Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ゲリラ豪雨と高齢者の水難事故

2017年07月28日 | 認知症
気候が大きく変化していることを実感する.暑い日は増えて,熱中症患者も増加した.亜熱帯を連想させるゲリラ豪雨も珍しくなく,急な増水による河川での事故も起きている.

私が外来主治医を担当しているご高齢の患者さんご夫婦が,先日の豪雨の際,近所の川に様子を見に行かれたという話を伺い,「どうして?」と思うとともにショックを受けた.幸い何事もなかったのだが,これは注意すべき大事なことかもしれないと思った.このような事例は少なからずあるのではないかと思い,インターネットで検索すると,以下のようなQ&Aのページを見つけた.

何故,高齢者は台風や大雨で増水した河川を見に行くんでしょうか?警報が出た時点で高齢者にも河川は絶対に見に行かないように注意すればその台風や大雨による死者数はゼロになるケースが増えると思うのですが…」やはり同様の事例がありそうである.そして,そのページの答えには「高齢者は長い期間,近隣の河川の増水した状態を何度も見ているので興味がある.また判断力が衰えているため」等の記載があった.

同じくインターネット上で閲覧できる岐阜県における昨年の統計では,高齢者の水難事故の発生件数,事故者数,死亡が最も多くで,かつ増加し,過去最高であった.釣りの最中の事故が多いようだが,それ以外のケースも多いようだ.

認知機能の低下した高齢者,および認知症患者さんは様々な危険に曝されている.高齢ドライバーによる自動車事故のほか,悪質な訪問販売等による消費者被害もある.さらに徘徊に伴う悲惨な事故として,行方不明,踏切事故や寒冷地での凍死などもみられる.これに加えて,昨今の気候の変化を考えると,河川の近くに住む高齢者,とくに認知機能の低下を伴う場合,水難事故に遭遇しないよう,家族,地域,そして医療者は対策を講じる必要を感じた.

岐阜県 水難事故のあらまし(平成28年度)



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後頭部激痛発作の意外な原因 -臨床の場における観察の重要性-

2017年07月22日 | 頭痛や痛み
岐阜大学神経内科・老年内科の林祐一先生らが,後頭部の激痛発作を呈した3症例についてHeadache誌に報告している.非常に重要な指摘であるのでご紹介したい.

3症例とも頭痛を主訴に救急外来を受診し,頭部CTないしMRI検査が行われたが,頭蓋内に後頭部痛の原因となる病変を見出せず,診療医にとって「理解しがたい激しい頭痛」であった.くも膜下出血にも類似する激しい頭痛を呈する症例も存在し,まさに激痛発作という表現が当てはまった.

実は,これらの症例は視神経脊髄炎(NMOSD)の再発であった.林先生らは,2007年から2016年までの10年間で経験した3症例の臨床症状および画像所見について検討している.全例,AQP4抗体陽性のNMOSDで,頭痛歴のない女性であった.いずれもステロイド単剤による維持療法中(15-17.5mg/d)の再発であった.後頭部の激痛であるため,大後頭神経痛も鑑別に挙がったが,頸髄MRIでいずれもC2椎体レベルの脊髄の背側部分を含む病変がみられたため,再発と判断した.痛みに対してNSAIDsや抗痙攣薬は無効であったが,ステロイドパルス療法が有効であった.既報を渉猟したところ,NMOSDだけではなく,多発性硬化症や初発の特発性脊髄炎でも同様の症状を呈し,画像上,C2椎体レベル脊髄の背側高信号を認めた例が報告されている.偶然にも私たちは,同じ号のHeadache誌に頸原性頭痛の臨床像を報告しているが,これらの症例の頭痛は,頸原性頭痛として矛盾はないように思われる.
 
以上より,以下の2点を強調したい.
1)NMOSDの臨床症状として,後頭部激痛発作を認識する必要がある.
2)後頭部激痛発作を認めた場合,頭部に異常がない場合,頸髄MRIを確認する.


以下,林先生から頂いたコメントを転記しておく.
『10年前に文献検索をしたときには,NMOSDの症例で1例もこのような症例が報告されていませんでした.当時1例報告をしようと思いましたが,NMOSDなので脊髄に病変がおきるのは当たり前という意見もありました.しかし,なにか新しい現象かもしれないと思い,頭の隅に絶えずこの患者さんのことを思っていました.2例目,3例目と続く中で思いは確信に変わりました.神経内科医が不在の地域では診断の遅れにもなるため,世界中の多くの医師にこの現象を知ってもらう必要があると強く感じました.この論文は患者さんが教えてくれた診療の技かもしれません』

彼のコメントは東京大学神経内科初代教授の豊倉康夫先生のおっしゃられたことを思い起こさせる.
「臨床の場では,同じ性質の現象が繰り返し現れてくるが,それを見逃さないように」「一度見たことにあまり意味をつけるな.ただ良く覚えておけ.二度見たら何かあると思え.それは残念ながら,大体 99.9%は本に書いてあることが多いが,稀には誰も気付いていないこともある!三度見たら只事ではない.それは,常に何物かである!」
二人の言葉は,臨床の場における観察の重要性を示している.

論文アブストラクト



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ALSに対する心理的アプローチの大切さ ―マインドフルネスの応用―

2017年07月13日 | 運動ニューロン疾患
回診にて,ALS患者さんに病名を告知したことを報告する若手医師に「診断について話をするだけではなく,厳しい状況の中にも希望を見出していただけるような説明が必要ですよね.そのために先生ならどんな話をされますか?」と質問した.同じことを医学生のグループ講義でも話し合った.

ALSの病名告知の衝撃は非常に大きい.希望どころか,患者さんやご家族は不安を持ち,しばしばうつを合併する.そのためQOLの悪化が生じる.ALS診療ガイドライン2013では,不安・うつに対して,心理的アプローチと薬物療法が推奨されている(グレードC1:科学的根拠のない推奨).ただどういう心理的アプローチが良いのかについては「情報提供と不安や疑問に答える支持的態度」の記載にとどまる.どんな心理的アプローチがあり,実際に効果があるのかついては若干の観察研究はあるものの,議論されることは少なかった.

最近,驚いた論文がある.ネットや雑誌で見かける「マインドフルネス」をALS患者さんに行ない,QOL,うつ・不安が改善したという報告だ(図).マインドフルネスは,集中力を高め,ストレス緩和や創造力向上に効果があるとして,グーグルなどの企業研修に採用され注目を集めるようになった.医学論文を検索しても近年,精神科領域等で報告が急増している.簡単にいうと瞑想の手法をベースにして,集中力を高め,自分の気持ちをコントロールできるようにする“心の筋トレ”と説明される.自分も下記のCDブックを購入して試してみた.簡単なものは「呼吸瞑想」で,自分の呼吸に意識的に注意を集中する.瞑想中,何も考えないのではなく,自身の感覚や呼吸に並大抵ではない注意を向ける.これを発展させたものが,マインドフルネス・ストレス低減法(mindfulness-based stress reduction: MBSR)で,認知療法の枠組みに瞑想を統合した技法である.筋力低下を伴うALS患者さん用にMBSRを改訂したものの効果を,ランダム化を伴うオープンラベル試験にて評価している(下記,プロトコール論文).

対象は診断後18ヶ月経過したALS患者さん100名で,通常のケア群とMBSR群に1:1に割付け,8週間介入した.主要評価項目はQOLで,ALS-Specific Quality of Life Revised scale(ALSSQoL-R)で評価した.副次評価項目は不安とうつとし,Hospital Anxiety and Depression Scaleにて評価をした.開始前,2ヶ月後,6ヶ月後,12ヶ月後に評価した.

さて結果であるが,MBSRは主要評価項目ALSSQoL-Rの経時的な改善をもたらした(β = 0.24; P =.015; d = 0.89).またうつ(β = 0.93; P =.013; d = 1.06),不安も改善した(β = 0.96; P =.038; d = 0.78).ただし進行性疾患であることを反映し,ドロップアウト率は高く,2,6,12ヶ月後に100名から75名,43名,29名と減少している.また研究の問題点として,対照群に介入が行われなかったこと,MBSR群ではより注意・関心が向かったことによる二次的な改善が見られた可能性があることが挙げられる.

著者らはMBSRがALSの不安,うつを治療するエビデンスのある手段に加わったと述べている.そして効果の機序として,不安は将来を考えることによって起こるが,「今ここにいる自分が全てである,今ここに集中する」というマインドフルネスの考え方が不安を解消するのだろうと述べている.この論文を読んで思ったのは,「もっと心理的アプローチは研究されるべきではなかったか,自分がALSを発症したら,このような方法があることを教えてほしい,自分が取り組めることを教えてもらいたい」と言うことである.

病状説明や保健所主催の患者さんの集まりで話をさせていただく際,リルゾールやエダラボンのような生存期間を延長しうる治療薬や,非侵襲的陽圧換気療法の説明は患者さんを勇気づけた.そして個人的な経験では,体重維持を目指した栄養療法の効果の説明がきわめて有効であった.どうしたら上手にカロリー摂取できるのか等の説明は患者さん,家族に大きな希望をもたらす(スライド).受け身の治療となる薬剤と異なり,患者さん・家族が自ら取り組み,病気に立ち向かうことができるという点が大切なのではないか.マインドフルネスのような心理的アプローチの開発も,同様に患者さん・家族が能動的に取り組めるものであり,希望を見出すものになるように思える.「能動的な取り組み」は希望につながるキーワードのように思える.新潟大学脳研究所神経内科の初代教授の椿忠雄先生は「治らない患者さんに普通の意味の医学はだめであっても,医療の手は及ばないことはない」と仰った.医療者は患者さん・家族にどのようにしたら希望をもっていただけるか真摯に模索する必要があり,心理的アプローチはその重要な手段のひとつであろう.

オリジナル論文(Pagnini F et al. Meditation training for people with amyotrophic lateral sclerosis: a randomized clinical trial. Eur J Neurol. 2017;24:578-586.

プロトコール論文

脳疲労が消える 最高の休息法[CDブック]――[脳科学×瞑想]聞くだけマインドフルネス入門


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