Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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猫同士,276の表情をつかってコミュニケーションをする

2023年12月08日 | その他
Science Newsに,標題の論文が紹介されていました.私は「猫派」で,2匹の猫(キキとレオ)のパパなので興味深く読みました.今回初めて知ったのですが,猫同士は通常ニャーと鳴かず,人間にだけ鳴くそうです(適応と進化により発達した戦術らしい).では猫同士,どのようにコミュニケーションしているのか?が研究テーマです.『Behavioural Processes』誌に報告された論文によると,2名の研究者がロサンゼルスの,里親探しをする猫カフェで,10ヶ月にわたり53匹の猫を観察し,186組の猫同士の出会いを記録し,交流時の表情を記録しました.その動画をFacial Action Coding Systemsを使用して,友好的状況と非友好的状況の表情を,表情筋の動きの数と種類として調べました.

結果ですが,表情はまず3つのカテゴリーに分類されました.①友好的:表情の45%,②攻撃的:37%,③あいまいで分類困難:18%.表情としては,唇を離す,顎を下げる,瞳孔の収縮・散大,まばたきや半まばたき,口唇の角を引く,鼻をなめる,ひげを伸ばしたり引っ込めたりする,耳の位置などがあり,これら計26の顔の動きのうち4つほどを組み合わせて形成され,276の表情になるのだそうです(人間の場合は解剖学的に40以上の顔面筋があり,もっと複雑だそうです).

猫たちがこれらの表情でお互いに何を「言っている」のかはまだ不明だそうですが,猫は友好的なとき(図B)には耳やひげは相手の猫の方向に動かし,閉眼するのに対し,非友好的なときは(図C)耳は平たくなって遠ざかり,ひげも同様に遠ざかり,瞳孔を収縮させて,唇を舐めたりするそうです(図Aは平常時).興味深いことに,猫の友好的な表情の一部は,人間がする表情に似ていて,表情を共有している可能性が示唆されます.



研究者らはペットの猫は人間から餌をもらって集まるうちに,友好的な表情を獲得したのだろうと述べています.また「飼い主が猫の考えを理解するためのアプリに使われるかもしれない」「猫カフェで里親になる可能性のある人が,現在,飼っている猫と仲良くなれる可能性の高い猫を選ぶのに役立つかもしれない」とも述べています.猫と人間の絆を深めるのに役立つかもしれない素敵な研究だと思いました.
Scott L, et al. Feline faces: Unraveling the social function of domestic cat facial signals. Behav Processes. 2023 Oct 18;213:104959.(doi.org/10.1016/j.beproc.2023.104959

Science News(https://www.science.org/content/article/cats-have-nearly-300-facial-expressions


下図は以下のサイトのものを改変 https://www.rd.com/article/cat-facial-expressions/

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外傷後の脳浮腫をアドレナリン受容体拮抗薬で治療する!

2023年11月22日 | その他
外傷性脳損傷(traumatic brain injury;TBI)において,脳浮腫は重症度や死亡率に影響を及ぼすためその治療は重要です.私は知らなかったのですが,TBI後にノルアドレナリン濃度が上昇し,その上昇幅は重症度と死亡の可能性の予測因子となることが知られているそうです.しかし脳のドレナージ(廃液)システムであるグリンパティックシステムの障害と,ノルアドレナリンの関係については不明でした.

今回,米国ロチェスター大学により,急性外傷後の脳浮腫は,ノルアドレナリンの過剰放出に反応して起こるグリンパティック流およびリンパ流の阻害の結果として生じること,ならびにノルアドレナリンの過剰放出が治療標的になることがNature誌に報告されました.

この研究はTBIのマウスモデルを用いた検討です.具体的には麻酔下で,頭蓋の外から強い力を与えたあとに生じる脳外傷後の浮腫を軽減する方法を検討しています.まずアドレナリン受容体は3種類ありますが(α1.β.α2),そのすべてを抑制できる阻害薬カクテル(プラゾシン,プロプラノロール,アチパメゾール:略してPPAと呼んでいます)を外傷後投与したところ,中心静脈圧は正常化し,グリンパティック流および頸部リンパ流が部分的に回復し,その結果,脳浮腫が大幅に減少,さらに認知機能低下などの機能予後も改善しました.つまり外傷後のノルアドレナリン放出(アドレナリン・ストーム)は,頸部リンパ管の収縮力の低下を招き,グリンパティック液とリンパ液の全身循環への還流を低下させ,脳浮腫が生じるようです.これに対し,阻害薬カクテルを投与したところ,グリンパティック液とリンパ液の全身循環が回復し,その結果,外傷性病変からの細胞破片のリンパ管輸送が促進され,二次的な炎症も改善,さらにリン酸化タウの蓄積を大幅に減少させました.

またこの論文では,血管外への血漿の滲出はこのモデルではほとんど脳浮腫に寄与していないこと,また脳脊髄液の過剰合成もないことも示され,脳浮腫の原因は専らグリンパティックシステムのドレナージの障害によると判断しています.もちろんまだ動物モデルでの検討ですが,ヒトへの応用が大きく期待されます.また「PPAがリン酸化タウの蓄積を大幅に減少させる」という点は,アルツハイマー病などのタウオパチーで,ドレナージシステムは治療標的になるのではないかと,当然,皆考えるのではないかと思いました.
Hussain R, et al. Potentiating glymphatic drainage minimizes post-traumatic cerebral oedema. Nature. 2023 Nov 15.(doi.org/10.1038/s41586-023-06737-7



【図の説明】
(左)脳脊髄液は間質液と交換し,静脈周囲腔に沿って集められ(水色),髄膜リンパ管や神経・血管周囲の軟部組織を通って排出される.(右)脳損傷により脳脊髄液の排出が抑制され,組織が腫脹する.傷害に反応して流出が減少するのは,アドレナリン・ストームによるもので,グリンパティック液の輸送だけでなく,頸部リンパ管の収縮の頻度と振幅を減少させ,同調を乱し,下流の体積移動効率を低下させる.アドレナリン作動性抑制はこれらの変化を緩和し,急性浮腫を消失させる.また,アドレナリン受容体拮抗薬による治療は,細胞破片の除去を促進し,神経炎症を抑え,機能回復を改善する.


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がんを神経から治療する! -cancer neuroscienceという新しい領域― 

2023年06月22日 | その他
最新号のNature誌に「がんを移植したマウスにα2アドレナリン受容体刺激剤(クロニジン)を大量投与するとガンの増殖を強く抑えることができる」というベルギーのからの論文が出ています.α2アドレナリン受容体は「交感神経活動のネガティブ・フィードバック」に関わる受容体ですので「交感神経活動を抑制するとがんの増殖を抑えられる!」ということになります.「神経とがんの関わり」はこれまで聞いたことがなかったため非常に驚きました.

じつは近年,「cancer neuroscience」という領域が注目されているようで,Science/Nature/Cell誌に総説が出ています.図1はScienceの総説の図ですが,①交感神経終末から放出されるノルエピネフリン(NE)ががん細胞表面の受容体に結合し増殖を促進する,②NEが血管内皮細胞に作用し血管新生を促進する,③がん細胞が神経栄養因子を放出し,神経のがんへの分枝・伸長を促進する,④神経細胞がマクロファージなどによるがん免疫を抑制する,という「神経とがんの関わり」を示しています.



図2はNatureの総説の図で,(a)は神経伝達物質や神経栄養因子ががん細胞をパラクラインで増殖させること,(b)(c)はAMPA受容体が介在する直接型,およびNMDA受容体が介在する間接型のグルタミン酸作動性シナプス結合によりがん細胞が増殖すること,(d)はがん細胞が微小管とgap junctionにより神経細胞のようなネットワークを作ること,(e)(f)は神経に沿って浸潤し,また腫瘍微小環境(血管新生・免疫反応)が神経細胞に影響を受けていること,を示しています.



図3はCellの総説の図で,がんの新しい治療標的と候補薬をまとめています.具体的には,神経細胞・がんシナプス,神経細胞様がん細胞ネットワーク,神経細胞・がんパラクライン,がん細胞誘導性軸索新生,神経性の血管新生,神経細胞・がん・免疫クロストーク,シナプス周囲がん細胞などが治療標的にまります.グリオーマや膵がんなどの難治性がんに対して,既存の治療に組み合わせた形で,これらの神経細胞をターゲットとした治療が今後行われるようです.



よってがん治療にも神経科学者が参入することになります.また脳神経内科医としては,がんの神経系への影響についても改めて考え直す必要を感じました.例えばNMDA受容体やAMPA受容体が出てきましたが,これらに対する抗体が病因となる傍腫瘍症候群ももっと複雑な病態なのかもしれません.
Zhu J, et al. Tumour immune rejection triggered by activation of α2-adrenergic receptors. Nature. 2023;618(7965):607-615. doi.org/10.1038/s41586-023-06110-8.

Servick K. War of nerves. Science365,1071-1073(2019). Doi.org/10.1126/science.365.6458.1071

Pan C, et al. Insights and opportunities at the crossroads of cancer and neuroscience. Nat Cell Biol. 2022;24(10):1454-1460. doi.org/10.1038/s41556-022-00978-w.

Winkler F, et al. Cancer neuroscience: State of the field, emerging directions. Cell. 2023 Apr 13;186(8):1689-1707. doi.org/10.1016/j.cell.2023.02.002.

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感謝1000万ビュー -印象に残るブログ投稿20-

2023年04月20日 | その他
拙ブログのアクセス欄を見たら,1000万ビューを超えておりました.約20年かけて1079回投稿していました.最初の投稿は2004年で,留学中でした.脳梗塞の基礎研究を行っていましたが,臨床の勉強も続けねばと読んだ論文を備忘録代わりに書き始めたのがブログを始めたきっかけでした.

ブログで取り上げた内容は自身の興味の変化を反映して,神経変性疾患・脳血管障害の論文から創薬,トランスレーショナル・リサーチ,そして臨床倫理と医師のバーンアウト,さらにCOVID-19に移り,最近は自己免疫性神経疾患や機能性神経障害の話題が増えてきています.アクセスがこれだけ多いのは,医療関係者だけでなく,いろいろな病気で悩まれる方やご家族の方も読んでくださっているのだと思います.そういった方々を励ますものになると良いのですが,少なくとも論文で学んだことを客観的,正確にご紹介することを心がけたいと思っています.

最後に1000万ビュー突破記念(笑),思い出深い投稿20です.

アインシュタインの脳

眠れない一族 (最高にスリリングなプリオン病の本)

患者さんがおばけを見たときのチェックポイント

「機内に医療関係者はいらっしゃいますか?」―脳神経内科医の役割―

「1リットルの涙」 ―脊髄小脳変性症と神経内科医―

若い女性に好発する脳症の正体

アイスクリーム頭痛研究の最前線 ―その遺伝と誘発法,そしてねこ―

なぜ「ヒト乾燥脳硬膜」による医原性ヤコブ病が日本に多いのか?

水俣を訪ねて

◆昭和34年の神経診察

ポケモンGOと「ヒポクラテスの木」に現れた蛇

臨床神経学の創始者,Romberg先生のお墓参り

シャルコー先生を巡るたび

Jean-Martin Charcot先生の書簡 1886

驚愕のアスペルガーの真の姿 ―私たちはこの失望から何を学ぶべきか?-

医者としての本居宣長 ―アスペルガー症候群説への異論―

マイハンマー

たかが英語,されど英語

医師のバーンアウト対策に必要な視点とは

NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を見て


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巨細胞性動脈炎の血管病変はFDG-PETで評価する

2022年07月10日 | その他
最近,巨細胞性動脈炎の血管病変のFDG-PETによる評価の有用性を示す論文が複数,目に付きました.まず基礎知識を整理すると,巨細胞性動脈炎(giant cell arteritis;GCA)は高齢者にみられる大型から中型の血管を侵す疾患です.大動脈とその分枝,頸動脈や椎骨動脈とその分枝に炎症がみられます.前者は大血管型(large vessel GCA:LV-GCA),後者は頭蓋型(cranial-GCA:C-GCA)と呼ばれ,両者がオーバーラップすることもあります.

C-GCAでは,頭痛,顎跛行(咀嚼後,痛みのため咀嚼や会話が困難になる症状)を呈し,側頭動脈の怒張・索状肥厚を認めます.虚血性視神経炎のため15~20%が失明に至るため,早期診断・早期治療が重要です.一方,LV-GCAでは,鎖骨下動脈病変では上肢痛,上肢跛行を,総腸骨動脈病変では下肢冷感,間欠性跛行を呈します.大動脈病変では,胸痛,背部痛を生じます.また不明熱,体重減少,炎症マーカーの上昇を認め,診断に有用ですが,これらを欠く場合の診断が従来,とくに困難でした.

画像診断では,超音波検査,MRI/MRA,FDG-PETが有用で,とくにFDG-PETはメタ解析でも高い感度(90%)と特異度(98%)が報告されています.保険適用にもなっています.ごく最近,FDG-PETが疾患活動性の評価や血管炎の局在判定(椎骨,大腿,膝窩動脈)にきわめて有効であった症例(1),および炎症マーカーは正常であったものの,C-GCAにより再発性脳梗塞を来した症例のFDG-PET所見(2)が報告されています.側頭動脈と椎骨動脈に異常所見を認め,免疫療法後改善しています.全身の血管の評価が可能で,確かに強力な診断,評価ツールになると思います.



1. Swart G, et al. Spinal Cord Presentation of Biopsy-Proven PET-Positive Giant Cell Arteritis. Neurology. 2022;98:982-983(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200749)
2. Koizumi N, et al. FDG-PET/CT of Giant Cell Arteritis with Normal Inflammatory Markers. Ann Neurol. 2022 Jun 6. doi.org/10.1002/ana.26428.



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抗IgLON5抗体関連疾患の臨床像(総説)

2021年11月22日 | その他
当科にて抗体アッセイ系を確立し,最近,お問い合わせが増えている抗IgLON5抗体関連疾患の総説を執筆しました.病理学的にタウの沈着を認めることから,自己免疫性タウオパチーとも呼ばれている疾患です.睡眠障害型,球麻痺症候群,運動異常症型など表現型が多彩で,PSP/CBS,MSA,球麻痺型ALSといった神経変性疾患のなかに紛れ込んでいる可能性があります.海外の症例集積研究では72例中27例(38%)が運動異常症型で,PSP様症候群が14%でした. 私どもは大脳皮質基底核症候群(CBS)を呈した症例を報告しましたが,中国からも最近,13症例の臨床像が報告されました(睡眠障害8名,認知障害7名,運動異常症6名でした).

どのようなときに本症を疑うかについては,①閉塞型無呼吸,喉頭喘鳴に睡眠随伴症を認める症例で,その他の神経症候や脳脊髄液検査異常(細胞数増多や蛋白上昇)を合併する場合,②本文に記載した特徴的なV-PSG所見を呈する症例,③PSP/CBSや認知症が疑われる症例で,上述の特徴的な睡眠障害や脳脊髄液検査異常を合併する症例,④病初期から喉頭喘鳴,上気道閉塞による急性呼吸困難,重度の嚥下障害に,上述の睡眠障害を認める症例としました.このような患者さんがいらっしゃいましたら,下記のリンクを参照し,ご相談をいただければと思います.なお論文は以下のURLからフリーでダウンロードできます.ご参考になれば幸いです.

自己抗体の測定について(岐阜大学脳神経内科)
抗IgLON5抗体関連疾患の臨床像(総説)




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統合失調症は神経解剖学的に2つのサブタイプに分類される-機械学習の威力-

2020年03月12日 | その他
脳神経内科疾患ではないが,Brain誌に興味深い論文が報告されたので紹介したい.統合失調症は,主に急性期に見られる陽性症状(妄想や幻覚など),消耗期に見られる陰性症状(無表情,感情的アパシー,活動低下,会話の鈍化,ひきこもり,自傷行為など),そしてその他の症状(認知機能障害,感情の障害,パニック発作など)に分類される.これらの症状をもとに,ICD-10では分類がなされ,「妄想型(妄想・幻覚が主症状)」「破瓜型(感情・意志の鈍麻が主症状)」「緊張型(筋肉の硬直症状が特異的)」といった代表的な3つの病型に分けられる.しかしこの分類は神経生物的に根拠のあるものとは言えず,事実,病態メカニズムの研究において十分な貢献はしていない.科学的根拠に基づく新たな病型分類が求められている.

さまざまな試みがなされているが,その代表が画像解析研究である.これまでの複数の研究が共通して指摘しているのは灰白質の萎縮である.健常対照と比較して,辺縁系を含む広汎な灰白質体積や皮質厚が減少しているというのだ.しかし脳の形態は個人差や加齢による変化が大きく,診断基準に追加できるものにはなっていなかった.

今回紹介する論文は,多数例の統合失調症の頭部MRIを機械学習プログラムで検討したところ,上述の灰白質が萎縮するタイプに加えて,何と大脳基底核が増大するタイプが見いだされたというものである. HYDRA(ひとすじなわではいかない難問)という名前の機械学習プログラム(正確には「半教師あり学習」,つまり少量のラベルありデータを用いることで,大量のラベルなしデータをより学習に活かせることができる学習方法)を用いて,個人差ではなく,疾患に伴う神経解剖学的パターンの発見を目指した.対象は米,独,中の3つのコホート(PHENOM consortium)からなる307名の統合失調症患者と364名の健常対照で,画像データと臨床データを解析した.画像解析では灰白質,白質,髄液について部位ごとに体積測定を行い,サブタイプ分類を試みた.

さて結果であるが,従来から報告されていた広汎な灰白質の体積の減少があり,とくに視床,側坐核,内側側頭葉,内側前頭前,前頭,島回の体積減少を認めたが,これ以外に,基底核と内包の体積の増加を認め,それ以外の部位は正常体積という一群の存在を見出した.前者をサブタイプ1,後者をサブタイプ2と名付けた.サブタイプ1は全体の67%を占めた.



サブタイプ1:全体に灰白質の萎縮が目立つグループ
サブタイプ2:灰白質の萎縮はほとんど存在せず,逆に大脳基底核の増大がはっきりしているグループ


またサブタイプ1の灰白質体積は罹病期間とのあいだに負の相関を認めたが(r = -0.201, P = 0.016),サブタイプ2では相関はなかった (r = -0.045, P = 0.652).このことから2つのサブタイプにおける病態や経過の相違が示唆された.

臨床的特徴に関しては,2つのサブタイプのあいだで,年齢,性別,罹病期間,発症年齢,陽性症状,陰性症状,抗精神病薬の使用量・タイプに相違はなかった.しかしサブタイプ1は学業的達成(学歴)が,サブタイプ2と比較して有意に低かった(P = 0.041).

結論として統合失調症は神経解剖学的に2つのタイプに分類されることが示された.サブタイプ1は罹病期間に相関する広汎な灰白質萎縮を呈し,発病前より知的機能の障害を認めるもの,サブタイプ2は,基底核と内包の増大を除いて正常で,経時的変化のないものである.2つのサブタイプではその病態が異なる可能性が示唆された.今後,この分類が,より正確な診断,臨床試験の改善や層別解析などに役立つかもしれない.個人的には統合失調症はdisconnection仮説(複数の脳領域間の機能的結合性の障害によって生じるという説)に基づく疾患と考えていたので,拡散テンソル画像のようなコネクトームの画像化により病態や分類が初めて明らかになるものと思っていた.まさかMRIで分類がなされるとは思っていなかった.データからルールやパターンを発見する機械学習の威力は素晴らしく,他の神経疾患への応用が期待される.

Brain. 2020 Feb 27. pii: awaa025.



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新たな髄膜脳脊髄炎「自己免疫性GFAPアストロサイトパチー」についての検討

2019年04月21日 | その他
髄液抗GFAPα抗体が陽性で,ステロイド治療が奏功する新たな疾患「自己免疫性GFAPアストロサイトパチー」が報告されている(JAMA Neurol 2016; 73: 1297-1307;Ann Neurol 2017; 81: 298-309).この疾患の臨床像はステロイドを含めた免疫療法が有効な髄膜脳(脊髄)炎で,特徴的な画像所見として傍脳室部の線状・放射状の造影所見と脊髄における中心管周囲病変を認める.約2割で悪性腫瘍を合併することも報告されている.しかし本邦における検討は十分ではないため,岐阜大学脳神経内科の木村暁夫准教授らを中心とするグループで検討を行った.

方法は,当科が経験した炎症性中枢神経疾患225例[自己免疫性疾患(自己免疫性脳炎,MS,NMO,MOG抗体関連疾患など)98例,感染性疾患58名,原因不明69名]と非炎症性神経疾患35例を対象として,cell based assay(CBA法)およびラット脳スライスを用いた免疫染色の双方で髄液抗GFAPα抗体を検索した.その後,抗体陽性例の臨床・画像所見や治療反応性を後方視的に検討した.

さて結果であるが,CBA法では炎症性中枢神経疾患225例中14例(6.2%)の髄液で抗体陽性で,ラット脳免疫組織染色でも全例でアストロサイトが陽性に染色された.抗体陽性の頻度は,当科が同一期間中に経験した抗NMDA受容体抗体脳炎と同等で(13名),自己免疫性GFAPアストロサイトパチーは日本人では決して稀な疾患ではないことが分かった.

抗体陽性例の臨床診断名は,原因不明の髄膜脳炎8例,ADEM 4例,抗NMDAR脳炎1例,梅毒性髄膜炎1例であり,平均年齢42歳,男女比は8:6であった.2例で腫瘍を合併し,いずれも卵巣奇形腫であった.その他自己抗体として,1例で抗NMDAR抗体を認めた.初期症状は発熱(93%),頭痛(79%)が多く,発症から入院までの日数は平均9.8日,経過中に意識障害(79%),髄膜刺激徴候(71%),振戦・ミオクローヌス (64%),腱反射亢進(57%),排尿障害(57%),小脳性運動失調(43%),精神症状 (36%),呼吸障害(29%)を認めた.

検査所見では,持続する低Na血症を高率に合併し(57%),SIADHに伴うものと考えられた.髄液検査では単核球優位の細胞増多(平均168/μL)と蛋白量の増加(平均183 mg/dL)を認めた.髄液細胞増多は遷延し,正常化が得られるまでに発症から数ヶ月を要した.多くの症例で急性期に一過性の髄液ADAの上昇を認めた。頭部MRI異常所見を64%に認めた.T2WIやFLAIRでは,大脳白質(A),脳幹(B,C),基底核(D)に高信号を認めた.また視床の後部の高信号(矢印;D,E)は,傍脳室部の線状・放射状の造影所見(矢頭;F)とならび本疾患に特徴的な所見と考えられた.

治療については,13例(93%)で,発症から平均14日目にステロイド点滴治療が開始され,7例(50%)でプレドニゾロンの後療法が平均177日間施行された.予後は良好でmRSの中央値が5(入院時)→2(最終観察時)であった.入院期間は中央値48日,後遺症として3例に排尿障害を認めた.再発例は認めなかった.

以上の検討で今回明らかになった点は以下の3点である.
1)運動異常症(振戦,ミオクローヌス,小脳性運動失調),自律神経障害(排尿障害),低Na血症を合併すること.
2)髄液所見では,単核球優位の細胞増多は数ヶ月持続し,急性期に一過性のADAの上昇を認めうること.
3)特徴的な画像所見として,視床後部に異常信号を呈すること.


本疾患における抗GFAP抗体の意義については,おそらく病原性はないと考えられている.既報では,GFAP特異的CB8+ cytotoxic T cellが病態に関わるという説や,他の未知の抗体が病態に関わっているという説が記載されている.ただし,一般的にcytotoxic T cellが関与する病態は免疫療法に抵抗性であるため,なぜ,本疾患は治療反応性が良いのかは明らかにされていない.抗GFAP抗体以外の因子(サイトカイン,ケモカイン,ミクログリアなど)が重要な役割を担っている可能性も指摘されている.

結論として,自己免疫性GFAPアストロサイトパチーは,本邦では決して稀ではなく,原因不明の髄膜脳脊髄炎やADEMでは鑑別診断に挙げる必要がある.ステロイド反応性は良好であるため,上記の特徴を念頭において早期に診断し,治療を開始する必要がある.

Kimura A et al. Clinical characteristics of autoimmune GFAP astrocytopathy. J Neuroimmunol.2019;332:91-98.



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Redundant Nerve Roots signは腰椎脊柱管狭窄症の予後不良因子である

2019年02月25日 | その他
Redundant Nerve Roots (RNR;余剰神経根)は,MRI T2強調画像で,馬尾のあたりが図のように曲がりくねり,一部,点状にも見える所見である.水平断では横に走行する馬尾を認めることから,矢状断で点状に見える理由が分かる.

歴史的には1960年代の終わり,間欠性跛行を呈する症例に対して脊髄造影を行うと,蛇行する陰影欠損がみられ,手術をすると馬尾神経が「蛇がとぐろをまいている」所見が世界各地で相次いで報告され,この名称が使われるようになった.本邦では脳外科や整形外科系の医学誌で主に議論がなされていた.剖検によって,RNRは圧迫により力が加えられ肥大した神経根が,そり曲がり,たわんだ状態であることが確認された.現在はCT,CT myelography,MRIで診断が可能である.

除圧術を予定している腰部脊柱管圧迫症の約40%の症例のMRIにて,このRNRを認めると言われているが,腰部脊柱管圧迫症における臨床的意義については明らかではない.昨年,腰部脊柱管狭窄症におけるRNRの意義,つまり本所見を認める症例の特徴と,術後の回復への影響についてのメタ解析が報告されたので紹介したい.

システマティックレビューは2018年4月にPubMed,MEDLINEなどを用いて行い,RNRの有無で臨床的特徴や予後に違いが認めるかを検討した,前方視的ないし後方視的研究を抽出し,メタ解析を行った.2名の著者が独立して,研究結果とバイアスについて評価を行った.

結果は計1046名の症例を含む7つの研究(本邦の2論文を含む)を用いて,メタ解析を行った.その結果,RNRを認める症例はより高齢で(平均5.7歳;95% CI [2.2–9.2], p=0.001),より狭窄が強く(面積−12.2 mm2,95% CI [−17.7 to −6.7], p < 0.0001),症状出現からの時間が長かった(13.2ヶ月,95% CI [−0.2–26.7], p=0.05).術前臨床スコアはRNR+グループで悪い傾向を認めたが,有意差はなかった(−3.8点.95% CI [−7.9 to 0.2], p=0.07). 除圧術後の臨床スコアはRNR+グループで有意に悪く(−4.7点,95% CI [−7.3 to−2.1], p=0.0004),回復率も低かった(−9.8%,95% CI [−14.8 to −4.7], p=0.0001).

以上の結果より,RNRサインを認めた症例は,認めない症例と比較して,より高齢で,罹病期間が長く,狭窄の程度が高度であること,また術後の回復も不良であることが示された.つまりRNRは腰椎脊柱管狭窄症の予後不良因子と結論された.今後,術前に注意して確認すべき所見と考えられる.

Clin Neurol Neurosurg 174;40-47,2018; Arq Neuro-Psiquiatr 72;2014 




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髄液プログラニュリンは,中枢神経における腫瘍転移の有望な診断バイオマーカーである

2018年01月27日 | その他
中枢神経への腫瘍の転移を正確に診断することは,予後の推定と適切な治療のためには非常に重要である.しかし早期診断は非常に難しい.通常,その診断は画像検査や髄液診断にて行うが,これらの方法では感度,特異度に問題がある.このため,髄液を用いたバイオマーカーを発見する試みが多くなされてきた.例として中枢神経リンパ腫では,可溶性IL2受容体,β2ミクログロブリン,フェリチン,AT-Ⅲ,特異的なマイクロRNAの組み合わせ,ネオプテリン,オステオポンチン,ケモカインが上昇することが報告されている.しかしいずれも中枢神経における腫瘍転移のバイオマーカーとして使用されていない.またフローサイトメトリーは感度が高く,少量の髄液からも悪性腫瘍細胞を検出可能であるが,コストや簡便さにおいて問題がある.このためしばしば脳生検が行われるが,侵襲的であり,部位的に施行困難な症例もあり,病理学的にも判断が困難な場合もある.すなわち,より簡便で感度・特異度の高い診断バイオマーカーが求められている.

一方,プログラニュリン(PGRN)は分泌型の成長因子で,様々な生理作用を有している.神経内科領域では,PGRN遺伝子の変異が前頭側頭型認知症やセロイドリポフスチン症を引き起こすことで有名であり,これらの疾患においては髄液PGRN濃度が低下する.また私たちは動物モデルを用いた検討で,組み換えPGRNが脳梗塞に対し,血管保護,神経細胞保護,抗炎症作用を介して脳保護的に作用する新しい治療薬になる可能性を明らかにし,臨床応用を目指している(Brain 2015).

またPGRNは細胞分裂を刺激し,腫瘍形成を促進することが知られている.がん細胞株でも高度に発現し,また肝細胞がん,卵巣がん,乳がん,子宮がん,子宮横紋筋肉腫,胆管がん,リンパ球性白血病,非小細胞がん,膀胱がん,神経膠芽腫なども高発現することも知られている.しかし,これまで中枢神経における腫瘍転移において,髄液PGRN値を検討した報告はない.このため,岐阜大学神経内科・老年学の木村暁夫准教授をはじめとするチームにより中枢神経における腫瘍転移症例の髄液PGRN値が測定され,非常に重要な所見が得られた.

対象は,病理学的に診断した中枢神経悪性リンパ腫患者12名と中枢神経浸潤のある癌患者10名,中枢神経浸潤のない悪性リンパ腫患者6名,中枢神経浸潤のない癌患者11名,感染性神経疾患患者37名,自己免疫性神経疾患患者45名,非炎症性神経疾患患者89名,機能性神経疾患患者20名の合計230名の髄液PGRN値をEIA法により測定し,各疾患群間で比較した(図).中枢神経悪性リンパ腫と中枢神経浸潤のある癌患者の間には,PGRN値に有意差を認めなかったが,両群ともに中枢神経浸潤のない悪性リンパ腫や癌,その他の非腫瘍性神経疾患群との間に有意差をもってPGRN値の上昇を認めた.検査の精度を示すROC(receiver operating characteristic curve)曲線による解析の結果,髄液PGRN値による中枢神経悪性リンパ腫と,中枢神経浸潤のない悪性リンパ腫および非腫瘍性神経疾患との識別能はROC曲線下面積(AUC) 0.969と極めて良好で,さらに中枢神経浸潤のある癌と,中枢神経浸潤のない癌および非腫瘍性神経疾患との識別能もAUC 0.918と極めて良好であった.

すなわち本研究は,中枢神経浸潤のある悪性リンパ腫および癌患者の髄液において,髄液PGRN値が上昇をすることを初めて報告しただけにとどまらず,悪性リンパ腫患者や癌患者の経過観察中に髄液PGRN値を測定することにより,これら疾患の中枢神経浸潤の合併を疑うことができ,早期診断,早期治療につながることを示した重要な研究である.髄液PGRNは,中枢神経における腫瘍転移の有望な診断バイオマーカーであり,今後,臨床応用を目指した努力を加速させたい.

Kimura A, et al. Higher levels of progranulin in cerebrospinal fluid of patients with lymphoma and carcinoma with CNS metastasis. J Neurooncol. 2018 Jan 16. doi: 10.1007/s11060-017-2742-z. [Epub ahead of print]


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