「パンデミック(Pandemic)」という言葉は,地理的に広い範囲の世界的流行,もしくは非常に多くの数の感染者や患者を発生する流行を意味するもので,インフルエンザやAIDS(HIV感染)などに使用されてきた.例えば,インフルエンザ・パンデミックは「新型インフルエンザウイルスが広範かつ急速に,ヒトからヒトへと感染して広がり,世界的に大流行している状態」のことである.JAMA Neurology誌に,非感染性疾患であるパーキンソン病が,早急な行動を必要とするパンデミック状況にあるという衝撃的な論文が,米国ロチェスター大学から報告されている.
神経疾患は身体の機能障害の原因として最も頻度が高い.この神経疾患の中で,パーキンソン病患者数の増加は非常に急速で,アルツハイマー病の増加を凌ぐものになっている.1990年から2015年にかけて世界のパーキンソン病の有病率は2倍以上,死亡率も2倍以上になった.パーキンソン病は高齢化とともに増加するため,今後さらに,指数関数的に発症者数が増加するものと推測されている.2014年のメタ解析の結果から,全世界におけるパーキンソン病患者数は2015年の690万人から,2040年では2倍以上の1420万人に増加すると推定されている.
しかも本当はこの推測よりもさらに増加するだろうと論文は述べている.その理由として,元となったデータにおいて,正しく診断されず見逃されていたパーキンソン病患者がいること,パーキンソン病の発症率を低下させることが知られる喫煙率が低下していること,そして何よりますます寿命が伸びていることが挙げられる.日本は超高齢社会(65歳人口>21%)にあり,今後さらに高齢化が進むため,当然,患者数は増加する.
このパンデミックにどう対処すればよいのだろうか?社会はHIVに対して行ったような努力を始める必要があると著者は述べている.HIVも当初は,原因不明の生命に関わる疾患であったが,現在は治療可能になり,予後を大きく改善することができた.それと同じことをパーキンソン病において目指す必要がある.パーキンソン病に対して応用可能なHIVに対して行なった4つの努力を論文は紹介している.
1.発症を予防すること
HIVとの戦いにおいて,社会は行動様式,すなわち性行為に関する行動を啓発し,急速に変化させた.パーキンソン病では,遺伝的な要因を除くと,真の発症機序は未解明である.しかし近年,環境要因,例えば殺虫剤や運動不足・食事の要素といったものが発症に関連することが分かってきた.これらの問題に関しては取り組みが可能であるだろう.
2.治療・ケアへのアクセスを増加させること
HIV感染患者は当初,治療・ケアにアクセスすることが困難であった.一部の病院は患者を治療することを拒否さえした.これらは患者に対する差別の蔓延に繋がった.パーキンソン病においては,治療薬がある疾患であるにも関わらず,世界的に治療へのアクセスは限られている.例えばアメリカのような富裕国においても,65歳以上の患者の40%以上が神経内科医による治療を受けていない.同様にヨーロッパ全体を対象としたオンライン調査でも,パーキンソン病患者の40%が専門医による診察を受けていない.富裕国以外では診断さえ行われていない患者が多い.例えばボリビアでは,ほとんどの患者に対し,診断・治療が行われていないことが報告されている.中国では,パーキンソン病患者が200万人を超えているにもかかわらず,パーキンソン病専門医は100人に満たない状況である.
3.研究費を増やすこと
HIV流行が始まった際,各国政府による研究費の割当てがなされなかった.初期の多くの研究は,熱心な支援運動や企業から研究費によって行われ,これらが徐々に増加し,原因解明や治療法の開発に繋がった.現在,NIHは約30億ドルをHIV研究に捻出しているが,遥かに患者数の多いパーキンソン病に対しては2億ドルを下回る状況である.
4.新しい治療薬のコストを減らすこと
世界レベルでは40%,低所得国の80%のパーキンソン病患者は,治療薬を入手できていないと言われている.この治療薬の中には,開発から50年が経過し,比較的安価ながら,QOLや死亡率を改善することができるレボドパが含まれている.一方,新薬の開発が進められているが,近年,薬価が高騰する傾向にあり,いかに安価な薬剤を開発できるかが重要なテーマとなりつつあり,とくに患者数の多いアルツハイマー病ではその考えが認識されつつあるが,その実現への道のりは非常に長いだろう.パーキンソン病においてもこの問題はあまり議論されていない.
上記の4つの対策について日本に当てはめて検討する必要がある.とくに2に関して,神経内科医の不足,医師の偏在化は重要な問題として存在している.後者は新しい専門医制度によりさらに顕著になったと指摘されている.神経内科医療へのアクセスのしやすさを確保するための工夫が一層必要である.また3の研究費については,もちろん希少疾患を切り捨てることがあってはならないが,それでもパーキンソン病,脳卒中,認知症といった患者数が圧倒的に多く,さらに今後顕著な増加が予測される疾患の対策に,優先的な研究費の配分が必要ではないかと思う.神経内科に限ったことではないが,若手医師が将来の研究テーマを決定する場合にも,日本が今後どのような社会になり,どんな疾患の増加に直面するかを考え,それに対して自分が何ができるのかという視点を持つことも大切になるのではないかと思う.
Dorsey ER et al. The Parkinson Pandemic-A Call to Action. JAMA Neurol.2018;75:9-10.
神経疾患は身体の機能障害の原因として最も頻度が高い.この神経疾患の中で,パーキンソン病患者数の増加は非常に急速で,アルツハイマー病の増加を凌ぐものになっている.1990年から2015年にかけて世界のパーキンソン病の有病率は2倍以上,死亡率も2倍以上になった.パーキンソン病は高齢化とともに増加するため,今後さらに,指数関数的に発症者数が増加するものと推測されている.2014年のメタ解析の結果から,全世界におけるパーキンソン病患者数は2015年の690万人から,2040年では2倍以上の1420万人に増加すると推定されている.
しかも本当はこの推測よりもさらに増加するだろうと論文は述べている.その理由として,元となったデータにおいて,正しく診断されず見逃されていたパーキンソン病患者がいること,パーキンソン病の発症率を低下させることが知られる喫煙率が低下していること,そして何よりますます寿命が伸びていることが挙げられる.日本は超高齢社会(65歳人口>21%)にあり,今後さらに高齢化が進むため,当然,患者数は増加する.
このパンデミックにどう対処すればよいのだろうか?社会はHIVに対して行ったような努力を始める必要があると著者は述べている.HIVも当初は,原因不明の生命に関わる疾患であったが,現在は治療可能になり,予後を大きく改善することができた.それと同じことをパーキンソン病において目指す必要がある.パーキンソン病に対して応用可能なHIVに対して行なった4つの努力を論文は紹介している.
1.発症を予防すること
HIVとの戦いにおいて,社会は行動様式,すなわち性行為に関する行動を啓発し,急速に変化させた.パーキンソン病では,遺伝的な要因を除くと,真の発症機序は未解明である.しかし近年,環境要因,例えば殺虫剤や運動不足・食事の要素といったものが発症に関連することが分かってきた.これらの問題に関しては取り組みが可能であるだろう.
2.治療・ケアへのアクセスを増加させること
HIV感染患者は当初,治療・ケアにアクセスすることが困難であった.一部の病院は患者を治療することを拒否さえした.これらは患者に対する差別の蔓延に繋がった.パーキンソン病においては,治療薬がある疾患であるにも関わらず,世界的に治療へのアクセスは限られている.例えばアメリカのような富裕国においても,65歳以上の患者の40%以上が神経内科医による治療を受けていない.同様にヨーロッパ全体を対象としたオンライン調査でも,パーキンソン病患者の40%が専門医による診察を受けていない.富裕国以外では診断さえ行われていない患者が多い.例えばボリビアでは,ほとんどの患者に対し,診断・治療が行われていないことが報告されている.中国では,パーキンソン病患者が200万人を超えているにもかかわらず,パーキンソン病専門医は100人に満たない状況である.
3.研究費を増やすこと
HIV流行が始まった際,各国政府による研究費の割当てがなされなかった.初期の多くの研究は,熱心な支援運動や企業から研究費によって行われ,これらが徐々に増加し,原因解明や治療法の開発に繋がった.現在,NIHは約30億ドルをHIV研究に捻出しているが,遥かに患者数の多いパーキンソン病に対しては2億ドルを下回る状況である.
4.新しい治療薬のコストを減らすこと
世界レベルでは40%,低所得国の80%のパーキンソン病患者は,治療薬を入手できていないと言われている.この治療薬の中には,開発から50年が経過し,比較的安価ながら,QOLや死亡率を改善することができるレボドパが含まれている.一方,新薬の開発が進められているが,近年,薬価が高騰する傾向にあり,いかに安価な薬剤を開発できるかが重要なテーマとなりつつあり,とくに患者数の多いアルツハイマー病ではその考えが認識されつつあるが,その実現への道のりは非常に長いだろう.パーキンソン病においてもこの問題はあまり議論されていない.
上記の4つの対策について日本に当てはめて検討する必要がある.とくに2に関して,神経内科医の不足,医師の偏在化は重要な問題として存在している.後者は新しい専門医制度によりさらに顕著になったと指摘されている.神経内科医療へのアクセスのしやすさを確保するための工夫が一層必要である.また3の研究費については,もちろん希少疾患を切り捨てることがあってはならないが,それでもパーキンソン病,脳卒中,認知症といった患者数が圧倒的に多く,さらに今後顕著な増加が予測される疾患の対策に,優先的な研究費の配分が必要ではないかと思う.神経内科に限ったことではないが,若手医師が将来の研究テーマを決定する場合にも,日本が今後どのような社会になり,どんな疾患の増加に直面するかを考え,それに対して自分が何ができるのかという視点を持つことも大切になるのではないかと思う.
Dorsey ER et al. The Parkinson Pandemic-A Call to Action. JAMA Neurol.2018;75:9-10.