Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

注目の孤発性脊髄小脳変性症の新分類SAOAの特徴

2017年08月14日 | 脊髄小脳変性症
成人発症の孤発性脊髄小脳変性症の代表はMSA-Cであるが,もう一つは近年,SAOA(Sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology)と呼ばれるようになった分類で,この概念の背景については,過去に当ブログにおいてご紹介した.
孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ーSAOAという考え方ー

自律神経障害を認めない点でMSA-Cと鑑別
されるが,一部のSAOA症例は,その経過中にMSA-Cに表現型が変化しうる(phenoconversion).しかしSAOAの臨床像や重症度,遺伝子変異の関与についてはほとんど不明であった.これを解明するために,ヨーロッパにて成人発症の孤発性脊髄小脳変性症の患者レジストリーであるSPORTAXが結成され,その結果が報告されたのでご紹介したい.

対象は進行性失調症,40歳以降の発症,家族内類症や血族結婚なし,後天的な失調の原因なし,という4項目を満たす症例とした.重症度はSARAで検討し,遺伝子診断は脊髄小脳変性症特異的遺伝子スクリーニングパネルと次世代シークエンサーを用いた.上述の通り,SAOAの一部はMSA-Cにphenoconversionすることから10年間以上,表現型に変化がなかった症例をSAOAと定義した.

さて結果であるが,249名が対象となった.83名がMSA-C probableのGilman分類の診断基準を登録時に満たし,さらに経過観察中に12名が診断基準を満たした(計95名).小脳失調の重症度(SARA高値)を決定する因子は,多変量解析にて,MSA-Cの診断基準を満たすこと,および罹病期間が長いことであった.一方,SAOAと診断されたのは48名であった.MSA-Cと比較してこれらの症例は,小脳失調の重症度が低く(SARA:13.6±6.0 vs 16.0±5.8,P=0.0200),年間の進行速度も遅かった(SARA:1.1±2.3 vs 3.3±3.2,P=0.0013).臨床像に関しては,MSA-CはSAOAと比較して,筋強剛,排尿障害,腱反射亢進が有意に多かった.

遺伝子診断を行った194名中11名(6%)に病因と考えられる遺伝子変異を認めた.具体的には確定的な遺伝子変異は劣性がATM 1名,SPG7 2名,優性がCACNA1A 2名,TRPC3/SCA41 1名,ほぼ確実な遺伝子変異は劣性がADCK3 1名,POLG 1名,SNX14 1名,優性がCACNA1A 1名,OPA1 1名であった.またATM,POLG,CACNA1A遺伝子変異を持つ症例はMSA-C probableの診断基準を満たした.

以上の結果より,SAOAに関して以下の点がわかった.
1)SAOAはMSA-Cと比較して,小脳性運動失調は軽度で,かつその進行も遅い.
2)劣性遺伝および優性遺伝を呈する複数の脊髄小脳変性症の遺伝子が,SAOAの原因になりうる.

3)MSA-Cの原因遺伝子として報告されているCOQ2の変異は認めなかったが,これと異なる3つの遺伝子変異が認められた.しかし,MSAの診断を病理的に確認していないため,これらの遺伝子がMSAを引き起こすとは言えない.むしろphenocopy(表現型模写:通常と異なる表現型が出現)の可能性がある.

さらに本論文は以下の意味でも重要であろう.
1)SAOAの一部がMSAである,もしくは遺伝子変異を持つことがわかったが,残りの症例の病態がまだ不明である(図).変性疾患だけではなく,おそらく治療可能な免疫性,炎症性,代謝性失調等さまざまな疾患が含まれているものと予想される.
2)MSA-Cの病態修飾療法を行う際に,MSA mimicsを除外する必要があるが,SAOAはPSP-Cなどとともに鑑別に挙がる.最後に個人的に使用しているMSAの鑑別診断のリストを提示する(表).厳密にmimicsを否定することはなかなか難しいことが分かるだろう.

Giordano I, et al. Clinical and genetic characteristics of sporadic adult-onset degenerative ataxia. Neurology. 2017 Aug 9. pii: 10.1212/WNL.0000000000004311.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中枢性低体温症では,鳥肌や悪寒に着目する!

2017年08月12日 | その他
岐阜大学神経内科・老年学の林祐一講師が,中枢性低体温症を呈した症例を2報,症例報告している.

1)患者さんの様子がおかしいときには体温の測定も忘れずに行う!
2)低体温時には鳥肌(立毛筋反射)や悪寒を確認し,ない場合には中枢性低体温症を疑う!


この2点において非常に重要であるため,林先生に論文の解説文を記載していただいた. ちなみに2症例は,抗LGI1抗体陽性脳炎と成人アレキサンダー病である.後者における中枢性低体温症は私も経験したことがあり,まれな現象ではない.以下,林先生の寄稿である.

【抗LGI1抗体陽性の再発性脳炎:初発・再発時に注意したい中枢性低体温症】

1)抗LGI1抗体陽性脳炎とは
抗LGI1抗体陽性脳炎(旧称 抗VGKC関連抗体陽性脳炎)は,免疫介在性脳炎の1種で,中高年男性,亜急性~慢性の経過で発症することが知られている.精神症状,痙攣,認知症などが初発症状となる.症状に比して,画像所見や髄液所見が乏しいのが特徴で,診断には,抗LGI1抗体の検出が有効である.精神科疾患と間違えられることもある.ちなみにLeucine-rich glioma-inactivated 1(LGI1)は,中枢神経系に広く発現しているタンパク質で,視床下部にも存在が確認されている

2)症例
本例は,初発症状が幻視,幻聴,家族への暴力を主とし,数か月にわたる経過の末,当科に入院した.当初は精神科疾患と間違うほどの強い精神症状が目立ち,病室の室内装備をことごとく破壊し,精神科病棟での管理を要した.MRIでは,軽微な辺縁系の高信号を認めたが,ステロイド療法では精神症状がさらに増悪,抗精神病薬で改善した.抗VGKC抗体が陽性(のちに抗LGI1抗体とわかる)であったため,抗VGKC関連抗体陽性脳炎と診断した.精神科病院に転院して療養していたが,転院約1年後に,中等度の低体温症を呈して再入院した.当日朝の検温では36度台であったが,4時間後には,通常の体温計では測定不能の低体温となった.スタッフによれば,患者がぼーとしていたので体温を測ってみたら低体温だったという.当院で診察時には,腋窩温は測定不能,中枢温で33.3度を示し,軽度の意識障害を認めた.低体温時には鳥肌が立つ(立毛筋反射),寒さに震えることがよくあるが,本例ではそのような反応は全くみられなかった.スタッフへの問診によれば,極度に冷たいものを大食いしたり,寒い部屋で長時間過ごしていたわけでもなかった.

立毛筋反射やシバリングの欠如から中枢性低体温症と診断した.
中等度低体温症であったので,加温ブランケット,加温輸液を行い復温に成功した(写真).中枢性低体温症の原因を検索したが,本症以外に考えられる原因はなかった.当時,免疫介在性脳炎で中枢性低体温症が生じるという論文が報告されていたので,脳炎の再発症状と考えた.

ステロイドパルス療法を試みたが,復温後も平均15.8日の周期でこのような低体温発作を5回繰り返した.γグロブリン大量療法を行ったところ,次の低体温発作まで79日,ふたたびγグロブリン大量療法を行ったところ,以降5年間の再発性低体温はみられなかった.この中枢性低体温症の治療には適切な復温法と復温後の再発予防には,γグロブリン大量療法が有効ということがわかった.低体温発作時の検体からも抗LGI1抗体が検出され,抗LGI1抗体脳炎の再発と診断した.

3)中枢性低体温症に関する考察
診察所見からは,低体温に対する体温中枢からの生理的なフィードバッグ機構(恒温動物ゆえの機能)としての立毛筋反射(鳥肌)やシバリング(ふるえ)が生じていなかったことから,体温中枢のある視床下部の障害と推定した.MRIでは異常がなかったので,診断には,診察時の皮膚所見やふるえの有無を確認するとともに,詳細な問診(寒さへの暴露の有無)が重要である.また,患者の応答が迅速でない場合には,体温を測定することが気づきのポイントである.

4)その他の疾患における中枢性低体温症
検索してみると,抗NMDAR抗体陽性脳炎や抗VGKC関連抗体陽性脳炎,多発性硬化症,視神経脊髄炎など免疫性神経疾患でも低体温が出現し,初発ないし再発時の症状の1つになっていることがわかった.通常の低体温症は冬季に生じることが多いが,中枢性低体温症では夏でも低体温発作がみられることがあり,季節や室内温との関連はない.

後日談ではあるが,この患者の診療から3年後,成人型アレキサンダー病の患者さんで中枢性低体温症を来した患者に遭遇した.このときも鳥肌の有無や家族への問診が有効であった.ぼーとしていたので家族が体温を測定してみたら測定不能!毛布をかけながら病院へ搬送された.プレ・ホスピタルの救急対応が有効であった.この例でも立毛筋反射は欠如してふるえもみられなかった.視床下部に両側性の高信号を認め,やはり病変の主座は視床下部であった(Hayashi Y, et al. Clin Neurol Neurosurg 2017; 157: 31-33).検索してみると,パーキンソン病でも同様の低体温発作を生じた例もみられた.

5)終わりに
低体温症は,突然死の原因の一つである.中枢性低体温は,神経変性疾患,免疫性神経疾患のいずれでも生じうる.神経内科疾患を抱える家族にもどうか知ってほしい病態である.いつもと様子が違うときには体温の測定を.すべての医師は,復温法を身につけたい.この2つの論文は双子のような論文で,神経内科医がよく診療する神経変性疾患,免疫性神経疾患に共通しておこる症状の1つとして記憶にとどめてほしいと考え報告した.

Hayashi Y, Yamada M, Kimura A, Inuzuka T. IVIG treatment for repeated hypothermic attacks associated with LGI1 antibody encephalitis. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2017 Apr 24;4(4):e348.

Hayashi Y, Nagasawa M, Asano T, Yoshida T, Kimura A, Inuzuka T. Central hypothermia associated with Alexander disease. A case report. Clin Neurol Neurosurg. 2017 Jun;157:31-33.




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする