Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の自然歴

2006年06月25日 | 運動ニューロン疾患

 名古屋大学よりSBMAの自然歴に関する論文が報告されている.同ループは,酢酸リュープロレリン(商品名:リュープリン)や,抗生物質ゲルダナマイシン(geldanamycin) の誘導体17-AAGが,SBMAに対する治療薬として有用である可能性をtransgenic mouseを用いた研究にて報告しているが,今後,予定される治験のデザイン決定や,薬剤の効果の判定のためには,SBMAの自然歴についての情報が不可欠と考えたようだ.
 さて論文は1992年から2004年までに経験した223名(!)のSBMA患者の自然歴を,ADLを判定する上で重要な9つの指標(手指振戦,筋力低下,階段で手すりが必要になる,構音障害,嚥下障害,杖つき歩行,車椅子,肺炎合併,死亡)にて判定した.もちろん全例遺伝子診断にて診断が確定している.
 結果としては,検査時年齢は55.2歳(30-87歳)で,観察期間1~20年であった.手指振戦の出現は最も早期から生じ,中央値33歳.筋力低下は主として下肢から始まり,中央値44歳で出現した.階段の際の手すりは49歳,構音障害50歳,嚥下障害54歳,杖つき歩行59歳,そして車椅子歩行が61歳であった.21名の患者は中央値62歳の時点で肺炎に罹患し,うち15例は中央値65歳で死亡した.もっとも頻度の高い死因は,肺炎と呼吸不全であった.
 それぞれの指標が出現する年齢は原因遺伝子であるアンドロゲン受容体遺伝子のCAG repeat数に負の相関を示していたが,興味深いことに各指標間の間隔(すなわち疾患の進行速度)とは相関を示さなかった(具体的にはCAG repeat数47を境に2群に分け,Kaplan-Meier解析で比較している).この結果は,疾患の進行速度はCAG repeat数とは関係はないことを意味しており,驚くべき結果となった.
 また伸長ポリグルタミン鎖を含む変異アンドロゲン受容体は,男性ホルモンと結合したのち核内に移行し,運動ニューロンに対し神経毒性を発揮することから,血性テストステロン値についても興味がもたれたが,発症後長期間経過しても,比較的高値に保たれることも判明した.
 前述のように,今後,治験を行なううえで,本邦におけるSBMAの自然歴が明らかになった意義はきわめて大きい.しかも本研究は,高額な研究費を必要とする類のものではなく,多くのドクターが丹念に患者の診療を行うという地道な努力があって初めて成し遂げられたものである.すごい論文だと思う.  

 最後にSBMAに対する酢酸リュープロレリンの効果判定は,第Ⅲ相二重盲検比較試験が医師主導型治験の形で行われることになった(JASMITT治験).実施医療機関や問い合わせ先については以下のホームページを参照されたい.

球脊髄性筋萎縮症(SBMA)患者を対象とした治験の実施について

Brain 129; 1446-1455, 2006

Comments (4)
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パーキンソン病Practice parameter(その2)―神経保護療法と代替療法―

2006年06月18日 | パーキンソン病
パーキンソン病に関する米国神経学会ガイドラインを取り上げる2回目.今回は,神経保護療法と代替療法についてのevidence reviewである.臨床的疑問点として以下の2つを提示している.

質問1.パーキンソン病と診断された患者において,病状の進行を遅らせる薬物療法があるか?
質問2.標準的ではないが,パーキンソン病の運動機能の改善をもたらす薬物療法,ないし非薬物療法があるか?

方法は前回と同様に,選択したキーワードを用いてデータベースから論文を抽出後,エビデンスレベルを判定し,その結果から勧告のレベルを決定している.たとえば質問1では,37論文がreviewされ,11論文がinclusion criteriaを満たした.質問2では22論文がreviewされ,いずれもinclusion criteriaを満たしたという具合である(これら論文の少なさは,評価に耐えうる論文を書くことがいかに難しいか容易に想像させる).

さて,質問1で対象となった薬剤は,vitamin E,riluzole,coenzyme Q10,Levodopa,Pramipexile等である.結果としては,
vitamin E;おそらくlevodopa治療開始を遅らせることはできない(Level B).
riluzole,coenzyme Q10,Pramipexile;神経保護作用はない(Level U;ただしriluzoleとcoenzyme Q10についてはstudyのパワーが十分でなく,効果が軽微な場合,検出できていない可能性もある)
Levodopa;ひとつのClass I studyの結果から,病初期の治療として有用で,病状の進行を促進させることはない(Level B).しかしこの神経保護作用は9ヶ月までの検討であり,長期的神経保護作用は証明されていない(Level U).

質問2では,食品,ビタミン,鍼,manual therapy(カイロプラクティックなど),運動療法,言語療法が対象になった.エビデンスを判定するだけの十分な数のstudyが行われているわけではないが,勧告は以下のとおり.
ビタミンE(2000 units);対症療法としても薦められない(Level B).
鍼,manual therapy(カイロプラクティックなど);十分なエビデンスなし(Level U).
運動療法・言語療法;おそらく運動ないし言語機能の改善をもたらす(Level C).

以上の結果から,パーキンソン病に対し,長期的に神経保護作用を有する薬剤は現在ないということになってしまった.またリハビリの重要性に関しては,個人的には,その効果を繰り返し教えてくださった先輩がいたので,それが正しかったことを再確認することになった感じだ.結論としては,神経保護は現状では難しいが,薬物療法とリハビリを組み合わせて治療を行っていく必要があるということになろう.

Nuerology 66; 976-982, 2006

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脾臓を摘出したひとはワクチンを受けよう ―肺炎球菌髄膜炎―

2006年06月11日 | 感染症
 肺炎球菌ワクチンをご存知だろうか?高齢者の市中肺炎で最も多い起炎菌である「肺炎球菌」に対するワクチンである.世界保健機関(WHO)は,このワクチンの接種を推奨していて,実際に,米国では65歳以上の高齢者の半分以上が接種している.これに対し,日本では「脾臓摘出患者の肺炎球菌感染症予防」以外に健康保険が利かないこともあり,平成13年度の接種者は全国で5000人程度といわれている.
 ではなぜ,肺炎球菌ワクチンを行う必要があるのか?肺炎球菌は莢膜を有しており,莢膜の多糖体に対する抗体によるオプソニン化(つまり,抗体が菌に結合することによって好中球の貪食作用が促進されること)がないと,菌は好中球により貪食されにくい.つまり,オプソニン抗体の産生を目的として,細菌表面の多糖体がワクチンとして使用されるのである.
 次になぜ「脾臓摘出患者」のみがワクチン接種の対象になっているのか?医療費抑制のことなど考えなければ,高齢者全例を対象にすべきである.一方,「脾臓摘出患者」がとくに推奨される理由は,脾臓は細菌の濾過のみならず,IgMオプソニン抗体の産生の場として重要であるためである.つまり,脾臓の摘出によって好中球による食菌作用が低下し,肺炎球菌感染発症と重症化のリスクが高まるわけである.
 
 つぎに,髄膜炎に対する脾臓摘出の影響を考えたい.なぜならば肺炎球菌は,正常免疫能のひとの髄膜炎の起炎菌の約6割を占めるためだ.2003年の報告で,成人の肺炎球菌による髄膜炎の予後因子を検討した研究がドイツから報告されている.方法は87例の肺炎球菌髄膜炎患者に対するretrospective studyである.結果としては,髄膜炎のみならず頭蓋内合併症を来たした頻度は74.7%と高く,内訳としてはびまん性脳浮腫(28.7%)や水頭症(16.1%)の頻度が高かった.血管系の合併症も多く,動脈系(血管炎を背景とした脳梗塞やSAH;21.8%),静脈系(静脈血栓症;9.2%)ともに認められた.稀な合併症として脊髄炎,聴力障害も見られた.病院内致死率は24.1%で,Glasgow outcome scale(GOS)=5で区切った予後良好例は48.3%であった.予後因子(GOS 4以下)としては,①慢性疾患の存在,②Glasgow coma scale低値,③入院時局所症状,④髄液白血球数低値,⑤肺炎,⑥敗血症,⑦髄膜炎に伴う頭蓋内合併症,であった.
 問題の脾臓摘出患者は11例(12.6%)で認められ,興味深いことに全例で頭蓋内合併症(脳浮腫,血管炎,脳出血,脊髄炎,難聴)を認めた.脾臓摘出から髄膜炎までの期間はさまざまで4~36年,ワクチンは少なくとも4名が接種していた.脾臓摘出を行っていない患者と比較して,頭蓋内合併症の頻度は有意に高いが,予後に関しては変わらなかった.以上の結果からワクチンが髄膜炎の予防や予後の改善に必ずしも万能でない可能性が示唆されるが,脾臓を摘出された方はワクチンをしておいたほうが無難だろう.
 
 最後に,肺炎球菌の治療について考える.一昔前の教科書ではアンピシリン+第3世代セフェム系抗菌薬が標準的な治療であったが,ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)といった耐性菌の頻度の増加に伴い,この治療では対処できなくなってきている.サンフォード感染症治療ガイド―日本語版 (2005)では,免疫能が正常な1ヶ月~50歳の患者の場合,第1選択として第3世代セフェム系(CTX:クラフォランないしCTRX:ロセフィン)+(デキザメサゾン)+VCM,第二選択としてMEPM+デキザメサゾン+VCMとなっている.カルバペネム系が,パナペネム(カルベニン)でないのは米国では販売されていないためで,当然,MEPMとどちらが優れているのか比較のデータもない.イミペネムでないのは痙攣の副作用を心配するためである.
 しかしこれらの治療法も普及するに連れて,近い将来,効かなくなってくる可能性がある(実際に,アメリカではVCM耐性肺炎球菌や腸球菌による髄膜炎がすでに報告されている).この記事を数年後に読まれた方は,時代遅れのことを書いてある可能性が高いので注意してください.

Brain 126; 1015-1025, 2003

サンフォード感染症治療ガイド―日本語版 (2005)
(感染症の本もいろいろあるが,個人的にはこれが気に入っている)

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「患者様」と医療サービス

2006年06月03日 | 医学と医療
 付き添いで,実家近くの病院に出かけた.「患者様」という言葉がやたら目に付く病院だった.「患者様駐車場」「患者様待合室」「30分以上お待ちの患者様は,お申し出ください」等々.私は「患者様」という言葉にどうしても違和感を持つ.慇懃無礼という印象をもってしまう.
 読売新聞(2006年5月19日)の記事によれば,「患者様」ということばは,1990年代後半に民間病院で始まり,「医療もサービス業」という経営コンサルタントらの意見もあって徐々に拡大し,2001年に厚労省「医療サービス向上委員会」がその指針のなかで,「患者の呼称は,原則として姓(名)に『様』を付ける」ことを当時の国立病院に求めたことで,一気に広まったそうである.ただこれは患者の個人名を呼ぶときに「○○さん」ではなく,「○○様」と呼ぶことを求めたものであったのだが,お上の通達を病院が生真面目に(不思慮に?)受け取った結果,「患者」にまで「様」をつけるようになったわけだ.
 「患者様」は正しい日本語という観点からもおかしな言葉である.まず,「患者」という普通名詞に「様」を付けることがおかしい.「様」は人名ないし固有名詞につけるべきで,通常,普通名詞につけることはない.そして,「様」をつければ敬意を表したことになるという考えもおかしい.日本語学者の金田一春彦先生は,「言葉を丁寧な形にしても,けっして丁寧な意味にならない例」として,「患者様」を挙げている(日本語を反省してみませんか ).つまり,「患者」という言葉自体があまり良い印象の言葉でないので,「様」をつけたところで,丁寧な意味にならないというわけだ.「患者様」と呼ばれて,「ばかにされている」と思うことはあっても,「この病院は患者中心の良い医療が行われている」と感激することはまずないであろう.「ご来院の方」とか「外来の方」とか呼べばよいのではないかと,金田一先生は述べられている.
 ただ知人のなかには「形式から意識が変わることもあるから,一概に悪いことではない」とか,「『患者様』と呼ばれて当然と思うひともいるだろうから,そういうひととのトラブルを避ける意味で,『患者様』と呼んだほうが無難」なんて言うひともいる.皆さんはどう考えるだろうか?

 最後に「患者様」という言葉が使われるようになった背景を考えてみたい.前述の厚労省「医療サービス向上委員会」の提言がきっかけとなったことから分かるように,「医療機関のサービスの悪さ」の改善と密接な関係があるようだ.しかし,突然,「患者様」と呼ばれ方が変わったところで,中身が改善されなければ無意味であろう.
 では「医療機関のサービスの悪さ」の根源は何か?その大きな要因は「人手不足」である.医師に関して言えば,その数が不足しているし,書類書きなど患者さんに向き合う以外の仕事がますます増加し,医療に専念できていない.自分はアメリカの医療機関を見る機会を得たことがあるが,日本より明らかに医療従事者数が多く,日本なら医師が行っている仕事の一部を,看護師,コメディカル,事務員が担当し,医師は医師本来の仕事(診断・治療)に専念しているように見えた.
 医師の「サービスの悪さ」を是正するためには,医師の増員,ないし適切な配置は不可欠であるが,現状は,医療費抑制と安全要求という二つの相矛盾する圧力のために労働環境が悪化し,医師が病院から離れ始めている(医師の「立ち去り型サボタージュ」).それはきわめて深刻な状況であり,今後,「人手不足」に由来する「医療機関のサービスの悪さ」がむしろ悪化する可能性がある.疲れ果てて精神的余裕のない医師に,ゆとりある患者サービスを提供することは困難である.「医療機関のサービスの悪さ」の改善を目指すのであれば,その根源にあるものを認識することから始めるべきであろう.

医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
(きわめて冷静に,現在の医療問題をさまざまな角度から検証したもの.お勧め!)
日本語を反省してみませんか
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