Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソン病・パンデミック -いま行動起こす時-

2018年02月21日 | パーキンソン病
「パンデミック(Pandemic)」という言葉は,地理的に広い範囲の世界的流行,もしくは非常に多くの数の感染者や患者を発生する流行を意味するもので,インフルエンザやAIDS(HIV感染)などに使用されてきた.例えば,インフルエンザ・パンデミックは「新型インフルエンザウイルスが広範かつ急速に,ヒトからヒトへと感染して広がり,世界的に大流行している状態」のことである.JAMA Neurology誌に,非感染性疾患であるパーキンソン病が,早急な行動を必要とするパンデミック状況にあるという衝撃的な論文が,米国ロチェスター大学から報告されている.

神経疾患は身体の機能障害の原因として最も頻度が高い.この神経疾患の中で,パーキンソン病患者数の増加は非常に急速で,アルツハイマー病の増加を凌ぐものになっている.1990年から2015年にかけて世界のパーキンソン病の有病率は2倍以上,死亡率も2倍以上になった.パーキンソン病は高齢化とともに増加するため,今後さらに,指数関数的に発症者数が増加するものと推測されている.2014年のメタ解析の結果から,全世界におけるパーキンソン病患者数は2015年の690万人から,2040年では2倍以上の1420万人に増加すると推定されている.

しかも本当はこの推測よりもさらに増加するだろうと論文は述べている.その理由として,元となったデータにおいて,正しく診断されず見逃されていたパーキンソン病患者がいること,パーキンソン病の発症率を低下させることが知られる喫煙率が低下していること,そして何よりますます寿命が伸びていることが挙げられる.日本は超高齢社会(65歳人口>21%)にあり,今後さらに高齢化が進むため,当然,患者数は増加する.

このパンデミックにどう対処すればよいのだろうか?社会はHIVに対して行ったような努力を始める必要があると著者は述べている.HIVも当初は,原因不明の生命に関わる疾患であったが,現在は治療可能になり,予後を大きく改善することができた.それと同じことをパーキンソン病において目指す必要がある.パーキンソン病に対して応用可能なHIVに対して行なった4つの努力を論文は紹介している.

1.発症を予防すること
HIVとの戦いにおいて,社会は行動様式,すなわち性行為に関する行動を啓発し,急速に変化させた.パーキンソン病では,遺伝的な要因を除くと,真の発症機序は未解明である.しかし近年,環境要因,例えば殺虫剤や運動不足・食事の要素といったものが発症に関連することが分かってきた.これらの問題に関しては取り組みが可能であるだろう.

2.治療・ケアへのアクセスを増加させること

HIV感染患者は当初,治療・ケアにアクセスすることが困難であった.一部の病院は患者を治療することを拒否さえした.これらは患者に対する差別の蔓延に繋がった.パーキンソン病においては,治療薬がある疾患であるにも関わらず,世界的に治療へのアクセスは限られている.例えばアメリカのような富裕国においても,65歳以上の患者の40%以上が神経内科医による治療を受けていない.同様にヨーロッパ全体を対象としたオンライン調査でも,パーキンソン病患者の40%が専門医による診察を受けていない.富裕国以外では診断さえ行われていない患者が多い.例えばボリビアでは,ほとんどの患者に対し,診断・治療が行われていないことが報告されている.中国では,パーキンソン病患者が200万人を超えているにもかかわらず,パーキンソン病専門医は100人に満たない状況である.

3.研究費を増やすこと

HIV流行が始まった際,各国政府による研究費の割当てがなされなかった.初期の多くの研究は,熱心な支援運動や企業から研究費によって行われ,これらが徐々に増加し,原因解明や治療法の開発に繋がった.現在,NIHは約30億ドルをHIV研究に捻出しているが,遥かに患者数の多いパーキンソン病に対しては2億ドルを下回る状況である.

4.新しい治療薬のコストを減らすこと
世界レベルでは40%,低所得国の80%のパーキンソン病患者は,治療薬を入手できていないと言われている.この治療薬の中には,開発から50年が経過し,比較的安価ながら,QOLや死亡率を改善することができるレボドパが含まれている.一方,新薬の開発が進められているが,近年,薬価が高騰する傾向にあり,いかに安価な薬剤を開発できるかが重要なテーマとなりつつあり,とくに患者数の多いアルツハイマー病ではその考えが認識されつつあるが,その実現への道のりは非常に長いだろう.パーキンソン病においてもこの問題はあまり議論されていない.

上記の4つの対策について日本に当てはめて検討する必要がある.とくに2に関して,神経内科医の不足,医師の偏在化は重要な問題として存在している.後者は新しい専門医制度によりさらに顕著になったと指摘されている.神経内科医療へのアクセスのしやすさを確保するための工夫が一層必要である.また3の研究費については,もちろん希少疾患を切り捨てることがあってはならないが,それでもパーキンソン病,脳卒中,認知症といった患者数が圧倒的に多く,さらに今後顕著な増加が予測される疾患の対策に,優先的な研究費の配分が必要ではないかと思う.神経内科に限ったことではないが,若手医師が将来の研究テーマを決定する場合にも,日本が今後どのような社会になり,どんな疾患の増加に直面するかを考え,それに対して自分が何ができるのかという視点を持つことも大切になるのではないかと思う.

Dorsey ER et al. The Parkinson Pandemic-A Call to Action. JAMA Neurol.2018;75:9-10.



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R.I.P.(安らかに眠れ),FTDP-17

2018年02月15日 | その他の変性疾患
【FTDP-17とは】
Frontotemporal dementia with parkinsonism-17 (FTDP-17) は,1996年に開催された初めてのFTDPの会議で,遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズムにつけられた名称である.原因遺伝子座が第17 番染色体に連鎖するため,名称に17がついた.常染色体優性遺伝形式で浸透率は高い.1998年,タウ(microtubule-associated protein tau:MAPT)遺伝子の変異が同定された.病理学的には脳内にタウ蛋白が異常に蓄積するタウオパチーであった.

【FTDP-17の概念の混乱】
しかし2006 年,FTDP-17の半数の家系は,MAPT遺伝子とは異なるprogranulin(PGRN)遺伝子に変異がみられることが明らかにされた.つまり偶然,17番染色体に存在する2つの原因遺伝子がFTDPを引き起こしていたということになる.臨床的には両者は似通っているが,病理学的には異なり,PGRN変異ではタウの異常蓄積はみられず,ユビキチン陽性,TDP-43陽性の封入体を認める(TDP-43 proteinopathy).さらにMAPT遺伝子変異を認めるものの,パーキンソニズムがみられない症例も報告され,FTDPとは言い難くなった.以上のように,FTDP-17という疾患概念に混乱が生じたが,その名称は20年にもわたり放置された.FTDP-17は,その名称を見て原因遺伝子が分からないだけでなく,蓄積する蛋白も何であるのか分からない.これに対し,孤発性ではFTLD-tauとかFTLD-TDPのように蓄積蛋白が分かり,さらにその下位の病理サブタイプもピック病(PiD),進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核変性症(CBP),globular glial tauopathy(GGT)と分類されている.

【MAPT変異例は孤発性のタウオパチーと臨床的に対応するか?】
パーキンソン病やALS,痙性対麻痺,脊髄小脳変性症など多くの神経変性疾患では,遺伝子変異と臨床像の対応が詳しく議論され,原因遺伝子(産物)の検討が,孤発例の病態解明に有益であった.しかしタウオパチーにおいては,FTDP-17の存在のため,それができなかった.しかし一部のMAPT遺伝子変異例はFTLD-tauと病理学的に共通することが報告され,両者は関連する可能性があるが,多数例での検討はなかった.このため,オーストラリアと英国の共同研究チームは,ブレインバンク登録症例を用いた多数例で,MAPT変異例が特定の孤発性のタウ病理サブタイプと対応するかを検討した.

【方法】
Sydney and Cambridge Brain Banksに含まれていたMAPT遺伝子変異をもつ10例を病理学的に評価し,孤発性FTLD-tauの4つの病理サブタイプ(PiD,CBD,PSP,GGT:各N=4)と比較した(既報例とも比較した).MAPT遺伝子変異はK257T, S305S, P301L, IVS10+16, R406Wの5つで,それぞれがどの病理サブタイプに合致するかをAT8(リン酸化タウ),3Rタウ,4Rタウに対する抗体を用いて検討した.

【結果】
孤発例と比較すると,MAPT遺伝子変異例は,平均罹病期間は同程度であるが,発症年齢は若かった(55 ± 4 歳対70 ± 6 歳).つまりMAPT遺伝子変異は発症年齢に影響を及ぼすことが分かる.またMAPT変異を有する10例は,孤発性FTLD-tauの病理サブタイプと類似の所見,すなわちPick body, astrocytic plaque, tufted astrocyte, globular astrocytic inclusionを呈し,また重症度も類似していた.具体的には,K257Tは Pick病,S305S, IVS10+16, R406WはCBD,S305SはPSP,P301L, IVS10+16はGGTを呈した(図A).S305S変異が2つのタウオパチー(PSP/CBD)を呈したこと,またIVS10+16がバンク例で2つ(CBD,GGT),既報例を含めると3つのタウオパチー(CBD,GGT,PSP)を呈したことは,MAPT遺伝子以外に,さらなる修飾因子が存在する可能性が示唆された.

既報例の検討では,タウ・スプライシングを決定するエクソン10およびイントロン10の遺伝子変異で,複数の病理サブタイプを呈していることが分かる.つまりエクソン10とそれ以外の遺伝子変異ではかなり病態が異なるものと考えられた.
     
【考察】
本研究は,異なるMAPT遺伝子変異が,それぞれに対応する,異なる病理サブタイプを呈することを示した.このことは遺伝子変異の検討が孤発性FTLD-tauの異なる病型の病態機序にヒントを与える可能性を示唆している.つまり,MAPT変異例は,FTDP-17という独立した分類にするのではなく,孤発性FTLD-tauサブタイプの家族例として考えるべきである.今後,動物モデルや細胞モデルを用いて,各遺伝子変異が異なる孤発性病理サブタイプを生み出す病態機序について明らかにする必要がある.

【本研究の限界とタウPETによる検討】
本研究は,既報例を引用しているものの,症例数が10例と必ずしも多くないこと,蓄積したタウのタイプのバランスが分かりにくいという問題がある.すなわちタウにはアルツハイマー病(AD)でみられる3R/4Rタウや,PSP/CBDでみられる4Rタウ,PiDでみられる3Rタウがある.罹病期間の長いCBDでは3Rタウも蓄積するという報告もある.この問題に答える研究がごく最近のNeurology誌に報告されている. MAPT遺伝子変異例13例を含むタウPETの研究である.AD typeの3R/4R tauを認識するtau PETである18F-AV-1451 PETの検討である.

AD患者,コントロール,MAPT変異例でPETを行なうと,AD>エクソン10以外変異>エクソン10変異>コントロールの順にタウの蓄積が認められた(図B).上述のとおり,エクソン10はタウのスプライシングに関与し,3Rと4Rのバランスを決定している.つまり,エクソン10以外に変異がある症例では,3R/4R tau(AD type)が増え,エクソン10に変異があると4R tauが優位に増加する.このため,AV-1451 PETではエクソン10変異では4Rタウが主体になり,タウの集積は目立たない.つまりMAPT変異の種類により,蓄積するタウの種類が異なることがPETの検討から分かる.このようにMAPT遺伝子変異は蓄積するタウのタイプを変えることで,病理サブタイプ,ひいては臨床像を変えるものと考えられる.家族例の病態の理解が,孤発例の理解の近道になるのだろう.


Forrest SL et al. Retiring the term FTDP-17 as MAPT mutations are genetic forms of sporadic frontotemporal tauopathies. Brain. 2018 Feb 1;141(2):521-534. doi: 10.1093/brain/awx328.

Jones DT et al. In vivo 18F-AV-1451 tau-PET signal in MAPT mutation carriers varies by expected tau isoforms
Neurology 2018 on line(DOI: https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000005117)







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