Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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妊婦さんの抗てんかん薬の内服と児の認知機能への影響

2009年07月05日 | てんかん
 てんかん治療のなかで悩むことの代表は,妊娠・出産を計画している女性患者に対する抗てんかん薬(AED)の選択である.本邦の「てんかん治療ガイドライン」ではどのように薬剤を選択し,その内服をどのように決定すべきか具体的には分からない内容である.ただしバルプロ酸は避けるべき,多剤併用は避けるべき,用量を最低限にし,急峻な血中濃度上昇をさけるべき,といった共通認識がある.バルプロ酸であっても,単剤で,徐放錠とし,低い血中濃度に保てれば,あればあまり問題はないという専門医の意見を聞いたこともある.

 一方,治療の判断を難しくしている要因に新しい薬剤が(中途半端に)使用できる状況になったことが挙げられる.催奇形性が少ないといわれるラモトリギンが本邦でも使用可能となり,積極的に妊娠・出産を計画している女性に使用しようと考えた.しかし,本邦での適応は「他の抗てんかん薬で十分な効果が認められないてんかん患者の下記発作に対する抗てんかん薬との併用療法(部分発作,強直間代発作,Lennox-Gastaut症候群における全般発作」となっており,製薬会社MRさんにバルプロ酸からの切り替え法を尋ねたところ「単剤で,若い女性への投与は推奨できない」とくぎを刺されてしまった.その対応は適応の縛りがある状況では当然ともいえるが,やはり本来望ましいAEDを選択できないのはおかしい.

 さてAEDの問題は,児の奇形発生率が中心に議論されてきた.しかし動物実験では,奇形を起こさない濃度のAEDの胎内での曝露で,児に認知・行動障害が生じることは良く知られていた.ところがヒトが胎内でAEDを曝露した場合,認知機能にどのような影響を及ぼすかは不明であった.今回,アメリカ・英国の多施設がAEDの胎内曝露が生後3歳の時点での認知機能に,どのような影響を及ぼすかを検討した結果がNEJMに報告されている.

 対象は1999~2004年にかけて,カルバマゼピン,ラモトリギン,フェニトイン,バルプロ酸のいずれか1種類医のAEDを内服している女性をprospectiveに検討した.主要評価項目は子宮内曝露6年後の神経発達の状態であるが,この論文では309名の児の3歳での認知機能を評価した中間報告である.

 結果としては,母親がバルプロ酸を内服していた児のIQは,他の薬剤を内服していた場合と比べ有意に低かった.母親のIQや年齢,AEDの内服量,妊娠期間,葉酸の予防的内服で補正を行った後の評価で,薬剤ごとの児のIQは以下の通りであった.ラモトリギン 101,フェニトイン 99,カルバマゼピン 98,バルプロ酸 92!.つまりバルプロ酸は,いずれのほかのAEDよりも有意に低い結果であった.具体的には,ラモトリギンより9低く(95%CI 3.1―14.6, P=0.009),フェニトインより7低く(95%CI 0.2―14.0, P=0.04),カルバマゼピンより6低かった(95%CI 0.6―12.0, P=0.04).バルプロ酸使用量とIQの低下には負の相関があった.また母と児のIQには通常,相関を認めるが,この相関はバルプロ酸使用群においてのみ消失した(すなわちバルプロ酸内服の影響は,遺伝学的な影響を上回るということを示す).

 以上より,バルプロ酸は他のAEDと比較し,3歳児の認知機能低下に関与することが示された.以上の結果より,妊娠を計画している女性には可能であればバルプロ酸は第一選択として使用しないほうが安全であると言えよう(もちろん,全般てんかんのなかには15%ほどバルプロ酸にしか反応しない症例が存在すると言われ,バルプロ酸の使用を否定するものではないが,可能であれば第一選択としては他のAEDを使用した方が無難ではある).

 ただ,重要な点として強調しておきたいのは,現在,バルプロ酸を内服中の妊婦さんは,すぐにバルプロ酸を中止してはいけない.主治医とよく相談して,今後の治療を検討していただきたい.自己判断での中止や急な切り替えはてんかん発作を引き起こし,むしろ胎児への影響が大きい.バルプロ酸も容量を抑え徐放錠を使用することで,血中濃度を低めに安定させることができれば,胎児への影響を最低限にできるのかもしれない.

 最後にAAN(米国神経学会)において最近報告されたガイドラインのうち,重要な点を列挙しておく.原文は学会員でなくてもダウンロードできるので,ご一読されることをお勧めする.

①奇形を予防するため,可能であれば,妊娠初期の3ヶ月間は,バルプロ酸や,複数のAEDの併用療法は避ける(level B).
②認知機能低下を予防するため,可能であれば,妊娠期間中を通して,バルプロ酸や,複数のAEDの併用療法は避ける(level B).
③認知機能低下を予防するため,可能であれば,妊娠期間中を通して,フェニトインやフェノバルビタール内服は避ける(level C).
④妊娠前の葉酸(最低0.4 mg)投与を検討する(level C).
⑤ラモトリギン,カルバマゼピン,フェニトインの血中濃度測定をおこなう(level C).
⑥少なくとの妊娠前9ヶ月間,てんかん発作がない状態を保つことが,妊娠期間中にてんかん発作がない状態を高く維持すること(84-92%)につながる(level B).
⑦妊娠中の喫煙は早産につながる(level C).

N Eng J Med 360; 1597-1605, 2009 
AAN homepage
Comments (2)
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