Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳梗塞治療の新しい突破口 ―発症1時間以内の血栓溶解療法を可能にするCT搭載スーパー救急車―

2015年01月18日 | 脳血管障害
脳梗塞に対する根本的治療薬は,現在,tPA(組織プラスミノゲン・アクチベーター)のみである.このtPA療法の治療成績を向上させる戦略としては,①治療開始時間の短縮,②血栓溶解効率の改善,③治療可能時間域(現在,発症から4.5時間以内)の延長,④tPA自身が持つ毒性の軽減,⑤脳出血合併症の抑制が考えられる.われわれ新潟大学脳研究所脳循環代謝チームでは,③~⑤を目指した基礎研究を行い,tPAの毒性を軽減することで脳出血合併症を抑制し,治療可能時間を延長する併用薬(VEGF抑制薬アンジオポエチン1等)の臨床応用を目指している.ただ一番理想的なのは,戦略①,つまり治療開始時間を短縮することではないかと考えている.

tPA療法は上述のごとく,発症から4.5時間まで認められているが,それは4.5時間までなら同じように効果があるということではない.早く治療開始できれば早いほどその効果は高い.とくに発症1時間以内での効果は大きく,tPA療法の「ゴールデンアワー」と呼ばれている.しかし,病院内で脳梗塞を発症した場合を除くと,なかなかゴールデンアワーでの治療は難しい.患者・家族が脳梗塞を疑い,早急に救急車を呼び,かつtPA療法の可能な病院に速やかに搬送され,病院でも診察,頭部CTが速やかに行われる必要がある.救急車内での治療開始は可能であることを示したFAST-MAG trialを本ブログでも紹介したが,脳梗塞と脳出血の区別がつかないのではtPA療法を開始できないという弱点があった.私は「もう救急車にCTスキャンを搭載するしかない」と言っていたのだが,まさにそのようなスーパー救急車による「ゴールデンアワーtPA療法」がドイツ(ベルリン)から報告されたので紹介したい.

本研究はPHANTOM-Sスタディー(prospective controlled Prehospital Acute Neurological Treatment and Optimization of Medical Care in Stroke study)と名付けられた.検討期間は2011年5月から2013年1月で,スーパー救急車と呼べるSTEMO(stroke emergency mobile unit)を使用した.STEMOはCTスキャンを搭載し,さらに緊急ラボ検査や遠隔医療が可能である.救急医療の訓練を受けた神経内科医,パラメディック,放射線技師が搭乗する.

救急要請があると担当者は脳卒中を疑った場合,STEMO出動を決める.STEMO出動をする週としない週を無作為化し,出動しない期間やSTEMOがすでに出動しいる,ないしメンテナンス中である場合は通常治療が行われた.STEMOに患者が運び込まれると同時に頭部CTが行われ,神経内科医は診察する.CTにて脳梗塞が確認され,治療開始の除外項目がない場合,STEMO内でtPA療法が行われる.評価項目としてはゴールデンアワーtPAの施行率,7日後ないし90日後の死亡率,二次性の脳出血合併症,在宅への退院とした.6182名の成人患者に対し,STEMO出動による治療,ないし通常治療を行った.前者は男性が44.1%で,年齢は73.9±15.0歳,後者は男性が45.0%で,年齢は74.2±14.9歳で,両群間に有意差は認めなかった.

さて結果であるが,tPA療法は,STEMO群では32.6%(200/ 614名),通常治療群では22.0%(330/1497名)で,STEMOで高率であった(P<0.001).このうち,ゴールデンアワーtPA療法はSTEMO群が31.0%(62/200名),通常治療群は4.9%(16/330名)で,<font color="blue">STEMO群が6倍高かった(P<0.01)</font>.ゴールデンアワーtPA療法ができた群は,より時間がかかった群と比較し,7日目,および90日目の死亡率が有意に低かった(調整オッズ比 0.38 [95% CI, 0.09-1.70]; P = 0.21,および0.69 [95% CI, 0.32-1.53]; P = 0.36).安全性に有意差はなく,さらにSTEMO群で自宅退院も多かった(調整オッズ比1.93 [95% CI, 1.09-3.41]; P = 0.02).

以上より,STEMOは発症からtPA療法までの時間を約25分短縮し,ゴールデンアワーtPA療法の割合を増加させることが証明された.またゴールデンアワーtPA療法は,患者の短期的予後を改善することが示された.
日本でもCTスキャンを積んだドクターカーの導入を積極的に進めるべきと思われる.

JAMA Neurol. 2015 Jan 1;72(1):25-30.

参照記事・画像
TPA in the Truck: Results of the PHANTOM-S Trial





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ALSと鑑別を迷う頚椎症・腰椎症は手術をしてはいけない!

2015年01月03日 | 運動ニューロン疾患
孤発性ALSの発症にはいくつかの危険因子が報告されている.有名なものとして,湾岸戦争に参加した軍人に多いとか(Neurology 2005; 64, 32-37),セリエAのサッカー選手(Brain 2005; 128, 472-476;過去記事参照)やアメフト選手に多い(Neurology 2012; 79, 1970-1974)という報告がある.これらの原因として,外傷がALSの発症に関わっている可能性が指摘されている.しかし,ALSと外傷について検討した多くの研究では,弱い相関が示されている程度である.

一方,人為的な外傷と言える外科手術が,ALSの発症や進行に影響を及ぼすかについても議論されてきた.これは,とくに「脊髄手術」が,手術自体による侵襲,もしくは麻酔薬により,ALSの症状を増悪させるのではないかという懸念に基づいている.ALSと頚椎症・腰椎症は初発症状が類似し,症例によっては鑑別が難しいばかりでなく,ALSと変形性脊椎症の合併頻度も高いことも知られている.具体的には,米国から,831名のALS患者のうち,60.3%に頸椎症ないし腰椎症を認めたという報告がある(Brain 1995; 118: 707-719).つまり両者は鑑別が難しいだけでなく,しばしば合併するため,神経内科医もしくは整形外科医は,ALSと正しく診断できない危険性がある.さらにALSの可能性を疑った場合にも,明らかな頚椎症・腰椎症の合併がみられれば,手術により症状は改善できるかもしれないという考えが浮かぶ.ここで重要なのは,その手術がALSの進行にどのような影響を与えるかということになる.

多くの神経内科医,整形外科医が待ち望んでいた論文を紹介したい.ポルトガル(リスボン)からの657名のALS患者さんを検討した後方視的研究である.この研究は1997~2012年のALS患者さん843名のうち,データに不備のない657名(M:F=382:275)を対象としている(家族性ALS 30名を含む).外科手術は,全身ないし局所麻酔を要する医療行為と定義し,またALS患者を手術の既往により以下のように分類した.

G1 手術歴なし
G2 ALS発症の3ヶ月以上前に手術を行った
G3 ALS発症前の3ヶ月以内に手術を行った
G4 ALS発症後に手術を行った

各群の頻度は,G1 70.6%(464名),G2 16.9%(111名),G3 3.5%(23名),G4 9%(59名)であった.登録患者は,発症後3ヶ月毎にALS-FRSスコアによる機能評価が行われた.また発症部位と手術部位についても関連が検討された.さて結果であるが,検討でわかった知見は以下のとおりである.

1.G3の患者群において,ALS発症部位と手術部位には相関が認められた(P=0.032).内訳としては,23名のうち,15名の脊髄領域発症の患者は全例,脊髄手術を受けていた.また8名の球麻痺発症の患者のうち,5名は脊髄手術を受け,頭頸部領域の手術より多かった.
2.G4の患者群において,35名(57.6%)が誤診によると考えられる手術を受けていた.若年発症で,進行の遅い症例ほど誤診に伴う手術を受ける危険性が高かった.
3.G4の患者群において,手術直後の3ヶ月間のALS-FRSスコアの低下率(6.30±8.10%)は,手術前の3ヶ月(1.46±1.35%; P=0.005)や,さらにその後の3ヶ月間(3.30±3.10% P=0.006)と比較してより大きかった.つまり手術後,一時的に症状の進行速度の増悪が認められた.

研究の問題点としては,後方視的研究であることと,G4群の症例数がやはり少ないということが挙げられた.追試による確認は必要であるものの,以上の結果は,手術がALSの発症や進行速度に影響を及ぼす可能性を示唆している

ではなぜ手術がALSにこのような悪影響を及ぼすのか?仮説としては以下の2つが挙げられる.
1)麻酔薬の影響・・・カルシウム代謝,膜受容体やイオンチャネル機能への影響,神経伝達物質への影響を介して,神経変性を促進する.
2)手術に伴う全身の炎症による神経変性への悪影響・・・・手術は種々の炎症性サイトカイン等の発現をもたらし,神経変性を促進する.

この論文でとくに重要なことは,「医師は正確なALSの診断を行い,手術による症状の急速な悪化を防ぐ必要がある」ということである.そして「頚椎症・腰椎症との鑑別が難しい場合は,時間をかけて正しい診断を行い,焦って不要な手術を行ってはいけない」という明確なメッセージを伝えるものである.つまり,
整形外科医 → 頚椎症・腰椎症の鑑別診断としてALSを常に考慮し,さらに両者は合併しうることも念頭に置く.ALSの可能性がある場合には,神経内科医にコンサルトする.
神経内科医 → 正しく精査し,それでも診断がつかない場合には勇気を持って手術を止め,経過をみる.

以下,参考までにALSと頚椎症の鑑別のポイントを示す.ALSを示唆する所見を列挙する

びまん性筋萎縮 (頚椎症は髄節性が多い)
進行性の経過 (頚椎症は進行後停止が多い)
球麻痺
急速な体重減少
傍脊柱筋の萎縮
下顎反射の亢進
強制泣き・笑い
腱反射:萎縮筋で残存 (頚椎症では消失が多い)
母指球筋と小指球筋の萎縮の解離,つまりsplit hand syndrome(頚椎症C8むしろ母指球筋は保たれる)
ちなみに自覚的な感覚障害はあてにならない.ALSでも自覚的な感覚障害(血流低下・皮膚温低下による)は経験するので,ALSを否定する根拠となりにくい.

以上の所見を確認し,ALSと鑑別を迷う頚椎症・腰椎症症例には手術をせず,経過の進行の有無を確認することが現時点での正しい判断といえるだろう.

JNNP 2014; 85; 643-646
原文は著者がResearch Gateにアップロードしており見ることができます.こちらをクリック

追記:以下のコメントを戴きました.
-日本整形外科学会の教育研修講演で「ごく稀にALS+頸髄症というのがあって,後者を手術したら,短期間ほんの少しでも患者さんの機能が改善したり,辛い症状が緩和されることもある.術者が診断に自信があって,最後までお世話が出来て,なおかつ十分な話し合いで,患者家族が強く希望した場合の手術まで否定するものではない」というのがあった-
たしかに頚椎症の要素の大きい患者さんでは,手術により頚椎症による症状が緩和される可能性は確かにあると思います.ご本人,ご家族に現在の医学情報をよくお伝えした上で,一緒に考えるという姿勢も必要だと思いました.



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