Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ライム病(神経ボレリア症) 診断・治療のポイント

2006年09月23日 | 感染症
 ライム病、あるいはボレリア症は,マダニを媒介とするスピローヘータの一種Borrelia burgdorferi感染に起因する細菌感染症である.ライム病は,北米、ヨーロッパ、南アフリカ、オーストラア、中国、そして日本で存在が知られ、特にヨーロッパ、北米では年間数万人の患者が発生している.とくに欧米では重要な感染症であり,私がアメリカに在住していたときも,学校からの回覧で「ライム病が発生したので気をつけるように」といった記載を目にして驚いたことがある.一方,日本では報告は多くはなく,北海道、長野を中心に報告がある.野山を散策した際に感染することが多いなどとされている.
 症状は第1期;遊走性紅斑、リンパ節腫張,第2期:神経症状(髄膜炎、多発性神経炎など),循環器症状(不整脈),関節炎,第3期(1~数年後);慢性萎縮性肢端皮膚炎,慢性関節炎,慢性髄膜・脳炎を呈すると教科書には記載されている.
 しかし,日本ではきわめて稀な疾患であって,あまり話題になることはないのだが,個人的には見逃し症例が存在する可能性があるのではないかと考えている.今回は本症の診断と治療に関するポイントについて検討したい.

① どんな神経所見のとき疑えばよいか?
ギランバレー症候群を疑いつつも,病初期から高度の両側顔面神経麻痺を呈する場合(通常味覚は保たれる),麻痺に左右差が顕著な場合,感覚障害(とくにしびれ)が高度の場合,症状の進行が持続的で,4週以降にピークがある場合は鑑別診断として検討に値する.遊走性紅斑や関節痛がないことは,後述するように必ずしもライム病を否定する材料とはならない.
② 検査で注意すべきこと
あまり知られていないことだが,ボレリアのタイプは欧米と日本で異なり,業者を介して欧米のラボに抗ボレリア抗体のチェックをしてもらっても本邦例では陰性の結果になる可能性が高い.欧米の発症例はB. burgdorferi感染であるが,日本はB. gariniiとB. afzeliiが主体である.抗体検査でB. gariniiとB. afzeliiは交差反応性があるが,これらとB. burgdorferiの間には交差反応性はない.よって海外渡航時に感染した症例ではB. burgdorferiに対する抗体価を確認する必要があるし(業者を通して海外に依頼),海外渡航歴がなければB. gariniiとB. afzeliiに対する抗体価を測定してくれる国内研究者に依頼することが重要になる.
③ B. gariniiとB. afzeliiの違い
九州大からの既報にもあるが,両者は臨床症状も異なる.B. gariniiは関節・神経症状を呈し,B. afzeliiは皮膚症状を呈しやすいと言われている.よって,遊走性紅斑がないからといって,B. garinii感染の場合は,ライム病は否定できないことになる.
④ 治療の問題点
治療を考える上でボレリアによる神経症状の発症メカニズムを知ることは非常に重要である.
まず,ボレリアは末梢神経に移行し,直接,傷害することが考えられている.例えば,sural nerveをtemplate DNAとして行ったPCRにて,B. burgdorferi DNAが検出されたという報告がある(Muscle Nerve. 20:969-975, 1997).よって治療の第一は塩酸ドキシサイクリン(ビブラマイシン内服)とセフトリアキソンナトリム(ロセフィン点滴)による抗菌療法である.事実,九州大学の症例のように抗生剤のみで回復する例は多数報告されている.
その一方で,抗菌療法のみでは神経症状は十分な改善が得られず,後遺症となりやすいという報告もある(Acta Neurol Scand. 106:253-257, 2002.).その原因としては,ボレリア感染後に何らかの免疫反応が誘導され,それが神経障害を引き起こす可能性が指摘されている.その根拠としては,ボレリアOsp蛋白(outer surface protein)を用いたワクチン療法(現在は行われていない)で,CIDP様の神経症状が誘発されること(J Peripher Nerv Syst 9:165-167, 2004.),B. burgdorferi Osp蛋白とヒト神経細胞epitopeに共通する3ヶ所のアミノ酸配列がある(J Neuroimmunol. 159:192-195, 2005.)といったことが挙げられる.つまり,ライム病においてもギランバレーのような分子相同性仮説が成り立つのではないかという考えである.もしそうであれば抗菌療法では十分な治療効果が得られないはずであり,とくに抗菌療法が遅れた症例では免疫をmodulateする治療が必要になるはずである.しかし,ステロイドや免疫抑制剤,IVIgなどの有効性はほとんど分かっていない.この辺は今後の重要な課題といえよう.
 
 ところでライム病を診た人はどれぐらいいますか?経験談など聞かせてください.

臨床神経学41; 632-634, 2001 

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前頭側頭型痴呆に生じた偶然の出来事

2006年09月15日 | 認知症
 前頭側頭型痴呆(frontotemporal dementia;FTD)は,65歳未満の人に発症する認知症のうち,2番目に多い疾患である.FTD患者のおよそ35-50%には家族歴があると言われており,強い遺伝的素因の関与が示唆される.実際,原因遺伝子に関しては,1998年,微小管関連蛋白質タウ(microtubule-associated protein tau;MAPT)をコードする遺伝子の変異が,パーキンソニズムを伴う家族性FTD(FTDP17)の原因であることが報告された(17という数字は,MAPT遺伝子が第17染色体長腕17q21に存在するため付いている).過剰にリン酸化されたタウで構成される細胞質神経原線維封入体(cytoplasmic neurofibrillary inclusions)が観察される点が神経病理学的な特徴である.

 しかしながら,同じ17q21領域に連鎖を示すものの,MAPT変異やタウ封入体の神経病理所見を認めないFTD家系が存在することが知られており,長い間,謎とされてきた.これらの家系では,タウ封入体が見られない代わりに,抗ユビキチン抗体により染色される細胞質・核内神経封入体(ubiquitin-immunoreactive neuronal inclusion)が認められる点が特徴として知られていた(この疾患はFTDU-17と呼ばれてきた.Uはubiquitin-immunoreactive neuronal inclusionsのUである).

 今回,Natureに報告された2つの報告から,17q21に存在するprogranulin(PGRN)遺伝子の無発現変異(null mutation)がFTDを引き起こすことが報告された.つまり,ほとんど似た表現型を示す2つのFTDの原因遺伝子が,偶然,ごく近傍に存在していたため,同じ遺伝子座に連鎖しながら神経病理所見が異なる,ということが生じていたわけである.

 このPGRN遺伝子は,分子量68.5 kDaの分泌型の増殖因子をコードしており,この増殖因子は発生,損傷治癒,炎症を含む複数のプロセスに関与しているそうだ.また,tumorigenesis(腫瘍化)にも強く関連していることが報告されている.さらにヤコブ病や運動ニューロン疾患、アルツハイマー病など多くの神経変性疾患における活性化ミクログリアで発現が亢進していることも知られている.PGRN遺伝子変異を持つ症例では,RNAおよび蛋白レベルでPGRNが生成されていないことも今回報告されているが,この結果はPGRNのハプロ不全(1つのallele,つまり相同染色体の一方が欠失して遺伝子量が半減した場合に疾患を引き起こすこと)が神経変性疾患の原因となることを示すものである.PGRNの機能が神経細胞の生存において重要な役割を担っている可能性がある.

Nature 442; 916-919, 2006
Nature 442, 920-924, 2006
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高齢で発症した筋萎縮性側索硬化症は,嚥下障害や構音障害を初発症状とする傾向がある

2006年09月11日 | 運動ニューロン疾患

 近年,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症年齢の高齢化が,欧米や本邦からの複数の疫学的研究により指摘されている.高齢発症であることはALSにおける予後因子であることが知られているものの,その臨床像に関する検討の報告は乏しい.

 今回、新潟大学から、38年間に及ぶALSの発症年齢の変化,ならびに70歳以上の発症と定義した高齢発症群の頻度,初発症状についての検討が報告されている.対象は1965年から2003年までの38年間においてALSと診断した入院症例である(よって患者選択バイアスは存在する).結果として,以下の3点が明らかになった.
① 孤発性ALS症例280人における発症年齢は経時的に上昇し,1年あたり0.459歳の高齢化を示した(r = 0.406, p <0.001)
② 高齢発症群の頻度も経時的に増加し,2000-2003年では31.1%に達した.
③ 高齢発症群48人の初発症状の検討では,球麻痺(嚥下障害や構音障害)発症は62.5%と高率で,70歳未満の発症群と比較し,球麻痺にて発症するオッズ比は5.40(95%信頼区間2.79-10.44)であった.

 発症年齢の高齢化の原因については,以下の3点の可能性を挙げている.
① 一般人口における平均寿命の延長を反映している可能性
② 高齢発症者および家族の認識の変化に伴い,高齢で発症した症例の神経内科への受診率が経時的に増加した可能性
③ ALSの中で高齢発症するサブグループが実際に増加している可能性  

 本研究は,今後,検討すべき2つの重要な課題を示すものである.一つ目は,高齢発症ALS症例に対しては,通常のALSと異った対応が必要である点である.つまり,球麻痺にて発症した場合,発症後すぐに,ALSという診断の受容が十分できていない状態で,嚥下障害やコミュニケーションに対する対策を決定する必要に迫られることになる.また個人的な経験では,高齢発症の場合,告知に関して,家族が抵抗を示すことが少なからずあり,さらに本人の認知能力も低下していることもあり,病状説明は非常に難しい.
 2つ目は,なぜ高齢発症例では,球麻痺発症が多いのか,その機序が全く分かっていない点である.高齢発症例ということが,球症状を出現しやすくする,もしくは四肢の筋力低下を出現しにくくするという表現型の修飾因子として作用するのか,もしくは上述したように,高齢・球麻痺にて発症するサブグループが存在し,増加してきているのか,全く分からない.

  いずれにしても今後,さらに高齢・球麻痺にて発症する症例が増加する可能性は十分にあり,継続して検討を進める必要がある.

臨床神経46; 377-380, 2006

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夕暮れ症候群への対処法

2006年09月03日 | 認知症
 夕方になると「家に帰りたい」と言う入院患者さんがいる。夕方になると決まってそわそわと落ち着かなくなり、「家に帰る」と言っては帰り支度をして出ていこうとする。落ち着かなく、不機嫌になるが、一日中よく理解できない状況で生活するというストレスに耐えられなくなったため生じるのかも知れない。このような症状はだいたい夕暮れ時に起こるので、「夕暮れ(夕方)症候群」などと呼ばれている(名称がつくぐらいなので、比較的頻繁に見られる症状である)。目的もなく動き回ることは転倒・骨折につながるし、夜間の外出・徘徊はそもまま家に帰れなくなる失踪の原因になる。これらはアルツハイマー病の中期に出やすい症状で、一種の「せん妄」と考えられる。

 夕暮れ症候群は入院中の患者さんばかりでなく、自宅で過ごすアルツハイマー病患者さんにも起こりうる。つまり、記憶が何十年も昔のものに戻って、昔の家に住んでいると思いこんでしまい、現在住んでいる家をよその家に遊びに来ているものと勘違いしてしまうのである。

 こういった認知症に伴う周辺症状(記銘力低下といった中核症状ではない、徘徊・幻覚・妄想・精神興奮・問題行動・食行動異常・性行動異常など)に対して、どのように対応すればよいのであろうか?最近、手にした「家族のための<認知症>入門」は、アルツハイマー病をはじめとする認知症の患者とどう向き合うか、診察室を訪れた家族と患者の事例から、その介護の実践法を教えてくれる本である。
 たとえば幻覚・妄想への対処のヒントとしては
①(他の精神病とは異なり)生命を脅かすことはないことを理解する
②幻覚・妄想を呈している人に否定をしない、理屈で説得しない
③幻覚・妄想を受け入れる、あるいは軽く受け流す
④部屋の中で勘違いして(幻覚の)原因になりそうなものは片付ける
⑤照明は明るくする
⑥視力・聴力は大丈夫か確認する
といった点を挙げている。
 また「夕暮れ症候群」に対する対処については
①理詰めで言っても無理
②お茶やジュース、お菓子などを勧めて、夕方の空腹によるいらいらした感情を収める
③条件を提示する。例えば「今はもう遅いから、明日にしましょう」「迎えに来る人が今日は都合が悪いといっている」「家族の方があさって迎えに来る」などといって、希望はかなえてあげたいけどこちらにも都合があるので、と協力を依頼する
といった点を挙げている。また自宅での場合は、とりあえずは「そうですか」と受け止め、それから「夕ご飯を食べていってください」「今日は泊まっていってください」などと言って気持ちを別のことに引きつけたり、一緒に外に出て満足させるたりすることが必要となる。

 ただアリセプトを処方するだけでなく、このような周辺症状に対して適切なアドバイスをすることができるのであれば、患者さんと家族に外来までお越しいただく意義も大きいものになるだろう。本書は患者さんの自尊心に配慮した暮らし方のヒントを紹介する本であり、ぜひご一読を薦める。

家族のための<認知症>入門
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