Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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芸術に見るジストニア 「アメデオ・モディリアーニ」

2024年07月31日 | 医学と医療
以前,Brain Nerve誌の特集号「芸術と神経学(2021)」のなかで,高尾昌樹先生がジストニアを描いた画家としてエゴン・シーレを紹介されていましたが,フロリダ大学のMichael S. Okun教授はご自身のTwitterで,アメデオ・モディリアーニ(1884-1920)の絵を紹介されていました.この印象的な絵は見たことがありましたが,モディリアーニについてよく知りませんでしたので調べてみたところ,Mov Disord Clin Pract誌に下記の論文がありました.

論文には1枚目の絵「 Portrait of a woman with hat」が紹介されていて,「モディリアーニはジストニアのような上半身の伸長,弯曲,ねじれによって,しばしば肖像画に官能性を呼び起こした.特に内縁の妻ジャンヌ・エビュテルヌを描いた作品では顕著である.傾いた顔に2本の指が軽く触れているポーズは,斜頸で観察される感覚トリックの典型である」と書かれていました(感覚トリックはある部位を触ることによってジストニア症状が緩和される現象のことです).

2枚目の絵「Jeanne Hebuterne in Red Shawl」もタイトルから分かるようにエビュテルヌを描いたもので,やはり頸部のジストニアを認めます.ただしこれらのポーズは,イタリア・ルネサンス期に流行した「ヴァージン・アンヌシャンテ(Virgin Annunciate:受胎告知)」であるとの指摘もあるようです.

モディリアーニは35歳の若さで結核性髄膜炎で亡くなりましたが,その翌日,エビュテルヌは5階の窓から飛び降り,身ごもっていた子供とともに自殺されたそうです.

エビュテルヌが頸部ジストニアであったという証拠はありません.一方,モディリアーニ自身が頸部ジストニアであったという確たる証拠はないものの,何枚かの写真には頭部の傾斜と右胸鎖乳突筋の肥大が写っているとの記載があります.
Newby RE, et al. A History of Dystonia: Ancient to Modern. Mov Disord Clin Pract. 2017;4(4):478-485.




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脳はどのように老廃物を洗い流しつつ,免疫監視を行っているか?

2024年07月30日 | 認知症
最新号のScience誌に「脳の洗浄の解剖学」というミニレビューが掲載されています.その肝となるのがグリンファティック系とリンパ系の連携なのですが,掲載されている図を見て,だいぶ理解が深まりました.

まずグリンファティック系(glymphatic system)は,2014年にコペンハーゲン大学Maiken Nedergaard教授らが発見した脳の廃棄物を脳脊髄液とともに除去するシステムであり,神経変性疾患に関連するアミロイドβやαシヌクレインなどの異常蛋白もこの系で除去されます.最近は学生の講義などでも説明していますが,老廃物は最終的にどこに行くのかとか,免疫系はどのように関与するのかとか,自分でもよく理解できていませんでした.

もう一つ重要な発見は10年ほど前に,リンパ管のネットワークが硬膜に収められていることが(再)発見されたことです.この髄膜リンパ管はもともと200年以上前に報告されていたそうですが,科学界からは完全に忘れ去られていました.つまりリンパ管は昔習ったように脳実質には存在しないものの,硬膜には存在してここからドレナージされることになります.この硬膜はさらに免疫監視も行っています.つまり免疫細胞は脳実質に直接侵入することなく,硬膜において脳の病気や異常を監視していることになります.

ここで図を説明します.
1.グリンファティック系の流れ(青色の矢印):
脳脊髄液は動脈に沿って移動し,glymphatic flowとなって脳実質を通過して老廃物を運び出します.この流れは,動脈の脈動やアストロサイトの水チャネル(AQP4)によって促進されます.睡眠中には,ニューロン活動の減少,深睡眠中(デルタ波)の同期した神経活動による脳脊髄液の流れの促進により,このシステムが増強されます.

2.クモ膜顆粒における免疫監視(図の①および拡大図1)
硬膜に突き出たクモ膜の小さな突起で,ここに免疫細胞が密集していることが分かっています!ここで,免疫システムへの脳脊髄液からの抗原サンプリング,および監視が可能となります.具体的には硬膜周辺のsinusに集まる抗原提示細胞が,脳脊髄液中の抗原を取り込み,巡回するT細胞に提示します.

3.ACE (arachnoid cuff exit point)ポイントにおける脳実質と硬膜の連絡(図の②および拡大図2)
脳からの静脈血は,橋渡し静脈(bridging vein)を通って硬膜洞(dural sinus)に送られます.橋渡し静はくも膜下腔を貫通する際に,くも膜の一部を道連れにして硬膜に至り,ACEポイントと名付けられたカフ状の構造で終わります.ここで硬膜と脳実質間の直接的な連絡が生じるのだそうです.老廃物が蓄積する変性疾患では,これらの部位が詰まり,アミロイドβなどの除去がうまくいかなくなる可能性が指摘されています.

以上を踏まえるといくつかの治療戦略が考えられます.
1. グリンファティック系(=老廃物除去)の促進
アストログリアのAQP4チャネルの機能を強化する薬剤や,動脈の脈動を増強する薬剤の開発,もしくはニューロン活動の同期を促進し,脳脊髄液の流れを増強する技術の開発が考えられます.

2. 免疫監視の強化
硬膜内の免疫細胞をターゲットとし,脳内の病原体や異常タンパク質の早期検出と除去を促進するという戦略が考えられます.例えば抗原提示細胞の機能強化を目的とした免疫調整薬の開発や,ACEポイントを介した免疫細胞の移動を調節する治療法の開発です.

以上,神経変性疾患にしても感染・免疫性疾患にしても,その治療標的として,グリンファティック系と硬膜リンパ系がますます重要になっていくものと考えられます.
Kipnis J. The anatomy of brainwashing. Science. 2024 Jul 26;385(6707):368-370.(doi.org/10.1126/science.adp1705


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逃げたくなる『悩み』を成長のきっかけに@「医師こそリベラルアーツ!」連載第4回

2024年07月27日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第4回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.いままで29回,岐阜大学にてリベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

リベラルアーツに関するイントロを終えて,今回よりいよいよ本格的に読書を開始します.まずヴィクトール・フランクルの名著『夜と霧』を取り上げました.オーストリアの精神科医であるフランクルは,ナチスの強制収容所という極限の状態の中で「臨床医としての観察」を行い, 2つのことを見出します.1つは「人間の精神の崇高さ」であり,もう1つは「悩むことの大切さ」です.後者は逃げ出したくなるような苦しい状況や悩みこそが,人間の精神的成長や情熱を生む原動力となり得るというものでした.ひとの生死に関わる医療者の仕事も,悩みや苦悩は避けられないものです.フランクルの教えは,これらの悩みをただの苦しみと捉えるのではなく,それを乗り越えることで自らの成長と患者さんへの貢献につなげることができるという前向きな視点を提供してくれます.自分も年齢とともにそのような考え方ができるようになりましたが,医学生や若いドクターにもそういったことを伝えたいと思いました.今回は『夜と霧』のほかに,姜尚中の『悩む力』や夏目漱石の『三四郎』も紹介しました.



さて次回はフランクルの師アドラーについて解説したベストセラー『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』を取り上げ,幸せになるためにすべきことを考えたいと思います.なお本連載は,医師・医学生限定コンテンツで,医師または医学生の方は,会員登録すると記事全文がお読みいただけるようになります.




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MuSK抗体陽性重症筋無力症は傍腫瘍症候群のひとつと考えられる

2024年07月26日 | 重症筋無力症
MuSK抗体はAchR抗体陰性の重症筋無力症の30~50%(全体の5〜7%)に認められる抗体です.MuSKとはmuscle-specific kinaseのことで,細胞膜上に発現する受容体チロシンキナーゼです.MuSK抗体は補体を動員せず,またIgG4クラスに属します.これまでMuSK抗体陽性重症筋無力症(MuSK-MG)患者におけるがんの有病率は不明で,MuSK-MGが傍腫瘍症候群として報告された事例はないそうです.

イタリアからMuSK-MG患者における腫瘍の頻度を明らかにし,MuSK抗体産生のメカニズムを検討した後方視的研究が報告され,最新号のAnn Neurol誌に掲載されています.対象は2005年から2022年までの94人のMuSK-MG患者(男性21人)で,うち13人(13.8%)に腫瘍を認めました(そのうち2名は2回腫瘍を発症したためのべ15人).この15人の腫瘍の内訳は血液系腫瘍が5人(33%)で最多(うち3人が縦隔リンパ腫),ついで乳がん3人,子宮がん2人,消化管2人でした.また腫瘍の発見はMuSK-MGの診断前が5人,同時が2人,診断後が8人でした(グラフ).

つぎにMuSKのがん組織における発現を免疫染色にて検討しています.上記のうち,原発性縦隔大細胞型B細胞リンパ腫(PMBCL)と子宮内膜がん(ECCC)の2名において,MuSKはいずれのがん細胞においても核内に強く発現し,細胞質には軽度発現していました(MuSKの核移行が示唆されました).またMuSK-MGを発症していないPMBCLおよびECCC患者のがん組織においてもMuSKの発現が確認されました(図).通常の子宮内膜組織ではMuSKは発現していませんでした.

6人の患者ではがんの診断時に長期の免疫療法を受けていました.PMBCLの患者はがんの診断時にリツキシマブで治療されており,これがMG発症を遅らせた可能性が議論されています.PMBCLは最も頻度が高い腫瘍ですが,B細胞枯渇治療はMuSK-MGおよびPMBCLの両方に効果的である可能性があり,今後,その治療効果を検証する必要があります.

以上よりMuSK-MGは傍腫瘍症候群のひとつである可能性が示唆されました.MuSK陽性例では腫瘍の検索をMGの発症時に加え診断後も定期的に行う必要があります.

Falso S, et al. Cancer Frequency in MuSK Myasthenia Gravis and Histological Evidence of Paraneoplastic Etiology. Ann Neurol. 2024 Jul 15.(doi.org/10.1002/ana.27033



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脳アミロイド血管症関連炎症と中枢神経系原発性血管炎を鑑別するポイント

2024年07月24日 | 認知症
脳アミロイド血管症関連炎症(CAA-RI)と生検陽性の中枢神経系原発性血管炎(BP-PACNS:BPはbiopsy-positive)は類似した臨床像を呈します.両者を臨床的・画像的に鑑別できるか,また再発率は異なるかについて検討した研究がフランスから報告されました.

多施設の後方視的コホート研究です.CAA-RIの診断は,生検または臨床・画像的基準を満たす患者とし,PACNSは病理学的に中枢神経系血管炎が確認され,他の原因を認めないこととしています.画像所見は神経放射線科医が,臨床情報を盲検化して読影しています(図1).



対象はCAA-RI患者104例(平均73歳,女性48%)とBP-PACNS患者52例(平均45歳,女性48%)でした.おもな画像所見と臨床所見を比較した表を作ってみますと,図2の通りでした.つまりCAA-RIの特異度が高かったのは,急性クモ膜下出血,皮質表在性シデローシス,過去の脳内出血,21個以上の半卵円中心の血管周囲腔でした.



Probable CAA-RI criteriaは,両疾患の鑑別において感度71%,特異度91%でした.寛解後2年間の再発率は,CAA-RIの方がPACNSよりも低いことが分かりました(ハザード比0.46,p = 0.04)(図3).



結論として, 特異度の高い画像所見である急性クモ膜下出血,皮質表在性シデローシス,過去の脳内出血,21個以上の血管周囲腔を確認することで,CAA-RIの可能性が高くなります.CAA-RIに高頻度に認められる白質高信号病変や葉状微小出血のみでは鑑別は困難なようで,一部の症例では生検が必要になります.一方,PACNSは頭痛や運動障害がやや多く,また非虚血性脳実質ガドリニウム増強の存在に注目することになります.
Grangeon L, et al. Cerebral Amyloid Angiopathy-Related Inflammation and Biopsy-Positive Primary Angiitis of the CNS: A Comparative Study. Neurology. 2024;103:e209548.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000209548


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アルツハイマー病に対する抗体療法の課題と将来の展望 ―3つの疑問―

2024年07月22日 | 認知症
第14回日本脳血管・認知症学会総会は歴代2番目という多くの皆様にご参加いただき,大変有意義な議論をさせていただきました.ご参加いただきました皆様に感謝申し上げます.
さて私は標題の大会長講演をさせていただきました.このなかで抗体療法を行うかどうか患者さんと「協働意思決定」する場合生じる3つの疑問について深く考えてみました.

1)病態抑止とはそもそも何なのか?(従来の薬剤と何が異なると説明すればよいのか?従来の薬剤と比較してみよう)
2)2つの副作用(ARIAと脳萎縮)をどのように考えたらよいのか?(ARIAの本態は何なのか?アミロイドβは本当に単なる悪玉か?)
3)診療に必要なApoE遺伝子検査をどうすればよいか?(保険収載を求めなくてよいのか?遺伝子診断の結果を開示するか否か?)

以下よりスライドをご覧いただけます.抗体薬の協働意思決定は勉強すればするほど難しいです.医療者のみならず,倫理学や遺伝学,法律や経済の専門家,患者さん・家族など,さまざまなステークホルダーが加わって議論する必要があると思います.

スライドはこちらからご覧いただけます.









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アルツハイマー病に対する抗体薬使用に関する協働意思決定

2024年07月18日 | 認知症
協働意思決定(shared decision making:SDM)とは,患者さんと医師が協力して医療に関する意思を決定することです.図にようにパターナリズムとも,インフォームドコンセントとも異なる,現代のスタンダードです.先日,認知症診療のエキスパートの先生がたと「アミロイドβ抗体薬の使用に関するSDM」について議論しました.以下,自分なりに勉強したり考えたりしたことをまとめました.このSDMはかなり難しいと言うのが本音です.週末に岐阜で開催される「第14回脳血管・認知症学会総会」の大会長講演で,その一部をさらに深く考えて議論するつもりです.


図.リハビリスクエアより引用

1)アミロイドβ抗体薬に関するSDMの難しさ
◆SDMを大きく左右するのが「医師の説明」である.抗体薬の効果をどう説明するかはそれぞれの医師の解釈にかかっている.しかし抗体薬の効果に対する解釈は実はさまざまである.
◆「医師の説明」において不可欠である情報は,①抗体薬(=病態抑止薬)とドネペジルなどの既存薬の違い,②2つの抗体薬(レカネマブ,ドナネマブ)の違い,が挙げられる.しかしこれらの説明は簡単ではなく,とくに前者の「病態抑止」をいかに定義するかは難しい問題である(→大会長講演で議論します).
◆SDMのももう一つの柱は「患者さん・家族の価値観」である.つまり医師は,患者さん・家族が大切にしているもの(=価値観)を引き出し,理解するスキルが求められる(=patient-centered communication skill).それは人生の終末期をどのように生きたいかという人生哲学的な問題を引き出すことである.しかし必ずしも誰もがその答えを持っているとは限らないため悩むことになる.
◆アミロイドβ抗体薬に対する「患者さん・家族の価値観」は一致しないことが少なからずあるため,話し合いを通して確認し,患者さん・家族が合意する必要がある.受診したきっかけ,つまり患者さん本人が望んだものか,それとも家族が望んだものかは理解の参考になる.

2)ApoE遺伝子診断の難しさ(→大会長講演で議論します)
◆ApoE遺伝子診断は,その結果によって副作用(ARIA)のリスクが大きく変わるため,SDMにおいて患者さんが治療を決断する重要な情報となる.医師にとっても治療開始後の副作用の備えるために重要な情報である.つまり治療開始前に行わねばSDMの役に立たずに意味が半減する.
◆現状ではApoE遺伝子診断の保険診療は認められておらず,また適正使用ガイドラインにも記載されていないという大きな問題がある.このため患者さんの同意をとったうえで研究として遺伝子検査を行うことになるが,その際,結果の開示に関して「結果を開示しない」もしくは「希望があれば開示する」という2つの対応が生じうる.
◆「結果を開示しない」方針としても,ε4ホモ接合であればその後のMRIフォローアップを厳重に行ったり,治療薬(血栓溶解薬や抗凝固薬)の制限に関する説明をすることで,結局伝わっってしまう可能性がある.
◆遺伝子診断の意義の説明をする際に,そのメリットとデメリット(遺伝的,経済的,社会的デメリット)をどのように伝えるか,また両者をどのように評価して治療の決定につなげるかは実はかなり難しいスキルが求められる.

3)治療導入とその後の難しさ
◆治療導入に関する患者さんの意思の確認は一度ではなく,複数回行うべきである.なぜなら治療の医師は,抗体薬に関する新たな情報を入手したり,理解したりすることで変化しうるためである.よって治療の意思は変更しても良いことを事前に伝えたほうが良い.
◆アルツハイマー病を疑い,PETや脳脊髄検査を行ったものの,アミロイド陰性が判明し,治療導入に至らなかった患者さんに対する支援やサポートは重要かつ難易度が高く,まさに医師としての力量が問われる(MCIや軽度認知症レベルにおけるADの診断はそう容易ではなく,アミロイド陰性例も少なくはない可能性がある).
◆遺伝子診断を行ったものの,ε4ホモ接合で治療導入に至らなかった患者さんに対する支援やサポートは重要かつ難易度が高く,まさに医師としての力量が問われる.
◆抗体薬の開始後,認知症症状は進行してしまうが,症状の進行を自覚して落胆し,治療からdrop outすることがないよう,治療効果を「見える化」する工夫が必要である.

終わりに
アミロイドβ抗体薬をめぐるSDMは勉強すればするほど難しいと思います.また医療者のみならず,倫理学や遺伝学の専門家,法律や経済の専門家,患者さん・家族など,さまざまな専門家やステークホルダーが加わって議論する必要性を感じます.

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脳神経疾患の罹患後に筋肉が衰える驚きの理由!

2024年07月16日 | 感染症
医療者であれば脳神経疾患罹患後に筋力が低下することに異議を唱える人は少ないように思います.これは長期臥床による廃用萎縮(筋肉を動かさないことによる萎縮)と説明されてきました.ワシントン大学からScience Immunol誌に報告された論文を読むと,意外なことに単なる廃用ではなく,「脳内で起きた炎症シグナルが筋肉に伝わってミトコンドリア障害をきたす」という驚くべきことが生じていることが分かります.

結論が図にまとまっているのでこれを用いて解説したいと思います.論文によると感染症(細菌感染,COVID-19)や神経変性疾患(アルツハイマー病)のあとに筋障害が生じる経路は2つあり,①神経変性を介する筋障害経路,②炎症シグナルを介する筋障害経路になります.



①神経変性を介した筋障害経路(図1左)
病原体の脳内侵入→Toll受容体とPGRP(ペプチドグリカン)受容体の活性化→転写因子Dorsal およびRel の核移行→抗菌ペプチド(AMPs)の生成→神経細胞の炎症とこれに伴う神経変性→神経系の機能低下→結果的に筋機能障害の発生

②炎症性シグナルを介した筋機能障害(図1右)
感染または慢性神経疾患→活性酸素種(ROS)の脳内での生成・蓄積→炎症性シグナル伝達(JNK経路の活性化.FosとJunを介してUpd3*(哺乳類ではIL-6)の発現を誘導→Upd3/IL-6の血液循環への放出と筋への到達→IL6受容体の活性化とJAK/STAT経路の活性化→リン酸化STATの核移行→ミトコンドリア機能障害(ATP産生↓)→筋障害
* Upd3(Unpaired 3):ショウジョウバエにおけるマウスIL6のオルソログ

図2はミトコンドリア膜電位を評価するためのTMRE染色(tetramethyl rhodamine ethyl ester)染色

つまりbrain-muscle axisというシグナル経路が存在すること(脳-筋連関)をショウジョウバエ・モデルとマウス・モデルで確認し,さらにヒトにおいてもCOVD-19後遺症である筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)やアルツハイマー病(Aβ42)をモデルに確認を行っています(COVID-19後のサイトカインストームにおいてIL-6は,IL1βやTNFαなどとともに重要なサイトカインです).もしこれが正しければIL6に対するモノクローナル抗体や,JAL阻害剤が脳神経疾患後の筋障害に有効ということになります.もちろん高額な薬剤を多くの脳神経疾患に予防的に使用することはハードルが高いですが,まずトシリズマブ(IL6抗体薬)などの治療を受けた患者さんの筋障害がどうであったのかなど臨床におけるデータの検証が必要になるものと思います.
Yang S, et al. Infection and chronic disease activate a systemic brain-muscle signaling axis. Sci Immunol. 2024 Jul 12;9(97):eadm7908.(doi.org/10.1126/sciimmunol.adm7908

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MDSJ 2024 イブニングビデオセッション13症例

2024年07月14日 | 運動異常症
第18回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(大会長 村松慎一先生)のイブニングビデオセッションにて,当科森泰子先生が「しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳男性」の発表をしました.手袋靴下型のしびれ感,四肢筋力低下とともに認知機能障害,四肢の顕著なミオクローヌス(陽性+陰性?),偽アテトーゼを呈しました.前医で行ったIVIG,IVMPとも無効.脊髄MRIで神経根の肥大.脳脊髄液タンパク著明高値.以上よりノドパチーを疑い,血清Caspr1抗体陽性が判明.中枢神経症状にもこの抗体が関与した可能性を疑い,脳脊髄液中を検索したところやはり抗体陽性(Caspr1は中枢神経にも存在します).ラット脳を用いた免疫染色でも陽性.リツキシマブによる治療を行ったところいずれの症状もほぼ消失・・・ということでCaspr1抗体が自己免疫性脳炎を来しうる可能性を初めて示した症例報告でした(投稿中).

以下,その他の12例のメモになります.とても勉強になりました.
1.頭痛とともに四肢の不随意運動を繰り返す20歳代女性
拍動性頭痛時に出現する上下肢の安静時・姿勢時の不規則なミオクローヌス.
診断:孤発性の片麻痺性片頭痛:遺伝子解析は未施行(片麻痺なし,かつ不随意運動も上肢と下肢で左右が同側でない点はatipicalか.機能性ミオクローヌスも鑑別に上がりそう?)

2.下肢不随意運動を認めたアレキサンダー病(59歳男性)
脳幹から脊髄のtadpole appearanceを示す遺伝子診断で確定したアレキサンダー病の両下肢の不随意運動を何と表現するか?
症候:周期性四肢運動障害が覚醒時に出現したものという意見もあったが,一定間隔をおいて出現する三重屈曲現象様であり,脊髄自動反射(spinal automatism)ではないかということになった.

3.音楽ゲームプレイ中に不随意運動が出現した20歳代男性
左右の手指をつかって非常に早くタップする,いわゆる「音ゲー」を長期間行ってきたところ,左手指がうまく使えなくなった.
診断:音楽ゲームに伴うfocal task-specific dystonia

4.高齢発症で四肢舞踏運動を呈した白質脳症の1例(74歳女性)
全身性の舞踏運動で,左下肢にやや目立つ.MRIでは大脳白質のびまん性信号異常.脳脊髄液オリゴクローナルバンド陽性.
診断:AQP4抗体陽性NMOSD(近年,AQP4抗体陽性例でびまん性白質病変を呈した症例報告はあるが,症候が非典型的なので,他の抗神経抗体が存在する(double positive)可能性も検討すべき.抗体としては自己免疫性舞踏病を来す抗体としてはNMDAR,CV2/CRMP5,LGI1,IgLON5などがあるとコメントさせていただいた.


5.パーキンソニズムで発症し,下肢の痙性と認知機能障害を呈した39歳男性
常染色体潜性遺伝性の早発型パーキンソニズム.姿勢保持障害,下肢痙性,認知機能低下,L-DOPA反応性あり.
診断:PARK7(DJ-1遺伝子変異)

6.薬剤性口舌ジスキネジアの1例(50歳代男性)
口舌ジスキネジア,spasmodic dysphoani.スルピリド,リスペリドンにより増悪.薬剤性が疑われたが,家族内類症あり.L-DOPA反応性あり.
診断:DYT5(瀬川病)

7.歩けるけど走れない13歳女子
3歳から歩けるけど走れなかった.走ると膝が曲がらなくなりスピードが出ない.開閉剛を繰り返すとだんだん困難になる.症候の評価は意見が分かれた(muscle stiffness?dystonia?neuromyotonia?)針筋電図正常.
診断:Brody病(ATP2A1遺伝子複合ヘテロ).運動誘発性の筋硬直を特徴とする常染色体劣性ミオパチーとのこと.きわめて稀な疾患で本邦初の報告.

8.しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳代男性
診断:中枢神経症状を伴うCaspr1抗体関連ノドパチー

9.2相性の顎開口ジストニアに対しホスレボドパ/ホスカルビドパ持続皮下注射療法が奏効したパーキンソン病男性
症候:CSCIに伴うdiphasic dystoniaとして,jaw-opening dystoniaが出現した症例.

10.感染性腸炎に対して意識障害と刺激誘発性の姿勢異常を呈した54歳男性
ベトナム渡航後の感染性腸炎後の構音障害,意識障害,心肺停止.経過中に吸引で手足を引っ込めるような運動異常を認めた.症候からPERMや脳皮質硬直などが議論されたが,診断はGM1+,GD1a+でBickerstaff脳幹脳炎とのこと.

11.踊るような激しい四肢の不随意運動を呈した42歳男性
上肢ジストニア,下肢バリズム様の不随意運動.MRIのは正常,しかしDAT取り込み低下.
診断:dancing-feet dyskinesiaを伴ったGBA遺伝子変異を伴うパーキンソン病(dancing-feet dyskinesiaという既報があるとのこと)

12.原因不明の進行性不随意運動を呈する男性例(48歳)
体幹ミオクローヌス.歩行時に左手を前方に伸ばし手指に不随意運動が出現する.頸部にも不随意運動.症候はexercise-induced dystoniaで,診断については遺伝性ジストニアやハンチントン病などが議論されたがまだ診断不明とのこと.車椅子は非常にうまく操れる(車椅子サインはFNDでもよく見られるが・・・)
診断:未確定

13.両下肢の筋力低下と振戦が目立った50歳女性例
亜急性に進行する安静時振戦,起立時の振戦,下肢の筋力低下.腱反射やや亢進.
診断:Basedow病に伴うthyrotoxic myopathy.



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多系統萎縮症の診断はもはや簡単なものとは言えなくなった!@第18回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(宇都宮)

2024年07月11日 | 脊髄小脳変性症
標題の学会にて故郷の栃木県に来ております.私は大会長の村松慎一先生(自治医大学)に貴重な機会を頂戴し,教育セミナー「MSAの診断」という講演をさせていただきました.要旨は以下のとおりです.

◆MDS MSA診断基準(2022)は早期診断の実現を目指したものの,発症から3年以内の感度は不十分,かつ複数の問題があり,とくに mimicsをいかに除外するかは重要な課題であること.
◆hot cross bun signを呈するimaging mimicsとして,SCA27BやRFC1遺伝子関連スペクトラム障害,そして自己免疫性小脳失調症(Homer-3,KLHL11,Ri,GAD,amphiphysin,IgLON5抗体)など報告がこの10年で増えていること.
◆レム睡眠障害の合併もαシヌクレイノパチーとは限らないこと.
◆非典型的な経過や症候(舌ミオリズミア,眼球運動制限,線維束性収縮,有痛性筋痙攣等)を認める場合,IgLON5抗体関連疾患を鑑別診断に加えること.
◆MSAの診断基準を満たしていても,亜急性の経過,経過中の改善エピソード,CSF異常を認めるときは自己免疫性小脳失調症の可能性を疑うこと.
使用したスライドはこちらから自由にご覧いただけます.



当科からは以下の4演題も発表しています.いずれも臨床的インパクトは大きいと考えております.ぜひ議論させていただきたいと思います.
① Bergmann gliaに対するIgG陽性の小脳性運動失調症の臨床的特徴.竹腰顕ら(優秀演題.臨床部門ジュニア)

② 繰り返す食後の嘔吐とdistal esophageal spasmを呈した多系統萎縮症の1例.大野陽哉ら(eNeurol Sci. 13 April 2024に報告.

③ 正常圧水頭症と進行性核上性麻痺の併存例に対するシャント術の効果の予測因子.山原直紀ら(臨床神経2024; 64: 113-116に報告.

④イブニングビデオセッション.しびれ感,筋力低下とともに不随意運動を呈した60歳男性.森泰子ら(投稿中) → ニューロパチーが主体でありながら中枢性と考えられる不随意運動を呈する症例.診断に驚くと思います.



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