Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月29日)  

2021年05月29日 | 医学と医療
今回のキーワードは,IOCの決定は最良の科学的証拠に基づいていない,感染者の入院前評価では酸素飽和度と呼吸数の測定を必須とすべき,brain fog(脳の霧)は患者の約4分の1が経験する,免疫チェックポイント阻害剤使用中のがん患者でワクチンによりサイトカインストームが生じうる,アストラゼネカ・ワクチンでは虚血性脳卒中も生じうる,SARS-CoV-2感染は長寿命の体液性免疫反応を誘導する,です.

権威ある医学誌New Engl J Med誌において「五輪参加者をCOVID-19から守るために ― リスク管理のアプローチが急務」という論文を掲載しました.以下,その内容を紹介しますが,これらの安全性に対する疑義に対し,真摯に,具体的に回答することがまず必要だろうと思います.

◆オリンピック開催に関するIOCの決定は,最良の科学的証拠に基づいていない.
New Engl J Med誌はオリンピック開催に関する,4人の医学専門家による論文(見解)を掲載した.まず開催に関する問題点が多数列挙されている(日本・世界の感染者数,変異株の存在,OECD加盟国で最も低い日本のワクチン接種率(5%未満),すべてのアスリートがワクチン接種を受けることが困難な種々の理由,オリンピック期間中に感染し,帰国後に感染が拡大するリスク等).続いて安全対策の不備,懸念が列挙されている.具体的にはIOCは他の大規模なスポーツイベントから何も学んでいないことや(NFL,NBAなど,多くのスポーツリーグのプロトコルは,空気感染,無症候性感染,密接な接触者の定義などを理解した上で,厳格なものとなっているが,まったくそうなっていない),IOCプレイブック(対策指針)1では,アスリートが直面するリスク・レベルも,感染対策の限界も認識されておらず,そもそも科学的なリスク評価に基づいて作成されたものではないことが示されている(体温や症状のスクリーニングでは発症前ないし無症状感染者を特定できないこと.PCRはNFLの経験から,少なくとも1日1回は必要であること(2回がベター).接触追跡アプリは効果が乏しく,ほとんどのアスリートは携帯電話を持って競技しないこと等).
結論としてオリンピックを中止することが最も安全な選択肢としているが,オリンピックは,世界が断絶している今,人々をつなぐことができる数少ないイベントのひとつとも述べ,安全な開催に向けた緊急の行動として,WHOが労働安全衛生,建築・換気工学,感染症疫学の専門家とアスリート代表を含む緊急委員会を直ちに招集し,種々の要因を検討し,リスク管理アプローチについて助言することを提言している.→ 多数指摘された安全性の疑義を無視したまま開催することは,人道的にも許されることではないと思う.
New Eng J Med. May 25, 2021(doi.org/10.1056/NEJMp2108567)

◆入院待機中の感染者では,酸素飽和度と呼吸数の測定を必須とすべき(SpO2 92%未満と呼吸数23回で死亡リスクが上昇する).
米国からの呼吸器症状・検査所見と死亡率に関する検討が報告された.対象は入院患者1095名で,うち197名が死亡している.まず呼吸器症状と発熱は,死亡率と相関しなかった.危険因子の調整後,低酸素血症と頻呼吸の双方が死亡リスクと相関した(図1).正常酸素飽和度の患者と比較し,低酸素血症(酸素飽和度92%未満)の患者は,死亡リスクが1.8~4.0倍に上昇した.また呼吸数が正常(20回/分以下)の患者と比較して,呼吸数が23回/分以上の患者は,死亡リスクが1.9~3.2倍に上昇した.体温,心拍数,血圧などは,死亡とは関連しなかった.以上より,自宅やホテルでの入院待機中,酸素飽和度と呼吸数の監視を行うことは必須である.これら死亡リスクのある患者を早期に発見し,酸素投与とグルココルチコイドによる救命治療を開始する必要がある.
Influenza Other Respir Viruses. 2021 May 24(doi.org/10.1111/irv.12869)



◆Long COVIDのシステマティックレビュー(brain fogは患者の約4分の1が経験する)
米国から,COVID-19感染後の「持続的な症状」を検討したシステマティックレビューが報告された.持続的の定義は,診断・症状出現・入院後60日以上,または急性期症状の回復ないし退院後30日以上である.最終的に 45件の研究が対象となった.結果は,入院患者を対象とした16件の研究のうち,少なくとも1つの持続的な症状を経験した者の割合は72.5%と高かった.最も多く報告された持続的な症状は,疲労感と息切れであった(図2).非定型の胸痛も多かった.「脳の霧(brain fog)」と呼ばれる集中力の低下は4研究でしか検討されていなかったが,患者の約4分の1が経験していた!6件の研究では認知機能の低下(17.6%)を,5件の研究が記憶力の低下(28.3%)を認めた.以上より,COVID-19 の症状は,急性期を超えて持続し,生活の質に影響を与えることが示された.
JAMA Netw Open. 2021;4(5):e2111417.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.11417)

◆免疫チェックポイント阻害剤使用中のがん患者でワクチンにより生じたサイトカインストーム.
2019年から免疫チェックポイント阻害剤による治療(抗PD-1単剤療法)を受けていた転移性大腸がん患者で,ファイザー社mRNAワクチンを初回接種した5日後に,サイトカイン放出症候群(CRS;サイトカインストームと同義)を発症したことが英国から報告された.全身の筋痛,下痢,発熱に加え,検査所見では炎症マーカーの上昇,血小板減少,サイトカイン(IFN-γ/IL-2R/IL-18/IL-16/IL-10)上昇を認めた(図3).ステロイドパルス療法が有効で,治療開始7日で退院し,免疫チェックポイント阻害剤も再開された.ワクチン接種から5日後というタイミングであったことから,CRSはワクチン接種に伴う有害事象であり,PD1遮断の影響が示唆された.さらなる検討が必要であるが,稀な事例であり,かつステロイドで治療が可能なことから,免疫チェックポイント阻害剤使用中のがん患者でもワクチン接種はこれまで同様,強く支持される.しかし医療者はワクチンでCRSが生じる可能性を理解しておく必要がある.
Nat Med. May 26, 2021.(doi.org/10.1038/s41591-021-01387-6)



◆アストラゼネカ・ワクチンによる虚血性脳卒中3例の報告.
アストラゼネカ社のアデノウイルスベクター・ワクチンの接種後に,稀ながらワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)に伴う脳静脈血栓症が生じうることが問題になっているが,同ワクチン接種後に虚血性脳卒中を呈した3名のVITT患者が英国から報告された.症例1は35歳アジア人女性で,ワクチン接種6日後に頭痛,その5日後に左片麻痺を呈した.右中大脳動脈M1の閉塞と同領域の出血性梗塞が確認された(図4A-C).右門脈血栓症も認めた.血小板↓,D-ダイマー↑,抗PF4抗体陽性.緊急に減圧的頭蓋切除術が行われた(図4D).免疫グロブリン静注(IVIG)と血漿交換により血小板数は増加した.フォンダパリヌクスによる抗凝固療法を受けたが,脳ヘルニアが生じ,脳幹死が確認された.
症例2は37歳白人女性.ワクチン接種12日後に,頭痛,左視野欠損,左上肢脱力を呈した.両内頸動脈閉塞(図4E)と左横静脈洞血栓症(図4F)を認め,多発梗塞を認めた(図4G,H).脳静脈洞血栓症,肺塞栓を含む全身の血栓症が確認された.血小板数↓,D-ダイマー↑,抗PF4抗体陽性.IVIG,ステロイドパルス,血漿交換,フォンダパリヌクスによる治療にて改善した.
症例3は43歳アジア人男性.ワクチン接種21日後に嚥下困難で発症した.左中大脳動脈の前皮質領域の出血性梗塞が認められた.脳静脈血栓症なし.血小板輸血,IVIG,フォンダパリヌクスによる治療が行われ,現在,病状は安定している.以上より,VITTでは虚血性脳卒中が生じうることが示された.ワクチン接種後に虚血性脳卒中を発症した場合,血小板数,D-ダイマー,フィブリノーゲン,抗PF4抗体,静脈血栓症のチェックを行う.また血液内科,脳神経内科・外科などによる集学的チームが,IVIG,ステロイドパルス,血漿交換,非ヘパリン系抗凝固剤(フォンダパリヌクス,アルガトロバン,経口直接抗凝固剤など)などの治療を迅速に行い,症例によっては血管内治療や減圧的頭蓋切除術が適応となる場合もあることが示された.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. May 25, 2021(doi.org/10.1136/jnnp-2021-326984)



◆SARS-CoV-2感染は長寿命の体液性免疫反応を誘導する.
抗SARS-CoV-2抗体は,感染後数カ月で急速に減衰することが報告されており,持続的かつ不可欠な抗体の供給源である長寿命の骨髄形質細胞(BMPCs)が生成されず,このウイルスに対する体液性免疫が短命に終わるのではないかと懸念されていた.米国からこのBMPCsについての検討が報告された.軽度の感染を経験した患者77名において,血清中の抗SARS-CoV-2スパイク抗体は,感染後4カ月で急速に減少し,その後7カ月かけて徐々に減少し,少なくとも感染後11カ月まで検出可能であることが示された.抗スパイク抗体価は,感染から7~8カ月後のSARS-CoV-2回復期患者18名の骨髄穿刺液から得られたスパイク特異的BMPCの頻度と相関していた.一方,感染歴のない11名の健常者の骨髄穿刺液からは,スパイク特異的BMPCは検出されなかった.これらの結果から,スパイク結合型BMPCは静止していることがわかり,長寿命のコンパートメントの一部であることが分かった.さらに回復期の患者には,Sタンパク質に対するメモリーB細胞が循環していることが確認された.以上より,SARS-CoV-2感染は,ヒトにおいて強固な抗原特異的,長寿命の体液性免疫反応を誘導することが明らかになった.
Nature. May 24, 2021.(doi.org/10.1038/s41586-021-03647-4)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月22日)  

2021年05月22日 | 医学と医療
今回のキーワードは,異種混合ワクチンでは全身性副反応の頻度が高くなる,ワクチンに関連した神経学的合併症の評価は大規模研究が必要,ワクチン誘発性免疫性血小板減少症では迅速免疫測定法は行わない,症候の多様性は自己抗体の多様性で説明できる,脳炎の発症率は0.215%と低いが,発症すると死亡率は高い,パーキンソン病患者のCOVID-19感染と関連する因子です.

日本でも5月21日,モデルナ社およびアストラゼネカ社製のワクチンが新たに認可されました.ワクチンはおそらく定期的に接種する必要があり,ワクチンの供給等によっては,将来,異なるワクチンを接種するケースが出てくるかもしれません.そのような場合(異種混合ワクチン)の有効性と安全性を検証する研究がすでに開始されています.まずアストラゼネカ社とファイザー社のワクチンの組み合わせの安全性を検証した臨床試験(中間解析)が英国から報告されました.もうひとつの注目論文は,なぜCOVID-19がこれほど多様な症候を呈するのかを明らかにする研究として注目を集めたプレプリント論文の正式版が,いよいよNature誌に発表されました.

◆異種混合ワクチンでは全身性副反応の頻度が高くなる.
世界ではワクチン供給不足を緩和するために,異なる製薬会社製ワクチンの組み合わせによる異種混合のワクチン接種に大きな関心が寄せられている.さらにアストラゼネカ・ワクチンに対しては血栓症の報告もあり推奨レベルが変更されたことを受け,いくつかの国では,このワクチンで初回接種した人も,2回目は別のワクチン(例;ファイザー・ワクチン)を受けるべきとの勧告がなされた.しかし異種混合ワクチンの有効性や安全性に関するデータはない.今回,英国から,まず異種混合ワクチンの安全性に関する中間報告がなされた.具体的には28日の間隔を開けて,アストラゼネカ→アストラゼネカ,アストラゼネカ→ファイザー,ファイザー→アストラゼネカ,ファイザー→ファイザーの4つの組み合わせで,終了後7日間に,自己申告による局所および全身の副反応を調査した.この結果,異種混合ワクチンはいずれも,同種混合ワクチンに比べて全身性の副反応が多くなった.例えば発熱はアストラゼネカ→ファイザーで37/110人(34%)であるのに対し,アストラゼネカ→アストラゼネカは11/112人(10%)であった(差24%,95%CI 13~35%).またファイザー→アストラゼネカの発熱は47/114人(41%)であるのに対し,ファイザー→ファイザーは24/112(21%)であった(差は21%,95%CI 8-33%)(図1).悪寒,疲労,頭痛,関節痛,倦怠感,筋肉痛についても同様の増加が見られた.ただし入院に至る事例はなかった.以上より,異種混合ワクチンでは同種より全身性の副反応が増加した.なお,これらのデータは50歳以上の被検者の結果であり,若年層では反応がより強くなる可能性がある.
Lancet. May 12, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01115-6)



◆ワクチンに関連した神経学的合併症の評価は大規模共同研究が必要である.
欧州神経学会は,COVID-19ワクチン接種後に発生した神経学的合併症の症例報告や小規模な症例集積研究を,機関誌European Journal of Neurology誌に掲載しないと発表した.欧州神経学会に加盟している国には,北アフリカや中東の関連国を含め,約10億人の人々がいる.そのうち80%がワクチン接種の対象となる可能性があることを考えると,ワクチンを接種してもしなくても,これからの3ヶ月の間になんからの神経疾患を発症する人は当然いる.重要なことは (i)ワクチン接種と起こりうる事象との間に因果関係があるか,(ii)その因果関係により,リスクとベネフィットの比率が変化するか,(iii)どのような要因が合併症を引き起こすのかを知ることである.しかし症例報告や小規模な症例集積研究では,これら3つの重要な疑問に答えることはできず,意義は乏しい.→ この問題は過去にも何度か触れたが,少なくとも医療者はワクチン後に発症した疾患を,安易にワクチンと結びつけることを慎むべきである.
Eur J Neurol. May 9, 2021(doi.org/10.1111/ene.14905)

◆ワクチン誘発性免疫性血小板減少症では,ヘパリン起因性血小板減少症で用いられる迅速免疫測定法は避ける.
アストラゼネカ・ワクチンの副反応として,11名の患者に血小板減少症を伴う血栓性合併症が報告された.自己免疫性のヘパリン誘発性血小板減少症に類似したこの症候群は,ワクチン誘発性免疫性血小板減少症(vaccine-induced thrombotic thrombocytopenia; VITT)と呼ばれるようになった.今回,フランスから抗体測定に関する研究が報告された.ワクチン接種後にVITTが疑われた9名の患者の血漿サンプルを検討した.ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の診断に広く用いられている2つの迅速免疫測定法(STic Expert HITおよびHemosIL AcuStar HIT-IgG)を用いて,血小板第4因子(PF4)特異的抗体を検出したところ,すべての患者で結果は陰性となった.一方,3種類のPF4特異的酵素結合免疫吸着法で検査したところ,有意なレベルのPF4に対するIgG抗体が検出されたのは,PF4-ポリ(ビニルスルホン酸)(PVS)複合体を抗原ターゲットとして用いたアッセイのみで,7名の患者で検出を認めた(図2).VITTの診断は7名全員において,PF4-セロトニン放出法により確認された.以上より,VITTが疑われる患者のPF4特異的抗体の検出は,迅速イムノアッセイは避け,感度の高い定量的な免疫学的検査を行うことが強く推奨される.
New Engl J Med. May 19, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2106383)



◆COVID-19の症候の多様性は自己抗体の多様性で説明できる.
昨年12月にプレプリントに報告され,大きな注目を集めた研究がいよいよNature誌に報告された.米国イェール大学にて,Rapid Extracellular Antigen Profiling(REAP)と呼ばれるハイスループット自己抗体発見技術が開発され,COVID-19患者および医療従事者194名のコホートを対象に,2770個の細胞外および分泌タンパク質(エクソプロテオーム)に対する自己抗体のスクリーニングが行われた.その結果,COVID-19患者は,非感染者に比べて自己抗体反応が劇的に増加しており,サイトカイン,ケモカイン,補体,細胞表面タンパク質などの免疫調節タンパク質に対する自己抗体が高い頻度で存在することが分かった(図3).



またこれらの自己抗体が,免疫受容体のシグナル伝達を阻害したり,末梢の免疫細胞の構成を変化させたりすることで,免疫機能を阻害し,ウイルス制御を損なうことが示された.これらの自己抗体のマウスのサロゲートが,SARS-CoV-2感染モデルマウスの疾患の重症度を悪化させることも示された.さらに自己抗体は,特定の臨床的特徴や疾患の重症度と関連することが明らかになった.具体的には,視床下部に発現するオレキシン受容体HCRTR2に対する自己抗体は,覚醒や食欲の調節に重要な役割を果たすオレキシンシグナルを阻害することが確認された.すなわちこの自己抗体は覚醒障害を引き起こす可能性があり,実際に図4のようにCOVID-19患者におけるHCRTR2 REAPスコアとGlasgow Coma Scaleスコアは弱い相関を示した(n=89,Spearman's ρ=-0.20,p=0.052;患者はクリニカルスコア(CS)で色分けされている).以上より,COVID-19の病態において,多様な自己抗体が免疫機能や臨床像に影響を及ぼす可能性が示唆された.またコロナ後遺症(long COVIDないしPost-COVID syndrome)も自己抗体によって生じている可能性も指摘された.
Nature. May 19, 2021.(doi.org/10.1038/s41586-021-03631-y)



◆脳炎の発症率は0.215%と低いが,発症すると死亡率は13.4%と高い.
COVID-19の合併症として脳炎を発症した患者の発生率,臨床経過,予後を明らかにすることを目的としたシステマティックレビュー,メタ解析がシンガポールから報告された.610 件の研究がスクリーニングされ,脳炎患者138 名を含む 12万9008名の患者が報告された23 件の研究が対象となった.COVID-19の診断から脳炎の発症までの平均期間は14.5日(範囲:10.8~18.2日)であった.脳炎の平均発生率は0.215%,平均死亡率は13.4%であった.以上より,脳炎はCOVID-19の合併症としてはまれであるが,発症した場合には高い死亡率をもたらすことが分かった.
Eur J Neurol. May 13, 2021(doi.org/10.1111/ene.14913)

◆パーキンソン病患者のCOVID-19感染と関連する因子.
パーキンソン病(PD)患者におけるCOVID-19発症の関連因子を系統的に検討することを目的としたシステマティックレビューがペルーから報告された.6件の研究(症例対照研究4件,横断研究2件)が対象となった.COVID-19と関連する因子として,肥満(オッズ比(OR):1.79),あらゆる肺疾患(OR:1.92),COVID-19患者との接触(OR:41. 77),ビタミンD接種(OR:0.50),入院(OR:11.78),死亡(OR:11.23)を認めた.COVID-19と高血圧,糖尿病,心疾患,がん,認知機能障害,認知症,慢性閉塞性肺疾患,腎疾患,肝疾患,喫煙,振戦との間には有意な関連は認めなかった.メタ解析は方法論的に困難であったが,上記の結果は,今後の対策に有用と考えられる.
Eur J Neurol. May 13, 2021(doi.org/10.1111/ene.14912)






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患者さんに希望を,医療者に興奮をもたらすマインド・ライティング

2021年05月21日 | 医学と医療
「図の文字はまったく手を動かすことのできない脊髄損傷患者さんが書いたものです」と言って信じられるでしょうか?Nature誌に掲載された,人間の脳と外部機器をつなげる「ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)」の最新の研究成果です(かつて在籍したスタンフォード大学脳外科チームによる研究です).



これまでBCIにより,手を伸ばしたり握ったりする動作や,コンピュータのカーソルを動かしてクリックする動作などが可能になっていました.今回の研究は,100個の電極を搭載する錠剤ほどの大きさのBCIチップを2個,脳の運動野に植え込み,発火している神経細胞からの信号を拾い,手の動きを制御するというものです.



2007年に脊髄を損傷し,首から下の動きをほぼ喪失した65歳の患者さんに,受傷9年後にチップ植え込みを行ったところ,94.1%の精度で,1分間に90文字のアルファベット入力ができるようになりました.この速度はカーソルを動かす方式での入力の毎分39文字をはるかに上回り,同じ年齢層のスマホ入力の毎分115文字に匹敵するものでした.驚くべきことはアルファベットの手書きのような複雑な動作は,点から点への動きよりもデコード(データの復元)が容易でした.しかも身体がその動作を実行する能力を失って9年経っても,脳は細かい動作を指示する能力を維持していました.

この研究成果は神経疾患の患者さんに大きな希望をもたらします.また脳神経・リハビリ領域は,このようなワクワクする研究が実用化される時代に突入したことを意味しています.
Nature 593, 249–254 (2021)(doi.org/10.1038/s41586-021-03506-2)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月14日)  

2021年05月15日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ファイザーワクチンは新しい変異株にも有効,誤情報やデマによる「インフォデミック」をいかに防ぐか?COVID-19入院や死亡はどの程度であれば許容範囲と言えるのか?アストラゼネカワクチンは非接種より10万人あたり11人多く静脈血栓症を被る,入院患者における神経学的徴候・症候群の存在は死亡率の上昇と関連する,COVID-19頭痛の有病率とメカニズム,予後を予測する血中神経マーカー,COVID-19に伴う脳梗塞は炎症反応と血管内皮障害と関連する,COVID-19は多発性硬化症の増悪をもたらし,疾患修飾療法は増悪を抑制する,COVID-19感染パーキンソン病患者の死亡の危険因子です.

昨日の統計を見たところ,日本人COVID-19感染者はすでに累計66万人以上になっていました.大変な数字だと思うと同時に,これら既感染者へのワクチン接種をどうするか議論が必要だと思いました.4月17日にも記載しましたが,NEJM誌に「既感染者(成人)のワクチン接種は1回で十分である」ことが示されています.論理的に考えて,1回接種で良いというルールを導入すれば,最大66万回,すなわち33万人にワクチンを回すことができ,かつ既感染者も重篤な副反応を経験するリスクを減らすこともできます.自分なりにこの問題を議論の俎上に載るよう試みたのですが,力不足で上手くいきませんでした.この問題が議論されることを望みます.

◆フェイザーワクチンはイギリス,南ア,ブラジル変異株につづく新しい変異株にも有効.
SARS-CoV-2ウイルスは急速な進化を続けており,新たな亜種が発生している.米国ではカリフォルニア州(B.1.429系統)とニューヨーク州(B.1.526系統)で最初に検出された変異株が問題になっている.イギリスの変異株(B.1.1.7系統)は世界的に拡大したが,この変異株はさらにE484K置換も獲得している.これら最近出現した3つの変異体に対するファイザーワクチンによる中和効果を調べるため,各々の組換えウイルスを作成した.ワクチンを2回接種した15人から採取した20個のヒト血清サンプルを用いて,3つの新しい変異株に対する中和能を50%プラークリダクション中和試験により解析した.図1では,ワクチン2回接種の2週間後(●)または4週間後(▲)に採取した血清の結果を示すが,すべての血清は,オリジナルと3つの変異株を1:80以上の力価で中和できた.各ウイルスに対する幾何平均中和価は,それぞれ520, 394, 469, 597であった.以上のように,ファイザーワクチンは,既に報告されたようにイギリス,南ア,ブラジル変異株のみならず,新しい変異株にも有効である.パンデミックを終息させるための戦略として,現行のワクチンによる集団予防接種は極めて重要である.
New Engl J Med. May 12, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2106083)



◆誤情報やデマによる「インフォデミック」をいかに防ぐか?
世界はCOVID-19によるパンデミックのみならず,誤情報やデマによる「インフォデミック」にも直面している.インフォデミックはWHOが使い始めた用語で,「information」と「epidemic(流行)」を組み合わせた造語である.米国アネンバーグ公共政策センターが調査した結果,何百万人もの人々が「専門家は深刻さを誇張している」とか,「ワクチンは変異株に効かない」「ワクチンが病気を引き起こす」「接種者のDNAを変化させる」などのデマ情報にさらされているという(図2はAFP BBニュースより).これらの主張を信じてしまうとワクチン接種意欲が低下し,集団免疫の実現が困難になる.前述の公共政策センターは対応策として,「リアルタイムの監視」,「正確な診断」,「迅速な対応」が必要とNEJM誌に提言している.具体的には,誤解を招くような記事が出た場合,まず読者を含めた専門チームによって捕捉する.つぎに不正確な主張が定着する前に反論し,視聴者を誤解から守るための戦略を立てる(研究によると,すぐに反論されなかった誤情報は,長期的な記憶に刻まれる可能性がある).最後に「迅速な対応」,すなわち医療従事者などの専門家と協力し封じ込めを行う.このようにして,デマや誤情報が「スーパースプレッド」することを防ぐことが重要となっている.対象者はCOVID-19の存在自体を否定したり,ワクチン接種に断固反対したりする人ではなく,誤情報に影響されやすく,ワクチン接種を躊躇している人たちである.
New Engl J Med. May 12, 2021(doi.org/10.1056/NEJMp2103798)



◆COVID-19入院や死亡はどの程度であれば許容範囲と言えるのか?
標題の議論がNature誌のNEWS欄でなされた.これは文化的,倫理的,政治的な要因が影響するため,地域によって大きく異なる.しかし共通して重要なものとして,「集中治療室(ICU)を含む医療の収容能力」を挙げることができる.具体的にはCOVID-19患者のためにICUが満床で,待機手術の延期が強いられる状況は危機的と言える.イギリスはこの原則に従い,病院が対応できないほど患者数が増加していることが明らかになった時点で,全国規模のロックダウンを過去3回実施している.ICUが満床になると,医療の質が急速に低下し,死亡率が高まる.そうなる「前」にロックダウンを実施するのが賢明である.
Nature. May 6, 2021(doi.org/10.1038/d41586-021-01220-7)

◆アストラゼネカワクチンは非接種より10万人あたり11人多く静脈血栓症を被る.
デンマークおよびノルウェーにおいて,アストラゼネカワクチンの接種後28日間の心血管イベントおよび出血イベントの発生率が報告された.対象は18~65歳で,過去の一般集団を比較対象コホートとした.ワクチン接種者は,デンマークでは14万8792人,ノルウェーでは13万2472人がワクチン接種を受けた.まず動脈性イベント(心筋梗塞,脳梗塞等)の標準化罹患率は0.97と増加していなかった.一方,静脈血栓塞栓症は,過去の一般集団の発生率から予想される30件に対し,ワクチン接種群で59件が観察され,標準化罹患率は1.97(つまり約2倍に増加),ワクチン接種10万回あたり11件の過剰イベントに相当した.脳静脈血栓症の発生率は高く,標準化罹患率は20.25,予防接種10万回あたり2.5の過剰発生となった.血小板減少症/凝固障害の標準化罹患率は1.52,出血は1.23であった.以上より,ワクチン接種により静脈血栓塞栓症の発生率が上昇する.よってアストラゼネカワクチン接種は,静脈血栓塞栓症の絶対的リスクは小さいこと,ワクチンの感染予防効果は証明されていること,さらに各国の状況等を考慮して判断されることになる.
BMJ. May 5, 2021(doi.org/10.1136/bmj.n1114)

◆COVID-19入院患者における神経学的徴候・症候群の存在は死亡率の上昇と関連する.
13カ国28施設が参加した「COVID-19の神経症状に関するグローバルコンソーシアム研究(GCS-NeuroCOVID)」および「欧州神経学会Neuro-COVIDレジストリ(ENERGY)」という2大コホート研究の結果が報告された.コホート全体で3743人の入院患者のうち3083人(82%)が,何らかの神経症状を呈した.最も多かった自己申告の症状は,頭痛(37%),嗅覚障害または味覚障害(26%)であった.最も多く見られた神経学的徴候・症候群は,急性脳症(49%),昏睡(17%),脳卒中(6%)であり,髄膜炎・脳炎はまれであった(0.5%).神経学的徴候・症候群の存在は,研究地,年齢,性別,人種,民族を調整した後の院内死亡リスクの増加と関連していた(調整オッズ比,5.99).神経疾患の既往歴は,COVID-19による神経学的徴候・症候群の発現リスクの増加と関連していた(調整オッズ比, 2.23).
JAMA Netw Open. 2021;4(5):e2112131.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.12131)

◆COVID-19における頭痛の有病率とメカニズム(仮説).
COVID-19における頭痛は,身体や頭を動かすと悪化し,頭全体または片側に感じられ,一般的に圧迫感や締め付け感があると報告されている.インドネシアからCOVID-19における頭痛の有病率を明らかにし,さらに頭痛のメカニズムについて検討した論文が報告された.まず世界的な有病率を算出するために,適格と判断される78件の研究から10万4751名のCOVID-19患者を対象とした.この結果,累積有病率は25.2%(2万6464 /10万4751名)であった.COVID-19患者の頭痛は,非COVID-19患者(その他の呼吸器系ウイルス感染症)に比べて約2倍多く,オッズ比1.73(p=0.04)であった.またCOVID-19患者に頭痛が出現するメカニズムについては17件の研究が対象となった.決定的なものはないものの,いずれも三叉神経血管系の活性化を想定していた.具体的には4つの仮説があり,①ウイルスの直接作用,②サイトカインストームによる間接作用,③血管内皮障害による影響,④ガス交換障害による虚血である(図3).①はウイルスの直接侵入により,三叉神経系が活性化される可能性を指摘している.三叉神経節はアンギオテンシン作動性を有することが知られており,ウイルスによりレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系が妨げられ,CGRPレベルが上昇する可能性があると推測している.また嗅粘膜は三叉神経に支配されていることから,嗅粘膜感染は三叉神経損傷を引き起こす可能性もある.②はIL-1,IL-6,TNF-αなどの炎症性サイトカインが,CGRPを介して三叉神経血管系の活性化に関与する説である.③はウイルス受容体ACE2が血管拡張等に関連するため,感染により血管機能が障害され,血管周囲の三叉神経が影響を受けるという説である.④は低酸素・虚血がフリーラジカル産生を介して頭痛を招く説である.
F1000Res. 2020 Nov 12;9:1316. doi: 10.12688/f1000research.27334.2.



◆COVID-19の予後を予測する血中神経マーカー.
イタリアからの報告.COVID-19に感染した104名の患者から入院日に採血し,血中ニューロフィラメント軽鎖(NfL),グリア線維酸性タンパク質(GFAP),ユビキチンカルボキシ末端ヒドロラーゼL1(UCH-L1),総タウタンパク質レベルを測定し,臨床的予後との関連を評価した.結果は,NfL,GFAP,総タウは,致命的な転帰をたどる患者では有意に上昇し,NfLとUCH-L1はICU入室を要する患者で有意に増加していた(図4).また入院時の総タウ濃度は死亡率を正確に予測することが示された.以上より,血中神経マーカー測定は,現在の予後予測を改善する可能性がある.
J Neurol. 2021 May 10:1–7.(doi.org/10.1007/s00415-021-10595-6)



◆COVID-19に伴う脳梗塞は全身性炎症反応と血管内皮障害と関連する.
イタリアから,COVID-19に伴う脳梗塞における炎症,凝固性亢進,内皮活性化のマーカーを後方視的に検討した観察コホート研究が報告された.対象は21名で,年齢や血管危険因子をマッチさせた対照168名と比較を行った.まず脳卒中の発症と,CRP,フェリチン,Dダイマーといった急性期反応物質のピークとの間には,時間的な相関関係が認められた.またCOVID-19に伴う脳梗塞患者は,対照群と比較して,血管内皮活性化マーカーのレベルが上昇していた(vWF活性285.0%対150%,P=0.034;vWF抗原330.0%対152%,P=0.007;第VIII因子301%対49%,P<0.001).つまり感染により血管内皮が活性化し,vWFや第VIII因子が放出され,血小板の凝集と血栓形成が生じる.血栓は末梢で血管を閉塞し,脳梗塞を招く(図5).以上よりCOVID-19の脳梗塞では,全身性炎症反応や血管内皮障害との関連が示唆される.
Stroke. May 10, 2021(doi.org/10.1161/STROKEAHA.120.031971)



◆COVID-19はMSの増悪をもたらし,疾患修飾療法は増悪を抑制する.
感染症は多発性硬化症(MS)の増悪の引き金となる.しかしCOVID-19がMSの増悪に及ぼす影響は不明である.イギリスから,United Kingdom MS Registerの一部として実施されている前向きコホート研究が報告された.MSの増悪は「新たなMS症状の発現および/または既存のMS症状の悪化」と定義した.結果として,期間中,82名が新たなMS症状を発現し,207名が既存のMS症状の悪化を経験し,59名がその両方を報告した.疾患修飾療法(DMT)は,感染中に新たなMS症状を発症する可能性を低下させた(オッズ比 0.556).COVID-19前のweb-EDSSスコアが高いこと(オッズ比 1.251),ならびに罹病期間が長いこと(オッズ 1.042)は,感染により既存のMS症状が悪化する可能性を増加させた.以上より,COVID-19感染はMSの増悪と関連し,DMTは感染に伴うMS症状の出現を抑制させた.
Mult Scler Relat Disord. May 04, 2021(doi.org/10.1016/j.msard.2021.102939)

◆COVID-19感染パーキンソン病患者の死亡の危険因子.
米国からCOVID-19に感染したパーキンソン病(PD)患者の死亡リスクを高める危険因子を明らかにする後方視的研究が報告された.2020年3月からの3ヶ月間で,対象は入院したPD患者70名,うち53名がPCR陽性,17名が陰性であった.感染したPD患者は,感染していないPD患者に比べて死亡率が高かった(35.8%対5.9%;P = 0.028).70歳以上,進行期PD,(認知症の進行などによる)PD治療薬の減量,非ヒスパニック系の患者は,統計的に有意に高い死亡率を示した.また年齢を調整した場合,PDであることはCOVID-19感染による死亡率を増加させなかった。しかし,ある種の改善不可能な要因(病期の進行と70歳以上の年齢)と改善可能な要因(PD治療薬の減量)は,PD患者の死亡リスクを高めた.
Mov Disord Clin Pract. April 27 2021(doi.org/10.1002/mdc3.13231)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月8日) 

2021年05月08日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ファイザー・ワクチンは変異株に対しても有効,ファイザー・ワクチンは無症候性感染も抑制する,アデノウイルスベクター・ワクチン後の脳静脈洞血栓症の診断と治療の指針,ギラン・バレー症候群スペクトラムの有病率メタ解析,オクレリズマブ使用中の多発性硬化症患者の抗体反応は低い,PIMS-TS/MIS-Cの12%に神経症状が認められる,Long COVIDが生じる有力な仮説,SARS-CoV-2ウイルスが血管内皮機能を障害するメカニズムです.

悪いニュースと良いニュースがあります.悪いニュースはSARS-CoV-2ウイルスのRNAが逆転写されて,感染した細胞のゲノムに組み込まれ,患者組織で発現しうることが報告されたことです.感染力は失っているのに,PCRでウイルスが消失するまで34日もかかる現象(doi.org/10.1056/NEJMc2027040)は,今回の発見で説明できる可能性があります.また感染後の長く続く症状(long COVID)も,ウイルス配列が組み込まれた細胞が長く生き残って,ウイルス抗原を提示し,免疫を持続的に刺激することでもたらされる可能性も指摘されています.一方,良いニュースは,ファイザー・ワクチンが南アフリカ型,英国型変異株に対しても有効で,とくに重症化に対しては97.4%の有効性を示したこと,さらにこれまで不明であった無症状感染に対しても有効性が証明されたことです.この厄介極まりないウイルスに立ち向かうにはやはりワクチンしかないと思います.その有効性,安全性を広く伝えていく必要があります.

◆ファイザー・ワクチンは南アフリカ型,英国型変異株に対してもそれぞれ89.5%,75.0%有効.
アラブ首長国連邦の対岸,カタールからの報告.カタールはワクチンによる集団予防接種キャンペーンに取り組み,5月7日現在で,100人あたりの接種回数が世界で15位の59.0回(イスラエル115.7回,米国74.6回,インド11.5回,日本は3.0回の119位).
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-vaccine-status/
カタールで現在,流行しているのは変異株で,3月7日以降ほぼすべての患者は,B.1.351(南アフリカ変異株)またはB.1.1.7(英国型変異株)感染であった.本研究ではワクチンの効果を,テストネガティブケースコントロール研究デザインを用いて評価している.これはワクチン接種者と未接種者の間の医療機関への受診行動の違いから生じるバイアスをコントロールできる利点がある.結果であるが,2回目の接種から14日以上経過した時点(full-vaccinated)で,英国型に対するワクチンの有効率は89.5%,南アフリカ型は75.0%であった.重症,重篤,致死に対するワクチンの有効性は97.4%と非常に高かった.以上より,変異株が主体のカタールにおいても,ファイザー・ワクチンは感染,重症化に対して有効であった.→ このようなエビデンスを行政は広く国民に周知する必要がある.
New Engl J Med. May 5, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2104974)

◆ファイザー・ワクチンは無症候性感染も抑制する.
症候性SARS-CoV-2感染に対するファイザー・ワクチンの有効性が明らかにされてきたが,無症候性感染に対する効果は不明である.イスラエルの単一施設から,医療従事者におけるワクチンの症候性および無症候性感染への効果について報告された.主要アウトカムは,ワクチンを完全に接種した医療従事者(2回目のワクチン接種から7日以上経過;full-vaccinated)とワクチンを未接種の医療従事者の症候性および無症候性感染に対する回帰調整罹患率比(IRR)とした.結果として6710名の医療従事者が中央値で63日間の追跡調査を受け,88.7%が少なくとも1回の接種を受け,82.2%が2回の接種を受けた. 11.3%が未接種であった.症候性感染は,完全にワクチンを接種した8 名と,未接種の38 名に発生した(発生率は10万人日あたり4.7対149.8,調整 IRR,0.03).無症候性感染は,完全ワクチン接種で19 人,未接種で17 人に発生した(発生率は10万人日あたり11.3対67.0,調整 IRR,0.14).いずれも統計的に有意であった(図1).以上より2 回目の接種から 7 日以上経過した後では,症候性および無症候性,いずれの感染症の発生率が有意に低いことが分かった.→ COVID-19の厄介な問題,無症候感染者による感染もワクチンで防ぐことができることを周知する必要がある.あらためて集団免疫を達成できるかどうかが今後の日本にとって極めて重要であることが分かる.
JAMA. May 6, 2021. (doi.org/10.1001/jama.2021.7152)



◆アデノウイルスベクター・ワクチン後の脳静脈洞血栓症の診断と治療の指針.
ワクチン誘発性免疫性血小板減少症(VITT)を伴う脳静脈洞血栓症(CVST)は,ChAdOx1 nCoV-19ワクチン(アストラゼネカ)やAd26.COV2.Sワクチン(J&J,ヤンセン)といったアデノウイルスベクター・ワクチンの接種後に認める重大な合併症である.米国心臓/脳卒中学会から診断,治療指針が報告された.重要と思われるポイントを列挙する.
1)症候は多様で,診断は困難であるが, 4つの症候群に大別される.(1)頭痛または頭蓋内圧亢進症状,(2)局所神経症状,(3)亜急性脳症,(4)海綿静脈洞症候群/多発性頭蓋神経障害.
2)頭痛は鎮痛剤抵抗性で,仰向けやバルサルバ法を行うと悪化する.片頭痛や雷様頭痛のような症状を呈しうる.
3)局所神経障害は片麻痺,失語症,視覚障害などを呈するが,両側性の場合,とくに本症を疑う.
4)治療はヘパリン起因性血小板減少症(HIT)におけるエビデンスに基づき,PF4抗体を検査後,免疫グロブリン1g/kgを2日間静注する.ヘパリン製剤は投与してはいけない.抗凝固療法は,アルガトロバン,ビバリルジン,ダナパロイド,フォンダパリヌクス,経口直接抗凝固剤(DOAC)など,ヘパリンに代わる抗凝固剤を推奨する.二次的な頭蓋内出血があっても抗凝固療法を行う(出血を抑えるために血栓症の進行を防ぐ必要があるため).血小板輸血は避ける.
Stroke. Apr 29, 2021(doi.org/10.1161/STROKEAHA.121.035564)

◆ギラン・バレー症候群スペクトラムの有病率は感染者 10 万人あたり 15 人.
COVID-19におけるギラン・バレー症候群スペクトラム(GBSs)の有病率に関するメタ解析が報告された.18件の研究(コホート11件,症例集積研究7件)が評価された.COVID-19患者数は13万6746人であった.GBSs有病率は0.15‰であった.SARS-CoV-2感染者では,非感染の同世代または過去の対照者と比較して,脱髄型GBSsサブタイプのオッズが高かった(OR 3.27,I2=0%).院内死亡率を含む臨床転帰は同等であった.また感染者では,嗅覚または脳神経障害が,それぞれ41.4%(I2=46%),42.8%(I2=0%)に認められた.以上よりGBSs の有病率は,感染者 10 万人あたり 15 人と推定され,COVID-19はGBSsの可能性を高め,特に脱髄型と関連していることが示された.
Eur J Neurol. April 09, 2021(doi.org/10.1111/ene.14860)

◆オクレリズマブ使用中の多発性硬化症患者の抗体反応は低い.
オランダから多発性硬化症(MS)の大規模コホートにおけるSARS-CoV-2抗体の検査を行い,無症候性感染と免疫学的反応を評価することを目的とした前向きコホート研究が報告された.計1778名のMS患者に連絡を取り,546名の患者が対象となった(平均年齢46.9歳,女性71.1%).うち64名の患者(11.7%)にSARS-CoV-2抗体が検出された.35名はPCR陽性であった.PCR陽性となった患者のうち,4名(11%)は抗体が陰性であった.抗体陽性のうち9名(14%)の患者は無症状であった.抗体陽性の患者で最も多い症状は味覚・嗅覚障害(30/64名[47%])であった.死亡例はなかった.また405/546名(74.2%)が疾患修飾療法を受けていた.抗体陽性例は,注射薬(インターフェロンβおよびグラチラマー酢酸塩)を使用している患者では,他の治療を受けている患者よりも少なかった(3/69名 [4%]対44/336名 [13.1%],P = 0.04).オクレリズマブ(日本でも最近承認されたヒト化 抗CD20 モノクローナル抗体;間違いで未承認でした)使用中の患者の抗体反応の中央値は,他の患者に比べて低かった(0.2 nOD(normalized optical density) 対 2.5 nOD;P < 0.001;図2).以上より,B細胞を枯渇するオクレリズマブ治療を受けたMS患者では,抗体反応が低いことが示された.また無症候性患者の頻度14%は一般集団で報告されている17%と同程度であった.
JAMA Neurol. April 30, 2021(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.1364)



◆PIMS-TS/MIS-Cの12%に神経症状が認められ,全身性炎症マーカーが高値であった.
当初,小児では感染しても無症状~軽症と言われたものの,重症化する症例が少なからず報告されるようになった.川崎病との関連も指摘された.現在,これらの重症化例は欧州ではPaediatric inflammatory multisystem syndrome temporally associated with SARS-CoV-2(PIMS-TS),米国ではMultisystem inflammatory syndrome in children(MIS-C)と呼ばれている.英国から PIMS-TSの神経学的特徴を報告する症例集積研究が報告された.9/75名(12%)に神経症状が認められた.頭部画像異常(脳梁膨大部,両側海馬,脳梗塞,脳出血)を4名に認めた(図3).3ヵ月後の追跡調査では,1名が死亡,1名が片麻痺,3名が行動変化,4名が完全に回復した.全身の炎症および血栓促進性マーカーは,神経症状のある患者で高かった(CRP 267 vs 202 mg/L,p = 0.05,プロカルシトニン 30.65 vs 13.11 μg/L,p = 0.04,フィブリノゲン 7.04 vs 6.17 g/L,p = 0.07,D-ダイマー 19.68 vs 7.35 mg/L,p = 0.005).以上より,PIMS-TSの12%に神経症状を認め,3ヵ月後の評価で生存者の半数が完全に回復していた.神経症状のある患者,および完全に回復していない患者では全身性炎症マーカーが高値であった.
Neurol Clin Pract. April 13, 2021(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000999)



◆ウイルス配列の感染細胞への取り込み -Long COVIDが生じる有力な仮説-
米国からSARS-CoV-2ウイルスのRNAが逆転写されて感染細胞のゲノムに組み込まれ,ウイルス配列と細胞配列が融合したキメラ転写産物として発現することが報告された.具体的には可動遺伝因子の一種であるレトロトランスポゾンLINE1(Long Interspersed Nucleotide Element-1)を過剰発現した感染細胞のゲノムに,SARS-CoV-2のRNA配列が取り込まれていた.注目すべきは,このキメラ転写産物が患者由来の組織で検出されたことである.COVID-19では初感染から何週間も経っても,ウイルス複製の証拠がないにもかかわらず,患者が回復後もウイルスRNAを生成し続ける理由がこれで説明できるかもしれない.ただし検出されたものは,ウイルスゲノムの主に3′末端に由来するサブゲノム配列のみであるため,そこから感染性ウイルスが生成されることはない.しかしSARS-CoV-2の配列が組み込まれ発現した細胞が,長く生き残り,ウイルス抗原やネオ抗原を提示した場合,感染性ウイルスを産生することなく,免疫を継続的に刺激することになり,long COVIDを引き起こす可能性がある.
PNAS May 25, 2021 118 (21) e2105968118(doi.org/10.1073/pnas.2105968118)

◆SARS-CoV-2ウイルスはACE2発現低下とミトコンドリア機能障害により血管内皮機能を障害する.
SARS-CoV-2ウイルスは血管内皮に感染し,血管炎をきたすことが病理学的に示されているが,感染が血管にどのような影響をもたらすかは不明である.米国からスパイク(S)蛋白を発現する偽ウイルスをハムスターに気管内投与するモデルを使用した研究が報告された.まず病理学的に肺胞隔壁の肥厚や単核細胞の浸潤の増加など,肺の障害が見られた.免疫ブロットではウイルス受容体ACE2の発現は感染により低下し,ACE2発現レベルを決定するリン酸化AMPK(AMP-activated protein kinase)や,MDM2(murine double minute2)の発現量に変化を認めた(図4).血管内皮機能に重要な一酸化窒素の合成酵素eNOSの活性化も低下していた.これらの変化は培養ヒト肺動脈内皮細胞を用いたin vitro実験でも再現された.さらにミトコンドリアの評価では断片化が促進され,また機能障害のため解糖系が亢進していることも分かった.以上より,S蛋白は単独で,eNOS活性低下やミトコンドリア機能障害を介して血管内皮に損傷を与えることが示された.ACE2の発現低下はウイルスの感染力を低下させ保護的に働くように思われるが,著者らはむしろレニン・アンジオテンシン系の調節不全による内皮機能障害を悪化させ,内皮炎を引き起こす可能性を指摘している.またS蛋白に対するワクチンが血管内皮傷害を抑制する可能性についても指摘している.
Circ Res. 2021 Apr 30;128(9):1323-1326(doi.org/10.1161/CIRCRESAHA.121.318902)




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ゴッホと神経学

2021年05月07日 | 医学と医療
ゴッホを神経学の観点から興味を持って文献や本を読んでいます.そのなかで原田マハさんの「たゆたえども沈まず」を読みました.ルソーやピカソを題材にした「永遠のカンヴァス」や「暗幕のゲルニカ」を感動して読みましたが,本作も素晴らしい小説でした.日本に憧れる無名の画家ゴッホを献身的に支える画商の弟テオ,さらに日本美術を海外に紹介し,パリのジャポニスム(日本趣味)を支えた画商林忠正らが主人公です.物語の中で出てくるゴッホの作品をネットで鑑賞しながら読み進めるのがお薦めです.人を惹き付ける「星月夜」や「オーヴェールの教会」が一番好きな作品でしたが,ゴッホが精神病院で療養していた時,パリに住むテオに子供が生まれたのを祝って制作した作品「花咲くアーモンドの木の枝(右図)」がそれ以上に印象に残りました.ゴッホの優しさと寂しさを感じます.

ゴッホの病気については側頭葉てんかん,統合失調症,メニエル病,躁うつ病,ジギタリス/アブサン中毒,ポリフィリア症などさまざまな説があり,耳切り事件の真相とともに大きな謎になっています.しばしば「狂気と情熱の芸術家」と評されますが,その作品や,テオとやり取りした数多くの知的な手紙を読むと,むしろ病状のひどかった最も不幸な晩年に,素晴らしい作品を残した病気へのレジリエンス(抵抗力)こそが彼の本質なのではないかと思いました.またゴッホはフェリックス・レイ医師,ガシェ医師,ペイロン医師といった多くの医師に支えられます.医学がまだ十分に発達していなかった時代にゴッホを支援したこれらの医師のなかに,神経疾患に関わる医療者が学ぶべきものがあるような気がします.ゴッホの病跡学については数多くの論文がありますが,私も挑戦してみたいと思っています.

たゆたえども沈まず(幻冬舎)




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日本神経学会レジナビFairオンラインのご案内

2021年05月06日 | 医学と医療
このたび、日本神経学会広報委員会はレジナビFairオンラインに出展することにいたしました。これは脳神経内科医というキャリアを広く宣伝し、我々の仲間になってくれる若者を増やすことが目的です。皆様のまわりの学生や研修医に、是非ともレジナビFairオンラインにて日本神経学会のWEBブースをご視聴いただきますようお声かけをお願いいたします。視聴には参加登録が必要です。開催概要記載のURLよりお申込みいただけます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

日本神経学会広報委員会委員長
下畑 享良
同 レジナビ・オンラインプロジェクトチームチーフ
池田 佳生

【開催概要】
①レジナビFairオンライン 関東・甲信越Week2021  ~臨床研修プログラム~
日時:2021年6月17日(木)18:00~18:20
レジナビFairオンラインサイト
②レジナビFairオンライン 東海Week2021  ~臨床研修プログラム~

日時:2021年7月15日(木)18:00~18:20
レジナビFairオンラインサイト

★これ以外にも下図のホームページから,脳神経内科についての動画もご覧いただけます.また6月20日に「医学生・研修医のための脳神経内科ウェブセミナー」を開催します.とても充実した内容になっております.詳細はあらためてご案内致します.



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月1日)  

2021年05月01日 | 医学と医療
今回のキーワードは,嗅覚障害にステロイド治療はすべきでない,嗅上皮に感染したウイルスの感染経路として嗅覚伝導路は考えにくい,COVID-19における新規の運動異常症に関する総説,6ヶ月後の後遺症と疾病負荷,神経症状は入院患者の36%に認め,死亡率が高い,脳卒中の既往はCOVID-19死亡の3番目の危険因子である,mRNAワクチンによる顔面神経麻痺合併頻度は他のワクチン同様に低い,COVID-19回復者のT細胞反応は抗体反応より持続する,です.

今週はCOVID-19に伴う嗅覚障害に対する治療についてのエキスパートオピニオン,嗅上皮からのウイルス侵入仮説の検証,運動異常症のsystematic review,さらに併存症である神経疾患がCOVID-19の予後に及ぼす影響など,読み応えのある論文が複数ありました.COVID-19における神経合併症にさらに注目が集まり,より詳細な検討がなされてきた感じがします.

◆COVID-19に伴う嗅覚障害にステロイドを標準治療として考慮すべきではない.
COVID-19に伴う嗅覚障害(Covid-19 Olfactory Disturbance;C19OD)では,病態として神経炎症の関与が疑われるため,治療選択肢として全身性ステロイドが考えられるが,自然回復がありうること,また副作用や予後への悪影響がありうることからその使用は賛否が分かれる.この問題に対するデルファイ法を用いたエキスパートオピニオンが報告された.メンバーは次の5つの質問に対して,完全/一部同意(FPA)または完全/一部反対(FPD)のいずれかで回答した.
Q1. C19OD発症後3週間以内に全身性ステロイドを処方すべき:FPA11%,FPD89%.
Q2. C19ODではステロイドの全身投与を第一選択とすべき:FPA16%,FPD84%.
Q3. C19ODの治療に全身性ステロイドを用いる必要はない:FPA21%,FPD79%.
Q4. エビデンスがない以上,慎重を期すべきであり,C19OD患者に全身性ステロイドを標準治療として考慮すべきではない:95%FPA,5%FPD.
Q5. C19ODの経過中,できるだけ早く嗅覚トレーニングを処方すべき:89%FPA,11%FPD.
これらは,全身性ステロイドの有用性を裏付ける現在のエビデンスは弱く,一方で自然回復率は高いためと考えられる.よって全身性ステロイドは,疾患の初期段階において,標準治療として考慮すべきではない.その代わり,感染後嗅覚障害に対して確固たるエビデンスがあり,副作用がなく,低コストな嗅覚トレーニングが推奨される.
Int Forum Allergy Rhinol. Mar 16, 2021(doi.org/10.1002/alr.22788)

◆嗅上皮に感染したウイルスの感染経路として嗅覚伝導路は考えにくい.
嗅覚受容体ニューロンにウイルス侵入に必要なタンパク質が発現していないことから,当初,SARS-CoV-2ウイルスは,嗅覚ニューロンには感染しないものと考えられていた.しかし最近の研究で,このウイルスが嗅神経を伝わって脳に直接感染する可能性が指摘されるに至った.このため複数の動物モデルを用いて検討がなされたが,モデルによって結果は一致しなかった.今回,既報の研究を検証した総説が発表され,以下の理由から「嗅覚伝導路が脳への感染の主要ルートとなることは疑わしい」と結論づけている.
1)成熟した嗅覚受容体ニューロンの大部分は,ウイルス侵入に必要なタンパク質を発現していない.
2)嗅覚受容体ニューロンにウイルスが侵入したとする報告の多くは,支持細胞がこれらのニューロンを包囲していることを考慮しておらず,細胞型特異的なマーカーを使用しても偽陽性となりうる(図1).



3)いくつかの研究で報告されている少数の感染した嗅覚受容体ニューロンは,ほとんどが未熟な細胞であるが,これらはウイルスを脳内に運ぶための軸索の突起がない.
4)動物モデルでの神経侵入の時系列は,嗅覚ニューロン間のウイルス移動ではなく,別のルートを使っている可能性を示唆する.
5)ウイルスの神経侵入は,非生理的なマウスモデル(ヒトACE2を発現するトランスジェニックモデル)では一貫して報告されるが,内因性のACE2プロモーターを用いた生理的動物モデルでは稀である(図2).



しかしSARS-CoV-2ウイルスが鼻から脳に移行するメカニズムとして,白血球に取り込まれた後に血液脳関門を通過する方法や,血管の内皮細胞から侵入する方法,髄液腔を通る方法などが考えられる.著者らは「ウイルスの感染経路として嗅覚伝導路を提唱する研究が,嗅覚障害の患者を不必要に不安にさせているのではないか」と述べている.
Acta Neuropathol. April 26, 2021 (doi.org/10.1007/s00401-021-02314-2)

◆COVID-19における新規の運動異常症に関する総説.
COVID-19における新規の運動異常症を検討した総説がスペインから報告された.22論文が対象となり,52名の新規運動異常症患者が見出された.驚くべきことに運動異常症に関する報告は少なかった.ほとんどは,ミオクローヌス,運動失調,振戦,またはこれらの組み合わせであり,3名はパーキンソン病,1名は機能性障害であった.一般的に,これらの患者は免疫グロブリンやステロイドの静注にて良好に改善した.ミオクローヌスを主徴とする患者の中には,薬剤,代謝障害,重度の低酸素症が原因となっているケースや,感染後/傍感染といった免疫介在性機序が原因となっているケースもあった.SARS-CoV-2ウイルスは,血管または逆行性軸索経路を介して中枢神経系(線条体ニューロン)に侵入し,次の2つのメカニズムによって運動障害を引き起こす可能性がある.1つ目は,ACE2受容体のダウンレギュレーションにより,ドーパミンとノルエピネフリンのバランスが崩れ,ドーパミン欠乏を引き起こすという説,2つ目は,ウイルスが細胞の空胞化,脱髄,グリオーシスを引き起こし,脳炎とそれに伴う運動異常症を引き起こすという説である(図3).SARS-CoV-2ウイルスと運動異常症との関連はまだ十分に確立されていない. COVID-19の生存者において運動異常症を起こす可能性がないか,注意深く観察する必要がある.「COVID後の運動障害」が運動異常症のスペクトラムに加わる新たな存在となるかどうかは,今後,長期間,追跡する必要がある.
Mov Disord. April 15, 2021.(doi.org/10.1002/mdc3.13224)



◆6ヶ月後の後遺症と疾病負荷.
COVID-19の後遺症はpost-acute sequelae of SARS-CoV-2 infection (PASC)と呼ぶことが提唱されている.米国退役軍人省の医療データベースを用いて,COVID-19の30日生存者の診断,投薬,検査異常などの6カ月間の後遺症を明らかにした研究がNature誌に報告された.その結果,COVID-19患者は発症後30日を過ぎると,死亡や医療資源の利用のリスクが高くなることがわかった.後遺症の種類としては呼吸器系のほか,神経系および認知障害,精神疾患,代謝障害,心血管障害,胃腸障害,倦怠感,疲労,筋骨格系の痛み,貧血などであった.ちなみに神経系の過剰疾病負荷(excess burden)は,COVID-19患者1000人当たり,神経系の徴候・症状(14.32)で,呼吸器系の徴候・症状(28.51),高血圧(15.18),睡眠覚醒障害(14.53)についで大きな問題であった.内訳は認知障害3.17,神経系障害4.85,頭痛4.10などであった(注;疾病負荷は経済的コスト,死亡率,疾病率で計算される特定の健康問題の指標).また疼痛治療薬(オピオイドおよび非オピオイド),抗うつ薬,抗不安薬,抗高血圧薬,経口血糖降下薬などの治療薬の使用が増加していた.複数の器官におよぶ検査異常も認められた.急性感染の重症度(外来,入院,集中治療室)に応じてこれらのリスクが大きくなった(図4).以上より,COVID-19生存者は,肺および肺外の複数の器官にまたがる健康損失の負担を経験していることが示された.
Nature. Apr 22, 2021(doi.org/10.1038/s41586-021-03553-9)



◆神経症状は入院患者の36%に認め,死亡率が高い.
COVID-19に関連した急性期の神経合併症が認識されるようになった.2020年3月から6月の間に,ポルトガル北部の全入院患者の45.1%を占める5つの病院で,後方視的な検討が行われた.入院患者1261名のうち,457名(36.2%)が神経合併症を呈した.これらの患者は若く(68.0歳 vs. 71.2歳,p=0.002),主要なものは頭痛(13.4%),せん妄(10.1%),意識障害(9.7%)であった.急性発症の中枢神経病変(せん妄,意識障害,脳卒中,痙攣発作)は19.1%に認められた(図5).神経合併症を呈した患者の死亡率は19.8%であり,急性発症の中枢神経病変を呈した患者では32.6%にまで増加した.以上より,神経合併症を認める頻度は高く,かつ予後不良である.
Eur J Neurol. April 21, 2021.(doi.org/10.1111/ene.14874)



◆脳卒中の既往はCOVID-19死亡の3番目の危険因子である.
COVID-19およびSARS患者の死亡率に及ぼす神経疾患の既往の影響が香港から報告された.電子医療データベースを用いて,香港の人口749万人のうち,約80%~90%の患者を対象とした後方視的コホート研究が行われた.このなかにはCOVID-19患者3164名,2003年のSARS患者1670名が含まれた.COVID-19とSARSの死亡率は,それぞれ2.28%と16.8%であった.死亡率に関連する併存疾患について,単変量および多変量解析を行った.COVID-19患者の多変量解析では,脳卒中(調整ハザード比aHR 2.31,p=0.002)が加齢,腎疾患(aHR 2.68,p<0.001)に次いで,3番目の死亡予測因子であった.SARS患者では,パーキンソン病は加齢に次いで2番目の死亡予測因子(aHR 1.95,p=0.035)であった.脳卒中とCOVID-19関連死亡との強い関連性が示された.感染している介護者との接触時間が長くなるため,患者のウイルス暴露量が多くなり,死亡率が高くなる可能性がある.さらに不快感を表現する能力が低いため診断や治療が遅れ,結果的に死亡率が高くなるかもしれない.脳卒中やパーキンソン病患者とその介護者への優先的なワクチン接種や遠隔医療の促進などの保護戦略を早急に検討する必要がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. April 27, 2021.(doi.org/10.1136/jnnp-2021-326286)

◆mRNAワクチンによる顔面神経麻痺は他のワクチン同様に低い.
ワクチン接種後の顔面神経麻痺は,ほとんどのウイルスワクチンで報告されており,免疫介在性またはウイルスの再活性化(例えば,ヘルペスウイルス)によって生じると考えられている.フランスからの報告で,世界保健機関(WHO)のデータベースに登録されたmRNAワクチン後の副作用13万3883例のうち,844例(0.6%)で顔面神経麻痺関連事象を確認した.内訳は完全麻痺683例,不全麻痺168例,顔面痙攣25例,顔面神経疾患13例であった.ファイザー・ワクチンでは749例,モデナ・ワクチンで95例に認めた.発症までの中央値は2日(範囲0~79日)であった.他のウイルスワクチンで報告された126万5182例の副作用と,インフルエンザワクチンで報告された31万4980例の副作用中の顔面神経麻痺関連事象は,それぞれ5734例(0.5%)と2087例(0.7%)であった.他のウイルスワクチンやインフルエンザワクチンと比較して,顔面神経麻痺の不均衡シグナルは認めなかった.以上より,mRNAワクチンは顔面神経麻痺を引き起こすとしても,そのリスクは他のウイルスワクチンと同様に非常に低いと考えられる.
JAMA Intern Med. April 27, 2021(doi.org/10.1001/jamainternmed.2021.2219)

◆COVID-19回復者のT細胞反応は抗体反応より持続する.
SARS-CoV-2ウイルスに対する長期的な免疫記憶は,ワクチンによる集団免疫の実現に不可欠である.しかしワクチン後の抗体価が急速に低下してしまうという報告から,体液性免疫だけではその実現は難しいと考えられている.一方,細胞性免疫に関して,COVID-19後のT細胞メモリーの関連については不明な点が多い.今回,ドイツからCOVID-19の回復者51名の検体を用いて,感染後6カ月までのSARS-CoV-2抗体およびT細胞反応を調べた研究が報告された.その結果,スパイク蛋白およびヌクレオカプシド蛋白に特異的な抗体反応は,それぞれ減少ないし安定していたが,機能性T細胞の反応は,頻度,強度ともに安定しており,むしろ時間の経過とともに増強していた.以上より感染を長期的に防御するためには,T細胞反応を誘発するワクチンが不可欠である可能性が示唆される.またT細胞の多様性を経時的に示すシングルペプチドマッピングにより,オープンリーディングフレームに依存しない,長期的なSARS-CoV-2 T細胞反応を媒介するT細胞エピトープが同定された.新しいワクチンの設計に有益な情報となる.
Sci Transl Med. 2021 Apr 21;13(590):eabf7517.(doi.org/10.1126/scitranslmed.abf7517)


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