Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

腦?

2013年12月10日 | 医学と医療
医学部3年生に対する神経系集中講義のシーズンだ.私は,「神経診察法,ALS,睡眠障害,ケーススタディー」の4つを担当した.ケーススタディーは講義で学んだ知識を総動員してもらい,予め配布した症例について勉強してもらう形式だ.私は新潟大学卒であれば知っておいてほしい疾患,つまり新潟大学脳研究所と関わりの深い新潟水俣病やSMON(subacute myelo-optico-neuropathy),歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症などをテーマとした講義を行った.

例年,講義の最後に,脳研究所のネームプレート(図1)を学生に見てもらう.「どこか漢字が変でしょう?」と聞くと「脳」の字が「腦」と見慣れないものになっていることに気づく.旁(つくり)の「メ」の部分が「文」になっている!と気づく(図2).

このネームプレートは,初代脳研究所所長で,新潟大学に日本初の脳神経外科を設立した中田瑞穂先生が書かれたものだが,「腦」の字はその中田先生が自分で造られた漢字らしいということを先輩から伺ったことがある.「文」には文化・文教・文人・文武など,「学問・芸術・教養」といった意味があるが,脳研究所で「しっかり脳の学問に取り組んでほしい」いう意味を込めて造られた漢字だという話だった.私は感激し,それ以降,学生さんにその話を伝えてきた.

ところが,その説は間違いらしいことが最近分かり愕然とした.「頭のなかをのぞく 神経解剖学入門」(萬年甫著,岩田誠編)のなかの,【「脳」と「腦」】というタイトルのエッセイを読み,もともとその漢字が存在していることが分かったのだ.エッセイによると,世界最大の漢和辞典「大漢和辞典(昭和33年)」の修訂者米山寅太郎の話で,「腦は大人用,脳は子供用」の漢字であって,「腦という字には,3本の頭髪の下に『なべぶた』があるのに,脳の字にはこれが無く,上が開いていて,小児の頭を表しています」というのだ!?

びっくりして白川静著の漢字辞典「新訂 字統」「新訂 字訓」を調べてみた.確かに「腦」の字が収載されており(図3),中田先生造字説は間違いであることが分かった.確かに問題の「文」の部分はよく見ると「文」ではなくて,「なべぶた」が「メ」の上に乗っていることが分かる.更に調べると,この部分だけで独立した漢字になることも分かった(図4).これは「シン,ひよめき」と読み,その意味は頭蓋骨の「泉門」と書かれていた!(図5).腦の象形文字は図6の通りで,左側の「にくづき」は体を曲げてこうべを垂れているところ,右上の「く3つ」は頭髪,右下は泉門が閉じた頭蓋骨と,まさに大人がBrainを前に突きだしている形に見える.うーん,泉門が閉じていないのが「脳」であるなら,脳研究所は子供のBrainの研究所になってしまうではないか(脳は腦の略字として使われたのかもしれないが・・・)

というわけで,今年の講義からは,「腦」の本当の意味を話すようにした.でもそれに加えて,中田瑞穂先生が「脳研究所で腦の学問をしっかり勉強してほしい」というメッセージを込めて「腦」の漢字を使ったのだという説もあるのだから,後輩のみんなも,ぜひ「腦」の勉強にしっかり取り組んでほしい,と伝えることにした.



頭のなかをのぞく 神経解剖学入門 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本人Corticobasal syndrome症例の背景病理と診断基準の感度・特異度

2013年12月08日 | その他の変性疾患
大脳皮質基底核変性症(CBD)は,典型的には大脳皮質徴候(肢節運動失行,観念運動失行,皮質性感覚障害,他人の手徴候,ミオクローヌス)と,錐体外路徴候(無動,筋強剛,ジストニア)を主徴とする神経変性疾患である.しかし剖検例の集積により,CBDの臨床像はきわめて多彩であることが明らかになり,近年,病理診断名としてCBD,臨床診断名としてcorticobasal syndrome(CBS)が用いられるようになった.
またCBSの背景病理としては,CBDのほか,進行性核上性麻痺(PSP)やアルツハイマー病(AD)など多彩であることが報告されている.CBSの臨床診断基準としてはMayo基準や改訂Cambridge基準が用いられるが,これに加えて,剖検にて診断が確定したCBD症例の症候の解析結果に基づき作成したCBDの臨床診断基準(Armstrongら.2013)も提唱された.しかし,これら診断基準の感度・特異度に関しては不明で,さらに本邦におけるCBS症例の背景病理についても十分に明らかにはなっていない.今回,新潟大学脳研究所ではCBS症例の背景病理と,背景病理ごとに上記の診断基準をどの程度満たすのか検討を行い,Mov Disord誌に報告したので紹介したい.

CBDの診断基準に関しては,以下のブログ記事参照
CBDの臨床像と新しい臨床診断基準(1)
CBDの臨床像と新しい臨床診断基準(2)

対象は上記のCBS臨床診断基準のいずれかを満たし,かつ病理診断名が確定している症例とした.背景病理と,全経過および発症後2年以内において,各症例がどの程度,臨床診断基準を満たすかを検討した.また各背景病理を示唆する臨床症候についても検討した.

さて結果であるが,対象は10例(67.9 ± 9.3歳,男:女=6:4)で,病理診断はCBD 3例,PSP 3例,AD 3例,いずれにも該当しない非典型的4リピート・タウオパチーが1例であった(非典型的タウオパチー症例は,臨床的にはCBSの症候のほかに認知症を伴わない運動ニューロン徴候を呈した).
CBSの診断基準に関しては,全経過では9例がMayo基準を,10例全例が改訂Cambridge基準を満たしたが,発症2年以内に限ると各診断基準1例ずつしか満たさなかった.
次にCBDの臨床診断基準に関しては,全経過では5例(CBD 3例,PSP 1例,AD 1例)がclinical criteria for possible CBD(p-CBD)を満たし,1例(AD 1例)がclinical research criteria for probable sporadic CBD(cr-CBD)を満たした.発症後2年以内に限ると,p-CBDを1例(AD 1例)で,cr-CBDを1例(AD 1例)で満たすのみであった.つまりCBDの臨床診断基準の感度に関しては,全経過ではCBD 3例全例がCBDの臨床診断基準を満たしたが,発症後2年以内に限定すると1例も満たさなかった.特異度については背景病理がCBDでない3例(PSP 1例,AD 2例)も全経過において診断基準を満たしたことから高くないことが分かった.
背景病理を予見する神経症候の検討では,CBDに特徴的な症候は認めなかったが,PSPのみ開眼失行や小脳性運動失調を呈する症例が存在した.またミオクローヌスや早期からの記憶障害はADにのみ認められた.

以上より結論として以下のことが分かった.
1) 日本人のCBSの背景病理も多彩で,欧米と同様に,CBD,PSP,ADの頻度が高い.
2) CBSの臨床診断基準は発症2年の早期に限定すると感度が低い.
3) CBDの臨床診断基準も発症2年の早期では感度が低く,かつ特異度も低い可能性がある.
4) 背景病理を予測する症候として,開眼失行,小脳性運動失調,ミオクローヌス,早期からの記憶障害が有用な可能性がある.

今後,多数例を対象とした前方視的検討による確認が必要と言える.

Pathology and sensitivity of current clinical criteria in coritcobasal syndrome.
Mov Disord. 2013 Nov 20. doi: 10.1002/mds.25746. [Epub ahead of print]

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする