Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月31日)  

2021年07月31日 | 医学と医療
今回のキーワードは,デルタ株はオリジナル株と比べ,潜伏期間が2日短く,ウイルス量が1260倍多い,ブレイクスルー感染は感染前後の中和抗体価が低い場合に生じる,1回目のワクチンで即時型アレルギー反応が生じても2回目接種は可能である,神経変性疾患患者ではCOVID-19による短期死亡率は高くないが,侵襲的人工呼吸の頻度は低い.コロナ禍に見られる機能的「急速発症チック様行動」は発症年齢と症候から明確に区別できる,多発性硬化症患者の感染後入院の予測因子は神経学的障害の程度と年齢である,です.

最初にご紹介する論文はプレプリント論文ですが,Nature誌でも取り上げられた信頼できるものです.この論文によると,デルタ株は2020年に中国で流行したオリジナル株よりはるかに速く複製するため,潜伏期間が3.7日,ウイルス量は1260倍にもなるとのことです.東京でみられる予想を上回る急激な感染者数の増加も理解できます.今後どうなるのか予想も付きませんが,3月から爆発的に広がったインドの第2波は参考になります.累計感染者が3000万人を超え,医療崩壊が生じました.現在は収束に向かい,1日の新規感染者はピーク時の8分の1になりましたが,そのために2カ月近いロックダウンが行われていますし,インドの主要8州では人口の70%超が抗体陽性となっています.収束までの道のりを考えるととても恐ろしくなります.いずれにしてもワクチン接種なしに感染すれば重症化のリスクがあります.正しい知識を学び,科学的に判断すればワクチンを接種しないことがいかに危険なことか分かると思います.誤情報に惑わされず,ワクチン接種を受けるよう周囲の迷っている人に伝えていただきたいと思います.

◆デルタ株はオリジナル株と比べ,潜伏期間が2日短く,ウイルス量が1260倍多い.
現在,デルタ株の感染力は,2020年当初のオリジナル株の2倍以上と推定されている.この機序を検討した中国からの論文である.中国本土で初めてデルタ株の局所感染が発生したため,連日,潜伏期間とウイルス量を検討した.5月21日からの1か月間において発生したデルタ株感染者167人を調べたところ,初めてウイルスを検出するのは曝露から3.7日後であった.オリジナル株(19A/19B)感染では平均5.6日後であったので,2日間の短縮が見られた(図1).



つまりデルタ株ははるかに速く複製されることが分かる.実際にデルタ株感染者のウイルス量は,オリジナル株の1260倍にも達していた(図2にPCRのサイクル閾値).デルタ株の感染力の強さは,ウイルス数の多さと潜伏期間の短さの組み合わせで説明が可能である.つまり感染後のより早い段階から,絶対量の多いウイルスが超拡散現象により多くの人に感染するということである.デルタ株の方がオリジナル株よりも重症化しやすいのかは不明である.→ 潜伏期間が短いため,中国のように感染接触者を組織的に追跡し,隔離を行う国ですら濃厚接触者の追跡が難しくなる.デルタ株を止めるのは本当に難しい. 
medRxiv(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.07.21260122v2)
Nature. News. July 21, 2021(doi.org/10.1038/d41586-021-01986-w)


◆ブレイクスルー感染は感染前後の中和抗体価が低い場合に生じる.
ファイザーワクチンは高い有効性を示すものの,まれにワクチンを2回接種し2週間経過した完全ワクチン状態であっても感染が起きる.このブレイクスルー感染の臨床的特徴を明らかにし,その危険因子を検討した論文がイスラエルから報告された.対象は医療従事者とした.ウイルスが検出される前の1週間以内に抗体価を調べたブレイクスルー感染患者と,非感染対照者をマッチングした.結果としては,完全ワクチン状態の医療従事者1497名のうち,39名のブレイクスルー感染を認めた.39名の中和抗体価は,マッチさせた非感染対照者の中和抗体価よりも有意に低かった(症例・対照比,0.361;95%信頼区間,0.165~0.787)(図3A).また感染後1ヶ月におけるピーク値も低値であった(図3B).感染期間中の中和抗体価が高いほど感染力が低いこと(PCRサイクル閾値が高い)と関連していた.ブレイクスルー感染者のほとんどは軽症ないし無症状であったが,19%は6週間以上症状が持続した.検査した試料の85%はアルファ株であった.ブレイクスルー感染者からの二次感染は認められなかった.→ ブレイクスルー感染は中和抗体が上昇しない場合に起こりうるが,それでもワクチンのお蔭で重症化や二次感染は生じない可能性が高い.
New Engl J Med. July 28, 2021(doi.org/10.1056/NEJMoa2109072)



◆1回目のワクチンで即時型アレルギー反応が生じても2回目接種は可能である.
mRNAワクチンの接種後のアレルギー反応は2%と高く,アナフィラキシーは1万人あたり2.5人に発生する.米国CDCは1回目接種後にこれらを認めた人に対し,ヤンセン社の単回接種を受けることを推奨してきた.今回,米国からファイザーないしモデルナワクチンの1回目接種後に,即時型アレルギー反応を起こした人を対象に,2回目接種の安全性を検討した多施設共同後方視的研究が報告された.即時型アレルギー反応は (1)接種1回目から4時間以内の発現,(2)少なくとも1つのアレルギー症状,(3)アレルギー・免疫学の相談家による評価,と定義した.主要評価項目は,2回目接種に対する耐性とした.対象は189名(平均43歳,女性86%)であった.130名(69%)がモデルナ,59例(31%)がファイザーであった.1回目接種で多いアレルギー反応は,顔面紅潮・紅斑(28%),めまい・ふらつき(26%),しびれ(24%),のどの閉塞感(22%),蕁麻疹(21%),喘鳴・息切れ(21%)であった.32名(17%)がアナフィラキシーの定義を満たした.うち159名(84%)が2回目の接種を受けた.接種前に抗ヒスタミン薬の前投薬を47名(30%)で行った.1回目接種でアナフィラキシーを起こした19名を含む159全員が2回目の接種ができた.32人(20%)に即時的,潜在的アレルギー反応を認めたが,ごく軽度の症状で,抗ヒスタミン薬のみで消失した.結論として,1回目接種後の即時型アレルギー反応を認めた人でも,2回目接種の安全性が示された.これらの結果は,接種後の反応の多くが真のアレルギー反応ではないか,あるいはアレルギー反応ではあるもののIgEを介さないメカニズムで生じるもので,通常は前投薬で症状を抑えられることを示唆する.
JAMA Intern Med. July 26, 2021.(doi.org/10.1001/jamainternmed.2021.3779)

◆神経変性疾患患者ではCOVID-19による短期死亡率は高くないが,侵襲的人工呼吸の頻度は低い.
米国から神経変性疾患患者におけるCOVID-19の予後に関する後方視的コホート研究が報告された.仮説としては「神経変性疾患(ND)患者では罹患率と死亡率が増加する」であった.2020年3月からの3ヶ月間で,NDを伴うCOVID-19入院患者132名を対象とし,年齢をマッチさせた対照群(CL)132名と比較した.主要評価項目を死亡,ICU入室,侵襲的人工呼吸とした.仮説に反して90日死亡率(ND 19.7%対CL 23.5%;p=0.45)およびICU入室率(ND 31.5%対CL 35.9%; p=0.43)に有意差はなかった.ND群は侵襲的人工呼吸(ND 11.4%対CL 23.2%;p=0.0075)および酸素吸入(ND 83.2%対CL 95.1%;p=0.0012)の割合が低かった.またND群はCOVID-19の症状として「精神状態の変化または錯乱」を呈している頻度が高く(脳症の可能性も指摘されている),独立した死亡の危険因子となっていた.一方,呼吸器症状を呈する頻度は低かった.ND群はCL群と比べ,介護施設やホスピスへの退院率が高かった.侵襲的人工呼吸の頻度が対照の半分以下であった理由としては,ND群では呼吸器症状が少ないことに加え,積極的治療が行われない可能性がある.
Neurol Clin Pract. July 16, 2021(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000001117)

◆コロナ禍に見られる機能的「急速発症チック様行動」は発症年齢と症候から明確に区別できる.
コロナ禍において機能性不随意運動性が増加していることが報告されている.そのなかで,トゥレット症候群(音声チックを伴う複数の運動チックが,1年以上持続する精神神経疾患)と診断される子供や若者が「爆発的」に増加し,特に10代の女子において,突然発症し,トゥレット症候群と診断されるケースが増えている(https://bit.ly/3yew5cp).カナダからの検討で,2021年1月に登録を開始した前向きコホート研究であるAdult Tic Disorders Registryのデータを分析し,この「急速発症チック様行動(Rapid Onset Tic-Like Behaviours)」と従来のトゥレット症候群または持続性運動・発声チック障害を比較した研究が報告された.半年間で前者が9名,後者が24名であった.前者は年齢が若く(19.9歳対38.6歳,p=0.003),発症年齢が高く(15.3歳対10.1歳,p=0.0009),女性が多かった(p<0.0001).また,運動および発声チックの重症度および障害度が高く(いずれもp<0.01),複雑な腕や手の運動チック(p<0.0001),複雑な発声チック(p<0.0001),コプロラリア(汚言症:p=0.004)を呈する者が多かった.また,自己申告による精神症状スコアが高く(p<0.05),うつ病と診断される頻度も高かった(p=0.03).以上より,「急速発症チック様行動」は発症年齢や症候から明確に区別できる.コロナ禍の若年者に出現した機能的神経疾患の明確なサブタイプであり,社会的影響を強く受けていると考えられる.
Eur J Neurol. July 22, 2021(doi.org/10.1111/ene.15034)

◆多発性硬化症患者の感染後入院の予測因子は神経学的障害の程度と年齢である.
多発性硬化症(MS)およびその関連疾患におけるCOVID-19感染の予後を明らかにし,その予測因子を検討した多施設共同観察コホート研究が米国から報告された.期間は2020年2月1日からの11ヶ月とした.対象となったCOVID-19感染が疑われた474名のうち,PCRないし血清学的にCOVID-19感染が確認されたのは63.3%であった.445名(93.9%)がMSで,NMOSDが14名,MOG抗体関連疾患が3名,神経サルコイドーシス4名,その他8名であった.72%が女性.86%が感染時に病態修飾薬による治療を受けていた.58名(12.2%)が入院した.24名(5.1%)が重症で,うち15名(3.2%)が死亡した.神経学的障害の程度が高いことと年齢が高いことは,入院の予測因子であった.抗CD20療法は抗体陽性率を有意に低下させた(39.5%対85%;p<0.0001).PCRでCOVID-19が確認され,抗CD20療法を受けた患者に限ると,抗体陽性率は25%(2/8名)のみであった(図4).
Mult Scler Relat Disord. July 19, 2021(doi.org/10.1016/j.msard.2021.103153)




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COVID-19に合併する神経筋症状および神経疾患患者に対するワクチン接種@neurodiem

2021年07月28日 | 医学と医療
神経科学に特化した医療従事者向けのポータルサイトである「neurodiem」において,神経感染症のエキスパート日本大学医学部神経内科学 中嶋秀人教授とともに,標題のタイトルで討論を行わせていただきました.内容は「COVID-19の神経筋症状・合併症と機序」「COVID-19による神経筋後遺症の特徴と治療」「COVID-19ワクチンの有効性と副反応」になります.ご覧いただければ幸いです.

ご視聴には会員登録が必要です(無料です).ちなみにneurodiemは,バイオジェンがサポートする学術的な情報提供を行うポータルサイトですが,神経科学領域のサイエンスや技術の進歩に関するコンテンツの要約,国内外の専門家による独占記事,国際的に著名なジャーナル25誌以上の全文記事掲載と充実しています.おすすめのサイトです.

動画「COVID-19に合併する神経筋症状および神経疾患患者に対するワクチン接種」





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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月24日)  

2021年07月24日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ワクチン接種により精子濃度や全運動精子数の減少は生じない,ワクチン接種を2回行えば,デルタ株でもアルファ株に近い感染防止効果が期待できる,パンデミックにより養育者を失った世界156万人の子どもたちに対する支援が急務である,入院患者の半数に何らかの合併症が生じ,とくに神経合併症は最悪の機能的転帰を招く,小児神経合併症の頻度は成人より高く,神経症状を主徴とするタイプと小児多臓器系炎症症候群に合併するタイプに分けられる,COVID関連急性横断性脊髄炎は呼吸器症状の10日後に出現し,10椎体に及ぶ縦長病変を呈する,SARS-CoV-2ウイルスは周皮細胞を介してアストロサイトに感染しうる,です.

書店をのぞいたところ,科学的に誤った情報に基づく反ワクチンの本が売上ランキング上位にあり驚きました.一般の人が正しい情報ソースを選択することは容易なことではないと改めて思いました.今週,米国ではバイデン大統領が「誤情報が人々の命を奪っている」と発言し,SNS企業によるワクチン誤情報への取り組みは不十分であると非難しました.これに対し共和党からは「言論の自由の侵害である」との批判も上がっています.日本政府は2020年2月,これらインフォデミック問題についてSNS企業と議論し「表現の自由への萎縮効果への懸念,偽情報の該当性判断の困難性,諸外国における法的規制の運用における懸念等を踏まえ,まずは民間部門における自主的な取組を基本とした対策を進めることが適当」と報告書にまとめています.しかし書籍やSNSによる反ワクチンを意図した科学的誤情報の流布は,COVIDによる後遺症や死に直結するため責任は重大で,犯罪と言えるのではないかと思います.ワクチンはもはや唯一の希望です.誤情報を防止し,正確な情報を伝え,自身や家族を守るためワクチン接種をしていただきたいと思います.

◆ワクチン接種により不妊につながる精子濃度や全運動精子数の減少は生じない.
ワクチンが不妊につながるという誤情報がある.このためファイザー,モデルナワクチン接種後にワクチン接種後の精液分析を行った研究が米国から報告された.単施設の前向き研究では,18歳から50歳までのCOVID-19感染歴のないボランティア45名が対象となった.21名がファイザーワクチンを,24名がモデルナワクチンを接種された.接種前の精子濃度中央値は2600万/mL,全運動精子数は3600万/mLであった.2回目のワクチン接種後,精子濃度中央値は3,000万/mL,全運動精子数は4400万/mLと有意に上昇した.精液の量と精子の運動性も有意に増加した.ワクチン接種前には8名が乏精子症であったが,うち7人は追跡調査で正常精子域まで精子濃度が増加し,1人は乏精子症のままであった.ワクチン接種後に無精子症になった男性はいなかった.ウォーターフォールプロットは,各男性の全運動精子数のベースラインからの変化を示すが,増加している者が多く,有意な減少はなかった(図1).以上よりワクチンにより精液のどのパラメーターにも有意な減少は認めなかった.統計的に有意な増加を示したデータは,通常の個人差の範囲内であるが,サンプルを採取するまでの禁欲期間が長くなったことによる可能性がある.
JAMA. 2021;326(3):273-274.(doi.org/10.1001/jama.2021.9976)



◆ワクチン接種を2回行えば,デルタ株でもアルファ株に近い感染防止効果が期待できる.
デルタ(B.1.617.2)株に対するファイザーおよびアストラゼネカワクチンの有効性は不明であった.デルタ株とアルファ株に対するワクチン接種の効果を推定した研究が英国から報告された.ワクチン(ファイザーまたはアストラゼネカ)を1回接種した後の感染防止効果は,アルファ株(48.7%)に比べ,デルタ株(30.7%)で顕著に低かった(図2).この結果はいずれのワクチンでも同様であった.しかし2回接種では感染防止効果が高くなり,ファイザーワクチンでは,アルファ株で93.7%,デルタ株で88.0%であった.アストラゼネカワクチンでは,アルファ株で74.5%,デルタ株で67.0%であった.つまり2回接種した後,アルファ株とデルタ株ではワクチン効果にわずかな差しか認めなかった.以上より,デルタ株に対しては1回接種では不十分であり,接種は2回しっかり行う必要がある.
New Engl J Med. July 21, 2021(doi.org/10.1056/NEJMoa2108891)



◆パンデミックにより養育者を失った世界156万人の子どもたちに対する支援が急務である.
パンデミックは罹患率や死亡率だけでなく,養育者を失った子どもたちを生むという二次的な影響がある.このような子どもたちは,貧困,虐待,施設収容などに直面することが多い.21カ国における18歳未満の子どもの,COVID-19 に関連した第一次または第二次養育者の死亡について検討した論文が報告された.両親と親権を持つ祖父母を第一次養育者とし,同居する祖父母や年老いた親族(60~84歳)を第二次養育者とした.この結果,2020 年 3 月から 2021 年 4 月までの14ヶ月間に,156万2000人の子どもが,少なくとも1人の第1次または第2次養育者の死を経験した.うち少なくとも 1 人の親または親権を持つ祖父母の死を経験した子どもは 113万4000人と推定された.調査対象となった国のうち,死亡率の高い国は,ペルー(10.2人),南アフリカ(5.1人),メキシコ(3.5人),ブラジル(2.4人),コロンビア(2.3人),イラン(1.7人),米国(1.5人),アルゼンチン(1.1人),ロシア(1.0人)であった.父親が死亡した子どもの数は,母親が死亡した子どもの数の2倍から5倍であった.養育者を失った子どもたちのための社会的・経済的支援が早急に必要である.
Lancet. July 20, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01253-8)

◆入院患者の半数に何らかの合併症が生じ,とくに神経合併症は最悪の機能的転帰を招く.
英国からWHO Clinical Characterisation Protocol UKを用いて,成人COVID-19入院患者の合併症の程度と影響を明らかにすることを目的とした前向きの多施設コホート研究が報告された.期間は2020年1月から8月で,49.7%(3万6367人/7万3197人)が少なくとも1つの合併症を呈した.男性および60歳以上の高齢者が高頻度に合併症を呈した.60歳以上の男性で54.5%であったが,60歳未満の男性でも48.8%と高頻度であった(ちなみに60歳以上の女性で48.2%,60歳未満の女性36.6%).頻度の高い合併症は腎障害(24.3%),複雑な呼吸器合併症(18.4%),全身性合併症(16.3%)であった.心血管(12.3%),神経系(4.3%),胃腸または肝臓(0.8%)も認められた.合併症は退院時の自立能力の低下と関連していたが,とくに神経系の合併症(髄膜脳炎, てんかん, 脳血管障害)は最悪の機能的転帰と関連していた(図3).以上より,COVID-19の合併症は,今後数年間,医療および社会福祉に大きな影響を及ぼす可能性がある.入院患者の合併症は,これまで健康であった若年者においても高いことに注意する必要がある.
Lancet. July 17, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)00799-6)



◆小児神経合併症の頻度は成人より高く,神経症状を主徴とするタイプと小児多臓器系炎症症候群に合併するタイプに分けられる.
小児のCOVID-19に伴う神経・精神医学的合併症のスペクトラムは十分に理解されていない.英国から前向き全国コホート研究が報告された.小児神経科医に,神経または精神疾患で入院した小児および若年者(18歳未満)のうち,SARS-CoV-2感染が症状に関連していると思われる患者を集積した.この結果,2020年4月から2021年2月までの間に52人(年齢中央値9歳(1~17歳))が確認された.入院患者の3.8%に神経・精神症状を認めた事になり,成人入院患者の0.9%と比べ,4倍ほど高頻度であった.入院時に呼吸器症状を呈していたのはわずか12人(23%)で,うち8人(15%)はそもそも感染症状がなく,PCRにて感染が判明した.52人のうち27人(52%)が神経症状を主徴とし,25人(48%)が小児多臓器系炎症症候群(pediatric inflammatory multisystem syndrome: PIMS-TS,米国のMIS-Cと同義)と診断された.前者では,てんかん重積状態(7人),脳炎(5人),ギラン・バレー症候群(5人),ADEM(3人),舞踏病(2人),精神症状(2人),脳症(2人),一過性脳虚血発作(1人)と診断された.PIMS-TS群では,脳症(22人 [88%]),末梢神経障害(10人 [40%]),行動変化(9人 [36%]),幻覚(6人 [24%])が認められた.PIMS-TS群は前者より神経免疫疾患が少なかった(1%未満対48%,p=0.0003).またPIMS-TS群では,ICUに入院した患者が多く(80%対22%,p=0.0001),免疫調整治療を受けた患者が多かった(88%対44%,p=0.045).画像所見を(図4)に示す.合計で33%の患者が障害を残して退院し,1名(2%)が死亡した.以上より,急性発症の小児神経疾患ではCOVID-19を疑う必要がある.また神経症状を主徴とする患者とPIMS-TS患者の間に臨床的な相違がある.PIMS-TS患者では集中治療を必要とする者が多かったが,転帰は同程度であった.
Lancet Child Adolesc Health. 2021 Jul 14:S2352-4642(21)00193-0.(doi.org/10.1016/S2352-4642(21)00193-0)



◆COVID関連急性横断性脊髄炎は呼吸器症状の10日後に出現し,10椎体に及ぶ縦長病変を呈する.
COVID-19に罹患中または最近罹患した患者における急性横断性脊髄炎に関するシステマティックレビューが報告された.20症例が確認された.男性が12人で,年齢中央値は56歳であった.神経症状は,COVID-19の典型的症状(主に呼吸器症状)が出現後平均10.3日後に認められた.全体として,COVID-19の重症度は比較的軽かった.髄液PCRは調べた14人すべてが陰性であった.髄液炎症所見を77.8%で認めた.血清中のAQP4抗体とMOG抗体はそれぞれ10例と9例で検査し,全例陰性であった.MRIでは,脊髄病変は平均9.8椎体に及び,3例に壊死・出血性変化が見られ,2名に急性運動軸索ニューロパチーを認めた.患者の半数以上がセカンドライン免疫療法を受けた.数週間の観察期間中に,90%の患者が部分的またはほぼ完全に回復した.以上,因果関係の推測は容易ではないが,COVID-19では横断性脊髄炎を傍感染ないし感染後に発生する可能性がある.今後,SARS-CoV-2感染に特異的な症候や放射線学的所見があるかを明らかにする必要がある.
Eur J Neurol. June 01, 2021.(doi.org/10.1111/ene.14952)

◆SARS-CoV-2ウイルスは周皮細胞を介してアストロサイトに感染しうる.
SARS-CoV-2ウイルスは中枢神経に直接的,間接的に影響を受けることが複数の研究で報告されているが,その機序は不明である.米国より,中枢神経障害に血液脳関門を構成する周皮細胞(ペリサイト)が重要である可能性が報告された.古典的な大脳皮質オルガノイドではSARS-CoV-2ウイルスは感染しないが,周皮細胞様細胞を含むオルガノイドを用いると感染することが分かった.周皮細胞様細胞は感染前はアストロサイトの成熟と基底膜形成を担っている.皮質オルガノイド内の周皮細胞様細胞はウイルスの「複製ハブ」として機能し,ウイルスはアストロサイトに拡散して細胞死を招き,さらに炎症性I型インターフェロン関連遺伝子の転写を促進した.したがって,周皮細胞を含む皮質オルガノイドは,アストロサイトの成熟とウイルス感染を調べる実験モデルとなるものと考えられる.
Nat Med. July 9, 2021.(doi.org/10.1038/s41591-021-01443-1)


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弓道における異常な運動(いわゆるイップス)@臨床神経学

2021年07月19日 | 医学と医療
弓道では古くから「早気,もたれ,びく,ゆすり」と呼ばれる上達に支障をきたす4種類の厄介な状態があります.海外でも「Hayake,Motare,Biku,Yusuri」と呼ばれています.「早気」は意図したタイミングより早く矢を放つこと,「もたれ」は意図したタイミングで矢を放つことができないこと,「びく」は矢を放ちかけること,「ゆすり」は弓を引いている途中に前腕や上腕がふるえることを指します.素人ながら弓道部の顧問になり,多くの部員がこの問題でかなり悩んでいることに気づきました.また昔から弓道競技者の間ではこれらはメンタルの弱さの問題として扱われてきたことも知りました.しかしプレッシャーがあまりかからない練習でも改善しないこと, 練習では同じ動作を反復することから,一部は書痙や音楽家に見られる動作特異性局所ジストニアではないかと仮説を立て,当時3年生だった西尾誠一郎先生らとともに研究を開始しました.大学生を対象としたアンケートを行ったところ,65名中41名(63.1%)にいずれかの経験があり,「早気」が最も多くみられました(85.3%).危険因子は経験年数が長いことでした.「もたれ」のみ単独で出現し(図),その特徴からも動作特異性局所ジストニアの関与が疑われました.これに続く研究が始まっていますが,最終的な目標は「早気,もたれ,びく,ゆすり」の病態に合った適切な対処方法を確立することです. 論文は「臨床神経学」にて公開され,以下からDLできます.とくに弓道関係者にご覧いただき,ご意見をいただけると嬉しいです.

弓道における異常な運動(いわゆるイップス)―頻度,分類,危険因子の検討―




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月17日)  

2021年07月17日 | 医学と医療
今回のキーワードは,Long COVID患者に対する運動療法は自律神経症状の安定を待って行う,Long COVID-19の呼吸困難と疲労の原因のひとつは横隔膜の収縮力低下である,重症片頭痛患者はロックダウンにより心理・社会的な影響を受けやすい,血清ニューロフィラメント軽鎖は入院患者の予後と相関する,レムデシビルはウイルスクリアランスにも効果はない,ジョンソン・エンド・ジョンソン社のCOVID-19ワクチンにギラン・バレー症候群の警告が加わった,COVID-19の感染しやすさや重症化と関連する13の遺伝子座が同定された,です.

Long COVIDに関する研究が少しずつ報告されています.Long COVIDは,急性期後COVID-19症候群(PASC)とか新型コロナウイルス感染症罹患後症候群(PACS)とかさまざまな名称で呼ばれていますが,急性期は発症4週まで,それ以降がこれらに相当します(図1).最近,long COVIDの自律神経症状に関する総説が報告されましたが,そのなかで「COVID-19が地震だとすれば,long COVIDは津波かもしれない」という文章が印象に残りました.Long COVIDの治療はまったくの手探りの状況です.適切な治療の開発には病態の解明が必要になりますがまだよく分かっていません.おそらくサイトカインストーム後の持続的神経炎症,自己免疫,自律神経障害などの複合的な病態が存在すると考えられています.



◆Long COVID患者に対する運動療法は自律神経症状の安定を待って行う.
Long COVID(もしくは新型コロナウイルス感染症罹患後症候群Post-Acute COVID-19 Syndrome;PACSなど)における自律神経障害に関する総説が報告された.診療ガイドラインはまだ策定されていないものの,すべての患者に自律神経障害の症状を問診することを推奨している.具体的には,よく知られる疲労,頭痛,認知機能障害(brain fog),呼吸困難といった症状に加えて,自律神経症状として,起立不耐症(起立後のふらつき,疲労感,頭痛など),動悸・頻脈,温度変化への不耐症,不安定な血圧,新たに発症した高血圧症,消化器症状(例:腹痛,腹部膨満感,吐き気)を確認すべきである.起立不耐症がある患者は,10分間の起立試験またはヘッドアップティルトテーブル試験を行い,体位性頻脈症候群(POTS)や起立性低血圧の有無を評価する必要がある.一部の学会で運動療法が推奨されているが,より多くのエビデンスが出てくるまでは注意が必要である.つまり多くの患者は身体活動後の倦怠感を認めるため,運動療法は心血管やその他の自律神経症状が安定してから,個々の状況に合わせて段階的に検討すべきである.
Auton Neurosci. Jul 3, 2021(doi.org/10.1016/j.autneu.2021.102841)

◆Long COVID-19の呼吸困難と疲労の原因のひとつは横隔膜の収縮力低下である.
Long COVID-19の症状のひとつに,持続的な呼吸困難と疲労がある.米国からの報告で,退院後リハビリテーション病院に入院した重症COVID-19生存者,連続21名のうち16名(76%)に横隔膜の構造ないし機能に関する少なくとも1つの超音波異常が認められた.またCOVID-19群では対照群と比較して,最大吸気時の横隔膜の厚さ/呼気終了時の厚さで表される横隔膜筋の収縮力が有意に低下していた(図2;p = 0.0004).この原因はおそらく複合的で,人工呼吸管理後の横隔膜機能不全,ICU症候群,critical illness myopathy,大量ステロイド曝露などが関係している可能性がある.しかし入院を必要としない軽症例における呼吸困難や疲労において横隔膜障害がどの程度関与しているのかは不明である.
Ann Clin Transl Neurol. Jul 11, 2021.(doi.org/10.1002/acn3.51416)



◆重症片頭痛患者はロックダウンにより心理・社会的な影響を受けやすい.
イタリアから,64名の片頭痛患者(反復性片頭痛32名,慢性片頭痛32名)と64名の健常対照者を対象にとして,COVID-19ロックダウン中の心理・社会的な影響について検討した症例対照横断研究が報告された.片頭痛患者はロックダウン後の数週間において,健常者と比較して孤独感が高く,社会的支援が少ないと報告した.孤独感は,頭痛が重症な患者でより顕著で,重症片頭痛患者は健常者より,ロックダウンに対して脆弱であった.社会における長期的な相互の関わりの減少は,精神的・身体的な支援を必要とする片頭痛患者には悪影響を及ぼす可能性がある.
Cephalalgia. July 13, 2021.(doi.org/10.1177/03331024211027568)

◆血清ニューロフィラメント軽鎖は入院患者の予後と相関する.
COVID-19による入院患者142名において,神経軸索障害マーカーである血清ニューロフィラメント軽鎖(NfL)が予後を予測できるかどうかを評価した研究が米国から報告された.COVID-19患者の血清NfLは健常対照者55名と比較して上昇していた(図3A, B).34%の患者は正常平均の3SDより上昇していた.35例の血清NfLの経時変化についても検討したが,経時的に上昇する症例や高値にとどまる症例が見られた(図3C).血清中のNfL濃度の上昇は,人工呼吸器管理やICU入室などの予後の悪化と関連していた.またレムデシビルを使用された被験者100名で血清NfLは減少する傾向が見られた.この結果から,COVID-19の治療試験を評価する際には,血清NfLの分析を取り入れるべきであると考えられる.
Science Transl Med. Jul 14, 2021.(doi.org/10.1126/scitranslmed.abi7643)



◆レムデシビルはウイルスクリアランスにも効果はない.
WHOによる臨床試験にて,レムデシビルやヒドロキシクロロキン(HCQ)が死亡率に影響を与えないことが示されているが,これらの薬剤の抗ウイルス作用については不明である.このためノルウェイから,レムデシビルとHCQが院内死亡率,呼吸不全と炎症マーカー,および中咽頭でのウイルスクリアランスに及ぼす影響を検討した研究が報告された.185名の患者が無作為に割り付けられ,181名が対象となった.レムデシビル42名,HCQ 52名,標準治療87名であった.結果としては,入院中の死亡率は治療群間で有意な差はなかった.中咽頭のSARS-CoV-2感染量は最初の1週間で顕著に減少したが,レムデシビル群,HCQ群,標準治療群で差はなかった.レムデシビルとHCQは,呼吸不全の程度や血漿・血清中の炎症マーカーにも影響を与えなかった.以上より,COVID-19入院患者において,レムデシビルも HCQ もウイルスクリアランスには効果がないことが示された.
Ann Intern Med. Jul 13, 2021.(doi.org/10.7326/M21-0653)

◆ジョンソン・エンド・ジョンソン社のCOVID-19ワクチンにギラン・バレー症候群の警告が加わった.
ジョンソン・エンド・ジョンソン社のCOVID-19ウイルスベクター・ワクチンの接種後の副反応として,ギラン・バレー症候群が報告されている.FDAによると,1250万回接種で,暫定的な報告が100件あった.ほとんどが接種後42日以内に発生していた.極めてまれな副反応であるが,認識しておく必要がある.
https://www.jnj.com/johnson-johnson-july-12-statement-on-COVID-19-vaccine

◆COVID-19の感染しやすさや重症化と関連する13の遺伝子座が同定された.
SARS-CoV-2感染とCOVID-19重症化におけるヒト遺伝子の役割を明らかにするために,19カ国の46研究から得られた最大4万9562人のCOVID-19患者を対象とし,200万人の対照と比較したゲノムワイド関連メタ解析が行われた.その結果,SARS-CoV-2感染やCOVID-19の重症化に関連するゲノムワイドで有意な遺伝子座が13カ所見いだされた(図4).4つの遺伝子座は感染しやすさと関連し,残り9つは重症化と関連した.前者ではACE2と相互作用するアミノ酸トランスポーターをコードするSLC6A20の遺伝子座,これまでに報告されていたABO血液型の遺伝子座,PPP1R15Aの遺伝子座(DNA障害応答としての細胞増殖停止や細胞死,負の成長シグナル,そしてタンパク質構造の異常に関わる機能を持つことが示されている)が含まれる.後者では間質性肺疾患のリスクを増加させるDPP9とFOXP4の遺伝子座,自己免疫疾患に予防効果を示すTYK2の遺伝子座,ウイルスRNAに結合することによりウイルスRNAを分解する2',5'-オリゴアデニル酸合成酵素(OAS)1/2/3の遺伝子座,その他にもCXCR6(ケモカイン受容体),IFNAR2(インターフェロン受容体複合体),LZTFL1の遺伝子座や機能が分かっていないものもある.DOCK2やFOXP4の遺伝子座は東アジア人を解析に含めることで見つかった.解析対象を広くするほどより有意義であることが示唆された.
Nature. July 8, 2021.(doi.org/10.1038/s41586-021-03767-x)



◆日本では7月12日にデルタ株が優位になると推測される.
7月23日に開始されるオリンピックより前に,日本でデルタ株感染が,アルファ株や(免疫逃避変異E484Kをもつ)R1株を上回り優勢になると推定した論文が報告された.論文ではデルタ株は,R.1株やアルファ株に比べて,およそ1.6倍および1.4倍,感染力が強いことが示されている.日本ではこの5カ月の間に,アルファ株が他のSARS-CoV-2ウイルスに取って代わったが,デルタ株がアルファ株に取って代わるのは時間の問題で,それが 7月12日と予測している.また大会期間中に相当数の外国人旅行者がデルタ株に曝され,移動が高まることで,世界中にさらに拡散する可能性を指摘している.国内でも従来の飲食店を中心とした感染対策では感染力の強さのために十分な効果を得られないだろうとも述べている.
Euro Surveill. 2021;26(27):pii=2100570. (doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2021.26.27.2100570)




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月10日)  

2021年07月10日 | 医学と医療
今回のキーワードは,米国イプシロン株はワクチン接種や過去の感染でも感染防御しにくい,がん患者さんでもmRNAワクチン接種で抗体は陽転するが,抗CD20抗体治療では抗体価は上昇しにくい,ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症の抗体はヘパリンと同じ第4血小板因子領域に結合する,long COVIDはEBウイルスの再活性化によりもたらされる(?),IL-6拮抗薬は入院28日間の全死亡率の低下と関連し,ステロイドと併用して使用する,です.

受容体結合ドメインのL452R変異を有する変異株には,「デルタ株」「イプシロン株」「カッパ株」等があります.「デルタ株」は「懸念される変異株(Variant of Concern;VOC)」に位置づけられます.VOCは,感染性や重篤度が増し,ワクチン効果を弱めるなど性質が変化した変異株のことです.今回,カルフォルニア州で見いだされた「イプシロン株」も変異により,ワクチンや既感染後に生じる中和抗体の効果が減弱ないし消失するVOCであることが次に紹介するScience論文で示されました.なぜ中和抗体が作用しなくなるかも,クリオ電子顕微鏡を用いた検討で解明されました.ウイルスの巧妙な適応力には敵ながら瞠目するばかりです.「デルタ株」「イプシロン株」の脅威を見ぬふりをして,緊急事態宣言下にオリンピックを強行するようなことをしていては,このウイルスを制御することはできないと思います.今からでも人々の生命を守るためにオリンピックを中止し,完全に科学的,論理的な判断に基づく政策に改めるべきと思います.

◆米国イプシロン株はワクチン接種や過去の感染でも感染防御しにくい.
米国カリフォルニアで検出されたイプシロン(ε)株 CAL.20C(B.1.427/B.1.429)は,シグナルペプチドにS13I,N末端ドメインにW152C,受容体結合ドメインにL452Rという変異を持つ新しい変異株である.この変異株に対してmRNAワクチンや既感染が有効であるかの検討を行った.ファイザーおよぶモデルナワクチン接種者や,COVID-19既感染者の血漿の中和作用は,イプシロン株では,野生型偽ウイルスと比較して,2~3.5倍減少した(つまり28~50%しか阻止できなかった).L452R変異は,34種類の受容体結合ドメイン特異的モノクローナル抗体のうち,14種類の中和活性を低下させた.またS13IとW152C変異は,シグナルペプチドの切断部位の移動と新たなジスルフィド結合の形成をもたらした結果,N末端ドメイン特異的モノクローナル抗体10種すべてが中和作用を完全に喪失した.以上より,イプシロン変異株はファイザー,モデルナワクチンを接種した人や,過去にCOVID-19を感染した人のもつ中和抗体を免れて感染防御しにくい可能性が示唆された.
Science. July 01, 2021.(doi.org/10.1126/science.abi7994)

◆がん患者さんでもmRNAワクチン接種で抗体は陽転するが,抗CD-20抗体治療では抗体価は上昇しにくい.
がん患者は,一般集団と比較して,COVID感染による重症度,合併症,死亡率が増悪する.COVIDに対するmRNAワクチンは,一般集団では非常に有効であることが示されているが,がん患者における有効性に関するデータはほとんどない.このため前方視的コホートを用いて,2021年1月から4月まで,米国と欧州のがん患者を対象に,ファイザー及びモデルナワクチンの1回目と2回目の接種後のセロコンバージョン率(抗体の陽転化)と抗スパイクタンパク抗体価を評価した.131名の患者のうち,ほとんど(94%)が2回のワクチン接種を受けて抗体が陽転した.血液悪性腫瘍の患者のセロコンバージョン率と抗体価は,固形腫瘍の患者よりも有意に低かった.ワクチン接種前の6ヵ月間にリツキシマブなどの抗CD20抗体治療の既往歴があった患者では,抗体反応が得られなかった(!).抗体価は,経過観察や内分泌療法群で高く,細胞障害性抗がん剤による化学療法中やモノクローナル抗体群(CD20,CD38,VEGF,RANKLなど)で最も低かった(図1).→ 当科の今週の回診でもかなり議論になったが,神経免疫疾患に対し,抗CD20抗体治療中の患者さんの免疫療法とワクチンのタイミングをどのように行うかはエビデンス不足で,現時点では患者さんとのshared decision makingを要する.今後の早急なエビデンス確立が望まれる.
Cancer Cell. 2021 Jun 18:S1535-6108(21)00330-5.(doi.org/10.1016/j.ccell.2021.06.009)



◆ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症の抗体はヘパリンと同じ第4血小板因子領域に結合する.
ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)は,COVID-19アデノウイルスベクターワクチンのまれな副反応として報告された.VITTは,第4血小板因子(PF4)に対する血小板活性化抗体(VITT抗体)を伴うことから,ヘパリン誘発性血小板減少症(HIT)に似た疾患と言えるが,決定的な違いは,VITT患者ではヘパリンへの曝露なしに血小板減少症や血栓症を来すことである.今回,VITT患者の自己抗体のPF4上の結合部位を明らかにすることを目的とした研究がカナダから報告された.VITT患者5名およびHIT患者10名の血清を用いて,PF4への結合を比較している.アラニンスキャニング変異誘発法を用いて,VITT抗体のPF4への結合が起こる部位を8アミノ酸に限定した.そしてそのすべてがPF4上のヘパリン結合部位内に位置し,その結合はヘパリンによって阻害されることが示された(つまり,幸いなことにVITTの診断がつかず,ヘパリンで治療しても,増悪は理論的に生じない).またVITT抗体はHIT抗体と比較して,PF4およびPF4/ヘパリン複合体に対して強く結合した.以上よりVITT抗体は,HIT抗体のPF4結合部位に近い部位に結合することでヘパリンの効果を模倣する.さらにPF4の4量体がクラスター化して免疫複合体を形成し,抗体のFcγRIIa(Fc受容体のひとつで,IgGに対する低親和性受容体である)依存性の血小板活性化を引き起こすことが示された(図2).
Nature. July 7, 2021.(doi.org/10.1038/s41586-021-03744-4)



◆long COVIDはEBウイルスの再活性化によりもたらされる?
日本人は,ヘルペスウイルスの一種であるEBウイルスに乳幼児期までに感染し,成人の90%以上が抗体を有する.EBウイルスは一度感染すると,リンパ球に潜伏する.潜伏したウイルスは通常は身体に影響を及ぼさないものの,免疫力の低下などで再活性化し,発熱やリンパ節腫脹などを来す.今回,long COVIDの病態において,EBウイルス再活性化が関与する可能性について検討した研究が米国から報告された.まず無作為に調査したCOVID-19患者185名におけるlong COVIDの有病率と,EBウイルスの再活性化に関連があるかが調べられた.Long COVIDの有病率は30.3%(56/185名)で,その中には,当初無症候性感染者であったが,後にlong COVIDとなった4名も含まれていた.次にEBV早期抗原(EA-D)IgGまたはEBVウイルスカプシド抗原(VCA)IgMの陽性率を検討し,long COVID患者では66.7%(20/30),対照群は10%(2/20)でEBV再活性化を認めた(p<0.001).EBV再活性化を認めたlong COVID症例は,頻度の高い順に疲労,不眠,頭痛,筋痛,混迷,筋力低下,皮疹(図3)を呈した.またCOVID-19の陽性反応が出てから21~90日後の第2グループ18名でも,同様のEBウイルスの再活性化所見が認められ,COVID-19感染後早期,もしくは同時に再活性化が起こる可能性が示された.以上より,long COVIDはSARS-CoV-2ウイルスの直接的な感染ではなく,COVID-19によって誘発されたEBVの再活性化の結果である可能性が示唆された.→ 興味深いが,long COVIDには自己抗体や自律神経障害も関与することが報告されており,単一の病態ではない可能性がある.少なくとも多数例での検証が必要であろう.
Pathogens. 2021 Jun 17;10(6):763.(doi.org/10.3390/pathogens10060763)



◆IL-6拮抗薬は,メタ解析で入院28日間の全死亡率の低下と関連した.
トシリズマブやサリルマブなどのIL-6拮抗薬は当初から期待が大きかったものの,COVID-19で入院した患者に対する有効性を評価した臨床試験では,有益,無効,有害などさまざまな報告がなされた.このため28 日間の全死亡およびその他のアウトカムについて検討したメタ解析が報告された.期間は2020年10月~2021年1月に報告された報告を対象とした.見いだされた72試験のうち,試験選択基準を満たした27件(37.5%)の無作為化比較試験の前方視的メタ解析では,1万930人の患者が対象となり,そのうち2565人が28日までに死亡した.IL-6拮抗薬を使用された患者は,通常治療または偽薬を使用された患者と比較して,28日目の全死亡率が低かった(要約オッズ比,0.86)(図4).また要約オッズ比は,副腎皮質ステロイドを併用した場合0.78,副腎皮質ステロイドを併用しなかった場合1.09であった.28日目までに二次感染が発生したのは,IL-6拮抗薬を使用した患者の21.9%に対し,通常の治療または偽薬を使用した患者の17.6%であった(オッズ比0.99).以上より,IL-6拮抗薬は,通常の治療や偽薬と比較して,COVID-19 で入院した患者の28日間の全死亡率の低下と関連していた.→ よってトシリズマブはステロイドを併用するという使用法が推奨される.
JAMA. July 6, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.11330)


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認知症や意思疎通が困難な人の新型コロナワクチン接種のための意思決定の手引き(日本臨床倫理学会)

2021年07月06日 | 医学と医療
認知症患者さんや障害をもった方では意思決定能力の脆弱化(低下)のため,本人の意向を確認することが難しくなります.このためワクチン接種にも倫理的な配慮が必要になりますが,国は「医療行為には本人の同意が前提」との見解を示しているものの,本人から有効な同意が取得できない施設入所者への対応は施設等に任されています.とくに家族など身寄りがない場合,施設関係者が困惑している現状があります.

このため日本臨床倫理学会は,この倫理的問題の重要性に鑑み,会員から寄せられたパブリックコメントをもとに,ワーキンググループで議論を重ね,標題の手引きを作成しました.私もメンバーとして作成に関わらせていただきました.下記からダウンロードいただけます.1ページめにexecutive summary(重要な論点の概要)があります.また倫理学用語はややとっつきにくいので,学会非公認ですが,ためしにポンチ絵にまとめてみました(図).認知症患者さんや障害をもった方の診療に関わる医療者,施設関係者にお役立ていただきたいと思います.

認知症や意思疎通が困難な人の新型コロナワクチン接種のための意思決定の手引き





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第15回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2021)ビデオセッション症例解説

2021年07月05日 | パーキンソン病
標題の学会(大会長.仙台西多賀病院 武田篤先生)が7月1日から3日にかけて行われました.WEBでの参加になりましたが,大変,勉強になった素晴らしい学術集会でした.私は「COVID-19と運動異常症update」という特別プログラムで講師を務めさせていただきました.私のMDSJの一番の楽しみは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するビデオセッションです.今年の12症例の一覧をご紹介します.議論の時間も限られており,少々残念でしたが,GNAO1異常症など勉強になりました.

▶EV-1:治療可能な病態と考えられた進行性歩行障害を呈した50歳男性例

尿閉,便秘,下肢痙性と四肢腱反射亢進,足クローヌスにアキレス腱肥厚を認めた.血清コレスタノール若干高値.脳腱黄色腫症(CTX)を疑うもCYP27A1遺伝子変異なし.しかしケノデオキシコール酸の補充療法後進行はなし.
(回答)診断? 議論ではNiemann-Pick disease type C(NPC)の可能性が議論された.
→ やはりコレスタノールが上昇し,ケノデオキシコール酸の補充療法が有効であることを考えると,アセチル Co-A からコレステロールを経て胆汁酸が合成される経路で唯一,27-hydroxylaseをコードする CYP27A1 遺伝子が原因になるはずではないか?文献検索でもCTX mimicsとなる遺伝子変異の報告はないが・・・

▶EV-2:左大腿の不随意運動を呈した49歳男性

4年前から左大腿の筋肉がもこもこと動く.睡眠時も持続する.ミオキミア?半年前から左下肢痙性,左のlimping gait.自律神経症状あり.筋電図的にもミオキミア.
(回答)脊柱管内に石灰化を伴うL2-4高位に一致する髄膜腫.術後に不随意運動は消失した.

▶EV-3:手が勝手に動くことを主訴に受診した83歳男性例

本年2月から起床時から左手指の異常な動き(おでこを触るとき握るような動き)が出現.ふらつきもあり.左同名半盲と左上肢温痛覚消失.左手のAlien hand?偽アテトーゼ?舞踏運動?
(回答)右頭頂葉(中心後回病変)の脳梗塞.

▶EV-4:頻回に体をビクッとさせ書痙を呈した16歳男性

書字の際に筋緊張にて手が止まる.実際に筋トーヌス↑.局所性ジストニアと考えられるが,体幹のミオクローヌス,下肢振動覚低下もあり.さらに腹直筋にもミオクローヌスあり.全身性のミオクローヌス・ジストニア症候群.ゾニサミドで顕著に改善した.
(回答)診断? ミオクローヌス・ジストニア症候群で頻度の高いDYT11;SGCE (Sarcoglycan Epsilon)遺伝子変異なし.下肢振動覚低下はミオクローヌス・ジストニア症候群ではまれ.ADCY5遺伝子変異,瀬川病?むしろ腹直筋ミオクローヌスを認めることから脊髄病変のチェック,また固有脊髄性ミオクローヌスの鑑別診断である機能性障害の除外が必要.

▶EV-5:左右差のある静止時振戦を呈した67歳男性例

30歳初発のてんかん発作の既往,以後,バルプロ酸で治療.3年前から右上肢の安静時振戦.姿勢時にもあり.しかし再現性振戦ではなく,本態性振戦的だが,両上肢筋強剛,運動緩慢あり.MRI正常,DAT正常.スルピリド内服中で薬剤性パーキンソニズムを疑い,スルピリド1週間中止したが不変(本人の希望ですぐに再開).
(回答)バルプロ酸による薬剤性パーキンソニズム.バルプロ酸中止3ヶ月後に急速に改善した.バルプロ酸による振戦は有名だが,極めて稀.上肢の姿勢時振戦が多い.パーキンソニズムも生じる.

▶EV-6:四肢の筋緊張が亢進し会話も困難となった47歳女性

3日前から話をしなくなった.唸り声のみ.開口障害,上肢反射亢進,フルニトラゼパムが有効.ステロイドパルス療法を行ったが精神症状持続.下肢にも痙性.progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus(PERM)?セロトニン症候群?
(診断)診断? 精神疾患を背景とした悪性カタトニア.機序不明.コメントとして,自己免疫疾患で,ある時点からステロイド精神病になった可能性が指摘された.

▶EV-7:振戦を主訴としてパーキンソン病が疑われていた60 歳代男性

右手の震えにて発症し,本態性振戦と言われた.しかし認知機能障害(HDS-R 13点)を合併していた.L-DOPAは効果が乏しかった.ある薬剤を追加したらある程度振戦は改善した.姿勢時に振戦が増強し, wing beating tremor様.hyperkinésie volitionnelle的で小脳性の要素もあるかもしれない.ミオクローヌスではないかという意見もあり.DAT左有意で低下
(回答)神経核内封入体病(NIID).皮膚生検で核内封入体.アマンタジンが有効であった.NIIDの振戦は歯状核の機能障害の可能性がある. 

▶EV-8:眼球運動障害,随意運動の持続性低下,失立失歩を呈し,Blink reflexで脳幹部機能障害を認めた一例

20歳代女性.左上下肢脱力により立てなくなった(失立失歩).失調,眼球運動障害,眼瞼下垂も認めた.免疫療法は有効だが繰り返す必要があった.運動は繰り返すと症状が目立つようになる.血漿交換を含む免疫療法前後で一過性に改善する.核酸テンソル画像でFA(fractional anisotropy)値に異常を認めたが,血漿交換を含む免疫療法前後で変化が生じる.
(回答)診断? 重症筋無力症では?という意見もあったが,自己抗体陰性,反復刺激陰性とのこと.診断不明.画像も重要だが,まずは症候学の議論が大切と考えさせられた症例.

▶EV-9:発作性ジストニア / ジストニア痛を呈する知的障害 45歳女性

小児期からの有痛性ジストニア.軽度の失調歩行を合併.ジストニアに対し,ガバペンチンが有効.てんかん発作合併なし.
(回答)ATP1A3遺伝子関連疾患.小児交互性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood;AHC)に近いとのこと.しかしてんかん発作がなく,軽度の小脳症状を認めた点が本例の特徴.

▶EV-10:喘鳴を伴う痙攣様吸気動作と呼気開始困難による呼吸苦を認めた 1例

73歳男性.主訴は呼吸がしにくい.浅い呼吸は困難で,喉頭内視鏡では声門の吸気時の狭窄を認めた.以前で言うspasmodic dysphonia(最近はlaryngeal dystoniaに統一された).頸部筋のジストニア?もみられる.画像や検査所見など明らかな異常はなし.アーテンとリボトリールでかなり改善,遺伝子診断未.
(回答)respiratory laryngeal dystonia(特発性).→ 遺伝子変異に加えて,再発性上気道感染症,胃食道逆流,頸部損傷なども誘因になるので気になるところ.

▶EV-11:Guitarist's crampで発症した局所性ジストニアの一例

回線不良となり病歴聴取できず.
(回答)職業性ジストニアで発症した初めての瀬川病(DYT5a).

▶EV-12:乳児期よりアテトーゼ型脳性麻痺と診断されたが経時的に不随意運動が増悪し集中治療を要した11歳男児

もともと精神発育遅延がある.低トーヌス.絶え間ない激しい全身の不随意運動.後弓反張を呈する.ジストニア重積?舞踏運動?治療としてGPi-DBSが有効であった.
(診断)GNAO1 異常症.2013年に本邦からはじめて報告された.GNAO1(Gタンパク質サブユニットαO1のこと)をコードする遺伝子変異により発症する.GNAO1 遺伝子は3 量体 G タンパク質による細胞内のシグナル伝達に関与し,シグナル伝達の異常がてんかんを引き起こす.てんかんを伴わずジストニアを主とすることもある(図は遺伝子変異と表現型の関係).運動異常症を呈する患者では,筋トーヌス低下と精神運動発達遅滞がみられ,のちにジストニアと知的障害が明らかになる.アテトーゼ型脳性麻痺と誤診されることが多いが,周産期異常や頭部MRI異常はない.検査費用が安価になれば世界中でもっとも多い希少疾患の一つになるだろうと言われている.




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月3日)  

2021年07月03日 | 医学と医療
今回のキーワードは,Long COVIDを慢性疲労症候群や線維筋痛症の二の舞にしないために,60日後の嗅覚障害の持続を予測する因子,mRNAワクチンは感染した場合でも,ウイルス RNA 量,発熱リスク,罹患期間を減少させる,ワクチン接種後に心筋炎を呈した米国軍人23名の報告,COVID-19が示した「ハイブリッド免疫」という新しいアプローチ,「アストラゼネカ→ファイザー」の異種混合ワクチンは有効,です.

先週発表の機会を頂いた学術会議主催シンポジウムの講演の中で反響が大きかったものは,Nat Med誌に報告された「感染6ヶ月後の評価で,Long COVIDによる症状の持続は自宅療養の若年者の52%に見られる」という内容でした.軽症の若年患者でも,呼吸困難や認知障害が長期に渡って持続するリスクがあり,若い世代もワクチン接種等の感染対策をしっかり行う必要があるということです(doi.org/10.1038/s41591-021-01433-3).そして今週読んだ論文のなかで印象的であったことのひとつが,このLong COVID(図1)が,過去の慢性疲労症候群や線維筋痛症と同様,多くの医療者によって不信感を持たれ敬遠される疾患になる恐れがあるということでした.早期の診断基準作成や診断バイオマーカーの同定,治療ガイドラインの作成が必要のように思いました.



もうひとつ印象的であったことは,COVID-19が「ハイブリッド免疫(図2)」という新しい感染予防アプローチの発見をもたらしたことです.これは「ウイルス感染→ワクチン」「ワクチンA→ワクチンB」という異なる刺激で,強い免疫反応を引き起こすことです.



◆Long COVIDを慢性疲労症候群や線維筋痛症の二の舞にしないために.
New Engl J Med誌に,Long COVIDのこれからの見通しに関する論文が発表された.まずデータ未公表ながら,患者の多くは女性で,平均年齢は約40歳と働き盛りの人が多いこと,そして近い将来,医療や経済回復に長い影を落とすだろうと指摘している.重要な点は,曖昧な臨床症状と明確な定義・診断バイオマーカーが存在しないことを考えると,歴史的な先行事例である感染後症候群,具体的には筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS),線維筋痛症,治療後ライム病症候群,慢性EBウイルス感染などと同様のことが起こるのではないかと述べていることである.これらは必ずしも正当な疾患として認識されておらず,心因性の可能性も考えられ,積極的な研究が行われてこなかった経緯がある.同じことがlong COVIDでも生じるのではないかと著者らは懸念している.つまり多くの医療関係者から不信感をもって敬遠し,患者は誤解されていると感じ,不満を抱くことになる.この状況になることを阻止するため,著者らは次に示す5つの対策の必要性を訴えている.
1.一次予防(ワクチン接種の推奨)
2.long COVIDの病態研究の推進・研究費の投入
3.ME/CFS研究のlong COVID研究への適用
4.long COVID診療センター(統合的な患者ケアモデル)の整備
5.医療従事者がこの病気を信じて支援しケアを提供すること
→ 今後,日本においても極めて重要な問題になるものと思われる.
New Engl J Med. June 30, 2021(doi.org/10.1056/NEJMp2109285)

◆60日後の嗅覚障害の持続を予測する因子.
COVID19に関連する嗅覚障害を呈した288名において,その回復の予測因子を検討した研究がベルギーから報告された.患者の疫学的,臨床的,免疫学的特徴(血清,唾液,鼻汁中の抗SARS-CoV-2抗体)と,60日後の嗅覚障害の関係を前方視的に調べている.まず嗅覚障害の発症から2週間後では,52.4%の患者が嗅覚障害を示した(39.2%が嗅覚消失,13.2%が嗅覚低下であった).60日後の追跡調査では,25.4%の患者が持続的な嗅覚障害を呈していた.性別,年齢,鼻咽頭ぬぐい液のウイルス量,COVID-19の重症度と嗅覚障害の転帰には,有意な相関関係はなかった.サブグループ解析では,60日後に嗅覚障害を認めた患者は,血清中の抗体レベルの低下はなかったものの,唾液中および鼻腔中のIgGとIgG1のレベルが低かった(図3).以上より,60日後の嗅覚障害の持続を予測する臨床マーカーはなかったが,唾液と鼻腔内の抗体低下,すなわち局所的な免疫反応が関与している可能性が示唆された.
Eur J Neurol. June 22, 2021(doi.org/10.1111/ene.14994)



◆mRNAワクチンは感染した場合でも,ウイルス RNA 量,発熱リスク,罹患期間を減少させる.
2つのmRNAワクチン(ファイザー,モデルナ)を接種された医療従事者など3975名を対象にした前向きコホート研究.2020年12月から2021年4月までの間,参加者は毎週,鼻咽頭スワブによるPCR検査を行った.この間,PCR陽性となったのは 204 名(5%)で,うち,完全ワクチン接種者(2 回の接種後 14 日以上経過)は 5 名,部分的ワクチン接種者は 11 名(1 回目接種後 14 日以上,2 回目接種後 14 日未満),ワクチン未接種者は 156 名であった(1 回目接種後 14 日未満の32 名は検討から除外).調整後のワクチン効果は,完全接種者で91%,部分接種者で81%であった.また感染者において,完全または部分的にワクチンを接種した者の平均ウイルスRNA量は,ワクチンを未接種者に比べて40%低かった.さらに発熱の発生リスクは58%低く,罹患期間も短く,寝込んでいた日数は2.3日短かった.以上より,mRNA ワクチンは,リアルワールドにおいても成人のCOVID-19 感染予防にきわめて有効であり,かつ感染した場合でも,ウイルス RNA 量,発熱リスク,および罹患期間を減少させた.
New Engl J Med. June 30, 2021(doi.org/10.1056/NEJMoa2107058)

◆ワクチン接種後に心筋炎を呈した米国軍人23名の報告.
2021年1月~4月にCOVID-19ワクチン接種後に心筋炎を経験した米国軍人23名についての報告.全員男性(年齢中央値25歳.範囲20~51歳)で,従来健康.7名がファイザーワクチン,16名がモデルナワクチンであった.mRNAワクチン接種後4日以内に顕著な胸痛の急性発症を呈した.20名は2回目の接種後であった.全例,心筋トロポニン値が有意に上昇した.急性期に心臓MRIを行った8名では,全員が心筋炎の所見を示した.心筋炎の他の病因は特定できなかった.全例,短期間の支持的ケアを受け回復した.米軍はこの期間に280万回以上のmRNAワクチンを接種した.2回目のワクチン接種後の男性に多く認められたことから,さらなる監視と評価が必要である.しかし症例数は少なくまれであること,ならびにワクチンの高い有効性が示されていることから,本論文もワクチン接種を推奨している.
JAMA Cardiol. June 29, 2021.(doi.org/10.1001/jamacardio.2021.2833)

◆COVID-19が示した「ハイブリッド免疫」という新しいアプローチ.
過去にCOVID-19に感染した人にワクチンを接種すると,自然免疫に加えてワクチンによる免疫の組み合わせによって「ハイブリッド免疫」という,非常に強力な免疫反応が生じることが明らかにされた(図2).この相乗効果は,ワクチン接種後のT細胞反応よりも,主に抗体反応において認められるが,抗体反応の増強は記憶T細胞に依存している.自然免疫とワクチンによる「ハイブリッド免疫」アプローチは,帯状疱疹ですでに行われている.帯状疱疹を予防するシングリックス・ワクチン(日本でも2020年発売)は,水痘帯状疱疹ウイルスに感染したことのある人に接種されるが,その効果は有効率約97%と驚くべきものであり,ウイルス感染による場合よりもはるかに高い抗体反応が得られる.この「ハイブリッド免疫」現象は,異なるワクチンの組み合わせでも生じる.異種混合,すなわち2種類の異なるワクチンを組み合わせて接種すると,どちらか一方のワクチンだけの場合よりも,強い免疫反応を引き起こすことができることがこれまで報告されてきた.これはCOVID-19でも,mRNAとアデノウイルスベクターワクチンなどの組み合わせで起こる可能性がある(→つぎの論文で紹介).これらの知見は嬉しい驚きであり,COVID-19に対するより優れた免疫力を生み出すために活用できる可能性がある.
Science 372, 1392-1393, 2021(doi.org/10.1126/science.abj2258)

◆「アストラゼネカ→ファイザー」の異種混合ワクチンは有効.
COVID-19の異種混合ワクチンに関するスペインからの報告.アストラゼネカワクチンで初回接種したのち,2回目にファイザーワクチンを行った臨床試験結果が報告された.676名が登録され,介入群450名または対照群226名のいずれかに無作為に割り付けられた.介入群では,受容体結合部位(RBD)抗体の幾何平均力価が,ベースライン時の71.46 BAU/mLから14日目には7756.68 BAU/mLに有意に上昇した(図4).スパイク蛋白に対するIgGは,98.40 BAU/mLから3684.87 BAU/mLに上昇した.副反応は軽度(68%)または中等度(30%)であり,内訳としては注射部位の痛み(88%),硬結(35%),頭痛(44%),筋肉痛(43%)が多く報告された.重篤な有害事象は報告されなかった.以上より,アストラゼネカワクチンで初回接種した人に2回目ファイザーワクチンを接種しても,強固な免疫反応を誘発し,副反応は許容範囲内であった.→ 数日前に,メルケル首相は1回目アストラゼネカ→2回目はモデルナを接種したと報道された.これはワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症 (VITT)への懸念からアストラゼネカを初回に接種した人の異種混合ワクチンの有効性と安全性の議論が欧州で白熱している状況を考慮して行われただけでなく,むしろ感染防御により有効という判斷があったのかもしれない.
Lancet. June 25, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01420-3)






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飛行機・新幹線内での医療ハンドブック 「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」と聞かれたら

2021年07月02日 | 医学と医療
標題の書籍(医歯薬出版;2970円)が7月20日に発売されます.本日よりAmazonで予約開始になりました.ご記憶のかたもいらっしゃるかもしれませんが,2年前に「週刊 医学のあゆみ」誌で企画し,即完売になった企画の書籍化です.いろいろ検討し,項目を練り直しました.さまざまな疾患や法律上のリスクなど内容を充実・アップデートし,さらにコロナ対応にいたしました.そして旅行に持ち運びしやすいようにコンパクトサイズにしました.まだ恐る恐るの飛行機・新幹線移動ですが,徐々に利用することも増えてくると思います.ぜひご活用いただければ幸いです.

飛行機・新幹線内での医療ハンドブック 「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」と聞かれたら 医歯薬出版

【目次】
■知っておきたい基礎知識
機内ドクターコールと対応率 (錦野義宗)
医師登録制度の概要と登録状況――今後の課題 (長島公之)
急病人発生時の機内での対応と地上からの支援体制 (錦野義宗)
空港の医療体制・設備 (赤沼雅彦)
航空機に影響を及ぼす医療機器 (島袋林秀)
民間航空機を利用した患者搬送の経験 (山崎浩史)

■法律上の懸念事項
応召義務違反にあたるのか (橋本雄太郎)
促進するための法整備 (橋本雄太郎)

■疾患別の対応
飛行中の機内で発生する急病人:総論 (大越裕文)
脳神経内科疾患(航空機頭痛を除く) (下畑享良)
頭痛 (根来 清)
航空機内発症アナフィラキシー――機内食などのアレルギー対応 (築野一馬)
呼吸器疾患 (新田(荒野)直子)
航空機と循環器疾患(旅行者血栓症を含む)――心停止に遭遇したら (中尾元基・永井利幸)
腎臓病(血液透析・腹膜透析との関連) (五味秀穂)
耳鼻咽喉科疾患(航空性中耳炎と耳管機能) (松野栄雄)
精神疾患 (大塚祐司)
産婦人科疾患 (山本祐華)
小児が飛行機に搭乗する際の留意点 (サトウ菜保子)
長時間フライトがもたらす身体への影響:深部静脈血栓症(ロングフライト血栓症、エコノミークラス症候群) (榛沢和彦)
航空会社による感染症対策――新型コロナウイルス感染症への対応 (錦野義宗)

■新幹線での医療対応
新幹線乗車時に起こりうる症状・疾病――新幹線頭痛を含めて (伊藤泰広)
新幹線の車内医療設備(医療キットや多目的室など)と課題 (杉山淳一) 敬称略


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