Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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慢性頭痛の診療ガイドライン

2006年03月31日 | 頭痛や痛み
 「慢性頭痛の診療ガイドライン」が出版された.日本頭痛学会のホームページからも閲覧可能である.本書のユニークなところは,臨床現場で問題となっていることを,clinical question(CQ)として調査し,それに答える形で,推奨のグレード,および解説を記載したことである.
 ガイドラインは,8つのセクションから構成されていて,第1章の頭痛一般は,日本頭痛学会の頭痛診療に関する主張のようなものが窺われて,なかなか興味深い(例えば,一次性頭痛の入院治療の対象は?,漢方薬は有用か?,医師―患者関係で留意すべき点は?などユニークなCQが並ぶ).第2章以降は各論に移り,対象疾患としては,片頭痛,緊張型頭痛,群発頭痛,その他の一次性頭痛,薬物乱用性頭痛,小児の頭痛を取り上げている(第1章と比較し,いきなり参考文献に本邦からものがなくなってしまう点は予想されることとはいえ悲しい).米国神経学会(AAN)のガイドラインであるpractice parameterと比較すると,グレードを決定する根拠となったオリジナルの論文についての具体的データや,エビデンス・レベルに関する記載に乏しい印象を受けるが,このガイドラインが専門医のみではなく,プライマリ・ケア医への普及を目的として作られたことを考えれば妥当なのかもしれない.
 案外,役に立つのは巻末にある国際頭痛分類第2版とWHO ICD-10 NAコードである.眺めているだけでも,頭痛にはいろいろな種類や原因があるのだなあと勉強になった.

動脈内膜切除後頭痛
網膜片頭痛
一次性雷鳴頭痛
キアリ奇形Ⅰ型による頭痛
オルガズム前ないし時頭痛
脳脊髄液リンパ球増加症候群
ホスホジエステラーゼ阻害薬誘発性頭痛
睡眠時無呼吸性頭痛
絶食による頭痛
・・・・どんな痛みなのか,想像がつかんな.ちなみに私がよく経験する頭痛は,専門的には「遅延型アルコール誘発頭痛」というらしい.

慢性頭痛の診療ガイドライン.医学書院
(題名をクリックするとAmazonにリンクします)

追伸;来週からAANでの発表のため,しばらく更新をお休みします

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「治験は難しい」と思った2つのくすり(下)だれを何のために治療するのか?

2006年03月26日 | 運動ニューロン疾患

 スタンフォード大学神経内科Steinmanが,再発寛解型多発性硬化症(RRMS)におけるnatalizumab trialに関して,Lancetに投稿したレターを一言で表現すれば,「だれを何のために治療するのか?」という問いかけと言える.これはどういうことか理解するために,まず彼が例として示したMS患者について理解する必要がある.
 コロラド出身のこの女性は,42歳時にRRMSと診断された.その根拠は間隔をおいて神経症状(頭痛+α)が出現したことと,MRI上,白質に異常信号を認めたことであった.IFN1αにて治療を受けた後,natalizumabによる治験SENTINELにエントリーした(この時,神経所見はなかった).その後,彼女は不幸にして,PML発症者3人のうちの1人となり,46歳で死亡した.剖検では,MSを示唆する所見はなく,また全経過を通して,髄液やGd造影MRIにおいて,中枢神経における炎症を示唆する所見もなかった.Steinmanによれば,RRMSというより「むしろ片頭痛に脳梗塞を合併していたと考えたほうがよい」症例であった. 
 Steinmanが指摘するこの治験の問題点として,まず,エントリーした患者の診断の不確かさが挙げられる.MSは中枢神経における慢性炎症性脱髄疾患であるが,中枢神経の炎症や脱髄の存在を的確に評価する方法は今なお存在しない.よって学生時代から繰り返し教えられた「時間的・空間的多発性」を拠り所として診断するわけである.しかし考えてみれば,その定義はかなり曖昧で,MSでなくても「時間的・空間的多発性」は起こりうる.よって正しい診断のためには,MSに対する専門的知識が必要となる.もちろん,MSの診断やその病態の理解はどんどん進歩しているという意見もあるかもしれない.しかし,その方向性は診断のspecificityを向上させるより,sensitivityを向上させ,その疾患概念を拡張する方向に向いている.例えば2001年のMcDonald基準を例にとっても,2ヶ所以上の病変を証明する客観的な証拠のある場合,1回の発作でもMSと診断できることになっている.
 さらにnatalizumab studyで問題になっているのは,診断する医師側の問題だ.専門医でさえ,診断の難しいMSだが,このレターによれば,治験エントリー時の診断は,MSの専門家でも,神経内科医でもない,一般の開業医よってなされることが少なくなかったそうである. 
 では診断の不確かさは何をもたらすのか?すぐに頭に浮かぶのは,MS以外の患者が混入し,
 ①その患者に利益はないばかりか,副作用というリスクをもたらすこと,
 ②治験から得られたデータの信憑性が損なわれること,である. 

 診断の不確かさに加えて大きな問題となるのは,その患者さんが治療を受ける必要があるのか,ということである.例えば,上記の女性は治験開始時,神経学的に異常を認めなかった.この女性に「2~3年に1回の再発を減らすために治療を行う必要が本当にあったのか?」とSteinmanは問いかける.Steinmanによれば,この10年間でMSの治験の際のinclusion criteriaはどんどん緩やかになってきているそうだ.その背景には医者のMSに対する考えかたが以下のように変わってきたことが影響していると考察している.
 ① ほとんどのMS患者は,将来的には重度の障害を伴うようになり,予後不良の転帰を取る
 ② 治療をはやく始めれば,予後は良い
これらの考えは,「どんな患者も早期から治療する」という意味で,製薬会社を儲けさせることにはつながるだろう.しかし,MSの自然歴について我々が十分な知識を持っているわけではない.またRRMSに対し,積極的に治療介入することが,長期的にも,短期的にも障害を抑制するのかも分かっていない.もちろんMSの15%程度といわれるprimary progressive MSは,予後不良である.しかしながらRRMSは緩徐進行性であり,生命予後まで損なわれることは一般的ではない.さまざまなMSの自然歴に関する研究が報告されているが,そのほとんどにはバイアスが存在する(例えば,PPMSの割合が高い,retrospective studyであるなど).唯一,前向き研究で,25年間(!)経過観察したpopulation-based studyが存在するが,それによれば,杖つき歩行以上に高度の障害を呈した患者はわずか43%であった(Brain 1993:116, 117-134).まして近年の,よりsensitivityを高くし,軽症者を含むと考えられる診断基準では,将来,重度の障害を呈さない患者の割合は増加するものと考えられる.

 そして最後にSteinmanが強調しているのは,安全性が確立していない薬剤の治験では,信頼性の高い予後因子を用いて,その患者の予後を推定した上で,エントリーするべきか考えようということである.治験によって得られる利益が危険を上回る患者にのみ,ゴーサインを出すべきだということだ.現在,MSに対し,エビデンスのある予後因子としては
 ① 発作後の回復が不完全であること
 ② 発症後2-5年の短期間に障害が蓄積すること
が挙げられる.本来,natalizumabのような安全性に問題を抱える薬剤は,神経学的に正常,もしくは正常に近い人はまず除外し,将来,重度の神経障害を呈すると予測される患者(神経所見が軽くない患者,短期間の経過で明らかな神経障害が進行している患者)にのみ行うべきだと主張している.今回のstudyでは,重症度に関しては,EDSS 0-5という患者に限定した(EDSSはmax 10).つまり,Steinmanの主張とは逆に,むしろ軽症の患者を対象にしている.すなわち,今の基準のまま治験が再開されれば,誤診された患者や予後の良い患者が,またPMLに罹患する可能性がある.これを懸念して,Steinmanはレターを書き,そして,LancetもFDA諮問委員会開催の数日前という絶妙のタイミングでこのレターを掲載した.そういう事情で,このレターを初めて読んだときに,個人的に非常に驚いたし,たぶんFDAの委員会の結果にも影響を与えるだろうと想像した.

 さて,問題の諮問委員会は3月8日に行われ,何とnatalizumabの再販が満場一致で支持された.3例以外にPMLの存在が見られなかったことと,今後,治療後の経過観察を厳しく行うシステムを作ったことが決め手になったようだ.Steinmanの声は届かなかったが,「だれを何のために治療するのか?」という問題提起は,今後の治験のあり方に非常に大きな影響を与えるのではないかと思った.

Lancet 376; 708-710, 2006 

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「治験は難しい」と思った2つのくすり(中)多発性硬化症に対するナタリズマブ

2006年03月21日 | 運動ニューロン疾患

 Natarizumab(商品名Tysabri)を例にして,治験の難しさ,とくにどのような患者さんを治験にエントリーするべきかという問題について議論したい.その前に本剤は日本ではいつになったら使用できるか分からない馴染みのない薬でもあり,治験の経過を振り返ってみたい.
 Natarizumabは米国において,2004年11月23日,「再発寛解型多発性硬化症(RRMS)の再発回数を減らす」という効能にて,FDAにスピード承認された薬である.その根拠となった治験のは,2つの1年間にわたるphase III trialであった(1つは単剤の試験AFFIRMで,もう1つはInterferon β-1a:商品名AVONEXとの併用試験SENTINELである).
 Natalizumabはα4β1(VLA-4)インテグリンのモノクローナル抗体である.MS患者における炎症性脳病変は,活性化したリンパ球や単球が関与する自己免疫反応に起因すると考えられているが,糖蛋白α4β1(VLA-4)インテグリンは,これらの細胞表面に発現し,血管内皮への接着や脳実質への移動において重要な役割を担う.natalizumab はこの過程を阻害するというわけだ.
 さて治験についてであるが,米Biogen Idec社とアイルランドElan社主導で行われた.SENTINELを簡単にまとめると,欧米の124施設で行われた多施設共同ランダム化比較試験で,1171例(!)の患者がエントリーした.対象はRRMSで年齢は18~55歳,EDSSは0~5.0の範囲.Primary endpointは開始1年後の再発率と,2年後における機能障害の進行であった. IFNβ-1a単独群とnatalizumab+IFNβ-1a併用群を比較したところ,年間再発は前者が0.82回であったのに対し,併用群で0.38回(53% reduction;ハザード比 0.50,p<0.0001)と有意に再発回数を減らすことが明らかになった.
 その後,市場に出回ったnatalizumabであるが,Biogen Idec社とElan社は,2005年2月28日,米国での販売を自主的に中止した.これは進行性多病巣性白質脳障害(PML)という稀ながら重篤な有害事象が報告されたためである.NatalizumabはMSのみならず,活動性クローン病でも有効性が報告されているが,クローン病患者を含めたnatalizumab使用者3名においてJCウイルス感染症であるPMLが報告されたのだ. 
 これらの3症例の詳細は,N Engl J Med. 2005 Volume 353に報告されたが,うち1例の臨床検討会に参加させてもらったことがある.この患者は45歳発症の男性で,2001年にnatalizumab治験にエントリー.2004年まで良好な経過であったが,その後,造影効果やmass effectをを伴わないびまん性白質脳症が出現し,最終的にPMLと診断された.この検討会でとくに興味深かったのは,なぜPMLを発症したかに関する議論であった.IRISという聞きなれない病態が原因かもしれないという議論である.
 IRISはImmune Restoration Inflammatory Syndromesの略で, Immune Reconstitution Syndromeとも呼ばれるが,治療として免疫抑制を行っている患者の治療の経過中,免疫システムの再構築(Reconstitution)が起こり,かえって炎症反応が強くなったり,日和見感染症を引き起こしたりする現象である.このような現象は,白血病治療の過程や,AIDSに対する多剤併用療法(HAART)中においても知られていた.たとえばHAART治療を受けたHIV患者180人中31%でIRISが見られたと報告もある(この場合, CD4細胞数が増加したにもかかわらず,TbやCMVなどの日和見感染が生じることを指す).IRISの病態機序としては,「病原体に対するメモリ細胞の過剰反応」が原因ではないかと言われている.つまりMSにおけるPMLは,natalizumab使用でIRISが生じ,JC virusが賦活された結果生じるのではないかという推論である. 
 さて,話はnatalizumabのその後に戻る.PMLの報告以降,Biogen Idec社とElan社は,MSおよびPMLの専門家とともに,3000例以上のnatalizumab使用者のデータについて安全性の解析を行った.この解析で,既報の3例以外の新たなPMLを認めず,さらにNeuraという小冊子による情報では,2046例の髄液・血漿を用いてJCV-DNAを定量的PCRで解析し,PMLを発症した上述の患者以外,陽性例がなかったそうである.これを受けて今月7~8日に,FDAは諮問委員会を開催し,natalizumabの治験における治療再開を認めるかどうかを再検討した.もちろん,現時点でその結果は出ているわけだが,ここではその結果に行く前に,この治験に問題がなかったか一度考えてみていただきたい.次回はFDA諮問委員会直前に,スタンフォード大神内教授SteinmanからLancetに投稿された1通のレターを取り上げ,本治験の問題点,および治験の難しさについて考えてみたい.


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「異状死体」と「異状死」 ―そのときどう対応するべきか?―

2006年03月16日 | 医学と医療
 昨今,診療行為に関連した予期しない死亡を警察に届け出るべきか否かはきわめて大きな問題になった.では,その判断の根拠は何だろうか?まず,医師法21条が思い浮かぶだろう.

「医師は,死体または妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」 

 これは明治時代の医師法にほぼ同文の規定がなされて以降,現在の医師法に至るまで,そのまま踏襲されてきた条文だそうだ.つまり,治安維持とか犯罪の発見とかを目的とした条文で,当然,今日問題になっている医療事故は「想定外」である.この条文は「異状がある死体」の届け出を規定したものだが,①「異状死体」の定義がない,②あくまでも「死体」についての条文で,医療事故といったその過程を問題とした「異状死」について言及するものではない,という問題点がある.すなわち,医師法21条は医療事故が生じた場合に警察へ届けるべきかの判断の拠り所とは本来なりえない.にもかかわらず,ほかに適切な条文がないことから,犯罪の発見のための「異状死体」に関する条文が拡大解釈され,医療事故(刑事事件)処理の拠り所となってしまっているのだ.
 ではほかに「異状死」の定義はないのか?実はいくつかの団体から見解が発表されている.今回の産婦人科医不当逮捕事件の議論でよく引用されている見解は以下の2つである.
①日本法医学会
「診療行為に関連した予期しない死亡,およびその疑いがあるものは異状死に含める」

②外科関連学会協議会
「説明が十分になされた上で同意を得て行われた診療行為の結果として,予期された合併症に伴って患者の死亡・傷害が生じた場合については,診療中の傷病の一つの臨床経過であって,重大かつ明らかな医療過誤によって患者の死亡・傷害が生じた場合と同様に論じるべきではない」

 前者は,しっかりとしたインフォームドコンセントがなされ,治療の合併症で患者が死亡した場合であっても警察に届ける義務があるということだ.この見解は明快だが,医療の現場に持ち込むことは現実的ではないだろう.実際,産婦人科医不当逮捕の事例を考えてみても,大多数の医師は「合併症として合理的に説明できる死亡と考え,異状死とは考えない」という立場をとるのではないだろうか.逆に検察は前者(日本法医学会)の見解に立っているのであろう.すなわち,「異状死」の解釈が大きく隔たっていることも今回の事件に大きく影響している(注;nrさんのコメントのように届け出が遅れたことが問題になる可能性も指摘されているが,もしその責任を問われるにしても,加藤医師は病院長に報告しており,これを持って個人のみが責任を問われるということはおかしな話と言える).
 さらにもう一点,「異状死」の解釈を難しくしているのは,患者・家族側と医療者側との関係,言い換えれば,患者・家族の医療行為に関する納得の程度によって,「異状死」の捉え方が修飾されるということである.つまり医師の説明や患者側の理解の程度によっても「異状死」になったりならなかったりということである.
 以上のような理由で「異状死」であるかの判断は非常に難しいが,個人的な考えを言わせてもらえれば,警察に届けるのはあくまでも医療者側にミスがあり,刑事事件として処理されてもやむを得ない場合だと考える.治療の合併症で患者が死亡したときにも警察に届けるというのはとても受け入れがたいというのが本音である.自分なりの結論としては以下のとおり.
①「異状死」の届け出は,現状では各病院・各医師の判断に負う部分が大きく,あらかじめ議論し,マニュアル化しておくことが望ましいだろう.
②しかし,「異状死」の定義はいまだ曖昧であり,解釈の統一を急ぐべきである.
③万が一にも法医学会の見解が「異状死」となった場合,医療現場への影響はきわめて大きい.「異状死」の定義に関する論議は,医療に与えるインパクトがきわめて大きいので,医療関係者は積極的にアピールする必要がある.

追伸;産婦人科医の不当逮捕事件だけでも非常に考えさせられたが,今度はCV挿入ミスで若手医師が書類送検された.この事例はおそらく「異状死」として報告されたのであろう.事前の説明方法や承諾の取り方,CVの適応患者の選択,安全なCV挿入法,研修医の教育方法,指導医の責任などいろいろ議論すべき事例である.

医療ミスで医師を書類送検 カテーテル挿入で患者死亡 (06/03/14)
 栃木県立がんセンター(宇都宮市)で昨年8月、カテーテル挿入時のミスで同市の男性患者=当時(73)=が死亡した医療事故で、宇都宮南署は13日、業務上過失致死の疑いでセンターの男性医師(29)を書類送検した。
 調べによると、医師は昨年8月9日、膵臓(すいぞう)がんの手術を控えた患者に、手術後に行う高カロリー輸液のため静脈カテーテルを挿入する際、誤って首の動脈を傷つけ、出血性ショックによる多臓器不全で同23日に死亡させた疑い。

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「治験は難しい」と思った2つのくすり(上)ALSに対するエダラボン 

2006年03月13日 | 運動ニューロン疾患
 3月10日付のコメントで,tarashiさんから,エダラボン(商品名ラジカット)をALSに対して使用できるよう保険適応を変えようという署名活動がネット上で行われていることを教えていただいた.署名活動をなさっている方々の気持ちは痛いほど分かるものの,「おぼれるものは藁をつかんじゃだめだ」というtarashiさんの言葉のほうがむしろ印象的だった.私の知る限りにおいてALSに対するエダラボンの効果は,本邦の一病院施設における短期間の治療研究において検討されたに過ぎない(間違いがあれば,ご一報ください).しかもその結果は,PubMedはもちろんのこと,Web上ですら知ることはできない.インターネットで中途半端な情報を入手し,主治医の先生にエダラボンを用いた治療を懇願するALSの患者さん・ご家族に「エビデンスのない薬なので・・・」と言ったところで,冷たい先生と思われるのがオチだろう.それでも,脳梗塞に対するエダラボンのように,ヒトに対する十分なエビデンスがないまま,financial disclosureつきの動物実験で肉付けされ,最終的に患者さんに本薬剤が使用されるということにならないようその効果はきちんと判定されるべきであろう(つまり藁を渡しちゃいけないということ).
 いずれにしても,私が強調したいのは,効果がある薬を世に送り出すためには,きちんとした手順を踏まねばならないということだ.それなしに宣伝をしたところで,臨床の現場に混乱を招くだけである.ALSや脳梗塞に対するエダラボンのみならず,プリオンに対するキナクリンや塩酸キニーネも,脊髄小脳変性症に対する磁気刺激もみな同じだ.きちんとした手順に従った上で効果の判定をしなければ,それらの治療のエビデンスは,癌に対するアガリスクや紅茶きのこ(図)とほとんど変わらないレベルになってしまうのだ.
 とは言え,批判に耐えうるエビデンスを確立することは非常に大変なことだ.とくに日本のドクターは(私を含め)このような新規薬剤の治療効果に関わるエビデンスをどのように確立するべきかというトレーニングを受けてきていないので,医師主導の治験を企画することが苦手である.まして研修医の大学病院離れが加速する今日,こういった領域に関心を持てない医師が増加し,将来,日本が新薬の使用において,欧米と比較しますます遅れを取っていくだろうことは想像に難くない.(若い先生方よ,挿管やCV入れることだけが学ぶべきことじゃないぞ!)
 さて今日はレベルのあまり高くない話に終始したが,次回は多発性硬化症におけるTysabri(natalizumab)を例にとり,治験の難しさについて考えてみたい.「過ちては改むるに憚ることなかれ(論語・学而)」「過ちを改めざる,是れを過ちと謂う(論語・衛霊公)」という父に学んだ言葉があるが,まさにこれを地でいった最近読んだ論文の中でも一番,感銘を受けた論文を取り上げたい.
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産婦人科医逮捕に関する私見

2006年03月11日 | 医学と医療
 まずこの事件でお亡くなりになられた方,そしてご遺族の方には哀悼の意を表します.
 ご承知のとおり,福島県立大野病院に勤務していた1人医長の産婦人科医加藤克彦先生が,帝王切開中の大量出血(予見不能の癒着胎盤からの大量出血)が原因で患者さんが死亡した件において,業務上過失致死罪,および異常死の届出義務違反にて逮捕され,3月10日起訴された.この件は単に産婦人科医の問題ではなく,患者さんを診療するものは強い関心をもって見守り,自身の見解を持つべきである.
 個人的な見解を言わせていただけば,この問題の根本は,大量出血が予見できたのかとか,異常死の定義は何なのかとか,加藤医師個人や病院自体の問題とかではなく,「広く浅く医師を配置し,1人医長の制度を容認してきた医療システムの問題」ではないかと思う.そういう意味では大学医局なり,行政なりにも責任があるのではないか.医療の質を守り,次代を担う医師を育てていくためには,医師の集約化・拠点病院化を進めて行く必要があるのではないだろうか.このような環境の中でご自身の責務を精一杯果たしてこられた加藤先生も今回の事件の被害者であると考えるのは私だけであろうか?医者の責任感や善意や犠牲に支えられてきた医療システムというものを,本気で考え直す時期が来たのだと自分は考える.

福島産科医師不当逮捕に対し陳情書を提出するホームページ
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Ai とは?(ミステリー作家は病理の先生)

2006年03月09日 | 医学と医療
 2月22日付で記載した「神経内科医が主人公のミステリー」の後日談.「チーム・バチスタの栄光」の著者の詳細は不明だったが,「日経メディカル」3月号にインタビュー記事が掲載されたそうだ.それによると「1961年生まれ,1988年千葉大卒,都立府中病院などを経て,現在は千葉県内の病院に勤務,本名は公開していない」そうで,病理の先生だったようだ.
 これより下の文章はネタばれにもなるので,本を読みたいと思われる方は読まないで欲しいのだが, このミステリーの背景には病理医の危機感,つまり医療の質に直結しかねない剖検率の低下に対し警鐘を鳴らすという側面があったようだ.先日も少し書いた Ai(エイ・アイ)だが,これは人工知能(Artificial Intelligence)ではなくて,実は autopsy imaging の略である.適切な日本語訳はないようだが,あえて訳すと「死亡時画像病理診断」というところか.つまり Ai は死後画像と剖検情報を組み合わせ,医学的および社会的な死亡時患者情報の充実を図るための新しい検査概念と言える. 
 果たしてこれはどういう意味があるのか? ①「解剖しない」「解剖する」という選択肢しかない社会が,②「解剖しない」「Ai のみする」「解剖のみする」「Ai 後,解剖する」という選択肢のある社会に変わるわけだ.まず剖検非承諾症例でも Ai なら許してもらえるケースが増えるだろう.もし両方,許されたとしたら,画像情報を基にした細密な剖検も可能になると考えられる.これらは間違いなく医学の発展に貢献するだろう.一方,Ai が導入されると従来の剖検が減少するのではないかという危惧もあるようだが,逆に Ai により問題点が指摘された症例では剖検承諾が得られやすくなるという事実もあるようだ.いうなれば Ai は従来の剖検と競合するものではなく,相補的な検査であるといえる.
 実はすでにオートプシーイメージング学会が設立されている(http://plaza.umin.ac.jp/~ai-ai/).果たして日本にこのような新しい試みが根付いていくのか非常に興味深い.いずれにせよ,まずは Ai 自体の認知度を挙げる試みが必要である(この意味でも「チーム・バチスタの栄光」は大成功を収めたと言えよう). 最後に Ai についての本を紹介しておく.

100万人のオートプシー・イメージング(Ai)入門
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筋萎縮性側索硬化症の診断マーカー

2006年03月05日 | 運動ニューロン疾患
ALSの診断は難しい.上位ないし下位運動ニューロン徴候のいずれかしか認めない発症早期は当然のことながら,個人的に「難しい」と考えるのは,高齢発症ALSの診断と,救急外来で診察する場合だ.まず前者については,高齢発症者は経験的に球麻痺症状にて発症し,かつ比較的急速な経過をとることが少なからずある.球麻痺が初発症状である場合,すぐにALSは思いつかず,かつCTを撮ったらたまたま脳梗塞を合併していたりと,神経内科医でなければ脳梗塞と診断してしまう危険性もあるかもしれない.一方,後者については,ALSと診断されないまま在宅医療で経過が観察され,呼吸不全に陥って初めて救急外来に搬送されるという場合である.自分が未熟なせいもあるが,「このような状態になるまでALSの診断がついてないなんてことはありえない」という先入観が心のどこかで働いて,即座にALSと診断することはなかなかできない(ここで診断が遅れることはかなり問題である.というのは呼吸器装着の適応を考える上で,ALSの診断はきわめて重要であるためだ).実は個人的に2度ほどそのような経験をしたことがあり,救急外来でかなりあたふたした.神経内科医は救急外来でALSの診断を下さねばならない場面が起こりうるということを認識するとともに,ホームドクターにもALSについて啓蒙していく必要があるということだろう.
さて,話題はALSの診断を,近い将来,変えるかもしれないというバイオ・マーカーについてである.周知のごとく,ALSの診断は,厚生省の診断基準(1992年)に代表されるように,神経所見と臨床検査所見(針筋電図,神経伝導速度)に加え,鑑別すべき疾患を除外することで行われる(診断確実例となる).しかし,早期に本症を診断し,治療的介入を行うためには,病像が十分に完成しない段階,あるいは運動ニューロンが荒廃しない早期に診断することが望まれ,そのため,診断確実性にグレードをつける試みが世界的に工夫されてきた.その代表がEl Escorial改訂Airlie House診断基準(1998年)である.世界で評価される研究を行うには,これに照らし合わせた診断を行うことが不可欠である.とはいえ,行っていることは神経所見の評価と筋電図,神経伝導速度,画像検査のみなので,診断技術の面からは,厚生省基準と本質的な違いはないとも言える.
 これに対し,最新号のNeurologyに掲載されたALSのバイオ・マーカーは,その診断を大きく変える可能性がある.というのは,検体は髄液と簡便で,かつsensitivity,specificityとも良好であるためだ.方法としてはまずALS(36名;El Escorialでdefiniteないしprobable以上)と健常者(21名)の髄液を最新のproteomics技術(プロテイン・アレイ)であるSELDI-MS(surface-enhanced laser desorption/ionization time-of-flight mass spectrometry)を用いて,比較した.pH4の条件下で,両群に30の陽性荷電した蛋白を認め,その発現量の比較を行ったところ,質量が4.8,6.7,13.4 kDaという3つの蛋白質がALS群において有意に低下していることが判明した.診断確度(accuracy)を高めるため,それぞれ単独ではなく,3つの蛋白を組み合わせてみると,
感度(ALS患者で検査が陽性となる割合)=91%
特異度(ALS患者以外で検査が陰性となる割合)=97%
診断確度(ALS患者をALSと診断できる割合)=95%
というきわめて良好な結果となった.しかも発症1.5年以内のALS患者に限っても
感度=95%,特異度=89%,診断確度=93%
という結果であった.
さらにこの診断法の有用性を別の独立した対象,すなわち新たなALS患者13名,disease controls (MMNなどのニューロパチー症例)7名,そして健常者25名を用いて検証したところ,disease controlと健常者では違いを認めず,その有効性が確認された.
さて問題はこれらの蛋白は一体,何であるか,ということである.もしかしたら病態に直接関与する可能性もある.ペプチドシークエンスの結果, 13.4 kDaの蛋白はcystatin C,4.8kDaの蛋白は神経内分泌物質VGFの断片であることが判明した.cystatin Cはカテプシンを含むシステインプロテアーゼの阻害物質であり,これまた最新号のAnn NeurolにMSの髄液でのバイオマーカーとして有用であることが報告されている(Ann Neurol. 59:237-47, 2006.;ただし総量の違いではなく,蛋白質断片の割合がMS群と健常者で違うというもの).cystatin CがALSの病態にどう関わっているのか分からないが,興味深いことにBunina小体はcystatin C抗体で陽性に染色される.VGFの役割についても不明だが,成長因子のひとつであることを考えると,病態に関与している可能性も否定はできない.いずれにしても,今回の研究はSELDI-MSを用いたproteomics研究の威力を思い知らせるとともに,臨床的に大きなインパクトを持つものになる可能性が高い.

Neurology 2006;66, published on line
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