを融合させたキメラ遺伝子を作成し,T細胞に発現させています.そうしてできたNMDAR-CAAR T細胞は,患者由来の自己抗体を認識し,サイトカインを放出し,増殖します(図).NMDAR-CAAR T細胞は,In vitroにて標的細胞に対する細胞傷害性を示し,またマウス動物モデルにおいて,抗NMDAR B細胞株を枯渇させ,自己抗体レベルを持続的に低下させることができました.病理学的に標的細胞以外に障害はなく,また標的細胞が少ないため,CAR-T細胞療法の安全上の懸念であるサイトカインストームも生じませんでした.



まだ前臨床研究の段階ですが,抗NMDAR脳炎におけるCAAR T細胞の第I/II相試験への道を開く研究といえます.もしこの治療が臨床応用されると副作用の軽減,長期予後の改善,再発予防が期待できます.同様のCAR-T細胞療法を用いた治療研究は重症筋無力症でも報告されており(Phase 1b/2a),16名の検討で,安全であり,忍容性も良好と報告されています.

近未来の脳神経内科はCAR-T細胞療法を行うことになりそうです.

Granit V, et al. Lancet Neurol. 2023 Jul;22(7):578-590.(doi.org/10.1016/S1474-4422(23)00194-1.
Reincke SM, et al. Cell. 2023 Oct 26:S0092-8674(23)01083-8.(doi.org/10.1016/j.cell.2023.10.001

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長期間の原因不明の髄膜炎の鑑別診断として抗NMDA受容体脳炎も考慮する

2023年08月12日 | 自己免疫性脳炎
当教室の山原直紀先生らによる抗NMDA受容体脳炎に関する症例報告です.脳炎に先行して,症例1は60日,症例2は22日間の髄膜炎症状(発熱,頭痛)を認めました.抗菌薬やアシクロビルなどによる治療が行われましたが無効でした.当院に紹介され,脳脊髄液抗NMDAR受容体抗体陽性が判明し,ステロイドパルス療法と血漿交換療法により改善しました.いずれの患者にも腫瘍の合併はありませんでした.またHSV感染やクリプトコッカス髄膜炎,MOGAD,NMOSD,GFAPアストロサイトパチーの合併も認めませんでした.



抗NMDAR脳炎では頭痛や発熱が先行しうるものの,既報では頭痛は2週間以内,発熱は中央値5.5日程度で,これら2症例のような長期の髄膜炎の報告は渉猟した範囲ではありませんでした.長期間の持続する髄膜炎の鑑別診断としてNMDA受容体脳炎も検討する必要があります.
Yamahara N, Yoshikura N, Takekoshi A, Kimura A, Harada N, Mori Y, Shimohata T. Anti-N-methyl-d-aspartate receptor encephalitis preceded by meningitis lasting up to 60 days. J Neuroimmunol. 382; 2023, (期間限定ですが,フリーでDLできます)


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