Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

手術麻酔の神経合併症

2013年09月14日 | その他
全身麻酔に伴う神経合併症はしばしば経験するばかりではなく,ときに重篤である.神経内科医は術後にコンサルトを受けることが少なくなく,かつそれが手術に伴う脳梗塞などの合併症か,麻酔薬自体によるものか判断する必要がある.Neurology Clinical Practice誌に,手術麻酔の神経学的合併症に関する総説が報告されたのでエッセンスをまとめたい.

①意識が回復しない場合
神経内科医は,まず神経疾患が原因であることを除外する必要がある.具体的には以下の病態を鑑別する.

1.麻酔薬の作用の遷延・・・高齢者,代謝障害・遅延
2.中毒性脳症・・・術前使用薬剤(ベンゾジアゼピン,オピエイト,セロトニン系作動薬等)
3.代謝性脳症・・・腎性脳症,肝性脳症,低酸素脳症,低血糖脳症,低Na血症を含む電解質異常,高浸透圧性脳症,アシドーシス
4.敗血症性脳症
5.脳卒中・・・脳血栓,空気塞栓,脂肪塞栓,低灌流,脳出血
6.てんかんおよび重積発作
7.無酸素脳症

十分な情報入手と診察が不可欠で,とくに術前・術中・術後の状況確認(酸素化や出血などの循環動態)や,麻酔科医・外科医とのコミュニケーションが重要である.神経所見は意識レベル,注視,筋トーヌス,疼痛への反応,目・顔面・四肢の偶発的な動きに注目する.神経所見の左右差を見た場合には躊躇せず画像所見を確認する.僅かな眼振様眼球運動や顔面・指の単収縮が痙攣重積の所見のこともある.筋強剛やミオクローヌスは薬剤性を疑う.陰性ミオクローヌスは高アンモニア血症や代謝性脳症を疑う.ミオクローヌスは代謝性脳症以外に重篤な低酸素脳症後にも生じる.

全身所見の評価も有用で,呼吸の状態によってはCO2ナルコーシスを疑う.爪床や結膜の出血は骨折に伴う脂肪塞栓を疑う.頭部CTは脳卒中,脳浮腫の診断に,MRIはシャワー塞栓や全脳虚血の診断に有用である.採血ではNSEが全脳虚血の診断と予後の推定に有用であることがある.

②混迷状態にある場合
術後せん妄にある患者をしばしば経験する.とくに高齢者や認知機能障害を有する患者,術前に(ベンゾジアゼピンを含む)複数薬剤を内服している患者では頻度が高い.アルコール離断症状の可能性も考える.術後のBDZの使用もせん妄のリスクを上げるので使用は控える.興奮には抗ドパミン作用のある薬剤(ハロペリドール,クエチアピン,オランザピン)が第一選択となる.

③筋強剛,発熱を認める場合
考えるべき病態は,1) セロトニン症候群,2) 悪性症候群,3) 悪性過高熱,の3つである.一番頻度が高いのはセロトニン症候群である.

1) セロトニン症候群
セロトニン作動性薬剤(抗うつ剤,抗ヒスタミン剤,トリプタン,筋弛緩薬,制吐薬,アンフェタミン,オピエイト,トラマドール)内服中の患者において見られる.これらの薬剤と他剤の相互作用等(下記)によって発症する.

モノアミン酸化酵素阻害剤とSSRIの併用
デキストロメトルファンとSSRIの併用
SSRI/SNRIとトリプタンの併用
SSRIの過量摂取

セロトニン症候群は24時間以内と比較的速やかに発現する.症状は以下のように多岐にわたる.この中でミオクローヌスはセロトニン症候群で高頻度に起こるが,悪性症候群では起こりにくい.また筋強剛は下肢に強い点が特徴的で,悪性症候群との鑑別に有用である.

自律神経症状:発熱,異常発汗,高血圧,頻脈,嘔気,下痢
神経・筋肉症状:ミオクローヌス,筋強剛,振戦,反射亢進
精神症状:混乱,興奮,錯乱,昏睡

治療は5-HT受容体拮抗薬のシプロヘプタジンが回復を促進するが,最も重要なのはセロトニン作動性薬剤の中止である.

2) 悪性症候群
しばしば疑われるものの頻度は高くない.ドパミン遮断性薬剤を内服していること,出現が1-3日後とセロトニン症候群より遅いこと,意識障害の出現の前にセロトニン症候群では運動過多になるが,悪性症候群では乏しくなることが特徴である.四肢の無動や鉛管様筋強剛を認め,低トーヌスを呈する.CK上昇が見られる.ドパミン遮断性薬剤を速やかに中止し,自律神経障害や筋強剛を経時的に確認する.ドパミン作動薬(ブロモクリプチン)が回復を促進し,筋強剛には筋弛緩薬(ダントロレン)が有用である.

3) 悪性高熱
全身麻酔の併発症のひとつで,吸入麻酔(サクシニルコリンなど)導入時や中止直後に起きるので神経内科医が経験することはほとんどない.通常,常染色体優性遺伝を呈し,筋小胞体から細胞質へのカルシウム移送に関わる受容体をコードする遺伝子の変異にて生じる.吸入麻酔薬の中止とダントロレンの使用が有用である.

④けいれんを認める場合
脳外科手術を除き,外科手術は一般にけいれんの誘発因子とはならない.多くの麻酔薬はそれ自体が抗けいれん作用を有している.麻酔後にけいれんは起こりうるが稀である.危険因子はむしろ,もとからあるてんかんの既往(かつ術前コントロール不良),もとからある脳の器質的異常,そして薬物依存である.けいれんと鑑別を有する不随意運動としてプロポフォール離脱時に生じるミオクローヌスがある.麻酔終了後も意識に改善が見られない時には,非けいれん性転換重積発作を疑い,持続脳波モニタリングを行う.

⑤目が見えない場合
虚血や梗塞による皮質盲の他に,腹臥位手術(とくに肥満者)では,虚血性視神経炎,網膜中心動脈閉塞症,網膜動脈分枝閉塞症の可能性を検討する.この原因として,以前より眼圧の上昇が重視されていた.眼圧の上昇に伴い眼潅流圧が減少し,視神経の血流量が低下するというものである.網膜中心動脈閉塞症などは外的圧迫により眼圧が上昇し,閉塞症が発生する可能性がある.しかし最も発生頻度が多いとされる虚血性視神経炎では眼圧上昇により影響される網膜・脈絡膜などに異常がみられないことから,眼圧上昇の関与は否定的となっている.

Neurology Clinical Practice 3; 295-304, 2013 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする