Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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血清VEGF上昇はPOEMS症候群に特異的か?

2009年03月31日 | 末梢神経疾患
 POEMS症候群におけるVEGF(血管内皮細胞由来増殖因子)の上昇については本ブログでも過去に取り上げたことがあるが,診断および病態において重要と考えられる.しかしながらPOEMS症候群以外の,他の末梢神経疾患においては血清VEGFの測定はほとんど行われてなく,VEGF上昇がPOEMS症候群において特異的な所見であるのかどうかについては不明である.

 今回,イタリアより種々の末梢神経疾患患者(計161名)に対し血清VEGFを測定した研究が報告された.結果は以下の通りであった.

POEMS症候群(n=6)6448 pg/ml(平均値)
CIDP(n=33)668 pg/ml
GBS(n=13)1017 pg/ml
IgM monoclonal gammopathyに伴う末梢神経障害(n=19)738 pg/ml
multifocal motor neuropathy(n=13)448 pg/ml
ALS(n=28)485 pg/ml
Other PN(n=49)450 pg/ml
正常コントロール(n=22)262 pg/ml

 正常コントロールの平均値+3SDを閾値としたところ,CIDP,GBS,IgM monoclonal gammopathyの一部の症例は,この閾値を上回った(異常高値を示した).

 この結果より,免疫学的機序が関わる末梢神経疾患(ただしmultifocal motor neuropathyを除く)では,VEGFが中等度上昇する症例が存在することが明らかになり,血清VEGFの上昇は必ずしもPOEMS症候群に特異的な所見ではないということが明らかになった.ただし,VEGF上昇を認めた末梢神経疾患におけるVEGFの由来や,病態にどのような影響を及ぼしているのか意義については不明で,GBSやCIDPといった疾患の一部の症例では血管内皮障害を介して症状に影響がある可能性も考えられる.今後,さらなる検討が必要と言えよう。

Neurology 72:1024-1026, 2009 
Comments (3)
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血管炎に伴うニューロパチーでは腓骨神経生検を検討すべき

2007年11月26日 | 末梢神経疾患
 末梢神経生検は1960年代後半から行われるようになり,現在では神経学的検査法のひとつとしてごく一般的に行われている検査である.生検後の解析としては,電子顕微鏡的検索,ときほぐし法,有髄・無髄線維の定量的解析なども含め行われている.多くの症例で腓腹神経生検(sural nerve biopsy)が行われるが,あくまで第4,5腰髄および第1,2仙髄後根神経節に細胞体を持つ第一次感覚ニューロンと,交感神経節後ニューロンの末端に近い一部分を採取しているにすぎず,末梢神経系に散在する病変の評価には有効でないことがある.つまり腓腹神経に異常がなくても,ほかの神経に病変が起こりやすい疾患であれば,その神経の採取を目的とした神経生検を検討すべきといえよう.

 たとえば,血管炎に伴う末梢神経ニューロパチーでは,腓腹神経(sural nerve)より腓骨神経(peroneal nerve)が障害される頻度が高い.このため血管炎を疑う症例の神経伝導速度検査では,腓骨神経も忘れず行う必要があるが,生検に関しても,ランダム化比較試験のデータではないものの,血管炎に伴う末梢神経ニューロパチーの診断に関しては,腓骨神経生検が腓腹神経生検に勝るという報告がある(前者が感度60%,後者が50%.Neurology 55; 636-643, 2000; Neurology 61; 623-630, 2003).よって腓骨神経生検は血管炎に伴うニューロパチーではもっと行われて良いはずである.

 さらに腓骨神経生検にはもうひとつ利点がある.これは現在,長岡に勤務する私の兄貴分の神経内科医に,教えていただいたことなのだが,腓骨神経生検では浅腓骨神経に加え,短腓骨筋を同時に生検することができる(たしか昔の「神経内科」か「神経進歩」に実際の手技が書かれていたのを見せてもらったのだが,今回,見つからず).はじめて知った時にはとても感心したが,唯一の気がかりは「後遺症はどうなのだろうか?」ということだった.今回,JNNPにイギリスのグループが腓骨神経生検の後遺症について報告しているので読んでみた.

 このグループは疾患によって神経生検を使い分けている.具体的には,血管炎に伴う末梢神経ニューロパチーが疑われれば浅腓骨神経+短腓骨筋生検を,対称性の遠位型ニューロパチーであれば腓腹神経生検を行っている.生検神経の長さは約3センチ,筋生検は0.5cm3を3か所行っている.7年間に26例の腓骨神経生検,24例の腓腹神経生検を行い,結論として,腓骨神経生検では,広範な感覚低下(reduced sensation)を呈する症例が一部に存在するものの(sensory lossは一部に限局するが,感覚が30%程度低下した範囲が,足背に比較的後半に出現する.ぜひ原文のFigureを確認していただきたい),それ以外の合併症は,術後痛34%,しびれdysesthesia 20%,異常感覚paresthesia 46%と,腓腹神経生検と大きな違いは認めなかった.この論文では,腓腹神経生検の合併症頻度を,従来の複数の臨床研究のデータを統合し算出しており,これによると,術後痛30%(117/396),しびれdysesthesia33%(68/204),異常感覚paresthesia 40%(49/123),創部感染8%(20/242)という結果であった.
 
 以上より,腓腹神経生検と比較し,合併症の面でも腓骨神経生検には大きな問題はないことが確認され,とくに血管炎を疑うような場合には腓骨神経生検を検討しても良いものと考えられた.

JNNP 78; 1271-1272, 2007 

追伸;前出の腓骨神経生検の手技の論文をご存知の方いませんか?

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ギラン・バレー症候群の「予想外」の予後因子

2006年11月05日 | 末梢神経疾患

 ギラン・バレー症候群(GBS)は免疫グロブリン大量静注療法が導入されて以来,その予後は大幅に改善したが,それでも11%の症例では死に至り,16%の症例では長期の後遺症が残存するという報告がある.予後不良因子としては,高齢発症,最も症状が悪い状態になるまでの期間が長いこと,人工呼吸器の使用,先行する下痢症状,電気生理学的に軸索変性を示唆する所見,といったものが挙げられる.

 今回,東北大学から,新しいGBSの予後因子が報告がされた.彼らが着目したのは何と髄液タウ蛋白である.タウ蛋白は神経細胞に局在する細胞骨格蛋白で,神経細胞が障害を受けると,細胞質から髄液に放出されるが,予想外なことに末梢神経にも存在するそうである.つまりGBSの予後不良群では髄液タウ蛋白が上昇するのではないかという仮説を検証したわけである.

 対象は26名のGBS患者で,発症6ヵ月後に予後判定を行い,Hughes分類の0ないしI を予後良好群,II~IVを不良群に分類した.この結果,予後良好群は20名,不良群は6名になった.結果として,下痢症状や電気生理検査の軸索障害パターンは予後不良群で多いものの有意差はなかったが,人工呼吸器管理と髄液タウ蛋白上昇は予後不良群で有意に認められた(髄液タウ蛋白;159.6±67.4 ng/mL vs 341.445±44.5 ng/mL;p<0.0005).順序ロジスティック回帰解析の単変量モデルでは,GBSにおける予後不良は人工呼吸器(p<0.05),軸索変性パターン(p<0.05),髄液タウ蛋白上昇(p<0.01)であり,多変量モデルでは髄液タウ蛋白上昇(p<0.01)のみであった.また髄液タウ蛋白が上昇していた6例中5例で,抗GalNAc-GD1aないしGM1抗体が陽性であった.

 以上の結果より,まだ少数例での検討ながら,髄液タウ蛋白は軸索変性を伴うGBSでは上昇し,GBSの良い予後予測因子となる可能性が考えられた.もしこの結果が本当であれば,ほかの軸索変性型の末梢神経障害でも髄液タウ蛋白が上昇しても不思議はなく,アルツハイマー病やタウオパチーで髄液タウ蛋白濃度を測定する際には,高度の末梢神経障害が存在する症例の場合は結果の解釈は少し慎重に行うことが必要になってくるかもしれない(あまり頻度の高いことではないと思うが・・・).

Neurology 67; 1470-1472,2006


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ギランバレー症候群とフィッシャー症候群の分かれ道

2005年11月10日 | 末梢神経疾患
カンピロバクター(C. jejuni)感染を契機としてギランバレー症候群(GBS)やフィッシャー症候群(FS)を発症することは有名であるが,なぜ同じC. jejuni感染であっても,ある人はGBSになり,別の人はFSになるか,またある人は腸炎で済むのか,その機序は分かっていない.今回,この謎を解く非常に興味深い研究が本邦より報告された.
まずおさらいであるが,C. jejuni感染後のGBSの機序としては,交叉抗原説とか,分子相同性というキーワードが提唱されている.具体的にはC. jejuni菌体成分であるリポ多糖がGM1ガングリオシド様構造を有することが明らかになり,そのエピトープ(リポ多糖)に対し自己抗体が産生され,自己抗体が血液神経関門の脆弱な脊髄前根で軸索膜上のエピトープに結合し,伝導障害もしくは軸索損傷を来たすと考えられている(すなわち菌体と神経構成成分との間に分子相同性があるという説).となるとC. jejuniが持つエピトープの種類によって産生される抗体が変わってくる可能性が考えられるわけである.
ガングリオシドはシアル酸を有する酸性糖脂質であるが,それを決定する酵素がsyalyltransferaseである.C. jejuniでは,Cst-IIとかIIIという遺伝子がこの酵素をコードしていて,Cst-IIには51番目のアミノ酸をAsnないしThrのいずれかにコードする遺伝子多型が存在する.となればこの遺伝子の種類や多型によって産生される抗体や臨床症状に違いが生じないか調べてみたくなる.
対象は105名のGBS(FSなどvariantを含む)と65 名のC. jejuni腸炎患者(神経症状なし).結果としては,GBSを引き起こした菌株は,腸炎のみ起こした菌株よりCst-II遺伝子を有する率が高く(85% vs 51%),とくにcst-II (Thr51)を持つ傾向が見られた.cst-II (Asn51)を持つ菌株のエピトープを調べたところ,GQ1bを高率に発現しており(83%),他方cst-II (Thr51)をもつ菌株はGM1ないしGD1aを高率に発現していた(それぞれ,92%,91%).さらにこの菌株のエピトープは患者の自己抗体の種類と関連があって,cst-II (Asn51)株に感染した場合,抗GQ1b IgG 陽性率は56%(この遺伝子を持たない場合8%; p <0.001),眼筋麻痺は前者で64%,後者で13%(p < 0.001) ,失調も前者で42%,後者で11%であった(p = 0.001).cst-II (Thr51)株に感染した患者では抗GM1抗体が高率に陽性で(88%;この遺伝子を持たない場合35%; p < 0.001),抗GD1a IgGも前者で52%,後者で24%(p = 0.006),四肢麻痺は前者で98%,後者で71%(p < 0.001)という結果になった. ただし,データを良く見るとこの遺伝子の多型のみで,自己抗体の産生の種類や臨床症状がすべて決定されるというわけではないようで,他の遺伝子の関与や宿主側の要因も関与している可能性も残される.しかし本研究は先行感染後の自己免疫を介した免疫疾患において,分子相同性仮説をきちんと示した最初の疾患ということになり,その意義はきわめて大きいものと言えよう.

Neurology 65; 1376-1381, 2005

追伸;週末から学会にいってきますので,しばらく更新はお休みします.

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シャルコー・マリー・トゥース病の患者さんのQOL

2005年10月02日 | 末梢神経疾患
今回,イタリアからシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)患者さん121名に対して行われたSF-36を用いたQOL調査の結果が報告されている.SF-36は健康関連QOL(HRQOL: Health Related Quality of Life)を測定する尺度のひとつで,疾患特異的な尺度ではなく,包括的尺度に分類される.利点としては,疾病の異なる患者さん間のQOLの比較が可能であり,かつ一般に健康と言われる人のHRQOLと比較することもできる.
研究の対象は2001年から2003年までの約3年間において,Dyckによる診断基準を満たした121名で,80名(66.1%)は脱髄型,41名は軸索型であった(正中神経のMCV 38m/sで区別).80名で遺伝子診断を行い,53名で原因遺伝子が判明(CMT1A; 42名,CMT1B; 4名,HNPP; 4名,CMT1X; 3名),原因遺伝子が明らかにならなかったケースの大半は軸索型であった.
QOL評価の信頼性の検討は「内部一貫性(内的整合性)」internal consistencyを用いて評価した.例えばQOL調査票で,ある項目の下位尺度に属する質問項目が複数あるとして,一つの項目で「問題なし」と答えた人では残りの項目でも「問題なし」であることが望ましく,さらに問題がある人ではすべての項目で「問題あり」となることが望ましい.こうした一貫性を信頼性の一つとみなし,クロンバッハのアルファ係数(Cronbach's coefficient alpha)として数値化する.本研究ではこの係数が常に高く(0.70以上),研究の信頼性は高いと判断している.
さて問題の結果であるが,CMTの患者さんはSF-36の8つの下位尺度(身体機能,日常役割機能,体の痛み,全体的健康感,活力,社会生活機能,日常役割機能,心の健康)のいずれの項目も,既報のイタリアの健康な人と比較して低いことが分かった.さらに以下のことも判明した.①働いていない患者は働いている患者よりスコアが低い,②女性は男性よりスコアが低い,③高齢者ほどスコアが低い,④脱髄型と軸索型では差がない,⑤整形外科的手術の有無で差はない,⑥罹病期間とmental function(SF-36のmental componentを用いて評価;mental summary measure)に相関はない.
働いているか否かがQOLに影響を与えることは想像に難くはない.女性でQOLスコアが低い原因は,性差による病気の症状の違いということではなく,男女間で家庭,仕事の面で違いがある可能性を著者らは考えている.脱髄型と軸索型で違いがなかったのは,それぞれの病型でも表現型や症状の程度はさまざまで均一ではない可能性が考えられる.また著者らは身体能力(走ること,歩行,握力),感覚障害,うつ,疲労といった因子がQOLに及ぼす影響は検討しておらず,今後の課題だとしている.
このようなQOL評価は,患者さんのQOLにどのような因子が影響を与えているかを明らかにし,そのQOLの向上に役立つのみではなく,治療効果を患者側から判断するということにも役に立つ.とくにCMTではアスコルビン酸,プロゲステロン・アンタゴニスト,神経栄養因子NT3といった治療薬の候補がいくつかあり,このような観点から治療効果を見ていくことは非常に大切であると考えられた.

Neurology 65; 922-924, 2005

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熱ショック蛋白と運動ニューロン; 新しいシャルコー・マリー・トゥース病

2005年08月18日 | 末梢神経疾患
Charcot-Marie-Tooth病(CMT)は進行性の四肢遠位部の筋萎縮と筋力低下を主徴とする遺伝性末梢神経疾患で,電気生理学的所見および神経病理学的所見によって二つのタイプに大別され(CMT1およびCMT2;伝速は38m/dsを境界とする),さらに原因遺伝子の種類に基づいて種々のサブタイプに分類されている.このうち末梢ミエリン蛋白PMP22をコードする遺伝子の異常に関係するものはCMT1Aと呼ばれ,欧米ではCMT全体の半数以上を占める.次いでCMT1X(connexin 32 mutation),myelin P0 mutationの頻度が高い.CMTは臨床的にも遺伝学的にも極めてheterogeneousな疾患であり,これまで分かっているだけで18の原因遺伝子が知られている.
今回,取り上げるのは軸索型CMT(CMT2)のひとつCMT2Fである.2001年に優性遺伝を呈する6世代に及ぶCMT2家系がロシアから報告された.14名の患者が同様の表現型を呈し,発症年齢は15~25歳.下肢優位の筋萎縮・筋力低下を示し,foot dropやsteppage gaitが認められた.上肢の症状は数年遅れて出現する.感覚障害も認められるが,進行は緩徐で,life spanがこの疾患により短縮することはない.遺伝子座が7q11-q21と判明し,2004年には原因遺伝子heat-shock protein 27(HSP27)が判明した(Nature Genet. 36: 602-606, 2004).実はこのHSP27は損傷を受けた末梢神経の生存に必要であることが2002年に報告されていた(Hsp27 Upregulation and Phosphorylation Is Required for Injured Sensory and Motor Neuron Survival Neuron, 36, 45-56, 2002)
 さて,今回,中国からCMT2Fの頻度に関する研究が報告されている.互いに関連のないCMT患者114例について遺伝子診断を行い,C379Tというこれまでに報告のない変異を4家系において認めた(患者数で計算した頻度は0.9%).ハプロタイプ解析の結果から,これら4家系における創始者効果の存在が示唆された.臨床像については比較的高齢発症(36-60歳)であり,従来の報告例と異なっていた.結論としては中国では頻度の高いCMTではない,ということになる.
ではHsp27はどんな働きをしているのであろうか?HSP27は多くの組織で普遍的に発現しており,熱ショックや各種サイトカインの刺激に反応して MAPKAPK-2 によりリン酸化される.通常は8~40個のモノマーHsp27 からなるオリゴマーとして存在しており,分子シャペロンとして働く.さらにHSP22とともにneurofilamentの重合に関与したり(HSP22変異も優性遺伝性の末梢神経障害を来たすことが報告されている),cytochrome c依存的にprocaspase-3の活性化を抑制するという機能も見出されている(アポトーシスカスケード抑制).またグルタチオンの産生を促し,細胞の酸化ストレスに対する防御機構にも関与しているとされる.いずれがCMT2の発症に重要なのか分からないが,neurofilament light chainの遺伝子変異で同じCMT2が生じることを考えると(CMT2E),おそらくneurofilamentの重合障害が病態機序として重要なのであろう.いずれにしても,答えはHSP27 transgenic mouseを作り,その病理像を見れば分かるはずである.今後の展開として気になるのはHSP27の運動神経保護作用であり,ALSでHSP27がどうなっているか,また遺伝子治療など治療応用が可能かということであろう(PubMedを見たところ,すでにSOD1 Tg miceでHSP27がup-regulateされているという論文と,同マウスをHSP27で遺伝子治療したという論文があった).

Arch Neurol 62; 1201-1207, 2005

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POEMS症候群と血管内皮細胞成長因子(VEGF)

2005年07月23日 | 末梢神経疾患
POEMS症候群とはpolyneuropathy,organomegaly,endocrinopathy,M蛋白血症,皮膚症状の頭文字をとった症候群で,歴史としては1956年にCrowが,1968年には深瀬らが,多発性神経炎,内分泌異常を伴うplasma cell dyscrasiaの症例を報告したのが始まりである(Crow-Fukase症候群).高月病,PEP(pigmentation,edema,plasma cell dyscrasia)症候群などの名称でも呼ばれている.本邦における疫学としては,1995年の高月らによれば文献例を含めた158例の検討にて,男女比は1.5:1,20歳代から80歳代と広く分布し,発症年齢は男女とも48歳(多発性骨髄腫より約10歳若い)と報告している.
 病因解明は遅れている.本症候群の多彩な病像の根底にあるのが形質細胞の増殖とそれに伴う免疫グロブリン異常(IgG,IgA-M蛋白の出現)であるが,近年,形質細胞の増殖因子としてIL-6が同定され,IL-6が病因に関与している可能性が指摘されている.しかし必発とされる多発ニューロパチーの機序についてはほとんど分かっておらず,また血清VEGF(vascular endothelial growth factor)が健常人や多発性骨髄腫患者と比較して有意に上昇していることが知られているが,その意義については分かっていない.
 今回,イタリアからPOEMS症候群11症例に対して,VEGFの臨床的,病因的意義を検討する研究が報告された.まず,血清VEGFの上昇に加え,本疾患では血清エリスロポイエチン(EPO)が低下することを初めて指摘した(多発性骨髄腫患者では低下しない).また臨床経過の増悪に伴いVEGFの上昇とEPOの減少は高度となり,かつ治療が奏功した場合,ともに正常化することも示している.またVEGFは,診断マーカーとしてのみならず,予後因子としても有用であることを指摘し,治療前1500pg/ml未満の症例では治療反応性が良好であったと述べている(EPOは治療反応群と非反応群で差はなし).VEGFは治療効果のメルクマールとしても有用だそうで,有効性の乏しいIVIgや一過性にしか効かない血漿交換ではVEGF値が低下しないのに対し,有効性があると考えられる放射線療法やアルキル化剤投与ではVEGF値は低下した.
さらに神経生検による組織学的検索を行い,VEGFがvasa nervorumの血管壁に高発現していること,逆にVEGF受容体2(VEGF-R2)発現は低下していること(down-regulation),vasa nervorumの基底板は肥厚し,内腔は狭小化していることを明らかにした.すなわち,著者らはVEGF上昇および vasa nervorumにおけるVEGFの高発現は末梢神経への虚血を介してニューロパチーをきたす可能性を考えている.具体的には,VEGF上昇,血管壁における高発現に伴うvasa nervorum血管内皮細胞の活性化 → microangiopathyに伴う末梢神経の低酸素 → 転写因子HIF-1a活性化 → VEGF転写の増加 → positive feed-backによる悪循環,という具合である.EPO低下についてはsubclinicalに腎障害が生じているのではないかと推測しているが,少し説得力に乏しい.
 いずれにしてもこの仕事のポイントは神経生検の標本を抗VEGF抗体で染めたというアイデアに尽きる.これまで不明であったPOEMS症候群における末梢神経障害の機序の突破口になるかもしれない.ただし,なぜ本疾患でVEGFが上昇するのかという問題はまったく手付かずのまま残っている.

Brain 128; 1911-1920, 2005

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シャルコー・マリー・トゥース病は妊娠・出産のハイリスクグループと考えたほうが良い

2005年03月14日 | 末梢神経疾患
 シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)は遺伝学的にheterogeneousな疾患群であるが,末梢神経障害を主徴とするため,一般に妊娠・出産における異常は生じないと考えられてきた.今回,NorwayよりCMTにおける妊娠・出産に関して多数例を調査したretrospective studyが報告された.
 対象は1967年から2002年にかけてNorwayのMedical Birth Registryに登録した妊婦で(登録は強制),このなかで108名のCMTを基礎疾患として有する妊婦を見出した(診断は臨床所見と遺伝歴の確認にて行っており,2001年からは遺伝子診断も導入している;完全に他の疾患を除外できているかはやや不安).対照としてはその他の210万人の妊婦のデータを使った.結果としては,両群間で妊婦の年齢,妊娠期間,子供の性別,出生時体重等に有意差なし.しかし,新生児の奇形合併はCMT群で有意に高く(9.3 vs 4.5%;p = 0.04;奇形の詳細についての記載なし),分娩後出血もCMT群で有意に高頻度であった(12.0 vs 5.8%;p = 0.02). 手術分娩の頻度もCMT群で2倍高頻度であり(29.6 vs 15.3%; p = 0.002),鉗子分娩は3倍の頻度であった(9.3 vs 2.7;p <0.001).帝王切開はNorwayでは他の欧米諸国と比較し行われていないが,CMTを伴う妊婦では行われる傾向にあり,かつ緊急帝王切開として行われていた.子供のCMTの罹患との関係については,追跡調査は行われておらず不明.以上の結果より,CMTは妊娠・出産のハイリスクグループに加えるべきと思われる.Norwayのデータではあるが,CMTの妊娠・出産は注意を要することを,本人・家族,および産婦人科医に伝え,緊密な連絡をとりながら出産の準備を進めるべきであろう. Neurology 64; 459-462, 2005

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慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)に対する間欠的ステロイドパルス療法の効果

2005年02月16日 | 末梢神経疾患
 CIDPの治療として,現在,副腎皮質ステロイド内服かIVIgが選択されることが多いものと思われる.今回,Washington大より,CIDPに対する間欠的ステロイドパルス療法(intermittent intravenous methylprednisolone; IVMP)の有効性が報告された.方法は1992年から2003年までに経験したCIDP症例57名(うち39名が解析可能)に対するretrospective studyで,IVMP群,IVIg群,免疫抑制剤内服群の3つの群を比較した.IVMPは16名で,方法としてはinitial dose 1000mgのmethylprednisoloneを3~5日間点滴し,翌週より週1回1000mgのmethylprednisolone点滴を行い,その後,様子を見ながら治療頻度・薬剤使用量を2ヶ月から2年かけて漸減していた.IVIgは7名で,total 2g/kgを2日間以上かけて点滴し(一般的な使用量),以後,症状に応じて1~6ヶ月ごとにIVIgを繰り返していた.免疫抑制剤群は16名で,内訳はprednisone 12名,cyclosporine 4名であった.評価は筋力の改善(quantitative dynamometryにて定量的に評価)と副作用に対して行った.
 結果として,治療開始後6ヶ月および終診時(平均4.5年後)における筋力は各群間で有意差を認めなかった(ただし,経口免疫抑制剤群は6ヶ月の時点で改善がやや不良の傾向).副作用の面では,クッシング症候群様変化・体重増加を示した症例は,prednisone内服例で58%であったのに対し,IVMP群では19%と少なかった.
 以上より,IVMPは今後,CIDPの治療として検討してよいのかもしれない.とくに血液製剤の使用を嫌がる患者や,容姿の変化を心配する患者では考えてみる価値はある.しかし,あくまでもprospective studyの結果ではないことと,現在,本邦ではCIDPに対し,ステロイドパルスの保険適応はないことも認識したうえで行うべきであろう.

Arch Neurol 62; 249-254, 2005

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ギラン・バレー症候群の家族内発症例

2004年11月16日 | 末梢神経疾患
ギラン・バレー症候群(GBS)は先行感染後に発症することが知られている.とくにC.jejuni感染後には1000人に1人の割合で発症すると言われているが,発症機序に何らかの遺伝的背景が関与するものと考えられる.GBSの家族内発症例の報告はこれまで世界において7家系ほどの報告があるが,今回,あらたに12家系(計25人)の家族内発症例がオランダより報告された.遺伝形式は特定できず,メンデル遺伝より複合的な病態(complex genetic disorder)が疑われた.また次世代での発症ほど発症年齢が早くなる傾向を認めた.先行感染や臨床症状,重症度などは家族間でばらばらであった.
 さらに多くの家族内発症例を集積することが宿主側の要因を解明する上で必要であろう.

Neurology 63; 1747-1750, 2004

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