Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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気管切開術は多系統萎縮症における睡眠呼吸障害を増悪させるか?

2007年08月26日 | 脊髄小脳変性症
 気管切開術は多系統萎縮症で認められる声帯開大不全などの重篤な上気道閉塞においてNPPVとともに行われてきた治療法であるが,本邦より「気管切開術は多系統萎縮症における睡眠呼吸障害(とくに中枢性無呼吸)を増悪させうる」という報告がなされた.とてもショッキングな内容であったため,注目された人も多かったのではないだろうか.

 方法はretrospective studyのようで,対象は18例のprobable MSA,うち7例が,中等度から重度の声帯開大不全のため気管切開術をうけていた.うち3例では気管切開術の前後で,PSG検査が施行されていた.

 結果をまとめると
1. 気管切開をしていない11名と気管切開をした7名を比較し,後者ではAHIが有意に高かった(7.4±3.1/hrおよび37.6±8.1/hr).
2. 重症の無呼吸(AHI 30/hr以上)は,発症年齢,性別,BMI,罹病期間,重症度とは相関がなかったが,唯一,気管切開施行と相関を認めた.
3. 気管切開を行った患者はすべて中枢性無呼吸だった(非気管切開群では18.2%).
4. 気管切開の前後でPSGを行えた3名中2名で,術後AHIが増加した.
5. 気管切開の前後で血液ガスを行った5名の検討で,PO2には変化はなかったものの,PCO2は有意に減少した.
Discussionにおけるこれらの現象の解釈としては,気管切開は死腔と気道抵抗を減少させ,その結果,過換気となり,PCO2が低下し,PCO2低下により中枢性無呼吸の増加が引き起こされる,というものであった.

 ただこの論文には,その後,本邦およびMayo clinicから,Correspondenceが投稿されたように,問題とすべき点がいくつかある.
1. 気管切開術前後のPSGのデータ数が不十分で,かつ気管切開術後の生存期間にも短縮が見られているわけではないこと.
2. 気管切開の有無で分けた2群間で,気管切開なし群は罹病期間が2.9±0.5年,気管切開群は6.8±1.4年で,2倍の開きがあること.
3. Hoen-Yahrで比較した病期も,前者は3.6±0.24,後者はすべて5で,違いがあること.
4. 中枢性無呼吸の診断に不可欠な食道内圧測定を行っていないこと.

 罹病期間や病期が異なるとすれば,単に気管切開の有無により睡眠時呼吸障害の程度に差が生じたとは言えなくなる.いずれにしても,この論文のインパクトは大きく,Mayo clinicのドクターが指摘するように,一部の症例では有効な治療選択肢であるはずの気管切開を,神経内科医が行わなくなるのではないかと危惧される.現時点では気管切開が禁忌になったわけではなく,気管切開によって生存期間やQOLが改善する患者さんもいる.ただし,気管切開術やそれに準じる喉頭摘出術を受ける患者さんでは,術前後にPSGや酸素飽和度モニター,血液ガスのチェックを行い,その影響を確認すること,そして,術前,もし気管切開後に睡眠呼吸状態の悪化が認められた場合には,人工呼吸器装着の可能性がありうることを説明しておくことが重要であるといえよう.

Neurology 68; 1618-1621, 2007
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t-PA使用後の脳出血をMRIで予測することは可能か?

2007年08月26日 | 脳血管障害
 t-PA使用後の症候性脳出血(symptomatic intracerebral hemorrhage)の予測因子に関してはこれまで,臨床所見およびCT所見をもとに検討されてきた.これまでの検討では early CT sign陽性,高血糖,重症度,高齢,治療までの時間,収縮期高血圧,血小板数低下などが指摘されてきた.しかし,MRIによる評価,および血栓溶解に伴う再灌流の影響については不明であった.以前,当ブログで発症後3-6時間経過した症例で,t-PAが有効である症例の特徴をMRIを用いて見つけ出すことができるかという研究を紹介したが(DEFUSE study;the Diffusion and perfusion imaging Evaluation For Understanding Stroke Evolution),今回,そのサブ解析として,t-PA使用後の脳出血を予測する因子が報告されている.

 研究デザインはmulti-center open-label studyで,対象はDEFUSE study症例のため発症後3-6時間経過した症例である.t-PA使用量は 0.9 mg/kg.NIHSS > 5の症例に限り,CT上,出血をみとめる症例や,MCA領域で1/3を超える梗塞を認める症例は除外されている.出血は症状増悪の程度によって2種類に分類した(minor hemorrhageはNIHSSが 2-3点の増悪, major hemorrhageはNIHSS 4点以上の増悪).MRIはDWI(拡散強調)に加えPWI(灌流画像)も行い,再潅流は治療前後のPWI lesion volumeが10mL以上,もしくは30%以上減少と定義した( t-PA使用後3-6hrにbaselineと比較).

 さて結果であるが,74例中7例(9.5%)で脳出血をきたし(4例がmajor,3例がminor),4例のmajor hemorrhageのうち3例が死亡(2例が 急性期死亡,1例が109日目に死亡),3例のminor hemorrhageのうち1例が死亡した.脳出血の有無による2群の比較で有意差が出た項目は4つで,その項目はNIHSS,PWI volume,DWI volume,再潅流の有無であった.このうち,多変量回帰モデルではDWI volumeのみ有意差があり(OR 1.42, 95%CI; 1.13-1.78 / 10 mL change ),major hemorrhageに限った場合もDWI volumeのみであった(OR 1.52, 95%CI; 1.14-2.03 / 10 mL change ).さらにDWI volumeと「再灌流あり」という2項目には相乗効果があり,脳出血およびmajor hemorrhageの予測因子となっていた(OR 1.77および1.90 / 10 mL change ).つまり来院時の段階で,大きなDWI volume(>90mL),かつt-PAで血栓が溶解し再灌流を認めた場合,出血がしやすいという結果となった.

 以上より,DWIで大きな梗塞を認める場合は3-6hrでのt-PAは避けるべきということが分かった.病態機序としては,再灌流障害により生じる酸化ストレスが,血管系に障害を引き起こし,脳出血をもたらすものと推測される.過去のDEFUSE studyでも示されているように,やはり発症後3-6時間といった症例では来院時のMRI(DWI)の撮像が望ましく,この時点で梗塞サイズが大きいようであれば(いわゆるmalignant pattern),t-PAは避けるべきということになるのであろう.

Stroke 38; 2275-2278, 2007 
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ALS 研究における失われた10年?

2007年08月19日 | 運動ニューロン疾患
 1993年にRosenら(Nature 362: 59-62, 1993)は常染色体優性遺伝形式を示す家族性ALS(FALS)の原因遺伝子SOD1遺伝子を同定した(SOD1-positive FALS).SOD1遺伝子変異の発見は,ALSの分子病態研究を飛躍的に進展させた.これまでの孤発性ALS(SALS)研究は,SOD1-positive FALSを疾患モデルとして研究し,具体的には変異SOD1がどのような機序で神経毒性を発揮するのか,もしくはSOD1-positive FALSのモデル動物を作成し,治療効果を調べることが研究の中心であった.ただし,これらの研究の発展は,あくまでもSALSとSOD1-positive FALSが病態機序を共有するという仮説に基づいたものであるが,実はその根拠は乏しく,SOD1-positive FALSはSALSと臨床経過や病理所見が似ているという程度であったように思われる.このため,SOD1-positive FALSにおける研究成果が,どれだけSALSに応用できるのだろうかという懸念を持っている者は私以外にも少なからずいたのではないかと思われる.

 今回,SALSとSOD1-positive FALSの病態機序の異同を考える上で,とても重要な研究が報告された.最近,TDP43(TAR DNA-結合蛋白-43)がSALSの神経細胞に蓄積し,病態機序に関与する可能性が報告されたが(Science 314; 130-133, 2006),同グループからSALS以外のALSにおけるTDP43の検討が報告された.対象はALS 111例で,その内訳はSALS 59例,SOD1-positive FALS 15例,SOD1-negative FALS 11例,ALS with dementia 26例であった.これらのALS剖検脳(脊髄,脳幹)に対して,免疫組織および生化学的解析(immunoblot)を行っている.

 結果としては,SALS,SOD1-negative FALS,ALS with dementiaの全例で,神経細胞およびグリア細胞(オリゴデンドログリアらしい)にユビキチンおよびTDP43陽性の細胞質封入体(線維状,ないし球状)を認めた.SALSにおける既報と同様,封入体陽性細胞では,核蛋白であるTDP43の核における染色性が低下していた.一方,SOD1-positive FALSでは,ユビキチン陽性封入体を認めるもののその形態は他のALSとは異なり,不整形で,かつTDP43陰性であった.この結果は不溶性分画を試料に用いた生化学的解析でも確認された(SOD1-positive FALS以外では,43kDaのTDP43蛋白以外に,25kDaのC末断片と高分子スメアが認められるが,SOD1-positive FALSではそれが認められない).

 これら結果より,著者らはSALSの家族発症例がSOD1-positive FALSであるという単純な図式ではなく,全く別の疾患である可能性を考えている.よってこれまでSOD1-positive FALSに対して行われてきた研究は,あくまでもSOD1-positive FALSという少数例にのみに応用できるものであり,ALSの大部分を占めるSALSには全く応用できない可能性がでてきたというわけである.個人的にはTDP43の蓄積や蛋白分解の有無だけで病態機序が違うと断定してよいものか疑問も残るが,その一方で,本研究のインパクトは非常に大きく,タイトルのような議論もなされるだろう.今後の研究は,引き続きSALSとSOD1-positive FALSの病態機序の相違について検討がなされる一方,TDP43の持つ機能についての解析が培養細胞への発現実験などを用いて行われるものと思われる.この蛋白はRNA認識部位を2か所もち,転写調節やexon skippingに関与することが推定されている.細胞質に蓄積したことは,おそらくこの蛋白が細胞質と核内を往来するシャトル蛋白である可能性を示唆する.次の興味の一つはTDP43の核移行を核移行シグナルの変異導入や核移行阻害剤などを用いて阻害すると,細胞にどのような変化が生じるかということであろうか.TDP43研究がSALSのcurative/remissive therapy開発の糸口になることが切望される.

Ann Neurol 61; 427-434, 2007 
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SARA日本語版完成

2007年08月05日 | 脊髄小脳変性症
 本年1月の当ブログにて取り上げた新しい小脳失調の評価スケールであるSARA(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia)の日本語版が発表された.運動失調症班ホームページよりPDFファイルをダウンロードすることができる.

 このスケールは何といってもICARSと比較し,評価に必要な時間が短縮ができ,忙しい外来でもscalingをすることが可能である.たとえば平成18年度「厚労省運動失調症に関する調査研究班」において北大からの報告ではSCD患者22名に対し施行し,検査に要した時間がICARS(評価項目19個)では平均13分であったところ,SARA(評価項目8個)では4分であったと報告している.また①評価者間での大きな変動がないこと(inter-rater reliabilityが高い),②Barthel indexやICARSと有意な相関を示すこと(P<0.0016およびP<0.0001)を示している.  実際のratingは原文通りにやってあまり間違いやすいような部分はない印象だが,評価項目5の指追い試験や,評価項目7の手の回内・回外運動は一般的に行われる診察とは少し異なっているかもしれない.前者は,検者は自分の人差し指を被検者の予測できない方向に2秒かけて約30cm動かし,被検者の人差し指が正確に検者の人差し指を示すか調べるもので,これは測定障害の程度(ずれが何cmか)で評価する(5回のうち最後の3回の平均を評価する).また後者は一般的に行われる手の回内・回外運動とは異なっていて,太ももの上で回内・回外運動を繰り返し,10回に要した正確な時間を測定するというものである.

 今後,運動失調症班では日本語版に対するvalidationを進めていく予定とのことだ.

運動失調症班ホームページ

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