Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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世界で最も有名なパーキンソン病患者の臨床像

2020年04月27日 | パーキンソン病

この写真を見て「実在したのか!」と驚いた人もいるのではないでしょうか.教科書で目にしてきたパーキンソン病のイラストのモデルとなった人物です.この2枚の写真をもとにして,「史上最高の臨床神経学者」と評された英国の神経学者William R. Gowers(1845~1915年)が,著書A Manual of Disease of the Nervous System(1893)のなかにイラストを書きました.そしてこの患者さんの写真は,臨床神経学の父,Jean-Martin Charcot先生の弟子であるSt. Legarの博士論文のなかに含まれているものなのだそうです.この患者さん,Pierre Dさんは1822年,中央フランスの生まれで,1876~79年にかけてパリのサルペトリエール病院に通院しました.50歳より若くして発症し,初診時には筋強剛,振戦に加え,写真のように特徴的な姿勢異常を認めました.St. Legarは,さらに歩行時の一側の腕の振りの減少,仮面様顔貌,流涎,単調なしゃべりを指摘し,書字障害も記録に残しています.そしてそのなかで最も特徴的な所見は姿勢異常だと記しています.つまりJames Parkinsonが原著「振戦麻痺」に記載しなかった所見を,Charcot先生とその弟子が見出したという,この疾患の概念を大きく変えることになった症例でもあるわけです.世界でも最も有名なパーキンソン病患者さんのイラストは,パーキンソン病が現在の疾患概念に変わったことを示す記念碑とも言えるわけです. 

左はA Manual of Disease of the Nervous Systemのイラスト,右はGowersによるオリジナルのデッサンです.



Mov Disord 35;389-91, 2020



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月26日)  

2020年04月26日 | 医学と医療
今回のキーワードは,唾液を用いたPCR検査,抗体検査陽性率,新しい神経合併症(ミラー・フィッシャー症候群と急性散在性脳脊髄炎),血管内皮細胞への感染,サイトカイン放出症候群,感染の入り口となる細胞,ACE阻害薬・ARB内服の予後への影響,トランプ大統領が推奨した新薬候補の結末です.

◆ニューヨークのCOVID-19.12病院での入院患者5700名(女性39.7%)の検討.人種は白人39.8%,黒人22.6%,アジア系8.7%,その他28.9%.合併症は多い順に,高血圧(56.6%),肥満(41.7%),糖尿病(33.8%).入院時,発熱30.7%,頻呼吸17.3%,酸素吸入27.8%.退院したか,あるいは死亡した2634名で転帰を評価したところ,ICU管理は14.2%,人工呼吸器装着は12.2%,人工透析は3.2%,死亡は21%(553名).この死亡率は武漢の28.3%(54/191名)(Lancet 395:1054-1062, 2020)よりは低い.しかし人工呼吸器装着した人に限ると死亡率は88.1%!(282/320名).また271名は人工呼吸器を装着することなく死亡している.一方,退院した2081名中 45名(2.2%)が再入院した(原因記載なし).ACE阻害薬・ARB内服なし,ACE阻害薬内服,ARB内服の3群の死亡率は26.7%,32.7%,30.6%であり,これらの薬剤が予後を悪化させたとは必ずしも言えない.JAMA April 22, 2020

◆唾液を用いたPCR検査.なんと唾液検体からのSARS-CoV-2の検出の方が,鼻咽頭拭い液よりも優れていることが米国より報告された.入院患者および医療者の両検体を比較したところ,唾液は検出感度がより高く,かつ経過を通して一貫した結果が得られた(図1).さらに自己採取でのばらつきも少なかった.自宅での自己唾液採取は,正確,かつ大規模なCOVID-19調査を可能にするだろう.→ プレプリント論文だが,本当なら医療者の感染防止のためにも唾液検体へ切り替えるべき.medRxiv. April 22, 2020



◆ウイルスの安定性.SARS-CoV-2を様々な環境下におき,感染力を維持する期間を検討した香港からの短報.①気温の影響:4℃では14日後まで,22℃では7日後まで,37℃では24時間後まで感染力を維持したが,56℃では30分後に,70℃では5分後には感染力を喪失した.②材質の影響(室温22℃,湿度65%の条件):一定時間(30分,3時間,6時間,1日,2日,4日,7日)の経過後,感染力を測定.コピー用紙・ティッシュペーパーでは30分後まで,木材・布では1日後まで,紙幣では2日後まで,ステンレス・プラスチックでは4日後まで感染力を維持.またサージカルマスクの内側では4日後まで,外側では7日後まで感染力を持つウイルスが存在した!(ただし感染価は当初の1000分の1程度).③標準的な消毒法(家庭用漂白剤,ハンドソープ液,消毒用エタノール70%,ポビドンヨード等)は室温22度でいずれも有効.Lancet Microbe. April 2, 2020

◆抗体検査.4月3~4日に米国カリフォルニア州サンタクララ郡の住民3330名を対象とし,Premier Biotechの検査キットを用いた抗体検査を行ったところ,1.5%(95%信頼区間1.11-1.97%;50名)が抗体陽性であった.この結果から人口194万人の同郡の,4月初めの感染者数は4.8~8.2万人(2.5~4.2%)と推定された.これは実際の報告数956人より50~85倍も多かった.ちなみに抗体検査の信頼性の低さが指摘されているが,この研究でも2/371検体が偽陽性であり,検査性能を補正した上で解析が行われている(medRxiv. April 17, 2020).また報道されているようにニューヨーク州の食料品店や休業中も営業している店での調査では,抗体陽性率はなんと13.9%であった.→ Stay homeしていない人の感染確率は高い.

◆神経症状(1).ギラン・バレー症候群(GBS).イタリア北部の3病院にCOVID-19患者が1000~1200名が入院した約3週間において,5名がGBSを発症した.初発症状は,4名は下肢脱力と異常感覚,1名は両側性顔面神経麻痺に続いて運動失調と感覚異常であった.これらの神経症候は発症から5~10日後に出現した.3名で検査髄液では細胞増多なし,PCR検査陰性.電気生理学的には軸索型3名,脱髄型2名.全例,免疫グロブリン療法(IVIG)が行われ,1名では血漿交換が行われた.治療開始後4週の時点で,2名は人工呼吸が必要な状態のまま,2名はリハビリ中,1名は歩行可能となり退院した.鑑別すべき病態はcritical illness neuropathy/myopathy.→ 肺病変が顕著ではない症例で呼吸機能低下が見られる場合にはGBSに伴う呼吸器症状の可能性も考える必要がある.NEJM. April 17, 2020

◆神経症状(2).ミラー・フィッシャー症候群(MFS)と脳神経炎.スペインからの2症例の報告.1名は呼吸器症状,発熱で発症し,5日目に嗅覚・味覚障害とともに,核間性眼筋麻痺,動眼神経麻痺,失調,腱反射消失を呈し,抗GD1b抗体陽性であったMFS.もう一例は下痢,発熱後3日目に両側外転神経麻痺,腱反射消失を呈した.いずれもPCRは鼻咽頭拭い液で陽性,髄液で陰性.1例目はIVIG,2例目はアセトアミノフェンで治療し,2週後には改善した.Neurology. April 17, 2020

◆神経症状(3).急性散在性脳脊髄炎(ADEM).米国からの初のADEMの症例報告がなされた.40歳代女性で頭痛,筋痛で発症後11日目に球麻痺,失語症を呈した.頭部MRIでは前頭・側頭葉白質,側頭葉極,外包,視床に異常信号を認めた(図2).ヒドロキシクロロキンとIVIGによる治療が行われ,神経症状は徐々に改善した.ADEMはコロナウイルス感染症(MERS,OC43)後に発症した報告がある,medRxiv. April 21, 2020



◆病態(1).血管内皮細胞障害.SARS-CoV-2は2型肺胞上皮細胞の膜表面蛋白ACE2に結合し,エンドサイトーシスによって侵入・増殖するが,今回の報告は多臓器障害により死亡した2剖検例と1名の小腸切除例の病理学的検討の結果,全身の内皮細胞へのウイルス感染と炎症,アポトーシスが確認されたというもの.図3のA,Bは腎臓糸球体係蹄,基底膜における内皮細胞に認めたウイルス粒子,CとDは小腸血管および肺における炎症細胞浸潤とカスパーゼ3陽性細胞を示す.これらは血管内皮細胞の機能障害が広範囲に生じ,炎症,浮腫,血管収縮,凝固傾向,虚血により臓器障害が生じる可能性を示唆する.危険因子として知られる男性,喫煙,高血圧,糖尿病,肥満,心血管障害は,この血管内皮障害に関連するのかもしれない.また同じ号に総説(仮説)として,SARS-CoV-2による「ウイルス性敗血症」が提唱されているが,血管内皮障害が呼吸器病変の増悪や多臓器障害に関与する可能性が指摘されている.→ 重症化防止に血管内皮保護の観点が必要.Lancet April 17, 2020



◆病態(2).サイトカイン放出症候群.COVID-19が重症化する病態として,二次性血球貪食性リンパ組織球症(secondary hemophagocytic lymphohistiocytosis; sHLH)がある.発熱,血球減少,高サイトカイン血症,多臓器不全を呈する致死的病態で,スクリーニングには血清フェリチン↑,血小板↓,赤沈遅延,そしてHScoreが有効という論文を3月25日に紹介した(Lancet. Mar 13, 2020).今回,米国よりCOVID-19で認められる急性呼吸促迫症候群(ARDS)が,このsHLHや白血病患者に対するCAR-T細胞療法(キメラ抗原受容体遺伝子導入T細胞療法)時に見られるサイトカイン放出症候群により惹起されるARDSと病態が似ていることが指摘された.つまりSARS-CoV-2が単球,マクロファージ,樹状細胞に感染した際にIL-6産生の亢進をもたらし,膜結合型IL-6受容体を有する細胞(リンパ球)ではシス・シグナリング,有さない細胞(内皮細胞)ではトランス・シグナリングを介して,サイトカイン放出症候群(いわゆるサイトカイン・ストーム)を引き起こすという仮説が提唱された(図4).このことはIL6抗体であるシルツキシマブ,sIL-6R抗体であるトシリズマブ,サリルマブを本症で使用する理論的根拠となる.Science. Apr 17, 2020



◆病態(3).SARS-CoV-2感染の入り口.3月13日のFBで,SARS-CoV-2はヒトACE2に結合するために,セリンプロテアーゼであるTMPRSS2を必要とすることを紹介した.今回,ハーバード大学のグループは,ACE2とTMPRSS2の両者を発現する細胞の同定を,ヒト,アカゲザル,マウスのシングルセルRNA-seq解析により行い,3種類の細胞を同定した(II型肺胞上皮細胞,回腸栄養吸収腸細胞,鼻の粘液分泌をする杯細胞であった).またこの論文ではCOVID-19の治療にも使用されるインターフェロンがACE2発現を増加させ,ウイルス感染を助長する可能性も明らかにしている(Cell. April 21 2020).またSanger Instituteの研究チームも同様の研究を行い,鼻腔上皮細胞がACE2とTMPRSS2を高発現し,感染の入口になっていることを示している(Nat Med. April 23, 2020).→ あらためて飛沫による経鼻ルートの感染防止が重要.

◆ACE阻害剤・ARBの予後への影響.3月19日のFBで,ACE阻害薬(ACEI)ないしARBが,ACE2発現量を増加させ感染を助長するため,Ca拮抗薬への変更についても言及した論文を紹介した(Lancet Respir Med. March 11, 2020).しかし米国の3学会は裏付けとなる臨床データがないことから,上記薬剤を中止・変更すべきではないとの声明を発表した.この問題に対する臨床報告がなされた.中国からの後方視的研究で,高血圧を合併するCOVID-19入院患者1128名におけるACEI/ARBの使用と死亡率の関連を検討している.ACEI/ARB使用群(188名)の死亡率は3.7%,非使用群(940名)は9.8%であった(P = 0.01).年齢・性別・合併症・服用薬で補正し比較した混合効果Coxモデルでも,ACEI/ARB使用群の死亡率は非使用群に比べて58%低かった(ハザード比0.42; P =0.03)(図5).以上より,ACEI/ARBの使用が死亡リスクの増加と関連しているとは考えにくい(Circ Res. April 17, 2020).同様の検討が中国の別チームから報告されており,362名の高血圧を合併するCOVID-19患者において,ACEI/ARBの使用率は,重症群と非重症群で有意差なし(32.9%対30.7%; P=0.645).死亡群と生存群でも有意差はなかった(27.3%対33.0%; P=0.34).(JAMA Cardiol. April 23, 2020)→ COVID-19患者における高血圧治療は従来どおりで良い.



◆ 新規治療.ヒドロキシクロロキン(HC).トランプ大統領が「医学史上最大の反撃の切り札になる真の可能性を秘めたものの一つ」と推奨した抗マラリア薬.プレプリントであるが,米国から368名に使用された後方視的解析結果が報告された.内訳はHC群97名,HC+AZ(アジスロマイシン)群113名,対照群158名で,死亡率は順に27.8%(!),22.1%,11.4%.さらに人工呼吸器装着率は13.3%,6.9%,14.1%という結果であった.AZの有無に関わらず,HCはむしろ有害で,進行中の臨床研究に警鐘を鳴らす結果となった.→ 薬剤の真の評価は対照群を置かないことには分からない.日本でも対照を置かない観察研究が進行中で,かつ「有事なので未承認薬の適応外使用は認められる」などというコメントをテレビで見たが,このような考え方は創薬に携わる者としては非常に危険に感じる.COVID-19に関わらず,新薬を求める気持ちはどの疾患の患者でも一緒のはず.COVID-19だけ「有事だから」と適切な新薬承認のステップを踏まずに進めれば,今回のような副作用により死亡するという悲劇にすら気がつかない可能性がある.

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COVID-19パンデミックの状況において,神経系疾患の専門医は何に注意すべきか@neurodiem

2020年04月25日 | 医学と医療
標題のCOVID-19に関するミニレビューを,神経科学に特化した医療従事者向けのポータルサイトである「neurodiem」より依頼され執筆しました.
内容は
1.神経筋症状の頻度,
2.知っておくべき神経合併症,
3.疾患ごとの注意点(脳卒中,パーキンソン病や運動異常症,自己免疫性疾患,認知症),
4.COVID-19治療薬に伴う神経筋症状
になります.

記事を読むには会員登録が必要です(無料です).ちなみに「diem」はラテン語由来の「日」を意味し,「neurodiem」は「神経科学と日々つながる」という意味だそうです.バイオジェンがサポートする中立で学術的な情報提供を行うポータルサイトですが,神経科学領域のサイエンスや技術の進歩に関するコンテンツの要約,国内外の専門家による独占記事,国際的に著名なジャーナル25誌以上の全文記事掲載と充実しています.おすすめのサイトです.

記事へのリンク




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治療可能な大脳皮質基底核症候群(CBS) ―抗IgLON5抗体関連疾患―

2020年04月20日 | その他の変性疾患
臨床医にはそれぞれ印象深い症例報告の経験がある.私の場合,「治せないと思われた患者さんの治療ができた症例報告」がそれに当たる.フリードライヒ失調症と考えられてきた姉妹に,αトコフェロール輸送タンパク(αTPP)遺伝子の変異を見出してビタミンEによる治療を行ったこと(Ann Neurol 43: 273, 1998),繰り返す過眠を呈するナルコレプシー患者さんに抗アクアポリン4抗体を見出し,免疫療法で改善したこと(Sleep Med 10: 253-255, 2009)はその例である.今回,ご紹介する症例報告も同様に印象深い経験であった.

抗IgLON5抗体関連疾患という自己免疫性神経疾患が報告されている(Lancet Neurol. 2014 Jun;13(6):575-86).IgLON5は神経細胞接着分子のひとつである.本疾患は症候として,閉塞性睡眠時無呼吸を伴う進行性non-REM・REMパラソムニア,運動障害(四肢の失調,舞踏運動,歩行不安定性),眼球運動障害を呈し,生命予後は不良(8例中6例が免疫抑制療法にもかかわらず1年以内に死亡)であった.2名の病理で,脳幹・視床に過剰リン酸化されたタウの沈着を認めた.抗IgLON5抗体は298名の対照では1名にのみ認められ,その1名はPSPであった.タウオパチーを考える上で興味を惹かれたという経緯があった.

このため私達はこの抗体のアッセイ系を確立し検討を進めたところ,何と大脳皮質基底核症候群(CBS)のなかに抗体陽性例を見出した.4年の経過で進行する歩行障害を主訴とした85歳女性で,神経学的には四肢筋強剛,左半身の失行,左下肢ジストニア,皮質性感覚障害を呈し,画像検査では右半球優位の脳萎縮と血流低下を認めた.Armstrong基準のprobable CBDに該当した.大量免疫グロブリン療法を3クール施行したところ,臨床症候と画像所見の改善を認めた.背景病理はCBDだろうと考えられたCBSのなかに,治療可能例が存在することを示した意味で,インパクトの大きい症例と考えられた.

Fuseya K, Kimura A, Yoshikura N, Yamada M, Hayashi Y, Shimohata T. Corticobasal Syndrome in a Patient with Anti-IgLON5 Antibodies. Mov Disord Clin Pract 2020 in press.



図A-DはHEK293細胞にGFP-IgLon5融合蛋白(C)を一過性発現させるcell-based assay系.患者血清でのみ陽性に染色され(B),共局在する(D).凍結ラット小脳切片を用いた免疫染色では既報と同様の染色パターンを示す(E).頭部MRIでは右半球優位の脳萎縮を呈する(F, G).

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また抗IgLON5抗体の測定についてもお問い合わせを頂いております.
どのような症例の測定をお引き受けするかについては以下のように考えております.

(1) 抗IgLON5抗体関連疾患を疑う症例
(2) CBSに抗IgLON5抗体関連疾患(Lancet Neurol. 2014;13:575-86)の特徴(※)を合併する症例
(3) CBSであるものの急性・亜急性の進行を呈したり,症状の程度が変動(fluctuate)する症例
(4) 自験例のように下肢の症状が強い症例
(5) その他
※ 閉塞性睡眠時無呼吸を伴う進行性non-REM・REMパラソムニア,運動障害(四肢の失調,舞踏運動,歩行不安定性),眼球運動障害,生命予後不良.

下畑までご連絡をいただければ幸いです.

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月18日)  

2020年04月18日 | 医学と医療
今回のキーワードは,発症前感染の多さ,医療者の死を防ぐ対策,医療行為と感染リスク(非侵襲的陽圧換気と心肺蘇生),T細胞への感染,新規治療(レムデシビル,クロロキン,エブセレン)です.

◆発症前感染の多さ.中国からの報告.まず患者94名の咽頭ぬぐい液のウイルス排出量は発症時に最も高いことを示している.次に最初の患者とその人が感染させた患者ペア77組を調べ,何とその44%(95%信頼区間25-69%)では,最初の患者の発症前に次の患者への感染が生じたと推定している.発症前2.3日から次の人に伝播が可能となり,発症前0.7日が最も伝播しやすい(図1).→ 自身が感染しているかもしれないと思って行動する必要があるし,濃厚接触者の追跡は発症前にまで対象を広げる必要がある.Nat Med. April 15, 2020



◆鼻咽頭検体採取.気道粘膜の採取のための手技の動画が公開されている.注意すべき点として,最近の鼻の手術や外傷,顕著な鼻中隔弯曲症,慢性的鼻腔閉塞,高度の凝固異常症を挙げている.手技としては,まず鼻をかんでもらい,そのあと少し頭部を後方にそらすと検体を採取しやすい,また目を閉じてもらうと不快感が軽減できると延べている(図2).NEJM. April 17, 2020



◆医療者の死への対策.2論文が報告されている.まずインターネットを用いた4月5日時点の調査.198名の医師の死亡を見出した(49名は情報不完全).90%(175/194名)が男性,年齢は中央値66歳(28-90歳),57歳以上が3/4を占めた.内訳は一般開業医(GP)と救急医師が78名,内科専門医11名,歯科医9名,耳鼻科医8名,眼科医7名,麻酔科医6名,呼吸器科医5名と診療科は多岐に及んだ.国別ではイタリア79名,イラン43名,中国16名,フィリピン14名,米国9名で,イタリアは年齢が69歳と最も高かった → 高齢医師を守る仕組みが不可欠(medRxiv. April 08, 2020).
2つ目は中国からの論文.湖北省で23名の医療者が死亡した.16名が急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈し急速に悪化したが,そのうち13名は50歳以上であった.23名中呼吸器科医は2名のみ,感染症専門医はいなかった.診療援助のために湖北省に入った42600名の医療者のうち,3月31日の時点で感染者(死亡者ではない)はゼロ! → 不適切,不十分な感染予防は医療者の死に繋がるが,適切に行えば防止できるという論文.(NEJM April 15, 2020)

◆臨床(1).味覚・嗅覚消失.スマホアプリ「COVID Symptom Tracker」の157万人超のデータと,PCR検査を組み合わせた英国から研究.味覚・嗅覚消失はPCR陽性患者579名の59%に認められたのに対し,PCR陰性1123名では18%であった(オッズ比6.59).よって味覚・嗅覚消失は感染を示唆する重要な所見と考えられる.また味覚・嗅覚消失に加え,発熱,持続する咳,疲労感,下痢,腹痛,食欲消失を組み合わると,感度0.54,特異度0.86,ROC-AUC 0.77となり,PCR検査前の問診に有用である.medRxiv. April 07, 2020

◆臨床(2).免疫性血小板減少症(ITP).65歳フランス人女性.4日間の疲労感,発熱,咳にて入院し,入院後4日目に下肢の点状出血(図3),鼻出血を呈した.血小板は6.6万で,7日目には8000まで低下した.抗血小板抗抗体は陰性.骨髄穿刺では異常なく,巨核球は増加.免疫グロブリン療法を行ったものの,9日目にクモ膜下出血を合併,血小板も2000まで低下した.血小板輸血,プレドニゾロン100 mg,エルトロンボパグ(トロンボポエチン受容体アゴニスト)投与を行い,13日目に血小板数は正常化した.COVID-19では血小板減少が生じることは有名だが,重症例も存在する.NEJM. April 15, 2020



◆臨床(3).重度例における脳症・脳梗塞.ARDSを呈した58名の検討.ICUにおいて混迷を65%(26/40名),錐体路徴候を67%(39/58名)に認めた.退院時に注意障害,見当識障害等を36%(14/39名)に認めた.13名に施行した頭部MRIでは,軟膜造影パターンを8名,脳梗塞を3名(急性期2名,亜急性期1名),前頭側頭葉血流低下を全例に認めた.7名に行った髄液検査では2名にオリゴクローナルバンドを認めた.→ 重症例では脳症,脳梗塞に注意が必要.NEJM. April 15, 2020

◆医療行為と感染リスク(1).非侵襲的陽圧換気療法(NPPV).CPAPなどのNPPVは,睡眠時無呼吸症候群や呼吸不全を合併する神経変性疾患等に使用される.しかしWHOはこれらを,エアロゾルを生成する高リスク機器と考えており,使用時に医療者はPPE(個人用保護具)を着用する必要があるとしている.しかし種々の学会ガイドラインではこの点について言及されていない.SARS-CoV-2ウイルスはエアロゾルになったのち空中に留まることから(半減期1.1時間),NPPV使用が家族や介護者の感染を招く可能性がある.命に関わる場合を除き,一時的に家庭内におけるNPPV使用を中止し,危険性と有益性の評価を行うべきである.Thorax. April 9, 2020

◆医療行為と感染リスク(2).心肺蘇生法(CPR).COVID-19患者のCPRの方針は,医療者に感染リスクをもたらすこと,医療資源が限られていることから従来とは異なるものとなる.また重篤な基礎疾患を有することが多いため,心筋炎などの心臓合併症を認め,除細動により回復しうる場合を除いては,きわめて生命予後が不良である.DNAR(Do Not Attempt Resuscitation),すなわち心肺停止になった時にCPRを行わない状況としては3パターン考えられる.①患者,家族がCPRを望まない場合(アドバンス・ケア・プランニングがある場合).②患者,家族が医師からのCPRの中止の推奨に従う場合.③医師が一方的にCPRを行わない場合.COVID-19では②③の選択肢も起こりうる.②は「インフォームド・アセント」と呼ばれるもので,家族にCPR中止の意思決定の責任を求めるのではなく,医師が一定の責任を負うことを伝えて,家族の心理的負担を軽減するというものである.論文では具体的な手順を紹介しているが,患者の価値観に焦点を当てた双方向コミュニケーションが重要と強調している.JAMA. March 27, 2020; BMJ 2020;369:m1387

◆基礎研究(1).T細胞への感染.COVID-19ではリンパ球減少が生じ,とくにCD 3+,CD4 +,CD8+細胞の低下は死亡率と関連する.しかしSARS-CoV-2ウイルスがT細胞に感染し,リンパ球減少を招くかは不明である.研究では感染力のない偽ウイルスと本物のウイルスの両方を用いて,T細胞への感染実験を行っている.この結果,①ウイルスはT細胞に感染すること,②その感染は受容体依存性で,スパイク蛋白を介する細胞膜同士の融合によって生じること,③感染はスパイク蛋白を介する融合を抑制するEK1ペプチドにより阻止できることを示した.しかしT細胞はACE2の発現が極めて低いため,異なる新規の受容体を用いている可能性が指摘している.Cell Mol Immunol. April 7, 2020

◆基礎研究(2).重症化因子としての喫煙.手術時に採取した肺組織を用いた検討で,慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者や喫煙者では,SARS-CoV-2ウイルスが感染に使用する受容体ACE2の発現が,RNAおよびタンパクレベルで対照より高いことが示された.このためCOPD患者や喫煙者は感染リスクが高くなる可能性がある.また禁煙をした人のACE2発現レベルは非喫煙者と同程度であり,喫煙者は重症化防止のために禁煙すべきと述べている(Eur Resp J. April 8, 2020).またプレプリントではあるが,12論文(合計9,025名)を対象としたメタ解析では,喫煙者・経験者の重症化率は17.8%,非喫煙者では9.3%で,オッズ比は2.25(95%信頼区間1.49-3.39,P=0.001)と,臨床的にも重症化因子としての喫煙が確認された(図4)(medRxiv. April 16, 2020).



◆新規治療(1).レムデシビル.エボラ出血熱治療薬として開発されたウイルスRNAポリメラーゼ阻害剤レムデシビルをcompassionate use(人道的使用;代替薬がないため未承認薬の使用を認める制度)した臨床試験.対象は酸素飽和度が酸素投与下でも94%未満の症例.9名の日本人を含む53名が解析の対象.中央値18日間の経過観察後,36名(68%)が改善し,酸素投与が不要になった(図5).治療開始前,侵襲的治療が34名に行われていたが(人工呼吸器30名,ECMO 4名),治療により人工呼吸器の30名中17名(57%)が抜管でき,ECMO 4名中3名は離脱した.最終的に25名(47%)が退院,7名(13%)が死亡した.侵襲的治療群34名では死亡率が18%(6/34名),非侵襲的治療群では5%(1/19名)であった.重篤な副作用なし.→ かなり有効そうに見えるが,それでも対照がないため評価が難しい.日本の観察研究も有効であったとしても同じことになる.NEJM. April 10, 2020



◆新規治療(2).4月10日に有効そうと紹介したクロロキン(CQ)・ヒドロキシクロロキン(HCQ).ブラジルでの440名が参加予定だった高用量CQ(600 mg,1日2回,10日間,合計12 g)ないし低用量CQ(450 mg,1日2回,5日間,合計2.7 g)によるランダム化比較試験で,QT延長症候群が高用量群で25%(7/28名),低用量群で11%(3/28名)に認めた.死亡率も高用量群で高く(17%),81名参加の時点で試験は中止された.少なくとも高用量CQは用いるべきではない(medRxiv. April 11, 2020).
さらにフランスの4病院から2 L/min以上の酸素投与を要する患者に対し,HCQ 600 mgの効果を検証する181名のリアルワールド・データの検証が報告された.複合エンドポイントはICU入室+死亡とした.入院後48時間以内に治療を開始したHCQ群84名と非HCQ群97名の比較では,両群に複合エンドポイントに有意差はなし(20.2% vs 22.1%;リスク比0.91).HCQ群で8名(9.5%)に治療中止を要する心電図異常を認めた.低酸素を認める患者にHCQの効果は乏しい(medRxiv. April 14, 2020).

◆新規治療(3).SARS-CoV-2の薬剤標的として,ウイルスが複製に使用するメインプロテアーゼ(MPro)があり,MPro阻害薬のリード化合物(医薬品開発の元となる化合物)が合成されたことは3月25日に紹介した(Science. March 20, 2020).今回,強力なMPro阻害薬として,有機セレン化合物ebselen(エブセレン)が発見された.本薬剤は日本でも急性期脳梗塞に対して臨床試験が行われており(Stroke. 1998; 29;12-17),安全性も確認されている.今後,期待される新たな薬剤候補である.Nature. April 09, 2020.

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月10日)  

2020年04月10日 | 医学と医療
今回のキーワードは,神経合併症(髄膜脳炎,急性出血性壊死性脳炎,ギランバレー症候群),感染性をもつもの,中和抗体力価,マスクの効果と限界,中間宿主としてのネコ,有望な新規治療薬(回復患者血漿輸血,ヒドロキシクロロキン,抗寄生虫薬)です.社会的離断の期間を短縮する3つ方法について,イエール大学の研究者らが言及しています.①無症状感染者,軽症者を特定するための積極的なPCR検査と接触者の追跡+早期隔離(専用施設が必要),②家庭での感染を減らすこと(武漢では,ほとんどの感染が家庭内で発生した→早期発見し,家庭でなく,専用施設での隔離する),③集中治療室の在院日数を20~30%短縮する治療の開発(医療システムの維持に大きな効果をもたらしうる)です(JAMA. April 06, 2020).PCR検査数の増加と専用施設での隔離は対応可能な課題だと思います.

◆神経合併症(1).髄膜脳炎を呈した24歳男性(山梨大学病院).疲労感,発熱で発症.9日目に意識障害,1分間の全身痙攣.項部硬直あり.髄液細胞数12(mono 10, poly 2).胸部CTで小さなすりガラス様陰影あり.鼻咽頭拭い液でPCR陰性,しかし髄液で陽性.頭部MRIでは,DWIで右側脳室壁,FLAIR右側頭葉内側+海馬に高信号病変(脳室炎+脳炎;図1).髄膜造影効果なし.痙攣重積となりICUにて人工呼吸器管理.→ 鼻咽頭拭い液でPCR陰性でも,髄膜脳炎は否定できない.Intern J Infect Dis, March 25, 2020



◆神経合併症(2).急性出血性壊死性脳炎を呈した50歳代女性(米国).咳,発熱にして発症後,3日目に精神変調をきたした.鼻咽頭拭い液にてPCR陽性.髄液のPCRはできなかったが,他のウイルス性脳炎は否定.急性出血性壊死性脳炎はインフルエンザでもまれに合併するが,血液脳関門破綻を伴うサイトカインストームに伴って生じる可能性が指摘されている.画像は対称性で視床病変を呈する(図2).→ 意識障害時に,両側性視床病変の確認も必要.Radiology. 2020 Mar 31:201187



◆神経合併症(3).ギランバレー症候群(GBS)を呈した61歳代女性(中国).対称性の下肢脱力にて発症.発熱や呼吸器症状なし.3日後には増悪し,上肢にも脱力が及ぶ.受診時,リンパ球減少,血小板減少あり.髄液細胞数正常,タンパク124↑.免疫グロブリン大量療法を施行したが,発症8日目に咳と発熱,胸部CTですりガラス用陰影.鼻咽頭拭い液PCR陽性.20日頃から改善し,30日目には呼吸症状,神経症状とも改善し退院した.しかし看病した身内2名は感染.濃厚接触となった医療者8名は感染せず.→ GBSの原因として,COVID-19も念頭に置く.リンパ球数↓血小板数↓などあれば疑って,感染対策も行う.Lancet, April 1, 2020

◆感染性と中和抗体(1).採取した検体の感染性.身体部位ごとのウイルスの複製(増殖)をドイツ人患者9名で検討.ウイルスの複製は上気道で生じていた.咽頭からのウイルス排出は症状の出現1週間で高い(4日目がピーク).咽頭拭い液,痰は感染性を示したが,便のRNA濃度は既報通り高いものの,感染性を認めなかった(消化管でも複製が生じることを示唆するが,感染性を認めなかったことは対象者の消化器症状が軽かったためかもしれない.多数例の検討が必要).血液,尿も感染性なし.セロコンバージョン(抗体陽性化)は7日目で50%,14日で全例に認めたが,ウイルス量が急速に低下することはなかった(図3).つまりワクチンでは,より強い中和抗体の誘導が求められる.Nature. April 1, 2020



◆感染性と中和抗体(2).涙液からの感染.中国の入院患者38名中12名(32%)に結膜炎所見(流涙,結膜充血,結膜浮腫)を認め,うち2名(5.2%;2/38名)は結膜拭い液もPCR陽性であった(鼻咽頭PCR陽性は28名).結膜炎所見を認める症例は,そうでない症例と比較して白血球数や炎症所見(CRPなど)が有意に高値であった.→ 1/3の症例は眼症状を呈すること,涙液にもウイルスが含まれ,感染しうる.JAMA Ophthalmol. March 31, 2020

◆感染性と中和抗体(3).「軽症で回復した」175名における中和抗体の検討.中和抗体は発症から10-15日目に陽性になるものの,抗体価は患者によりまちまちで,約30%の患者では低力価で,10名(5.7%)では中和抗体は検出されなかった.また高齢者や中年の患者では,若者と比べて中和抗体やスパイクタンパク質結合抗体がより高値であった(図4).→ この研究は様々な問題提起をする.①抗体価が上昇しない回復者が,今後,再感染しうるのか?②抗体価が上昇せずに回復するのは,T細胞やサイトカインなどの別の免疫反応が関与しているのではないか?③回復患者血漿は後述するように治療として期待されているが,患者により中和抗体価は様々で,事前に測定しなければ使用できない.ネット上ではこの論文に対する誤った解釈がみられるので要注意.medRxiv. April 06, 2020



◆マスクの効果(1).呼気中へのウイルス排出とマスクの効果.コロナウイルスの飛沫感染,エアロゾル感染に対するマスクの効果の検討(インフルエンザウイルスやライノウイルスも調べている).急性呼吸器症状を呈した感染患者の鼻および咽頭の拭い液,ならびに30分間の通常呼吸の呼気で得られた飛沫ないしエアロゾル中のウイルスコピー数を検討している.コロナウイルス(OC43やHKU1)は新型ではないが,粒子のサイズは同程度.17名の検討で,飛沫では30%,エアロゾルでは40%でウイルス排出あり.そしてマスク着用は飛沫の場合は抑制する傾向があり(P=0.07),エアロゾルの場合は有意に抑制した(P=0.02)(図5).→ COVID-19患者のウイルス伝達をマスクが抑制する科学的根拠として重要.Nat Med. April 3, 2020



◆マスクの効果(2).マスクの限界.患者4人が20 cm先のウイルス培養液入りのペトリ皿に向けて,咳を5回したところ,サージカルマスク着用にもかかわらず4名中3名でウイルスが検出された.綿製マスクでも,4名中2名でウイルスが検出された.いずれのマスクも,患者が咳をした場合には,周辺環境やマスクの外表を汚染するので注意が必要である.Ann Intern Med. April 6, 2020

◆手術による急性増悪.武漢の待機手術(帝王切開5名,腹腔鏡下結腸切除術4名,胸腔鏡下肺葉切3名等)の待機手術を受けた無症状の潜伏期患者34名において手術が及ぼす影響に関する後方視的検討.全員が術後すぐに(平均2.6日)肺炎を呈し,15名(44%)がICUに入室し,7名が死亡し,死亡率は20.5%と高かった.死因はARDS,ショック,不整脈,急性心筋障害であった.ICU入室者は高齢で,合併症が多く,より難しい手術を受け,リンパ球減少や白血球増多も顕著だった.手術が病態の悪化を助長する恐れがある.→ 待機手術患者における術前評価は不可欠.感染者や濃厚接触者への接触があれば2週間の隔離は必要だろう.EClinicalMedicine. April 04, 2020

◆動物における感染.ヒトに身近な動物に対して,新型コロナウイルス2株の経鼻的接種実験を行い,ブタ,ニワトリ,アヒルでは感染せず,イヌには感染しにくく,フェレット(イタチ科に属する哺乳小動物)やネコは感染しやすいことが判明した.フェレットは,ヒト呼吸器関連ウイルス研究で,しばしば動物モデルとして使用されてきた.インフルエンザやSARSウイルスはフェレットの上気道+下気道で複製するが,SARS-CoV-2は上気道(鼻甲介,軟口蓋,扁桃)のみで複製した.ヒトと同様に直腸ぬぐい液でもウイルスRNAが検出されたため,消化管での複製も示唆される.フェレットはCOVID-19に対する抗ウイルス薬やワクチンの効果を評価する動物モデルとなる.一方,武漢での検討で,ネコにおけるウイルス抗体陽性も報告されているため,COVID-19根絶のためにはネコの感染の監視が必要かもしれない(Science. Apr 8, 2020).また実際に武漢のネコ102匹中11匹(11%)の血清に中和抗体が陽性で,流行時にネコに感染があったというプレプリント論文も報告されている(bioRxiv. April 03, 2020).

◆新規治療(1).回復患者血漿輸血.すでに有効性が示唆されていたが,さらにその結果を支持する臨床試験が中国から報告された.メチレンブルー光反応で残存ウイルスの不活性化処理を行った回復患者血漿200 mLを,重度患者10名に輸血した(発症から中央値16.5日目に輸血).主要評価項目は安全性,副次評価項目は治療3日後の臨床,検査所見(リンパ球数,CRP,胸部CT)の改善とした.全員の症状が1~3日以内に消失または大幅に改善し,また中和抗体価は高値で維持され,7日目には程度の差はあるが画像所見が改善し,ウイルス血症も消失した.重篤な副作用なし.→ 今後,使用量やタイミングについての検討が必要.PNAS. April 6, 2020

◆新規治療(2).ヒドロキシクロロキン(HCQ).クロロキンは,in vitroの実験でSARS-CoV-2に対して抑制的に作用することが報告されていることから,HCQの効果を検証する無作為化比較試験が行われた.62名の入院患者を並行群間試験として割り付け,31名をHCQ(400 mg/日)を5日間投与する群,残り31名を対照群とした.主要評価項目は臨床的回復までの時間,臨床的特徴,画像所見とした.結果としてはHCQ群で体温,および咳が寛解するまでの期間が有意に短縮した(いずれも約1日短縮).またHCQ群は,対照群に比べて,画像上の改善が見られた患者が多かった(80.6% vs 54.8%).試験中に重症化した4名すべて,対照群であった.HCQ 治療群では軽度の副作用(皮疹,頭痛)が2 名に認められた.大規模臨床試験と薬効の解明が必要である.medRxiv 2020; DOI: 10.1101/2020.03.22.20040758.

◆新規治療(3).抗寄生虫薬イベルメクチン.これは大村智博士が土壌の放線菌の一種から分離したアベルメクチンをもとに開発された抗寄生虫薬である(2015年のノーベル医学生理学賞).オーストラリアからin vitroの実験系の研究であるが,サル腎臓由来Vero細胞にSARS-CoV-2を感染させ,2時間後に,ヒトが服用可能な濃度のイベルメクチンを添加したところ,48時間後にウイルスRNAが5000倍抑制された.抗寄生虫薬がなぜウイルスに対して効果を発揮するか不思議に思ったが,イベルメクチンが細胞質のタンパク質を核内へ運ぶ輸送タンパク質であるインポーチンと結合して,さまざまなウイルスタンパク質の核内移行が阻害されることが関与すると考えられている(図6).実際にHIV-1(エイズ)やデングウイルスでもその作用が報告されている.タイにおいてデング熱に対する360名が参加した第3相試験が行われ,安全性が確認され,投与レジメの検討も行われている(https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02045069).今後,この臨床試験を参考にヒトにおける臨床試験が計画されるだろう.Antiviral Research. March 29, 2020



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月3日)

2020年04月03日 | 脳血管障害
今回のキーワードは,感染リスク(長期療養施設,担がん状態),母子感染,COVID-19と神経疾患,ACE阻害薬・ARBの臓器保護説,心筋障害,閉じ込め政策のエビデンス,センザンコウ,2つの有望治療(C型肝炎ウイルス・プロテアーゼ阻害剤,回復患者血漿輸血)です.

◆ICU治療を要した原因.対象は米国シアトルの重症24名(64±18歳).併存症は糖尿病14名(58%).全例が低酸素性呼吸不全を呈し,18名(75%)が人工呼吸器を要した.また18名(71%)が昇圧剤を要する低血圧を呈した.予後は12名が死亡,3名は人工呼吸器継続,4名はICU退室,5名が退院.ICU治療となる原因は低酸素性呼吸不全と低血圧である.死亡例中4名に蘇生処置拒否(DNR)指示があった.NEJM. March 30, 2020

◆感染リスク(1).米国ワシントン州の長期療養施設の入居者1名が,2月28日に感染していることが判明,3月18日までに167名(入居者101名,スタッフ50名,訪問者16名)が感染.それぞれの入院率は55%,50%,6%,死亡率は34%,0%,6%であった.長期療養施設に患者が1名出ただけで,急速に拡大し,かつ重症化する.感染したスタッフや訪問者を施設内に入れないこと,また感染者の早期発見が重要.NEJM. March 27, 2020

◆感染リスク(2).武漢からの報告で,担がん患者のCOVID-19の感染率0.79%(12/1524名)は武漢全体の0.37%より高値と報告.12名は60歳以上が8名,7名が非小細胞肺がんで,3名が死亡.担がん状態は感染の高いリスクとなる可能性がある(オッズ比2.31).原因としては免疫能の低下,化学療法の影響,頻回の病院通院等が考えられる.担がん患者では感染しやすい可能性を考え,外来受診の回数を抑えるなどの対策が必要である.JAMA Oncology. March 25, 2020

◆母子感染.9名の感染妊婦の検討で,母子感染(垂直感染)の根拠はないと報告されていたが,否定する複数の報告が出た.まず武漢の感染妊婦から産まれた新生児33名のうち3名(9%)が,生後2,4日目の鼻咽頭・肛門ぬぐい液でPCR陽性となった.しかし6~7日目には陰性化した.なぜ速やかに陰性化するのか不明(JAMA Pediatrics. March 26, 2020).また母子感染による1例報告があり,出生2時間後にはIgM↑とIL6/10↑を認め,(IgMは胎盤を通過しないことから)子宮内感染が示唆された(JAMA. March 26, 2020).さらに,感染妊婦から生まれた6名の新生児の検討で,血清や鼻咽頭ぬぐい液のPCR検査で陰性であったものの,5名でウイルス特異的血清IgG↑,2名でIgM↑が報告された(JAMA. March 26, 2020).以上より,ウイルスは胎盤を通過し,新生児の体内で抗体産生が生じる.予後は良好.

◆心筋障害.急性呼吸促迫症候群(ARDS),二次性血球貪食性リンパ組織球症と並ぶ3大予後不良病態の検討.武漢の入院患者416名において82名(19.7%)に心筋障害(定義は高感度心筋トロポニンI↑)を認めた.心筋障害あり群は高齢で,高血圧が多い.N 末端プロ B 型ナトリウム利尿ペプチド,CK-MBが高値.かつARDS,急性腎障害,電解質異常,凝固異常,低蛋白血症も多かった.致死率はあり群となし群で51.2%と4.5%であった(図1).心筋障害の病態解明と対策が必要.JAMA Cardiol. March 25, 2020



◆COVID-19と神経疾患.武漢の神経内科医が米国神経学会ブログに寄稿.神経症状の多くは非特異的で,頭痛,めまい,疲労,筋痛が多いが,痙攣や昏睡,嗅覚・味覚障害もある.
①脳卒中:D-dimer高値や血小板減少を背景として発症する.血栓溶解療法や血栓回収術の適応はCOVID-19の状況を考慮して決める.二次予防に抗血小板薬や抗凝固薬を用いる場合,血小板数や凝固能を頻回に確認する.スタチンも肝機能や筋障害を確認して処方する.またウイルスは血管内皮細胞のACE2に結合するため,著明な高血圧を呈しうる.血小板減少や凝固異常があると脳出血リスクが高まる.降圧薬については配慮が必要で,カルシウム拮抗薬が好ましい(これは次項目で解説).
②髄膜炎:髄液中にウイルス核酸が証明された報告はあるが,ウイルスが直接中枢神経を侵す確実なエビデンスはない.またリンパ球減少も生じるため,結核性髄膜炎のような日和見感染にも注意.
③自己免疫疾患:重症筋無力症(MG)なども重症ハイリスク群である.MGではクリーゼに注意する.免疫抑制薬の中止についても検討が必要.ステロイドについては,MGとCOVID-19の双方を考慮して決める.

◆基礎研究(1).ACE2はウイルスが感染する受容体であると同時にレニン・アンギオテンシン・アルドステロン系(RAAS)の活性化を抑制する酵素である.先日,RAASを抑制するACE阻害薬+ARBがACE2発現を増加することで感染リスクを高める可能性が指摘され,米国3学会は十分な臨床データがないとして,薬剤の中止・変更をしないように呼びかけた.今回,発表された総説は逆に「これらの薬剤は肺や心筋に対して保護的に作用する」という仮説を提唱し驚いた.
まず内服中止の危険性が示されている.心不全や心筋梗塞患者では症状の不安定性,予後の増悪をもたらす可能性がある.高血圧患者での中止は,リバウンドによる血圧急上昇の可能性がある.他の降圧剤の切り替え中の血圧上昇リスクや,血圧コントロールは患者によりまちまちであり,状態の増悪をきたす可能性がある.
ACE2はアンギオテンシンII(A-II)に作用し,A-(1-7)に変換することでRAASを抑制する(図2).ウイルスがACE2を介して感染後,ACE2にはダウンレギュレーションが生じ,その結果,RAASは持続的に活性化する(よって患者では血圧が上昇しうる!).RAAS活性化は肺損傷,心筋リモデリングの障害,血管収縮,血管透過性の亢進を引き起こす.実際にSARSでは,A-IIの持続的活性化により肺損傷が起こり,RAAS阻害剤が抑制効果をもつことが示されている.ACE2 KOマウスでは,A-II活性化による急性心筋障害に対し,左室リモデリングが不良であることも報告されている.以上のようにRAAS抑制は肺,心筋保護に繋がる可能性があり,組み換えヒトACE2やARB(ロサルタン)の効果・安全性を検証する臨床試験が進行中である. Engl J Med. 2020 Mar 30.



◆基礎研究(2).COVID-19の原因ウイルスSARS-CoV-2は人獣共通感染症(Zoonosis)を起こす.ゲノム配列の75~80%はSARSのウイルスと相同だが,むしろコウモリ・コロナウイルスに近い.つまり自然宿主(最初にウイルスが感染する生物)はコウモリで,中間宿主への感染を通してヒトに感染するウイルスに変異したと考えられている.中間宿主は,SARSはハクビシン,MERSはヒトコブラクダだが,COVID-19では不明であった.武漢の生鮮市場における中間宿主としてヘビ,カメ,センザンコウ(Pangolin)が候補に挙げられていた.センザンコウは密売される絶滅危惧種の哺乳類である.今回,マレーセンザンコウ由来コロナウイルスが2種類同定され,その1つがSARS-CoV-2とゲノム配列で85.5~92.4%の相同性を示し,受容体結合領域のアミノ酸配列に限ると97%が一致した.センザンコウの市場での売買を禁止すること,そして中国や南アジアにおける生態調査が将来の新たな感染症防止に重要であると著者は述べている.Nature. 26 March 2020

◆閉じ込め政策(1).シンガポールからの閉じ込め政策の科学的根拠に関するモデル研究.具体的には,感染者の隔離とその家族の検疫,2週間の休校,検疫強化(PCR検査),従業員の半数を在宅勤務にすることで「大幅に感染拡大を防ぐことができる!」と報告した.基本再生産数(一人の感染者から生じうる二次感染者数:R0)を,比較的低い(1.5),中程度(2.0),高い伝染性(2.5)とし,「無症状者からの感染」を7.5%と想定した.閉じ込め政策を行わなかった場合,80日後の累積患者数はR0=1.5で279,000人(シンガポール人口の7.4%),2.0の場合727,000人(19.3%),2.5の場合1,207,000人(32%)と予測.もし上記政策を行った場合,R0=1.5の場合1,800人(99.3%の減少), 2.0の場合50,000人(93.0%の減少),2.5の場合258,000人(78.2%の減少)になった(図3).ウイルスの伝染力にもよるが,閉じ込め政策は有効である.Lancet Infectious Diseases. March 23, 2020



◆閉じ込め政策(2).上記論文に対するコメントが同じ号に掲載されている.閉じ込め政策では科学的根拠のみならず,倫理的配慮が重要だと強調している.政治家は施行に際して,人種による差別や経済的弱者への重い負担を防ぐ必要がある.またホームレス,収監者,身体障害者,不法移民のような人々には特別な配慮が必要である.Lancet Infectious Diseases. March 23, 2020

◆閉じ込め政策(3).問題のR0はCOVID-19ではいくつなのか?実は「プレプリント(査読なし)」を含めると16の論文が報告されている(図4).黄色丸が平均値で,赤と青は95%信頼区間の最大・最小値を示す.発表日順に並び,左側10個が査読なし,右側6個が査読ありである.査読なしに外れ値が2つあり,合議の上この2つを除外すると,査読なしで3.02(95%CI 2.65-3.39),査読ありで2.54(2.17-2.91)であった.プレプリントは慎重な評価を要するが,速やかな情報の共有は有用である. Lancet. March 24, 2020



◆臨床試験(1).以下の3つの臨床試験はすべて中国から.C型肝炎ウイルス・プロテアーゼ阻害剤danoprevirと,その血漿濃度を維持するCYP3A4阻害剤リトナビル(高濃度では抗HIV薬となる)を,COVID-19の中等症患者11名に投与する単群オープンラベル多施設共同試験.安全性は確認され,全員が4つの状況(3日間以上の平熱・呼吸器症状の改善・肺病変の顕著な改善・2回連続PCR陰性を達成して退院した.ダノプレビル/リトナビル併用は有望.medRxiv. March 24, 2020

◆臨床試験(2).ロピナビル/リトナビル配合剤群(カレトラ®)と抗ウイルス薬ウミフェノビル群(アルビドール®),そして対照群を2:2:1(21名,16名,7名)に割り付けるELACOI試験が行われた.7日目ないし14日目におけるPCRの陰性化,および臨床・画像所見の改善に関して,3群間で有意差なし.ロピナビル/リトナビル配合剤群では副作用が多かった(23.8%).既報の通り,これらの薬剤による効果は乏しい.medRxiv. March 23, 2020

◆臨床試験(3).急速な進行を示し,抗ウイルス薬使用に関わらずウイルス量排出量が高く,ARDSと低酸素血症を呈し人工呼吸器を要する重症5名に対し,回復患者からの血漿の効果を調べる単群試験が行われた.特異抗体への結合価が1:1000以上,中和力価40以上に調整されている.主要評価項目は,体温,SOFAスコア(0-24;大きいほど重症),PAO2/FIO2,ウイルス排出量,血清抗体価,ARDS,人工呼吸器・ECMO治療.5名中4名が3日以内に体温が正常化,12日以内にSOFAスコアとPAO2/FIO2が改善.ウイルス排出も12日以内に陰性化(図5).ARDSも12日以内に4名が改善し,3名は14日以内に人工呼吸器を離脱した.3例は入院後51-55日で退院し,2名は37日で病状は安定している.重症例に対しても有効性が示唆されるが,ランダム化比較試験が必要である.JAMA. March 27, 2020




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