Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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機能性(心因性)不随意運動の病名と治療

2013年07月12日 | その他の変性疾患
Sydneyで行われたMovement Disorder Society 2013のなかで,脳に器質的な障害を認めないにもかかわらず不随意運動が生じる,いわゆる心因性不随意運動に関するシンポジウムが行われた.日本では活発な議論が行われにくい領域だが,何と,会員が全員集まる一番大きなシンポジウムであるplenary sessionとして行われ,事実,3人の講師によるレクチャーは実に中身の濃いものであった.以下にその要旨をまとめたい.

1)どのような病名を用いるべきか?

これまで様々な病名があった(解離性障害,転換性障害,身体化障害,身体表現性障害,心気症,虚偽性精神障害,Munchausen症候群,詐病,ヒステリー,さらに形容詞では,機能性,非器質性,心因性など).どの病名もベストでなく,病名を変えるべき時だと考える.理想的には原因でなく機序を反映するもの,心と身体のいずれが原因かを言及しないもの,患者さんと共有しやすく,コミュニケーションや症状の回復にプラスになるものが良い.このなかでは「機能性不随意運動(functional involuntary movements)」が良いと考えられる.しかし病名より,ドクターが患者さんにどのようなことを話すかのほうが大切である.

2)どのように問診を行うか?

現在の症状をすべてリストアップする.
患者さんが日常生活でできていることを聞く.
発症時の状況やその後の経過を聞く.
過去の機能性症状の有無や内容を聞く.
患者さん,家族が,何が原因と考えているか聞く
患者さんが何を望んでいるか聞く.
以前受診したドクターからどう言われたかを聞く.

3)誰が診断し,治療するか?

診断と治療は,基本的に神経内科医が行う(Diagnosis cannot be made or refuted by psychiatristとのこと).これは神経内科医がまず治療に当たるべき疾患であり,このような病態に詳しい精神科医がほとんどいないことも理由である.診断のヒントは以下のとおりである.

A) 病歴で疑うべきヒント
1. 急性発症
2. 非進行性
3. 自然寛解
4. (軽度の)外傷が誘因
5.明らかな精神障害の合併
6. 複数の身体化障害の存在(身体のあちこちに痛みや違和感などがあるもの)
7. 医療従事者
8. 係争中の訴訟をかかえる
9. 二次的な利益の存在
10.若い女性

B) 臨床像で疑うべきヒント
1.一貫性に乏しい症状(頻度,振幅,分布など)
2. 発作性に出現する
3.注意させると増加し,気をそらさせると(distraction)減少する
4. 非生理的な不随意運動の誘発,消失(トリガーポイントの存在など)
5. 偽の筋力低下の存在
6.偽の感覚障害の存在
7. 自傷行為
8. 意図的な運動遅延
9. 奇妙で,多発する,分類困難な運動異常

年齢に関しては,子供(12歳未満)でも頻度は少なくなく(急性発症の23%),高齢者でも稀ではない.子供では成人と同様の特徴を示すが,女性に多い.
ジストニア,振戦,ミオクローヌスが多いが,さらに新しい病態としてfixed dystonia とそれによるCRPS/RSD,固定脊髄路性ミオクローヌス,口蓋振戦,psychogenic facial movement disorderが報告されている.
また今後,検査に基づいた診断も行われるようになる.電気生理的検査やDaTSCAN™ (Ioflupane I 123 Injection) SPECT Imagingが有用だろう.

4)どのように診断を伝えるか?
「あなたはパーキンソン病ではない」「正常である」と疾患が否定されたことを伝えるだけではなく,陽性所見に基づいて診断を伝えるべきである.どのように診断をしたか,例えば,フーバー徴候やdistractionによる症状の消失,止めようとすると却って強くなることなどを説明する.原因よりも「機能性とは・・・」とか,「機能性と考える根拠は・・・」と機序を強調する.書面できちんと伝えると治療効果が高い.脳自体は問題なく,脳からメッセージを伝える際に問題があり(ソフトウェアプロブレム),精神病とか偽りを言っているとは考えていないことを伝える.また同様の症例が存在することも伝える.

5)どのように治療をするか?
段階的治療を行う.ステップ1は,神経内科医が担当し,上述のように問診し,診断を伝えることが治療となる.それでも改善が見られない場合は,ステップ2として理学療法も併用する.リハビリは,とくに偽の筋力低下を合併しているときに有用である.ステップ3になり,精神科的評価や心理療法を依頼するが,受診の際には「精神疾患と考えているわけではなく,症状を良くするのに多くの経験がある先生を紹介する」などと説明する.

6)どのように予後を予測するか?
①予後が良好な例
回復や自己回復能力を信じている.若い,最近の診断,その他の身体症状がないこと,診断後の結婚・離婚

②予後が不良な例
症状が回復しないと強く思い込んでいること,非器質性であるという診断への強い怒り,診断の遅れ,複数の症状,器質性疾患の存在,性格障害,高齢者,性的虐待,訴訟

以下に参考になるお薦めの論文を紹介したい.
Pract Neurol 9; 179-189, 2009


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MDS2013 Annual Video Challenge@ Sydney

2013年07月02日 | パーキンソン病
Movement Disorder Societyが主催する国際学会に初めて参加した.学会の企画のなかで一番盛り上がるのが,世界各国の学会員が症例ビデオを持ち寄り,運動障害のエキスパート5人が,その特徴や診断を議論するVideo Challengeだ.最も興味深い演題が後日表彰されるため,各国プライドを掛けてこのイベントに臨むそうだ.珍しくて役に立つ症候のビデオが見られるだけでなく,エキスパートがどのように診断に迫るのかを学ぶことができる.6月19日の夜,ワインや軽食が振舞われたあとの午後8時から開始され,終了は10時を過ぎていた,しかしホスト役のAnthony Lang,Kapil Sethi両先生の司会は軽妙で,また症例も分からないものばかりで,あっという間に時間が過ぎた.さてどんなビデオが提示されたが,12例をご紹介したい.言葉による説明では分かりにくいと思うが,ぜひキーワードを頼りに診断を考えていただきたい(結構,マニアックですが・・・).

【問題編】
Case 1(英国)
18歳男性.眼球が上下や左右,寄り目などに固定される.2~3日に1回発作的に起こり,数分から数時間続く(Episodic Oculogyric crisis).発作時に口に手を入れるような緊張や異常な姿勢を伴う.てんかん?ジストニア?髄液5-HIAAが低下.脳波異常なし.

Case 2(カナダ)
46歳男性,ジストニアによる開眼困難,アパシー,構音障害,applause sign陽性,失調歩行,頸部ジストニア,視運動性眼振消失,MRIにて両側基底核のT2低信号(パンダ様),皮膚生検にて診断.

Case 3(アイルランド)
41歳,流暢性の低下が見られるする原発性進行性失語(FTD的),小声,小字症,認知機能低下,MRI上の白質の中等度の信号変化.

Case 4(ドイツ)
25歳女性,3年の経過で動作誘発性の失調歩行,腱反射消失,MRIでは歯状核,錐体路,後索に異常信号,MRSにて乳酸ピーク,アセタゾラミド有効.

Case 5(インド)
23歳男性,13歳視力低下,14歳全身痙攣,23歳不眠,記憶障害,視神経萎縮・網膜症,手をよく洗う強迫性障害,ミオクローヌス,舞踏運動,パーキンソニズム(akinetic rigid syndrome),MRIでは大脳萎縮と白質変化.

Case 6(スペイン)
家族性の認知症+パーキンソニズム(akinetic rigid syndrome).後者はL-dopa抵抗性.
CTでは小脳+大脳萎縮,軽度の白質の低吸収域,MRI拡散強調画像でprion病様高信号

Case 7(オランダ)
27歳男性,本態性振戦(ミオクローヌス的),ジストニア,軽度の自閉症,気管支喘息,失調,遺伝子診断でFXTASは否定.

Case 8(日本)
52歳女性,9歳,頸部不随意運動,12歳右手→全身へ波及,47歳失調,激しい運動時の振戦,家族歴なし.進行性ミオクローヌス+失調を主徴とする.

Case 9(国名?)
32歳男性,家族内類症あり.13歳,進行性の筋緊張亢進,痙性のため膝折りできない,嚥下障害.

Case 10(ブラジル)
59歳女性,急性発症の他人の手徴候.

Case 11(英国)
45歳男性,奇形症候群(副甲状腺・胸腺無形成症,特有の顔貌),病初期はL-dopa有効のパーキンソニズム(左手の無動・振戦).

Case 12(国名?)
性染色体劣性遺伝,急性溶血性貧血,痙攣,認知機能低下.


【解答編】
Case 1;AADC(芳香族アミノ酸脱炭酸酵素)欠損症
常染色体劣性遺伝の先天性代謝異常,Oculogyric crisisと呼ばれる異常眼球運動を発作性に呈する点が特徴的.

Case 2;神経セロイド・リポフスチン症(NCL)
知能・運動の退行,てんかん,視力障害を主徴とする.遺伝子異常により10のサブタイプに分類されているが,乳児型,後期乳児型,若年型が主要な臨床病型であるが,成人例もありジストニアを呈する.病理学的には,自家蛍光を有するリポフスチン顆粒のリソソーム内への蓄積と神経細胞の変性を特徴とする.

Case 3;神経軸索ジストロフィーを伴う遺伝性白質脳症(HDLS)
Colony stimulating factor 1 receptor(CSF1R)遺伝子変異による,最近,注目されている白質ジストロフィー.

Case 4;Leukoencephalopathy of brainstem and spinal cord involvement and elevated lactate (LBSL; DARS2 mutation)
LBSLは稀な常染色体劣性遺伝疾患で,原因遺伝子はmitochondrial aspartyl-tRNA synthetase(原因遺伝子DARS2は2007年に同定).進行性痙性失調症を呈し,MRIでは複数のlong tractの異常信号を伴う白質病変が特徴的.

Case 5;亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis; SSPE)
麻疹に感染してから数年の無症状の期間を経て,神経症状が出現・進行するミオクローヌス,舞踏運動,アテトーゼ,失調,痙攣.,髄液麻疹ウイルスIgG陽性.

Case 6;Gerstmann-Sträussler-Scheinker病(Y218Nミスセンス変異)
GSSの特殊な病型で,アルツハイマー病やFTDの診断基準を満たしうる認知症を主訴とし,かつパーキンソニズムを呈する病型.

Case 7;Klinefelter症候群
X染色体過剰の47, XXYの染色体構成をもつ,不随意運動(ミオクローヌス,ジストニア)を合併しうる.

Case 8;Mutations in SCA6 and MRE11 (Ataxia telangiectasia-like syndrome)
Ataxia telangiectasiaは常染色体劣性遺伝,責任遺伝子はATMでDNA損傷修復反応に関与する.二本鎖DNA切断はMre11/Rad50/NBS1(MRN複合体)によって感知され,ATMを損傷の場に誘導する.このMre11に遺伝子変異を原因とする疾患はataxia-telangiectasia-like disorder (ATLDと呼ばれる.本例ではさらにSCA6の遺伝子変異も合併し(double mutation),失調症状に関与したものと考えられる.

Case 9;Spastic ataxia-1(SPAX1 mutation)
常染色体優性遺伝形式の痙性と失調を主訴とする.

Case 10;クモ膜下出血

Case 11;22q11.2欠損症候群
遺伝子異常に起因する奇形症候群の一つ.かつてCATCH22(Cardiac defects,Abnormal facies,Thymic hypoplasia,Cleft palate,Hypocalcemia)という名称で知られていた.有名なDiGeorge症候群(副甲状腺・胸腺無形成症)は本症候群の一部.知的障害以外に,パーキンソン病の危険因子となることが近年,報告された.

Case 12;ホスホグリセリン酸キナーゼ欠損症
伴性劣性遺伝,乳児期から溶血性貧血,認知機能低下,痙攣,脳卒中を来す。血液異常に乏しく,筋痙攣,繰り返すミオグロビン尿のみをみる筋型もある.

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