Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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MDS2019 ビデオ・チャレンジ@ ニース

2019年09月27日 | パーキンソン病
パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS2019)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例のビデオを持ち寄るビデオ・チャレンジです.各症例の不随意運動をいかに評価し,診断・治療に結びつけるか,壇上のエキスパートが議論しますので勉強になります.しかし各国,選りすぐりの症例ですので正しく診断することはなかなか難しいです.それと今年は初めてのことが2つありました.イランからの素晴らしい症例提示があったことと,症例として馬(!)が提示されたことです.ぜひみなさんもトライしてみて下さい.



Case 1(米国)
主訴と病歴のみ提示.右鼻先周辺の顔面筋の痙攣が,2年かけて徐々に増悪し,目に加えて耳(!)まで収縮まで見られるようになった.

➔ 患者は馬だった.馬のhemifacial spasm.馬の顔面神経の走行や顔面筋の分布の図が提示された.

Case 2(トルコ)
61歳男性.既往歴に糖尿病.1年前からの右手のヘミジストニアないしヘミコレア.1ヶ月で右腕,右足,右顔面に進展した.軽度の構音障害,下肢腱反射消失.家族内類症・血族婚なし.フェリチン異常高値.頭部MRIで基底核に鉄沈着.

➔ 遺伝性無セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子フレームシフト変異ホモ接合).本症の三徴は,糖尿病,網膜変性症および中枢神経症状(不随意運動,小脳性運動失調,認知症).

Case 3(インド)
32歳女性.5年前から行動異常と四肢・体幹の不随意運動.坐位・立位で落ち着かず,体を前後に揺らす(電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス)..易怒性と妄想.追視困難,緩徐なサッケード.頭部MRI異常なし.

➔ 遺伝性低セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子ミスセンス変異ヘテロ接合:既報告の変異).通常は小脳性運動失調症を呈するが,まれにこのような表現型を呈する.

ここでHonorable mentionとして,応募者によるプレゼンはないものの興味深い症例が紹介された.まず3症例が紹介され,1つめはSCA17(進行性ミオクローヌスてんかんを呈しうる疾患の鑑別),2つめはARSACS(Autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay)で網膜有髄神経線維の増生やT2 強調画像の橋の線状の低信号,3つめがAOA4(Ataxia-oculomotor apraxia type 4:PNKP遺伝子重複,10歳台に発症し,失調とジストニア,眼球運動失行,ニューロパチーを呈する.頭部MRIでオリーブ核肥大)が紹介された.

Case 4(イラン)金メダル受賞!
3歳男児.両親血族婚.発達遅滞.生後4ヶ月から首の不随意運動.3歳でウイルス性呼吸器感染後に急性増悪し,救急外来を受診.頸部と上肢の激しい舞踏運動.歩行・発語不能.テトラベナジン,L-dopa無効だったが,プラミペキソールで劇的に改善した.

➔ 全エキソーム解析で(ドパミントランスポーターをコードする)SLC6A3遺伝子変異の同定.つまりドパミントランスポーター欠損症の診断.常染色体劣性遺伝.パーキンソニズム,コレア,バリズム,口舌ジスキネジアなどを呈する.

Case 5(ドイツ)
42歳男性.両親は血族婚.Floppy infantで,脳性麻痺と診断された.青年期から夜間を中心に,頸部と腕の,激しくjerkyな不随意運動(ミオクローヌス+ジストニア)が出現,昼は改善する.低トーヌス.女性化乳房.顕著な喫煙(ニコチン)依存.頭部MRI異常なし.瀬川病はGTPシクロヒドロラーゼⅠ遺伝子検索で否定.

➔ 全エキソーム解析でセピアプテリン還元酵素遺伝子ナンセンス変異ホモ接合.セピアプテリン還元酵素(SR)欠損症.本症は3種の芳香族アミノ酸水酸化酵素の補酵素テトラヒドロビオプテリン(BH4)の生合成に関わるSRをコードする遺伝子の異常により,BH4の欠乏を来す常染色体劣性遺伝性疾患.日本でも報告例はあるが極めてまれ.本例はL-dopa 300 mgが有効であった.

ここで2 short casesとして,光過敏性てんかんの2疾患の提示.1つめはJeavons症候群の2歳男児.小児期発症の特発性全般てんかんで,欠神発作と眼瞼ミオクローヌスを呈する(眠そうに閉眼する不随意運動だった).2つめはサンフラワー症候群の9歳男児.光過敏性てんかんによる手を振るような,一見不随意運動に見える発作の紹介があった.さらに光過敏性てんかんということで「ポケモン症候群」の紹介があった.

Case 7(米国)
70歳男性.30歳台から精神症状,パーキンソニズム,50歳台から歩行障害,転倒,姿勢時振戦などのパーキンソニズムが出現.家族内にパーキンソン病多数.L-dopa有効・・・・頭部MRIにてeye of the tiger sign.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)非典型例(PANK2遺伝子変異).20-30歳台で遅れて発症する非典型例は,精神症状,顔面ジストニア,パーキンソニズム,コレア,認知機能障害を呈し,経過も緩徐進行性である.

Case 8(メキシコ)
33歳女性.5ヶ月前から体重減少,咳,発熱,呼吸困難.2週間の経過で,左下肢主体のヘミバリズム.左足首はコレア様.視神経乳頭浮腫.頭部MRIでは多発異常信号病変(脳梁,橋,右基底核).

➔ 結核性髄膜脳炎によるヘミバリズム・ヘミコレア.

Case 9(メキシコ)
66歳男性.2年前から性格変化,近時記憶障害.診察では核上性垂直方向性注視麻痺と運動緩慢を認め,PSP疑い.起立性低血圧,感情失禁あり.頭部MRIで広範で非対称な白質病変+両側基底核病変・・・毛嚢炎,口腔内アフタ.

➔ 神経ベーチェット病.運動異常症を呈することは通常まれだがあり得る.ちなみにPSPで起立性低血圧を合併することはまれ(Neurology. 2019 Sep 4. pii: 10.1212/WNL.0000000000008197.).

ここでHonorable mentionとして,自己免疫性脳炎の4症例の紹介.1つめは抗DPPX抗体脳炎,2つめは抗CASPR2抗体脳炎でコレア合併例,3つめは抗IgLon5抗体脳炎でコレア合併例.最後が一側下肢のpiloerection(立毛筋の逆立ち)を呈した抗LGI1抗体脳炎であった.

Case 11(ドイツ)
69歳男性.2年前からのしゃっくり,腹部の不随意運動.電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス.ポリニューロパチーも合併.腫瘍合併なし.

➔ 抗CASPR2抗体によるisolated segmental spinal myoclonus.免疫療法(ステロイド,アザチオプリン)にて改善.イギリスからの同様の症例(腫瘍合併あり;Neurology. 2018;90:660-661)の紹介.

Case 12(オランダ,チェコ)
同一疾患の2症例の提示.ともに偶然45歳女性.オランダ例は出生時からの不随意運動で緩徐に進行.チェコ例は歩行時と発語時の運動異常が主徴で,脳性麻痺の診断.

➔ グルタル酸血症1型.グルタリルCoA脱水素酵素(GCDH)の障害によって生じる常染色体劣性遺伝性疾患.生後3−36か月の間に,胃腸炎や発熱を伴う感染などを契機に,急性脳症様発作にて発症する.

ここでHonorable mentionとしてジストニア関連の4例の紹介.1つめが全身性ジストニアを呈した母・息子例で,IRF2BPL(interferon Regulatory Factor 2 Binding Protein Like)遺伝子変異例.全身性ジストニアに発語障害,緩徐眼球サッケードを呈する.のこり2例がジストニアに対してGPi-DBSが有効であった症例(うち1例は順天堂大学からの報告).いずれもGNAO1遺伝子変異であった.難治性てんかん,知的障害,運動発達障害,不随意運動を呈する.ちなみにGNAO1は3量体Gタンパク質のαサブユニットをコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.最後がATP1A3遺伝子変異例で,3つの表現型があることが紹介された.(1)小児交代性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood;AHC),(2)小脳失調症深部反射消失凹足視神経萎縮感覚神経障害性聴覚障害(CAPOS)症候群,(3)rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP)である.

Case 13(フランス)銀メダル受賞!
68歳男性.急性発症の姿勢時振戦,歩行の不安定,めまいにて救急外来を受診.下向き眼振を認めた!15年前に膀胱がんの既往.II型糖尿病.高コレステロール血症.2012年からの6年間で同様のエピソードを4回繰り返し,2-6週間症状が持続して回復.うち2回では全身性痙攣と認知機能低下を合併した.頭部MRIで皮質下萎縮.脳波で徐波の混入・・・血清マグネシウム著明低下.マグネシウム補充にて回復.

➔ 糖尿病に伴う腎性低マグネシウム血症.低マグネシウム血症はさまざまな症状(食欲低下,嘔気,不整脈,突然死)を呈する.下向き眼振が特徴的とのこと.

Case 14(イタリー)
56歳女性.ヘビースモーカー.甲状腺機能低下症術後で,数日前から興奮,昏迷状態.上肢の常同運動(stereotypies),一部振戦様.

➔ ビタミンB12欠乏症に伴う脳症.意識障害と常同運動,不随意運動を呈しうる.頸部手術のためビタミンB12欠乏に伴う典型的な神経所見がわかりにくかった.また喫煙はビタミンB12欠乏の増悪因子として知られている.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめはチトクロムc酸化酵素欠損症(Cytochrome C oxidase (COX) deficiency).COXはミトコンドリア電子伝達系末端の酵素複合体(複合体IV)で,その遺伝子は核とミトコンドリア両方にコードされるため,常染色体劣性または母系遺伝を呈する.リー脳症,致死性乳児心臓脳筋症,レーバー遺伝性視神経萎縮症などさまざまな表現型を示す.2つめは頭痛,感音難聴,糖尿病,筋萎縮,脳卒中を呈した59歳男性でMELASであった.

Case 15(米国)
69歳男性.57歳時に左下肢の刺激誘発性の進行性不随意運動(振戦).2014年には歩行に振戦が出現し,転倒が見られた.2017年には振戦が常時見られるようになった.姿勢保持障害も出現した.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦を認めた.69歳で死亡.剖検でオリーブ核肥大.

➔ 治療抵抗性セリアック病2型.下肢の刺激誘発性のミオクローヌスは特徴的徴候.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦も報告がある.セリアック病に関連した自己免疫疾患らしい.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめは首と音声の振戦を認めた副腎白質ジストロフィー.2つめは進行性の歩行障害を呈し,画像上認めた水頭症様変化に対しシャント術が行われた神経軸索スフェロイドを伴う遺伝性び慢性白質脳症(HDLS;CSF1R遺伝子変異)であった.

Case 16(米国)銅メダル受賞!
24歳男性.生後5ヶ月から発作性に首を回すような不随意運動が出現.成人してからも下肢の不規則で振幅の大きい不随意運動が,週2回の頻度で,教会に行く月曜と水曜日に誘発される(労作による誘発).寝不足,絶食,カフェインでも誘発される.

➔ SLC2A1遺伝子変異ヘテロ接合に伴うグルコーストランスポーター1 (GLUT1)欠損症.発作性労作誘発性ジスキネジアの原因としてSLC2A1遺伝子のヘテロ接合性変異が同定された.典型例とは異なり,てんかん発症年齢は遅く,髄液糖低値も有意でないので注意を要する.


【前日に行われたグランドラウンド4症例】
Case 1
53歳男性.右手ジストニア.後頸部の再発性lipoma.母親は糖尿病.

➔ MERRF(Myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers)

Case 2
44歳男性.32歳歩行障害.36歳不随意運動,38歳認知機能障害,小脳性運動失調,すくみ足.常染色体優性遺伝の家系.

➔ SCA48(STUB1ミスセンス変異ヘテロ接合).この遺伝子は常染色体劣性のSCAR16の原因遺伝子として知られていたが,ヘテロ接合で常染色体優性の脊髄小脳変性症になることが昨年報告されている(Neurology 2018;91(21):e1988-e1998).

Case 3
27歳女性.安静時の舌の振戦,手指にも振戦.歩行正常.家族歴,血族婚なし.頭部MRIにてeye of the tigerサイン.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)

Case 4
急性発症のジストニアとパーキンソニズムを呈した男性例..

➔ rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP; ATP1A3遺伝子変異)



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学会場で学ぶリーダーシップ・メンターシップ

2019年09月24日 | 医学と医療
コングレス2日目,プレナリーセッションで印象に残ったのはCynthia Comella教授(Rush大学)によるIn our own words: Traveling the career path in Movement disordersというレクチャーだった.主旨は本学会のリーダーたちの言葉を用いて,リーダーシップとメンターシップを学ぶというものであった.



前半のリーダーシップでは,Comella教授自身はアリストテレスの3要素(エトス,パトス,ロゴス=信頼,共感,理論)を引用して,リーダーシップ=説得力+ビジョンと強調されていた.またThe Five Practices of Exemplary Leadershipという書籍を紹介し,優れたリーダーは次の5項目を実践していると説明し,それぞれの項目において学会のリーダーたちの言葉を紹介した.

1. Model the Way(自分自身の価値観をつくると同時に,仲間の価値観にも耳を傾ける)
2. Inspire a Shared Vision(将来,成し遂げたいビジョンを持ち,チームに語り,共有する)
3. Challenge the Process(挑戦し,周囲のアイデアを受け入れ,失敗から学び,成果を重ねる)
4. Enable Others to Act(仲間と信頼を深め,協同できる体制を整え,仲間の能力を高める)
5. Encourage the Heart(仲間一人一人の貢献や成果を認め,感謝を伝え,祝う)

後半のメンターシップでは,学会のリーダーたちの若い研究者に向けての言葉「本当に関心のある領域を選ぶこと,悪い状況から方向転換する勇気を持つこと,忍耐力,チームスピリットをもつこと,何もしないのは失敗するより悪い」などが紹介された.またメンターは「メンティーのために時間を作り,しっかり話を聴くこと.可能性を信じて勇気づけ,経験に基づく助言を行い,成長の機会を与えるべき」と述べていた.

実は43人もの学会のリーダーの言葉が,Leadership in Movement Disorders: Expert Advice and Crucial Career Moments (English Edition)という書籍にまとめられ,今年の6月に発売されている.キンドルで早速,ダウンロードして好きな先生の箇所を読んでみた.本レクチャーはStanley Fahn先生の功績を讃えて行われるものであったが,Fahn先生は「自身のリーダーとしての強みはなにか?」という質問に対し「周囲に耳を傾け,疑問や問題をあらゆる側面から理解しようと努力し,それから合理的な決断をくだすことだ.この方法で周囲に納得してもらい,そして熱心に取り組んでもらうことができた」と答えられていた.高橋良輔京都大学教授もビジョンと夢を共有すること,他の人の意見を聞くことの大切さを語っておられる.まさにリーダーシップを学ぶのに最適の本だ.

結論としてリーダーシップは「学んで身につけられること,そのために説得力+ビジョンを身につけ,周囲や後進の話をよく聴き,自身の経験によりチームを導く」ということだ.このような話を参加者全員で聞くことはとても素晴らしい機会だと感じた.学会は次代のリーダーを積極的に育てる必要があると改めて感じた.



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ショートスリーパー(短時間睡眠者)の遺伝子とメカニズム!

2019年09月13日 | 睡眠に伴う疾患
【ショートスリーパーとは】
私は20歳代の頃から睡眠時間が短く,ずっと4.5-5時間睡眠だった.最近は4.5時間が続くと風邪を引きやすい気がして,意識して長めにベッドにいるが,それでも6時間眠れることは年に数回もなく,決まって3時か4時には目が覚める.目覚ましで起きたこともない.3時台からメールを送信し,人から驚かれる.5時間も眠れば会議でウトウトすることはない.国際睡眠分類第3版でいうところのショートスリーパー(短時間睡眠者)である.定義は「日常的に毎晩平均6時間未満の睡眠時間しかとらなくても,睡眠・覚醒についての訴えがない」状態で,「体質的な睡眠欲求の減少」とも記載されている.歴史上の有名な人はナポレオン,エジソン,サッチャー,日本だと森鴎外,野口英世などだが,2009年の発見までショートスリーパーのメカニズムは全く謎に包まれていた.

【ショートスリーパー1番目の遺伝子】
職業や受験勉強などの睡眠環境やコーヒーなどの刺激物によらない短時間睡眠は,natural short sleep(NSS)と呼ばれる.NSSは通常,孤発性(非遺伝性)である.私も遺伝性ではないが,一部に家族例がみられる(familial NSS; FNSSと呼ぶ).2009年にUCSFのFu教授らは,FNSSの原因遺伝子を初めて同定した.具体的には転写抑制遺伝子DEC2にミスセンス変異を見出し,Science誌に報告している.この遺伝子は概日リズムに関わると考えられている.Fu教授らは50家系以上の家族例を集積したが,DEC2遺伝子変異はその後,孤発例で1例認めただけで稀であった.そして10年をかけて,優性遺伝形式を示す1家系において 2番目の原因遺伝子を同定し,最新号のNeuron誌に報告した.

【2番目の原因遺伝子は意外なものであった】
連続する3世代わたり4~6時間の短時間睡眠を呈した家系(図)に対し全エクソーム解析を行い,短時間睡眠者全員にβ1アドレナリン受容体をコードするADRB1遺伝子におけるミスセンス変異(A187V変異)を見出した.既知の遺伝子変異で,10万人あたり約4人の稀な変異であることがデータベース上で公開されている.中枢神経のノルアドレナリンシグナルが睡眠を調整することは知られ,中枢神経α1ないしα2アドレナリン受容体についても検討もなされてきたが,β1受容体は今まで注目されておらず意外な結果であった.



【遺伝子変異がβ1受容体にもたらす影響】
まずin vitroの研究が行われた.β1受容体はGタンパク質共役型受容体で,ノルアドレナリンと結合するとアデニル酸シクラーゼが活性化されcAMPが産生されるが,A187V変異によりβ1受容体分子は不安定となり分解が早く,かつノルアドレナリン結合後のcAMP産生の低下(機能障害)も認められた.

次にA187V変異を持つ遺伝子改変マウスを作成したところ,野生型と比べ,睡眠時間は1時間ほど短く,ヒトの表現型を再現した.さらに覚醒している間はより活発に動くことが明らかになった.

【β1受容体陽性神経細胞は覚醒を調節する】
さらに遺伝子改変マウスを用いて,β1受容体が高発現する領域が,睡眠調節に関わる橋背側であること,そしてβ1受容体陽性神経細胞の活性は,生理的状況において,覚醒時とレム睡眠中に高く,ノンレム睡眠時には認めないことが分かった.このことから橋背側のβ1受容体陽性神経細胞が覚醒を調節する可能性を疑い,光遺伝学的手法を用いてこれらの神経細胞を刺激すると,ノンレム睡眠中のマウスは予想通り覚醒した!

最後にマウス脳スライスを用いて,A187V変異を有する神経細胞は容易に活性化されやすいことが示された.遺伝子変異により,アゴニストにより興奮する(覚醒を促す)神経細胞数は保たれるものの,アゴニストにより抑制される(睡眠を促す)神経細胞数が減るため,相対的にβ1受容体陽性神経細胞は活性化しやすくなり,覚醒に作用して睡眠時間が短縮すると考えられた.なるほど,β遮断薬の副作用に眠気があることも頷けるわけだ.

【本研究の意義】
1)NSSの一部は遺伝性であることが改めて示された.睡眠は複雑であるが,一部は遺伝子が規定していることを意味する.
2)睡眠の恒常性に橋背側のβ1アドレナリン受容体陽性神経細胞が関与することが示された.この知見は新たな睡眠・覚醒のメカニズムの解明につながる可能性がある.

ちなみにFu教授を取材したneuroscience newsの記事によると,機序は不明ながら,ショートスリーパーはより楽観的で,活動的で,マルチタスクが得意であるばかりか,痛みに対する閾値が高く,時差ボケが少なく,長寿であるそうだ(本当かな!?).もし睡眠時間短縮やこれらの良い効果のメカニズムが分かれば,多くの人に役立つ夢の治療薬につながるのかもしれない.

Neuron. 2019 Aug 28. pii: S0896-6273(19)30652-X.

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国際頭痛学会2019@ダブリン―新しい片頭痛治療の夜明け―

2019年09月07日 | 頭痛や痛み
2年毎に開催される国際頭痛学会の今回のテーマは「新しい治療の夜明け」です.標的はカルシトニン遺伝子関連ペプチド (calcitonin gene-related peptide: CGRP)シグナルです.知っておくべき知見は以下になります.

1)片頭痛発作中にCGRP放出は増加する.
2)三叉神経血管反射の中枢である三叉神経節は,通常,血管収縮に防御的に作用するが,片頭痛患者ではこのシステムがトリガーとなり,痛みを知覚する.
3)三叉神経節において,CGRPはC-fiberに発現し,CGRP受容体はAδ-fibereに発現する.
4)三叉神経節や硬膜は血液脳関門を欠くため,CGRPやその受容体を標的とした治療薬の可能性が生じる(CGRPは末梢で作用するため,血液脳関門を通過しない抗体薬が効果を発揮しうる).
5)実際にCGRP受容体拮抗薬に加えて,抗CGRP抗体(eptinezumab, fremanezumab,galcanezumab)あるいは抗CGRP受容体抗体(erenumab)が片頭痛発作の予防に対して有効,かつ副作用が稀であることを示す臨床試験が複数発表された.
6)片頭痛の慢性化は神経原性神経炎症,つまり三叉神経血管系における神経細胞,グリア細胞におけるプロテインキナーゼ活性化(CGRPシグナルの下流にあるcAMP依存性PKAの活性化)を介したサイトカイン放出により生じるという説が有力になりつつある.

CGRPカスケードと各種抗体薬の効果に関する図は以下になります(Nat Rev Neurol. 2018;14:338-50.より引用)



今回の学会は,プレナリーから教育講演にいたるまで,ほとんどがCGRP関連です.2年前の本会とは打って変わって,エキシビションでも多数の製薬企業のブースが並び,大きな変化を感じます(写真はAmgenのAimovig®とTevaのAjovy®のブース).日本でも臨床試験が進行中で,近い未来に片頭痛治療の新しい時代が来ることは間違いありません.




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シャルコー先生をめぐる旅

2019年09月05日 | 医学と医療
今年の誕生日はパリに滞在し,敬愛するシャルコー先生(Jean Martin Charcot, 1825-1893)をめぐる旅をした.1882年,パリ大学に世界初の神経学講座が開設されたが,先生は初代教授として筋萎縮性側索硬化症や振戦麻痺(パーキンソン病),多発硬化症,脊髄癆等を正確に記述し,さらにヒステリー研究にも取り組まれ,「神経病学のナポレオン」と呼ばれた.今回,先生が診療と研究を行ったサルペトリエール病院臨床講義を描写した有名な絵(Une leçon clinique à la Salpêtrière, Brouillet 1887)が展示されるパリ第5大学(医学史博物館),そして先生が眠るモンマルトル墓地を訪れた.

【シャルコー先生の研究の現代的意義】
私はシャルコー先生に強い興味を持ち,関連する書籍や文献を集めてきたが,興味の理由は偉大な研究者であることと同時に偉大な教育者であったためだと思う.先生はつまり教育に情熱をかけていたことで知られている.その実績はPierre Marie,Babinski,Gilles de la Tourette,Freud,三浦謹之助など優れた弟子を数多く育てたことからも容易に理解できる.先生は2つの有名な講義,つまり入院患者をテーマとして念入りに準備をして行う「金曜講義」と,主に外来患者を扱い即興的に行う「火曜講義」に取り組まれた.いずれも院外はもとより海外からも多数の聴講者が集まったそうだ.「火曜講義」は,「シャルコー神経学講義(白揚社1999)」や,「シャルコー 力動精神医学と神経病学の歴史を遡る(勉誠出版2007)」といった書籍で読むことができる.

その研究に関して,Rush大学のGoetz教授は,現代の脳神経内科医における重要な意義を3つ挙げておられる.1つ目は神経学における臨床と病理の協働によるアプローチを確立したこと(複数の患者の共通する症候を丹念に記載し,病理学的共通点を見出し,症候や疾患概念を検討する方法論の確立),2つ目は他の領域の進歩を神経学に積極的に取り込み発展させること(写真機とメトロノームを連動させ,不随意運動の連続写真を撮影したり,様々な研究部門をサルペトリエール病院内に設立したこと),3つ目は神経疾患の病態の理解に遺伝学の役割を重視したこと(家系内の異なる表現型も同一の病態ではないかという視点を持っていた)である.

【印象に残る「火曜講義」の2つのことば】
個人的にシャルコー先生から強く影響を受けたのは「典型(type)と亜型(formes frustes)」に関する考え方である.以下,1888年3月20日の火曜講義の言葉を引用する.

「基本形を学ぶ事は病気の記述をする基礎になります.それは欠くべからざるものであり,漠然とした混沌の中から1つの病態を抽出できる唯一の方法です.・・・しかしいったん基本型というものが確立されれば,その次の作業が始まります.基本型を詳細に調べ,各部分を分析していくのです.つまり,症状が1つだけ単独で生じているような不全型も認識できるようにならなければいけないのです.この2番目の方法を用いれば,医師は基本型もまったく新しい光に照らして見られるようになります.・・・病気のごく初期の段階であっても,医師は病気を敏感に察知するようになり,それが患者の利益につながるのです」
私は進行性核上性麻痺(PSP)や多系統萎縮症などの神経変性疾患に関心を持っているが,まさに現在,世界で行われている治療を目指した研究はシャルコー先生が述べたことに他ならない.PSPを例とすると,典型的な症例(Richardson症候群)の検討から始まり,さまざまな不全型=亜型の発見に発展し(atypical syndrome;例えばPSP-PGF),改めて典型例を見直して診断基準を作成し(MDS-PSP criteria),つぎに早期診断と治療を目指すという作業はまさに火曜講義の言葉そのものである.

もうひとつ印象の残る言葉は,ALSに関する講義の中で,治療不可能な神経疾患ばかり無意味に研究しているという批判に対して述べられたものである.
「批判をものともせずに観察を続けましょう.研究を続けましょう.これこそが,発見をするための最良の方法です.そしておそらく,努力することによって,将来私たちがこうした患者に下す判決は,今日下さざるを得なかった判決と同じではなくなるでしょう」(1888年2月28日)
この教え通りに,世界中の脳神経内科医は神経難病に取り組み,難攻不落の厚い壁にいくつもの風穴を空けてきたと思う.若い脳神経内科医にもこの言葉を知っていただきたいと思う.

【シャルコー先生のお墓参り】
さて今回の旅ではまず,スタンダールやドガ,ベルリオーズなど著名人も眠るモンマルトル墓地を訪れ,お墓参りをした.モンマルトル墓地はセーヌ川右岸パリ北部,モンマルトルの丘にある.入り口は1箇所で,メトロでは13号線,2号線のPlace de Clichy駅,または2号線のblanche駅が近いが,私はパリで発達しているUberを利用した.広大な墓地であるが,入り口をくぐってすぐに著名人の墓地の場所を記載した地図があるので,以前,ベルリンでRomberg先生の墓地をなかなか見つからず途方に暮れたときのような苦労はなかった.シャルコー家の墓地は写真のような祠型で,お参りをしてから中に入ると先生の名前を見つけることができた.



【臨床講義の絵】
つぎにパリ第5大学(パリ・デカルト大学)の医学史博物館を訪問した.
Musée d’Histoire de la médecine, Université Paris Descartes, 12 Rue de l'École de Médecine 75006 Paris

メトロ4号線Odéon駅下車,出口すぐのエコール・ド・メディシン通りに入ると徒歩2分である.Musée d’Histoire de la médecineの看板を見つけ,中に入り,階段を登ると有名なサルペトリエール病院での臨床講義の絵(Une leçon clinique à la Salpêtrière, Brouillet 1887)が見える.このように大きな絵画とは思わなかったため迫力に驚いた.ほぼ等身大のシャルコー先生が錚々たる神経学者たち(Pierre Marie,Babinski,Gilles de la Touretteなど)を前に講義する様子が臨場感豊かに伝わった.昔から眺めてきた絵であり,やっと会えたと思い感激が湧き上がった.向かい側の壁にはこの「講義」に描かれている31名の人物の名前が記載された図もあり,興味深く拝見した.講義をするシャルコー先生の横で倒れかけている女性を抱えているのはBabinski先生であるが,その女性はMarieあるいはBlanche Wittmannという名前のヒステリー患者である.先生は前述の通り,典型と亜型にこだわられたが,このMarieさんは大ヒストリーの4段階を呈する典型例であったため,当時のヒステリー研究ではとても有名な患者であった.



鑑賞後,入場料を支払って医学史博物館に入ると,古代エジプトの医療器具から始まり,昔の手術道具や人体模型などが陳列されていた.関心を持ったものが2つあった.1つ目はやはりシャルコーの弟子で,Meige症候群に名前を残したHenry Meige先生(1866-1940)が使用していたハンマー.ハンマー収集家の私も初めて見る形状のものであった.



2つ目は,Paul Richer(ポール・リシェ;1849-1833)によるスケッチ .この人物はサルペトリエール病院にてシャルコー先生の助手を務め,のちに1882年から1896年まで研究所長を務めたが,解剖学者であると同時に,美術学校で美術解剖学を教えた異色の神経学者であった.この絵の説明書きのフランス語を娘に送り訳してもらうと「歴史的に大きな影響を与えるような出来事は必ず前兆があるものだ.彼女は次の4つの文章を残した:てんかんの期間,思い切った行動をする期間,情熱的な態度を見せる期間,錯乱状態の期間」という返事が戻ってきた.つまり前述の大ヒステリー発作の4段階を記載したスケッチであることが分かった.大ヒステリー発作については,前兆症状のあとまず強直性筋緊張をともなう「類てんかん期」,続いて間代性痙攣またはアクロバット様の全身運動を呈する「大運動発作期」,さらにいくつかの情動的状態を生き生きと再現する「熱情的態度期」,そして最後に泣き笑いを伴う「せん妄期」を経て現実に帰還するが,これを描写したスケッチだと分かった.実はシャルコー先生自身も若い頃,画家になるか否かで悩んだほどの画才の持ち主で,そのことが先生の築いた人体・裸体の「観察」を重視する神経学の方向を定めるのに大きく影響したと岩田誠先生は指摘している(パリ医学散歩.岩波書店1991).そしてシャルコー先生にとってもっとも信頼できる「眼」がこのリシェであり,リシェに与えた学位論文のテーマが,まさにこのヒステリー性のてんかん発作だった.



【サルペトリエール病院】
最後にサルペトリエール病院に立ち寄った.パリ大学からぶらりと30分ほどかけて散歩すると,古い病院の歴史を感じさせる門にたどり着く.門をくぐると文献で何度も目にしたことがある威厳の満ちた建物が眼前に広がり息を呑んだ.1656年,ルイ14世が建築家リベラル・ブリュアンに命じて設計された病院付属礼拝堂である.この建物は今も使用されているようで,隣接する建物のなかから患者さんが搬送されていった.そのあと敷地内の看板にBabinskiという名称を見つけ,そこを目指して構内左奥に進んでいくと,玄関にBabinski先生を紹介するパネルがあり,その建物の中に入ると神経学や筋学,脳卒中救急,神経放射線,神経生理学,神経病理学,麻酔科,耳鼻科といった部門が臨床や研究を行う施設であった.カフェがあり,そこで休んでいると医師のみならず患者さんも訪れ,フランス語は分からないながらも小脳性の言語障害のようで,脊髄小脳変性症の患者さんのようだった.シャルコー先生の伝統を引き継ぐ医療が行われているのだろうなと思った.また神経科病棟のそばにはシャルコー講堂があり,一階は講堂,二階がシャルコー図書館としてフランス神経学の古典を蔵している.





【おわりに】
岐阜大学では現在,皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy;CCA)に関心を持って免疫学的アプローチから研究を行っている.CCAのプロトタイプもシャルコー先生の弟子のPierre Marieの報告(1922)に遡る(いわゆるMarie, Foix, Alajouanine型のlate cortical cerebellar atrophy;LCCAである).CCAの研究は,現在の神経学がシャルコー先生を中心としたサルペトリエール学派(パリ学派)の影響を強く受けていることを再認識するとともに,神経学の歴史を学ぶことは,神経学への興味を一層高め,またその理解は教育においても重要であると感じた.そしてなにより神経学の歴史のなかに自分が関われていることに喜びを感じた.シャルコー先生をめぐる旅は大変貴重な経験となった.

Goetz CG. Charcot: Past and present. Rev Neurol 2017;173:628-636
Marie P, Foix C, Alajouanine T. 1922 De l'atrophie cerebelleuse tardive a predominance corticale. Revue Neurologique. 38 849-885 1082-111


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