Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「死んでもいいから口から食べたい」にどう対応するか?

2019年01月28日 | 医学と医療
認知症や脳卒中,神経変性疾患などのため,誤嚥性肺炎を繰り返した患者さんが「胃ろうを作ってまで生きたいとは思わない.食べられないことがつらい.死んでもいいから口から食べたい」と訴えられることがある.このような訴えに対し,医療者や家族はどのように対応したら良いのであろうか?最近,若い主治医とこの問題に取り組んだので,順番に考えるべきポイントを提示したい.これらの考え方は,この問題に悩む家族にとっても参考になると思う.

1)患者さんがどういう疾患の,どのような時点にあるのかを理解する.
原因となる疾患の状態により嚥下障害の将来の状況や対策が大きく変わる.つまり進行する疾患,治癒しうる疾患,パーキンソン病のように症状が変動する疾患,機能維持が精一杯の疾患など,どのような疾患に伴う嚥下障害に当てはまるのかをまず理解する必要がある.

2)正確な評価と診断を行い,嚥下障害が治療できる状態か否かを明確にする.
嚥下障害の重症度,栄養状態,嚥下リハビリによる改善の可能性を正しく評価する.つまり倫理的判断以前に,1)と併せ,医学的事実を明らかにすることが大切である.このとき,年齢による差別(Ageism)や認知症合併による差別が起きないように注意する.

3)本人の意思決定能力・意思表示能力を確認する.
病状説明の理解,論理的思考,治療選択の意思表示が可能かを明らかにする.つまり認知機能障害により,口から食べることによってどのような事態が生じるのか,生命に危険が及ぶことを理解しているのかを把握する必要がある.また認知機能が保たれていても,神経変性疾患などでは運動症状により,意思の表出ができない可能性がないか確認し,必要があれば「コミュニケーション障害」に対する介入を開始する.

4)「死んでもいいから食べたい」という訴えの真意を探る.

もし意思決定能力・表示能力が保たれていた場合,「患者さんの発言は本心であるのか,食べることを安易に考えている可能性はないか,自暴自棄になって出た言葉ではないのか,考えは一貫しているのか」を確認する.その言葉が本心であった場合,なぜそれほどまで口から食べることにこだわるのか,なぜ胃ろうをそれほどまでに拒否するのか,その考え方の背景にあるものを深く探っていく.これはそのような考え方が培われた環境や生き方について理解することでもある.

5)家族の考えを探る.
意思決定能力・表示能力が保たれていない場合,家族の代理判断が行われることになる.「代理判断」は患者の考えを推測し,患者本人の最善の利益に適ったものである必要があり,家族自身の都合で判断されるものであってはならない.例えば年金や相続問題といった利益相反や虐待などが隠れていないのか注意が必要である.また家族内での意見の不一致についても確認する.

6)1人で考え込まず,倫理カンファレンスを行う.

臨床倫理的問題全体に言えることであるが,決して一人で考え込まないことである.経験的に,患者さん想いの医療者であればあるほど,患者さんの立場を優先し,冷静な臨床倫理的判断が困難になることがある.

7)倫理的ジレンマの原因を見つける.

まずJonsenによる臨床倫理4分割法を用いて,「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」について情報の整理を行う.そのうえで,臨床倫理の4原則,つまり「自律尊重原則(respect for autonomy)」,「無危害原則(non-maleficence)」,「善行原則(beneficence)」,「正義原則(justice)」について考え,現在の問題が,どの倫理原則の対立により生じているかを理解する.通常,「本人の願望を尊重することは良いことだ」とする自律尊重原則と,「肺炎を予防し栄養状態を改善することは良いことだ」とする善行原則,ないし「患者さんに危害を与えてはいけない」とする無危害原則が衝突(コンフリクト)を起こしている.
また患者さんと医療者間にもコンフリクトが生じうる.医療者側は,食べさせ,肺炎を起こし死亡したら,法的責任を追及されるかもしれないという不安を持つ.すなわち医療者が法的な不安を持たないことと,本人が食べて幸せを感じることの間に倫理的価値の対立が生じるのである.

8)患者さんの最善利益(best interests)を考える.
対立する倫理原則の優先順位をどのように決めるかは,患者さんにとっての最善利益がどこにあるのかを探るということである.当然,最善利益は各人により異なるため,この問いに対する結論も異なってくる.ただし結論を出す以上に大切なことは「話し合いやコミュニケーションのプロセス」である.医師は医学的事項や倫理的事項に関して提示し,患者さんや家族が結論を出すための支援を行う.そしてadvanced care planning(ACP)やshared decision making(SDM)につなげていく.

9)誤嚥・窒息を極力防ぐ.

経口摂取を認める,ないし黙認するという結論に達した場合であっても,できるだけ誤嚥や窒息の危険を減らすための嚥下リハビリや食形態の工夫といった取り組みを行う.

まとめ
摂食嚥下の倫理的問題は上述のようなステップを踏むことで,問題の本質に近づくことはできる.そのうえで患者さんが大切にしているものはなにか,それに対する家族の思いはどうかを探っていく必要がある.それは決して容易なことではないが,ひとりではなくチームとして情報を入手し,ともに考え,より善い方向に導く必要がある.
なおこのトピックスは,本年10月19日(土)に岐阜市にて行われる第15回日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会学術集会の特別講演で,浜松市リハビリテーション病院院長,藤島一郎先生にご講演をいただく予定である.ぜひご参加いただきたい.

参考文献:いずれの書籍も大変わかりやすく書かれており,勉強になります.
臨床倫理入門
摂食嚥下障害の倫理








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抗MOG抗体関連ミエロパチーの臨床・画像所見

2019年01月13日 | 脱髄疾患
前々回のブログに記載した脊髄硬膜動静脈瘻(spinal dural AV fistula;sDAVF)の論文に引き続き,Mayo Clinicから抗MOG抗体関連ミエロパチーの臨床所見,脊髄MRI所見に関する研究が報告されている.ちなみにMOGとは,ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白質(myelin-oligodendrocyte glycoprotein)のことである.本研究の目的は,類似の臨床像を呈しうる抗AQP4抗体関連ミエロパチー,多発性硬化症との相違を明らかにし,早期に正確な診断と治療を行うことである.このために,これら3疾患の臨床・画像所見,予後を比較している.

方法は後方視的研究で,対象は2000年から2017年に経験した抗MOG抗体陽性患者199名のうち,「臨床的診断が脊髄炎,抗MOG抗体陽性,臨床情報が使用可能」という3つの条件を満たした54症例とした.対照は抗AQP4抗体関連ミエロパチー46例,多発性硬化症26例とした.予後の評価はmodified Rankin scoreと歩行の介助の必要性とした.MRIの評価は放射線科医が臨床診断をマスク化して行った.

結果であるが,抗MOG抗体関連ミエロパチー54症例の発症年齢は中央値25歳(3-73歳)で18歳未満が30%,男女比は30:24であった.初発症状が脊髄炎単独であった症例は29例(54%)と高頻度であった.症候としては,しびれ感(89%),直腸膀胱障害(83%),勃起障害(54%),錐体路徴候(72%)を認めたが,うち10例(19%)が腱反射消失を伴う弛緩性麻痺を呈し,ウイルス性ないしウイルス後「急性弛緩性脊髄炎 (AFM:Acute Flaccid Myelitis)」と診断されていた(後述).中央値24ヶ月(2-120ヶ月)の経過観察を通して,32例(59%)が以下に示すように1回以上の再発をした.その内訳は視神経炎(31例),横断性脊髄炎(7例),ADEM(1例)であった(重複あり).3疾患の比較では,抗MOG抗体関連ミエロパチーにおいて,ウイルス感染を示唆する前駆症状やワクチン,および脊髄炎を伴うADEMが有意に多かった.

検査所見では,髄液オリゴクローナルバンドは施行した症例では1/38例(3%)と低頻度であった.脊髄MRI検査では,図に示すように,T2強調画像における灰白質の異常信号(矢状断での線状所見,および水平断でのHサイン)と,異常造影を認めない点が特徴的であった.縦長病変の頻度は抗MOG抗体,および抗AQP4抗体関連ミエロパチーで有意差はないが(79%対82%),多発性硬化症では認めなかった.多発病変,ないし馬尾病変は抗MOG抗体関連ミエロパチーでは抗AQP4抗体関連ミエロパチーと比べて高頻度であったが,多発性硬化症とは変わりはなかった.

予後については,初期治療への反応性は48/52例(92%)で認められた.脊髄炎が最も悪いときに車椅子を要することは抗MOG抗体関連ミエロパチー,抗AQP4抗体関連ミエロパチーとも3分の1の症例で見られたが,MSではなかった.最終診察で車椅子を要した頻度は3/54例(6%)であった.抗MOG抗体関連ミエロパチーのほうが抗AQP4抗体関連ミエロパチーと比較して回復が良好であった.

ちなみに「急性弛緩性脊髄炎 (AFM))は2014 年に米国でエンテロウイルス D68(EV-D68)感染症流行と同時期に発生したポリオ様麻痺の多発を受け,急性弛緩性麻痺 (AFP:Acute Flaccid Paralysis)との混乱を避けるため提唱され,以下の通りに定義されている.
①四肢の限局した部分の脱力を急に発症する(acute onset focal limb weakness)
②MRI で主に灰白質に限局した脊髄病変が 1 脊髄分節以上に広がる
③髄液細胞増多(白血球数>5/ μL )(①+②は「確定」、①+③は「疑い」とする).
上記を満たせば起因病原体の種類は問わない.EV-D68 流行期に発症したAFMは,EV-D68の関与が強く疑われるにもかかわらず臨床検体からのEV-D68検出率が低いことが知られ,確定診断はなかなか難しい.本研究では2014 年のEV-D68陽性AFMについては,抗MOG抗体陰性であったことを確認しているが,AFMの病因として抗MOG抗体関連疾患を鑑別に上げることも重要であることを示すものである.

結論として,本研究は抗MOG抗体関連疾患においてミエロパチーは病初期の症状であり,かつ急性弛緩性脊髄炎を呈しうることを示した.さらにOCB陰性で「縦長,Hサイン,造影効果なし」というMRI所見を認める場合に,より本疾患を疑う必要があることを明らかにした.

JAMA Neurol. 2018 Dec 21. doi: 10.1001/jamaneurol.2018.4053.




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成長因子プログラニュリンに関する書籍 予約開始のご案内

2019年01月06日 | 認知症
プログラニュリン(progranulin)は,以下に示す過去のブログ記事にてご紹介したように,私どもが脳梗塞に対する治療薬,ならびに悪性リンパ腫の中枢神経浸潤の診断バイオマーカーとして産学連携による開発を進めている成長因子です.

プログラニュリンは脳梗塞に対し,多面的な脳保護作用を有する
髄液プログラニュリンは,中枢神経における腫瘍転移の有望な診断バイオマーカーである

基礎・臨床の双方にとって重要な分子で,今後,間違いなく注目度が高まるものと思います.しかしその歴史,特徴,臨床的応用の可能性について包括的に示した書籍はありませんでした.今春,Springer社から下記の洋書を出版することになりました.

Progranulin and Central Nervous System Disorders
出版社: Springer; 1st ed. 2019版 (2019/5/31) ¥ 21,649
写真のクリックで,Amazonにリンクします.

岐阜薬科大学原英彰教授,中村信介先生,東京大学西原真杉教授,東京都医学総合研究所細川雅人先生とともに共同編集をさせていただきました.目次は以下になりますが,リソソーム分解,神経幹細胞への作用などの正常機能から,動物モデル,疾患(脳梗塞,神経変性疾患,神経免疫疾患,眼科疾患),再生医療への関わりまで示します.やや高価ですが,研究者,大学院生にとって役立つ書籍になると思います.

Chapter 1. Molecular and Functional Properties of Progranulin.
Chapter 2. Progranulin as a biomarker for neurodegenerative diseases.
Chapter 3. PGRN and FTLD.
Chapter 4. PGRN and neurodegenerative diseases other than FTLD.
Chapter 5. Progranulin Regulations of Lysosomal Homeostasis and its Involvement in Neurodegenerative Diseases.
Chapter 6. Molecular and Functional Properties of Progranulin.
Chapter 7. PGRN and neuroinflammation.
Chapter 8. Neural Stem/Progenitor Cells and Progranulin.
Chapter 9. Generation and phenotyping of progranulin-deficient mice.
Chapter 10. Pleiotropic protective effects of progranulin in the treatment of ischemic stroke.
Chapter 11. New therapeutic approaches against ocular diseases.

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脊髄硬膜動静脈瘻におけるmissing-piece sign

2019年01月06日 | 脳血管障害
脊髄硬膜動静脈瘻(spinal dural AV fistula;sDAVF)は,脊髄MRIにて病変が造影されるため,炎症性ないし腫瘍性ミエロパチーと誤診されることが少なからずある.このため診断が遅れて,回復のタイミングを逃すだけでなく,ステロイドが使用され,症状の増悪さえ引き起こすこともある.特徴的な画像所見として,T2強調画像における「曲がりくねったflow void(tortuous flow voids)」を認めれば,確定診断のための血管造影を行う根拠となるものの,認められないことも多い.もし造影MRI所見で本症に特徴的なパターンをみつけることができれば早期診断に役立つはずである.

以上を背景として,Mayo clinicにおいてsDAVF症例の画像所見の検討が行われた.対象は1997年からの20年で経験したsDAVF 80例のうち,治療前にMRIを撮像した51名を後方視的に検討した.対照群は他のミエロパチーと診断された144名とした.

結果であるが,sDAVF群では,髄内造影病変は44/51名 (86%)と高頻度に認められた.このうち19/44名(43%) で,縦長の造影病変のうち,少なくとも1 箇所,造影されない部位を認めた(missing-piece signと名付けた).この所見は対照群や,他の疾患(頚椎症性脊髄症,脊髄転移,脊髄腫瘍,多発性硬化症,視神経脊髄炎,MOG抗体関連脊髄炎,サルコイドーシス)では認められず,sDAVFに特異的所見と考えられた.ちなみにmissing-piece signを認めた19名の臨床像は,発症年齢は中央値67歳(27~80歳),15名が男性であった.11名(58%)が誤診されていた.tortuous flow voidsは 13/19名(68%)に認めた.

興味を持つのは,なぜこのような所見を呈するかである.sDAVFでは二次的に静脈圧が上昇するが,脊髄に内在する静脈系はどの部位も同じというわけでなく,おそらく造影欠損部位は隣接する部位よりも静脈の流出が良好な部位なのではないかと著者らは考察している.

結論として,「missing-piece sign」の同定は,診断確定のための血管造影までの期間を短縮させ,sDAVF患者の予後を改善する可能性がある.研究の問題点としては,後方視的研究であること,やや症例数が少ないこと,撮像プロトコールとタイミングが統一されていないことが挙げられだろう.ちなみに他のミエロパチーに特徴的な造影MRI所見として,下記が紹介されている.

多発性硬化症(均一ないしリング状)
視神経脊髄炎(リング様ないし斑状)
サルコイドーシス(中心管と脊髄後部の造影所見.trident sign)Neurology 2016;87, 743-4.
頚椎症性脊髄症(pancake sign)Neurology 2013;80, e229.
脊髄転移(rim and flame)

Zalewski NL et al. Unique Gadolinium Enhancement Pattern in Spinal Dural Arteriovenous Fistulas. JAMA Neurol. 2018;75:1542-5.



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