Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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続.治せない病気に対し,我々は何ができるか?

2007年12月16日 | 医学と医療
 ALSについての講義をする機会をいただいた.昨年の同時期にも同じ講義を担当し,その際,感じたことを上記タイトルで綴らせてもらった.その中で「ALSは神経内科医にとってきわめて重要な意義を持つ疾患である」と述べた.もちろんほかにも重要な疾患はたくさんあるのだが,少なくとも私が神経内科医として成長する過程では,(そして現在も)きわめて重要な意義を持つ疾患である.最近は医療政策の影響で,急性期病院に長期療養入院する人工呼吸器を装着したALS患者さんを見かけることはほとんどないが,私が研修医であった頃には何人かのtotally locked-in syndrome(TLS; 閉じ込め症候群.覚醒しており感覚意識はあるが,身体のあらゆる部分の運動麻痺のため外部とのコミュニケーションが取れない状態)の方が入院されていた.夜8時になると当直医は各病室を回診するのだが,薄暗い病室でTLSの患者さんと二人きりで対峙し会話をした.返事をもらえないモノローグではあったが,今まで経験したことのない畏怖の念(恐れと敬意)を抱き,そして「no cause, no cure, no hope」とまで言われる病気に対し自分に何ができるのか真剣に考える時間となった.10年にも及ぶ長期間の入院であるため主治医は先輩から後輩に代々引き継がれた.今でも何かの折りに「あの患者さんは自分が担当した時はこんな感じだった」といった話題になる.各自にとってそれだけ忘れられない患者さんであり,また多くのことを学んだのだと思う.

 さて今回の講義も「治せない病気に対し,我々は何ができるか?」というサブタイトルをつけて話をした.椿忠雄先生がおっしゃられた「治らない患者に普通の意味の医学はだめであっても医療の手は及ばないことはない」という言葉を紹介し,実際に医療の現場でその理念がどのように実践されているのかを説明した.告知や人工呼吸器装着の問題についても検討した.告知に関しても,椿忠雄先生の言葉を紹介させていただいた.

「なぜ告知をする必要があるかというと,理由はただひとつですよね.この方が今後,より良い人生を送るため,充実した人生,生きている間にこれもやりたい,あれもやりたいと思うことをやる,それが目的でございます.しかし,そのときの条件,いつ患者さんに言うかということは,診断が確定したときにいうのが常識的.その次の条件としては,患者とこちらの信頼関係ができている.もっと大事なことは,この患者さんと自分とが一体になって生きていこうという覚悟ができていることです.」

 一方,人工呼吸器の装着の問題に関しては,学生は,それが生死に直結するきわめて重大な選択であり,本人の死生観のみならず,周囲や経済状況などにも影響を受けうることを理解し,さらに自分が医療者の立場であれば患者さんに装着を勧めるものの,ひとたび自分が患者さんの立場になると装着は望まないかもしれないという二律背反の状態に陥ることも敏感に感じたようである.また私の講義録を見た後輩がとても嬉しい感想を言ってくれた.

「学生の時にはどうしても原因とか病因に目が行きがちでした.もしかすると講義や教科書の体裁がpathogenesis,diagnosisに重きをおき,therapyは少し,careに関してはほとんどないということに起因していたかもしれません.しかしながら,実際の臨床の場においてはtherapy/careが患者さんにとってはもっとも大事なことであり,医療者はそれを解決すべく邁進しています.椿先生の言葉は今の方が重いです.このような視点を学生の頃にも向けられることはすばらしいことだと思いました.自分が指導する立場になればそんなことを伝えていきたいと思いました.」

 ぜひ若いみなさんには,人間の生死や医療者の役割について考えいただきたい.そしてひとりでも多くの人が,まだ治せない病気の診療・研究にも取り組むことを期待したいと思う.

最後に以前にも紹介したが講義の参考にしたいくつかの本を紹介したい.

生きる力―神経難病ALS患者たちからのメッセージ (岩波ブックレット)

ALS 不動の身体と息する機械

尊厳死か生か―ALSと過酷な「生」に立ち向かう人びと

新ALSケアブック―筋萎縮性側策硬化症療養の手引き
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ALSにおける呼吸機能低下は認知機能に影響を及ぼす?

2007年12月09日 | 運動ニューロン疾患
 ALSにおける認知機能障害は近年にいたるまで臨床的には軽視されてきた.うつや苛立ち,感情の不安定さといった情緒の変化とともに,貪欲さや猜疑的になるといった行動の変化,さらに知的活動の減少などが報告されている.言語機能に関しても,言語数の減少,綴りのミスや名称の間違い,理解力低下といった所見が観察されている.これらの所見は前頭側頭型認知症(fronto-temporal dementia; FTD)の特徴として知られるものである.ALSとFTDとの関連は1970年代から認識され,その最初の報告は本邦からであった.その後,認知症を伴うALSでは,病理学的にユビキチン陽性封入体を伴うことが報告された.さらに最近になり,FTD脳の不溶分画の網羅的解析によりTDP43ペプチドが検出され,ユビキチン陽性封入体が抗TDP43抗体で陽性に染色されることが判明した.そしてALSでもその特徴的病理所見として知られるskein-like inclusionが抗TDP43抗体で染色されることが分かった.つまり,ALS,ALS-dementia,そしてFTDは同一のスペクトル上の疾患(TDP43 proteinopathy)である可能性が高くなり,ALSにおける認知機能障害はTDP43が関与すると考えられる病態の変性を反映したものと考えるのが妥当だろう.となると治療による認知機能の改善は現時点では難しいということになる.

 ところが,少し驚く論文を目にした.韓国からの報告で,呼吸機能低下(肺活量低下)が認知機能低下に関与するというものである.対象は発症後3年以上経過した75歳未満のALS患者16例(El escorialでdefiniteもしくはprobable)で,気管切開,NPPV,酸素投与をすでに受けている症例は除外している.これらの症例に対し,重症度評価,呼吸機能および高次機能検査を行った.この16例を重症度(ALSFRS)にて分類した場合,認知機能障害に差は見られないが,%VC 80%で分類すると,性,年齢,教育,罹病期間,重症度,球麻痺に2群間で差は見られないものの,呼吸機能低下群で記憶の保持,言語流暢性などの前頭側頭葉機能が呼吸機能低下群で有意に低下していた.以上より,ALSの認知機能低下には呼吸機能低下が関与する可能性があるというのである.

 ではなぜ彼らはこのような仮説を考えついたのだろう.論文によると,既報にNPPV導入6週間後の認知機能が回復したという報告があること(JNNP 71; 482-487, 2001),ALS患者をFTDの有無で比較すると,%FVC値に有意差があるという報告があること(Neurology 60; 1094-1097, 2003)を主な理由として挙げている.また呼吸機能低下が認知機能に影響を及ぼす機序としては,副呼吸筋や横隔膜の筋力低下に伴う夜間の低換気,それに伴う睡眠断片化,REMやslow-wave sleep(non-REMのstage 3, 4)の減少,無呼吸・低呼吸といったsleep-disordered breathingが関与するのではないかとしている.最近,個人的には呼吸不全症状が明らかになる前になるべく早めのNPPV導入を行うことを心がけているが,既報のように早めのNPPV導入はQOLの改善をもたらすだけでなく,認知機能にも良い影響を与える可能性がある.

JNNP 78; 1387-1389, 2007 
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神経線維腫症 1 型における頚髄圧迫病変

2007年12月02日 | その他
 神経線維腫症Ⅰ型(neurofibromatosis type1;NF1,レックリングハウゼン病)はカフェ・オ・レ斑,神経線維腫を主徴とし,骨・眼病変,神経腫瘍など多彩な症候を呈する常染色体性優性の遺伝子絵全身性母斑症である.原因遺伝子は17q11.2に存在し,neurofibrominをコードする遺伝子である.皮膚の神経線維腫は思春期頃より全身に多発するが,末梢神経内の神経線維腫(nodular plexiform neurofibroma)やびまん性の神経線維腫(diffuse plexiform neurofibroma)がみられることもある。一般に生命予後は比較的良く,中枢病変や神経線維腫が悪性化(malignant peripheral nerve sheath tumor; MPNST)する頻度は数パーセント以下と言われている.本邦の平成元年の調査では,NF1患者数は約 4万人前後と推定されている.NF1に関して主治医の先生にぜひ忘れないでいただきたい合併症がある.それはplexiform neurofibromaによる頚髄圧迫による四肢麻痺である.この病態は文献的にはほとんど記載がないものの個人的には経験がある.今回,13名のcase seriesが報告されたので紹介し,注意喚起を促したい.
 
 方法はretrospective studyで,期間は約10年間,検討施設は米Washington大および英Guy’s and St Thomas病院の2施設である.約1500名のカルテを検討し,結果として13名(1%弱;9~61歳,平均25歳)に plexiform neurofibromaによる頚髄圧迫を確認した.症状は進行性の四肢麻痺が7名,対麻痺3名,尿失禁1名,頚部痛3名であった.なぜかわからないが,圧迫部位はC2-C3が圧倒的に多かった.治療としては,13名中11名で椎弓切除術とneurofibromaの部分切除を行い,術後平均28ヶ月の経過観察を行った.2例で腫瘍再成長に伴う再手術を要したが,大半の症例では手術により神経症状が回復し,症状が悪化するということはなかった.神経画像所見による圧迫の程度と臨床症状は必ずしもパラレルではなく,画像よりも神経所見が手術のタイミングの決定に重要と考えられた.

 もしNF1の患者さんの経過観察中に四肢の筋力低下が出現したら,上位頚髄を左右から圧迫するような病変がないか確認してほしい.この病変に気がつけば,続発する四肢麻痺や呼吸不全の合併を防ぐことが可能となる.

JNNP 78; 1404-1406, 2007 
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