Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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重症筋無力症に合併する自己免疫疾患で頻度の多いものは何か?

2007年10月28日 | 重症筋無力症
 重症筋無力症(MG)は自己免疫疾患であるが,他の自己免疫性疾患を合併することを時々経験する.個人的には甲状腺機能亢進症の合併例の経験があるが,実際にはどのような自己免疫疾患を合併することが多いのだろうか?また通常の,自己免疫疾患を合併しないMGと比較して,どのような臨床的特徴を有するのであろうか?これまでノルウェーやオランダでは,それぞれ22.9%(48名中11名)および9.4%(212名中20名)といった報告があり,後者ではやはり甲状腺疾患が多いという報告だが,意外なことに日本人に関してはほとんど報告がない.

 さて,今回,新潟大学から本邦142例のMG症例を検討したretrospective studyの結果が報告された. 対象は連続した142例のMG入院症例(約20年間の観察期間)で,10歳未満の小児例は除外している.結果としては,28例(19.7%)において他の自己免疫性疾患を合併していた.なかでも甲状腺疾患はやはり多かった.以下に内訳を示す.

①バセドウ病11名(7.7%)
②橋本甲状腺炎6名(4.2%)
②慢性関節リウマチ6名(4.2%)
④SLE 2名
④自己免疫性血小板減少症2名
⑥シュエーグレン症候群1名

 ではこれらの自己免疫性疾患合併MGは,通常の自己免疫性疾患を合併しないMGと臨床像が異なるのであろうか?まずバセドウ病合併MG症例は,通常のMGと比較して,①MG症状の発症が若年である(それぞれ35.5歳,49歳;P<0.05),②アセチルコリン受容体抗体陽性率が低い(それぞれ44.4%と89.8%;P<0.05),③胸腺過形成合併が高率である(それぞれ72.7%と17.9%;P<0.05),という特徴を認めた.治療後の予後については有意差を認めなかった.  つぎに頻度の高い橋本甲状腺炎合併MGについては,①MG症状の発症が高齢(66.0歳;P<0.05),②胸腺過形成合併はなし,という特徴を認めたが,アセチルコリン受容体抗体陽性率や予後については通常のMGと有意差を認めなかった.  以上より,バセドウ病ないし橋本甲状腺炎合併を合併するMG症例は,通常のMGとは異なる1亜型である可能性が考えられた.とくに同じ自己免疫性甲状腺疾患でありながら,発症年齢や胸腺過形成合併の頻度はまったく反対の結果を示した点は不思議である(橋本病はそれ自体が高齢発症が多いことも関与しているのかもしれない).治療後の予後については,自己免疫性甲状腺疾患合併の有無によって違いはないようなので,とくに通常のMGと違った治療を行う必要はないようであるが,甲状腺機能の正常化を急ぐことは言うまでもない.今後,多数例において,甲状腺疾患合併MGが,MGの新たなサブタイプであるのかどうか検討されることが望まれる.

Eur J Neurol. 2007 Oct 17; [Epub ahead of print]

追伸;背景のハロウィーンは我が家では抜群の人気であったが,一般には不評のようなので変更することにする.
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ドラッグ・ラグは解消できるか?(上)

2007年10月14日 | 医学と医療
 ドラッグ・ラグ(Drug-lag)とは,海外で使用可能な薬剤が,遅れて日本で使用可能になる時間差(time-lag),すなわち「新薬承認の遅延」のことをさす.医薬品の最初の発売国から自国で販売するまでの平均期間を指標とするが,日本におけるドラッグ・ラグは以下に示すように深刻である.

 アメリカ・イギリス; 約1.4年
 タイ・シンガポール; 約3年
 日本; 約3.9年

 例えば,手元にあるNeurologyなどの英文誌の広告ページを見てみる.パーキンソン病に対する連用型rotigotine経皮貼付剤やapomorphine,アルツハイマーの治療薬rivastigmineの経皮貼付剤,糖尿病性末梢性神経障害治療薬duloxetine,MSに対するnatalizumab・・・日本では使えないものばかりである.この時間差の存在により,日本の患者は欧米の患者より治療が遅れたり,最悪の場合,治療に間に合わず亡くなる患者もいる.後者の例としては,最近,注目を集めたムコ多糖症(Mucopolysaccharidosis;MPS)があげられる.MPSは先天代謝疾患であるライソゾーム病の一種で,ムコ多糖が蓄積する小児難病で,以下のように少なくともI~Ⅸ型に分けられる.稀少疾患(orphan disease)は,患者数5万人未満の疾患と定義されるが,MPSはいずれの病型も,さらに2桁患者数が少ない,いわゆる超稀少疾患(ultra orphan disease)である.

MPS I型 
 MPS IH型 Hurler syndrome(重症タイプ)
 MPS IS型 Scheie syndrome
MPS II型 Hunter syndrome(唯一の伴性劣性遺伝)
MPS III型 Sanfilippo syndrome
MPS IV型 Morquio syndrome
MPS V型(欠番)= MPS IS型  
MPS VI型 Maroteaux-Lamy syndrome
MPS VII型 Sly disease(グルクロニダーゼ欠損症)
MPS IX型 ヒアルロニダーゼ欠損症

 これらはいずれも治療困難な疾患であったが,ムコ多糖を分解する酵素をコードする遺伝子の変異が引き起こすloss of functionの疾患であるため,この酵素を製剤化し,点滴静注により補充する療法が試みられ,実際,近年,実用化された.米国では現在,I型,II型,VI型に対する治療が可能である.ここでドラッグ・ラグの程度を見てみよう.I型に対するアウドラザイムは,2003年4月米国で承認され,日本では米国に遅れること3年半して2006年10月承認された.MPSは治療しなければ死に至る疾患であるため患者・家族からすれば3年半は極めて長い時間であったと思われる.しかし,I型治療対象患者は日本では20~40名といわれるほどの超稀少疾患であり,患者・家族の声を社会に届かせることがいかに難しいことかは想像に難くない.

 しかし,II型(Hunter病;患者数はMPSのなかでは最も多いが,それでも150人程度)ではテレビでの報道がきっかけになり,たくさんの人がMPSやドラッグ・ラグの問題を知り,そして問題解決に向けての様々なactionを起こした(この詳細については「ムコ多糖症支援ネットワーク(ムコネット)」や,「新薬、ください!―ドラッグラグと命の狭間で」をぜひ参照してほしい.とくに後者の本は,ドラッグ・ラグについても良く解説されていて勉強になった.そのなかで知ったレゲエ・グループ「湘南の風」の若旦那さんの行動はとても素敵だと思い,どんな歌をうたう人なのかとCDまで買ってしまった).結果はご存じの通り,これらのactionは厚生労働相を動かし, 2006年7月米国で承認されたII型に対するエラプレイス(日本ではGenzyme Japan社によるイデュルスルファーゼという名称になった.Genzyme社はポンペ病に対するマイオザイムの会社でもある)は,2007年10月4日,スピード承認された.これはとても嬉しいニュースであった.

 しかし,MPSだけが特別なわけはなく,どの疾患に対しても迅速な新薬の承認が必要であると誰もが思うはずだ.その声は当然,厚生労働相にも届いたはずで,昨日(13日),厚生労働相は「あらゆる新薬について承認期間を早めたい.5カ年計画で1年半にする」と述べた.つまり,新薬の承認までにかかる期間を2011年度までに,現在の4年から1年半に大幅に短縮するというものだ.新薬審査期間が長いことがドラッグ・ラグの一因であり,それを改善しようというわけである.このために,審査官を3年以内に400人に倍増するそうだ.この計画はすでに検討されていたものではあるが,具体的に新薬の承認期間短縮目標が明示された点が重要である.そもそも欧米と比べて日本では審査官が圧倒的に少なく,米国では約2000人と言われるのに対し,日本では10分の1しかなく,先進国では最も少ないと言われていた.ただし審査官の増員自体,簡単にできるのかと心配したくもなるが,もしそれができたとしてドラッグ・ラグは解消されるのだろうか?次回,もう少しこの問題について考えてみたいと思う.

新薬、ください!―ドラッグラグと命の狭間で 
 

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