Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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COVID-19の神経筋症状および合併症の総括スライド

2020年12月31日 | 医学と医療
COVID-19は呼吸器症状を主徴としますが,神経筋症状を高頻度に合併し,さらに重篤な神経筋合併症を呈することが明らかになってきました.この1年の知見をスライドにまとめました.神経筋に限っても病態は複雑で,多彩な症候を生じるため,全部で106枚にもなりました.神経筋症状/合併症の見落としに伴う感染拡大,院内感染を防止するためにご使用いただければと思います.ダウンロード,配布等,許可は不要です.
今年もお世話になりました.来年は良い年になることを祈りたいと思います!

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抗mGluR抗体脳炎は,孤発性小脳失調症において鑑別診断に加える必要がある

2020年12月28日 | 脊髄小脳変性症
代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)は,興奮性神経伝達を媒介するGタンパク質共役型グルタミン酸受容体である.サブタイプが存在し,mGluR1とmGluR5は,主に後シナプスに局在し,活性化によりNMDA受容体活動の増強と興奮毒性を示す.抗mGluR1 抗体は病原性を有し,小脳スライスにおけるプルキンエ細胞機能を変化させることが示されている.また抗mGluR1抗体脳炎では,共通して小脳失調症を示すものの,進行や転帰,治療反応性は個人差があり,予測が難しいと考えられている.今回,その臨床的特徴と予後因子の同定,ならびに抗体がラット海馬ニューロンにおけるmGluR1クラスターにどのような影響をもたらすか検討した論文が報告された.

【患者の特徴】
新規に11名(成人10名,小児1名)が同定され,岐阜大学からの報告(J Neuroimmunol. 2018 Jun 15;319:63-67)も含め,既報の19名と合わせて30名(年齢中央値55歳;43%が女性)が検討された.まず前駆症状(頭痛,体重減少,疲労,吐き気,インフルエンザ様症状など)は,記載のあった17名中7名(41%)で認められ,神経症候よりも30日(以下,数値は中央値)先行していた.主症状は亜急性小脳症候群であり,30名中29名(97%)に認め(動画),発症からピークまでの期間は3ヶ月であったが,7名(23%)では小脳失調が3ヶ月以上進行した(7名の発症からピークまでの期間は19.5ヶ月,四分位範囲8~48ヶ月).また発症からピークまでの期間と抗体検査までの期間には正の相関があり(r = 0.85,p = 0.0001),急性発症の患者では,より早く診断されていた.

【臨床像】
経過中,小脳症候群のみは29名中4名(14%)で,25名(86%)では小脳外徴候を認めた.その内訳としては,認知障害(11/25名,44%),行動変化(6/25名,24%),その他(味覚障害,嚥下障害,自律神経障害,けいれん発作,睡眠障害,運動異常症)であった.行動変化は,過敏性,アパシー,性格変化から,幻覚やカタトニアを伴う精神症状まで多岐にわたった.認知機能障害には,記憶障害,遂行機能障害が含まれていた.運動異常症は5名で認め,ミオクローヌス・ジストニアを特徴としたが,唯一の小児例では顔面・四肢の舞踏病アテトーゼを認めた.けいれん発作は2名でのみで認めた.その他のまれな症状としては,視力低下と運動機能低下があった.3/26名(11%)に腫瘍(ホジキンリンパ腫2名,皮膚T細胞リンパ腫・前立腺腺癌合併)を認めた.

【検査所見】
髄液では19/25名(76%)に異常を認め,細胞数増多を11/25名(44%,27 /mm3),11/20名にオリゴクローナルバンドやIgG index上昇を認めた.脳波は5/8名(62%)で異常があり,焦点性の両側前頭または側頭の徐波化を示し,けいれん発作を起こした1名では間欠期のてんかん放電を認めた.

発症時の頭部MRIは7/19名(37%)に異常を認めたが,3名はT2/FLAIRの高信号またはGd造影所見,4名は非特異的な小梗塞様皮質下病変であった.追跡調査では12名中10名(83%)に小脳萎縮が認められた.図Aは6歳男児例.病初期は正常であったが,12日目に右小脳の浮腫を認めた.MRSではNAA/Cr比の低下,Cho/Cr比のわずかな上昇,小脳炎を示唆する乳酸ピークを認めた.



【抗体検査】
発症から9 ヵ月後(IQR 1~25 ヵ月)に実施され,30名全員の血清および 19名の髄液で実施された.両者揃った検体が19名から得られた.うち17 名は血清と髄液の両方で陽性であった.残り1 名は血清のみ,もう1名は髄液のみで陽性であった.

【治療】
30名中25名(83%)が免疫療法(パルス,経口ステロイド,血漿交換,IVIg)を受けた.うち14名(56%)が,シクロホスファミド,リツキシマブ,ミコフェノレートモフェチル,アザチオプリン,タクロリムスのうち1つ以上を含む第2選択免疫療法を受けていた.発症から免疫療法開始までの期間は,発症から抗体検査までの時間と正の相関があった(r = 0.79,p = 0.001).抗体検査の結果が出る前に免疫療法を開始したのは5名のみで,うち4名は急性症状を呈していた(急速進行性でなければ免疫療法が行われにくいことを意味する).

【転帰】
10/25名(40%)では有意な改善または症状の完全な消失がみられたが,13/25名(52%)では臨床的に安定または軽度の改善にとどまった.また残り2名は死亡した(剖検なし).再発は6名で認められたが,すべて免疫療法の中止に伴って生じていた.

最終フォローアップ時(中央値24ヵ月)には,12/16名(75%)にMRI異常があり,10名に小脳萎縮が認められた.ちなみに図B-Dは45歳女性例のもので発症時に認めた右小脳半球のFLAIR高信号(B)は短期間で消失したが,5週間(C)と9年(D)で進行性の小脳萎縮を呈した.



2年後の転帰が不良な群(modified Rankin Scaleスコア>2,7名)は,転帰が良好な群(mRSスコア≦2,12名)と比べ,ピーク時のSARAスコアが高く(中央値29対17),介助歩行も多かった(100%対33%).サンプル数が少なかったためか,両群間で治療の遅延に有意な差はなかった.

【mGluR1抗体のサブクラスと培養ニューロンへの影響】
mGluR1に対する抗体は主にIgG1であり,培養ニューロンにおけるmGluR1クラスターの有意な減少を引き起こした.

【結論】抗mGluR1脳炎は小脳症候群であり,通常は数週間かけてピークに達する亜急性発症であるが,持続的に進行する症例も存在する.通常,成人に発症するが,小児でもまれに発症し,舞踏病アテトーゼといった成人とは異なる症候を呈しうる.発症時の重症度が予後を予測する因子であるが,免疫療法が有効な症例が存在するため,見逃してはならない.

【本論文でも引用されている当科症例のサマリー】
51歳女性,初発症状は歩行障害,構音障害で,約2ヶ月間の経過で進行した.画像上,小脳萎縮は目立たなかった.純粋な小脳性運動失調を呈し,亜急性の経過であったため,傍腫瘍性小脳変性症を含む自己免疫性小脳性運動失調症を念頭において自己抗体の検索を行なった.商業ベースで測定可能な既知の自己抗体(HuD,Yo,Riなど)がすべて陰性であったため,抗mGluR1抗体に対するcell-based assay法による測定系を確立した(患者では図Aの赤い部分のように染色された.図Bは健常対照).さらにラット脳切片を,患者髄液を用いて免疫染色したところ小脳の分子層が染色された(分子層の深層にはプルキンエ細胞が並び,その樹状突起は分子層に存在する).現在も経過観察中であるが,やはり発症時には小脳萎縮は目立たなかったが,5年後には小脳萎縮は顕在化し,SPECTでは小脳血流の低下も認められた.詳細は過去のブロクに記載した.

以上より,純粋小脳失調症(IDCA,従来のCCAないしLCCA)は変性疾患とは限らず,免疫療法の可能性を常に念頭に置く必要がある.
Spatola M et al. Clinical features, prognostic factors, and antibody effects in anti-mGluR1 encephalitis. Neurology Dec 2020, 95 (22) e3012-e3025(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010854)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月26日)  

2020年12月26日 | 医学と医療
今回のキーワードは,イギリスと南アフリカの突然変異株,病院を受診しない患者,抗スパイク蛋白質抗体陽性の医療従事者の再感染率,髄液PCRのみ陽性となった髄膜脳炎症例,スパイク蛋白質は血液脳関門を通過し脳に達する,発症3か月後の患者小腸からのウイルス検出とIgA,重症化を招く悪玉抗体の発見です.

イギリスの突然変異株B.1.1.1.7(VUI-202012/01とも呼ばれる)が大きな問題になっています.1月に中国で配列決定された最初のゲノムとは17箇所の変異を有しています.うちスパイク蛋白質をコードする遺伝子に8箇所の変異があり,そのなかの2つの変異が問題視されています.ひとつはN501Y変異で,ACE2受容体に強固に結合することが過去に報告されています.もうひとつが69-70del変異で,2アミノ酸欠失につながり,一部の免疫不全患者の免疫応答を逃れたウイルスにおいて発見されています.英国では,全症例の大半がこの変異型らしく(図1),感染性を70%増加させた可能性があると言われています.また南アフリカ由来の突然変異株も注目されています.同じくスパイク遺伝子にN501Y変異を有しますが,英国の変異型とは別の系統として発生したようです.やはり,南アフリカにおける患者数の増加を招いたと推測されています.またいずれも若年者に感染が多いようです.B.1.1.1.7につながったウイルス変異は,他の場所でも起こる可能性があり,日本でもすでに確認されている海外からの移入のみならず,自国内での変異の出現に備える必要があります.もしかしたら最近の急増もこの変異が関与している可能性すらあります.シカゴ大学名誉教授の中村祐輔氏も「3000人分のウイルスゲノムは1台の機械で2日間でできる.全例解析して結果を即時公表すべきだ」と述べています.
ScienceMag.org(https://bit.ly/3nJjLM6)
Twitter: Dr Emma Hodcroft @firefoxx66(https://bit.ly/350IWm3)
すでにイギリス型ウイルス上陸!科学なきウイルス対策(http://yusukenakamura.hatenablog.com/)





◆症状があっても病院受診しない患者の多さ.
ロックダウン後のフランスにおける COVID-19患者の検出率を推定した研究が報告された.ロックダウン後の最初の7週間(5月11日~6月28日)に,国を挙げてPCR検査を行ったにもかかわらず,推定発症者10万3907人のうち,検出されたのは1万4061人のみであった.つまり,10万3907人中,なんと約9万人の症状ありの患者(10名中9名に相当)はサーベイランスシステムによって検出されなかった.また期間中にCOVID-19を思わせる症状を持つ人のうち,医師に相談したのはわずか31%に過ぎなかった.検出率を向上させるためには,疑わしい症状を認めた場合,すぐに病院を受診することを促すこと,ならびにより簡単に,効率的な検査にアクセスできるようにすることが重要である.→ 日本でも症状があっても病院受診しない患者が相当数存在する可能性があるかもしれない.
Nature. Dec 21, 2020.(doi.org/10.1038/s41586-020-03095-6)

◆抗スパイク蛋白質抗体陽性者は6ヶ月間において再感染のリスクは大幅に低下する.
医療従事者を対象に,抗ウイルス抗体の有無により,その後6ヶ月間のCOVID-19発症に影響があるかを検討した研究が英国から報告された.抗体は抗スパイク蛋白質IgG アッセイにより測定した.計 1万2541名の医療従事者が参加し,抗スパイク蛋白質 IgG を測定したところ,陰性1万1364名,陽性1265名であった.31週間の経過観察で,抗体陰性のうち223名がPCR陽性となったのに対し(100名が無症状,123名が症状あり),抗体陽性では2名がPCR陽性となったのみで,いずれも無症状であった(調整後発症率比,0.11;P=0.002).抗ヌクレオカプシドIgGアッセイを単独または抗スパイク蛋白質IgGアッセイと組み合わせても罹患率比は同様であった.抗スパイク蛋白質抗体または抗ヌクレカプシドIgG抗体の存在は,その後6カ月間の再感染のリスクを大幅に減少させる.
New Eng J Med. Dec 23, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2034545)

◆呼吸器検体PCRが陰性でも,髄液陽性というケースがありうる.
ドイツから,食道がん原発髄膜がん腫症の53歳男性におけるCOVID-19の報告.呼吸器症状や徴候を伴わずに,発熱,髄膜刺激徴候を伴う頭痛にて発症した.鼻咽頭拭い液は入院前に一度陽性となったが,その後,陰性となった.しかし髄液検体を用いたPCRで,2度ウイルスRNAが検出され,さらにウイルス特異的髄腔内IgG産生も確認された(図2).髄液PCRは長期間(18日間)陽性であった.以上より,COVID-19では,呼吸器検体でPCR陰性でも中枢神経感染が起こりうること,ならびに髄液PCRの確認が必要であることを認識する必要がある.
Neurology. Dec 8, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000011357)



◆ウイルスの直接感染による脳炎・脳症は少ない.
COVID-19に関連した中枢神経合併症の機序に関する総説が報告された.COVID-19における脳炎・脳症中の頻度はまれで,主な病態は炎症性および血栓形成性のパスウェイの活性化,そして頻度は低いが一部では血管内皮および脳実質に対するウイルスの直接感染が関与していると推測している(図3).また重症例ではしばしば認知機能障害の遷延を認めるが,これは敗血症性脳症の状況下で,多因子のメカニズムによるものだろうと推測している.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. Dec 11, 2020(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000923)



◆ウイルス・スパイク蛋白質は血液脳関門を通過し,マウス脳に侵入できる.
SARS-CoV-2ウイルスは,スパイク蛋白質のS1サブユニットを介して細胞に結合する.米国からの研究で,静注された放射性ヨウ素化S1(I-S1)が,雄マウスの血液脳関門を容易に通過し,脳内に取り込まれ,脳実質に到達することが報告された(図4.また,I-S1は肺,脾臓,腎臓,肝臓にも取り込まれた.経鼻的に投与されたI-S1もまた,静注の約10倍低いレベルではあったが,脳内に取り込まれた.APOE遺伝子多型と性別は脳でのI-S1取り込みに影響を与えなかったが,嗅球,肝臓,脾臓,腎臓での取り込みには様々な影響を与えた.海馬と嗅球でのI-S1取り込みは,リポ多糖による炎症により減少した.I-S1は吸着性のトランスサイトーシス(エンドサイトーシスにより取り込まれ,さらにエキソサイトーシスによって反対側に輸送されること)によって血液脳関門を通過する.またマウスACE2は脳と肺の取り込みには関与しているが,腎臓,肝臓,脾臓の取り込みには関与していないことが示唆された.
Nat Neurosci. Dec 16, 2020(doi.org/10.1038/s41593-020-00771-8)



◆発症3か月後の患者小腸からウイルス検出とIgA.
抗SARS-CoV-2ウイルス抗体価は時間経過とともに低下するが,再感染時に抗体を産生するために必要なメモリーB細胞については,これまで報告がない.米国からの研究は,感染後1.3ヶ月後と6.2ヶ月後に評価した87名における液性免疫メモリーについて報告がなされた.スパイク蛋白質の受容体結合ドメイン(RBD)抗体価のうち,IgM,IgGが有意に低下したが,腸管免疫を司るIgAへの影響は少なかった(図5左).またこの期間で,疑似ウイルスアッセイで測定した血漿中の中和活性は5倍に低下していたが, RBD特異的メモリーB細胞の数は変化していなかった.メモリーB細胞は6.2ヵ月後にクローナルターンオーバーを来たし,発現する抗体はより大きな体細胞性超変異(免疫グロブリン遺伝子の可変領域に高頻度の変異が抗体遺伝子改変酵素により導入される現象)を示した.また抗体はRBDにより結合し,ウイルスをより確実に中和できるようになった.これらの現象は液性免疫反応の継続的な進化を示すものである.さらに発症3ヵ月の無症状の患者から生検した腸管を解析したところ,14名中7名の小腸上皮に,SARS-CoV-2ウイルスが残存していた(図5右).以上より,小腸にわずかに存在するウイルスが抗原を供給し,液性免疫の発達が促進されるものと考えられた.
bioRxiv. Nov 05, 2020.(doi.org/10.1101/2020.11.03.367391)



◆ある種の抗体(無フコシル化IgG)の存在は,COVID-19の重症化を招く.
IgG抗体は,病原体からの防御に不可欠である.IgGの機能に不可欠なIgG-Fcテール内の高度に保存されたN-結合型糖鎖は,ヒトにおいて様々な組成を示している.糖鎖修飾がされていない無フコシル化IgGバリアントは,食細胞のFc受容体(FcγRIIIa)を介して高い活性を示すことから,すでに抗癌治療用抗体として使用されている.オランダからの報告で,無フコシル化IgG(ヒトの全IgGの約6%)は,SARS-CoV-2を含むエンベロープ・ウイルスに対して特異的に形成されるが,一般的には他の抗原に対しては形成されないことが示された.この現象は,より強力なFcγRIIIa応答を介するだけでなく,IL-6の産生を促進し,サイトカイン・ストームや免疫介在性の病態を促進する.重症のCOVID-19患者は,SARS-CoV-2に対する高レベルの無フコシル化IgG抗体を有し,炎症促進性サイトカイン放出および急性期応答を増幅したが,軽症者では認めなかった.以上より,抗体のなかには重症化を引き起こすものも存在することが示された.これが患者回復血漿輸血が臨床試験で有効性を示せなかった一因かもしれない.またこのような悪玉抗体を作らせない治療法の開発が求められる.
Science. Dec 23, 2020(doi.org/10.1126/science.abc8378)



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Special Topic『新型コロナウイルス感染症と神経筋合併症』@J-IDEO (ジェイ・イデオ)

2020年12月25日 | 医学と医療
感染症専門誌J-IDEO(中外医学社)からの依頼で,標題の総説論文を執筆しました. COVID-19ではめまい,頭痛(片頭痛類似),筋痛,嗅覚障害,味覚障害,意識障害といった神経筋症状を高頻度に合併し,さらに重篤で多彩な神経筋合併症が生じうることが判明しています.またこれらは初発症状にもなりうることも分かっています.◎重要なことは「COVID-19に伴う神経筋症状を認識し,見逃しによる感染拡大や院内感染を防ぐこと」です.ですから脳神経内科医以外も神経筋症状を理解する必要があります.病態についてはいまだ不明なことも多いですが,神経筋症状や合併症についてはほぼ出揃った感があり,良い機会と考えて,これまでの知見を総括いたしました.よろしければご一読いただければと思います.

J-IDEO (ジェイ・イデオ) Vol.5 No.1(Amazonへのリンク)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月19日) 

2020年12月19日 | 医学と医療
今回のキーワードは,退院後10日は要注意,家庭内二次感染の危険因子,ギラン・バレー症候群はむしろ減っている,脳血管内皮細胞におけるACE2発現と微小出血,小児38例の中枢神経画像所見,5つの重症化に関わる遺伝子の同定,ヤヌスキナーゼ阻害剤バリシチニブの臨床試験の成功,米国で緊急使用許可が認められたモノクローナル抗体バマニビマブの情報です.

既存薬をCOVID-19に使用し効果を期待するdrug repositioningの試みは残念ながらほとんど失敗しました.やはりCOVID-19の病態の理解が治療薬開発には不可欠ということになります.今回,英国から重症者のゲノムワイド関連解析が報告され,重症化に関わる5つの遺伝子が同定されました.そのひとつがサイトカイン・シグナル伝達で活性化する酵素TYK2ですが,これを抑制するヤヌスキナーゼ阻害剤バリシチニブが重症患者の回復時間を短縮しました.またウイルス・スパイク蛋白質に対する中和抗体が米国で使用可能になりました.少しずつですが,予後を改善する治療薬にも希望の光が見えてきました.

◆COVID-19は再入院率が高く,とくに退院後10日は要注意.
COVID-19の初回入院後の転帰に関するデータは限られている.米国から退役軍人を対象とした退院後60日までの再入院率と再入院の理由,死亡率の結果が報告された.入院は2179名で,そのうち678名(31.1%)がICUで治療を受け,279例(12.8%)が機械的人工呼吸を受け,1775例(81.5%)が退院した.退院後60日以内に479名(27.0%)が再入院または死亡した.再入院時の診断で最も多かったのはCOVID-19(30.2%),敗血症(8.5%),肺炎(3.1%),心不全(3.1%)であった.また退院後最初の10日間は肺炎ないし心不全と比較して,より再入院・死亡の頻度が高く(13%),臨床的悪化のリスクが高い期間であることが分かった(図1).以上より,退院後を考慮に入れない,入院中の患者の予後や死亡率のみに焦点を当てた調査・臨床試験は,COVID-19の重篤度を過小評価する可能性がある.
JAMA. Dec 14, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.21465)



◆家庭における二次感染は,症状あり,成人,配偶者においてより高頻度である.
家庭内における二次感染が問題になっているが,その頻度については不明である.米国から54件の研究,7万7758人の参加者を対象としたメタ解析が報告された.推定される家庭内の二次感染率は16.6%で,SARS(7.5%)やMERS(4.7%)よりも高かった.また家庭内の二次感染率に影響する因子として,症状ある患者との接触>無症状患者との接触(18.0%対0.7%),成人患者との接触>小児患者との接触(28.3%対16.8%),配偶者が患者>他の家族が患者(37.8%対17.8%)であった.家庭における隔離が継続されるのであれば,家庭は重要な感染の場であり続けることになる.
JAMA Netw Open. 2020;3(12):e2031756(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.31756)

◆COVID-19とGBSには因果関係はなく,パンデミック後,GBSは減少している.
COVID-19とギラン・バレー症候群(GBS)の因果関係について調査した英国からの報告.2016年から2019年までに英国の病院で治療されたGBSの発生率は,年間10万人あたり1.65~1.88人であった. 2020年3月~5月におけるGBSの発生率は,2016~2019年の同時期と比較して,なんと低下していた!(図2).この間,47例のGBS症例(COVID-19関連25名,非COVID-19関連22名)を経験したが,両群間で脱力のパターン,極期までの時間,神経生理所見,髄液所見,転帰に有意差は認めなかった.唯一,気管内挿管の頻度はCOVID-19群でより高かったが(54%対23%),これはCOVID-19に伴う肺病変に関連するものと考えられた.COVID-19とGBSの関連は完全には否定できないが,本研究からは因果関係は見いだせなかった.むしろロックダウンにより,カンピロバクターや呼吸器ウイルスなどのGBSを引き起こす感染症が減少し,GBSが減っているのかもしれない.→ 自身の経験でも,確かにGBS入院は減少している印象がある.しかし以前紹介したようにイタリア(doi.org/10.1136/jnnp-2020-324837),また最近ではスペインで発症率の増加が指摘されており(doi.org/10.1002/ana.25987),もう少し検討を重ねる必要がある.
Brain. Dec 14, 2020(doi.org/10.1093/brain/awaa433)



◆COVID-19による微小出血はACE2発現を伴う血管内皮炎により生じる.
COVID-19に伴う中枢神経症状の機序として,血管障害が関与する可能性が指摘されてきた.スイスから,点状出血ないし微小血栓(microbleeds)を認めた6名の脳病理所見の検討が報告された.うち2名は,播種性血管内凝固症候群(DIC)を認めたため検討から除外した.4名の検討で,微小出血は大脳の皮質・白質接合部で最も顕著であったが,脳幹,深部灰白質,小脳にも認められた.2名では血管壁内に炎症細胞浸潤が認められ,SARS-CoV2ウイルス感染に伴う血管内皮炎と考えられた.1例を除き脳血管におけるACE2発現の増加が認められた.COVID-19における微小出血は,ACE2発現を伴う血管内皮炎の結果生じ,脳症を引き起こす可能性が考えられた.



図3の説明:(A) 肉眼的検査では,大部分が皮質近傍の多発出血であった.(B)死後脳のSWI画像で,微小出血が認められた.C)HE染色による半卵円中心の新鮮な出血.(D)脳梁にマクロファージ(CD68)と血液分解産物(Fe)を含む亜急性出血.E)大脳基底核における血管内微小血栓症と血管内皮炎.血管内皮細胞のアポトーシスが観察された(活性化カスパーゼ3).血管内皮内リンパ球(CD45).F)患者血管内皮におけるACE2発現(対照では陰性ないしごく微弱の染色).
Neuropathol Appl Neurobiol. Nov 29, 2020.(doi.org/10.1111/nan.12677)

◆小児でもさまざまな神経筋合併症が生じうる ―38名の画像所見―
フランス,英国,米国,ブラジルなど10カ国の共同研究で,COVID-19感染に伴う中枢神経症状を呈した小児38名の画像所見が報告された.所見は軽度から重度まで様々であった.頻度の多い画像所見として,感染後免疫介在性急性播種性脳脊髄炎(ADEM)様所見(16名;図4),異常造影所見(13名),脊髄炎(8名)であった.脳神経の造影所見(=脳神経炎)は,それに対応する神経症候がなくても認められた.脳梁膨大部病変(7名)および筋炎(4名)は,多系統炎症症候群(MIS-C)で主に認められた.脳血管の異常所見は成人に比べて少なかった.ほとんどの小児は良好な転帰を示したが,4名は非定型中枢神経感染症(結核腫,細菌感染,帯状疱疹ウイルス感染)を併発し,死亡した.
Lancet child adolescent health. Dec 15, 2020(doi.org/10.1016/S2352-4642(20)30362-X)



◆重症化因子として5つの遺伝子(OAS1/2/3, TYK2, DPP9, IFNAR2, CCR2)が同定された.
英国の208のICUからのCOVID-19の重症患者2244名を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果が報告された.抗ウイルス制限酵素活性化因子(OAS1, OAS2, OAS3;結核菌の増殖を抑制する作用も有する)をコードする遺伝子クラスターの染色体12q24.13,チロシンキナーゼ2(TYK2)をコードする遺伝子の近傍の染色体19p13.2,ジペプチジルペプチダーゼ9(DPP9)をコードする遺伝子内の染色体19p13.3,インターフェロン受容体遺伝子IFNAR2の染色体21q22.1において有意な関連を同定した(図5).Ⅰ型インターフェロンのシグナル伝達に関わるIFNAR2の低発現と,サイトカイン・シグナル伝達で活性化する酵素TYK2の高発現が重症化に関与する可能性がある.また肺組織におけるトランスクリプトーム解析から,単球/マクロファージCCR2ケモカイン受容体の高発現が重症化と関連している可能性が示唆された.以上のように,宿主側の抗ウイルス防御機構と炎症性臓器障害のメディエーターに関連する遺伝因子が重症化因子として同定された.
Nature. Dec11, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-03065-y)



◆ヤヌスキナーゼ阻害剤バリシチニブの臨床試験の成功.
米国から,上述のTYK2を阻害するJAK阻害剤バリシチニブの臨床試験(ACTT-2試験)がNEJM誌に報告され,入院患者回復促進効果が認められた!入院成人を対象に,バリシチニブとレムデシビルの併用を評価する二重盲検,無作為化,プラセボ対照試験である.全患者にレムデシビル(10日以内)+バリシチニブ(14日以内)またはレムデシビル+偽薬を投与した.主要評価項目は回復までの期間,副次評価項目は15日目の臨床状態の改善とした.計1033名が無作為化を受けた(うち併用療法は515 名).併用療法群の回復までの期間の中央値は7日,対照群は8日で,1日の短縮(回復率比,1.16;P=0.03)(図6A),15日目の臨床状態の改善のオッズは30%高かった(オッズ比,1.3).割り付け時に高流量酸素または人工呼吸器管理を受けた患者に限定すると,回復までの期間は併用療法群で10日,対照群で18日で,8日短縮した!(回復率比,1.51)(図6D).28日死亡率は併用群で5.1%,対照群で7.8%であった(死亡ハザード比,0.65).重篤な有害事象の発生頻度は対照群よりも併用群の方が低かった(16.0%対21.0%).以上より,バリシチニブとレムデシビルの併用は,特に高流量酸素または非侵襲的人工呼吸(NPPV)を受けている患者において回復時間を短縮し,臨床状態の改善を促進する点でレムデシビル単独よりも優れていた.
New Engl J Med. Dec11, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2031994)



◆米国FDAの緊急使用許可を取得したモノクローナル抗体バマニビマブの情報.
11月7日のブログで紹介した,SARS-CoV-2ウイルスの対する中和抗体療法が,米国ではすでに可能になっている(doi.org/10.1056/NEJMoa2029849).このバムラニビマブ(LY-CoV555;リリー社)は,SARS-CoV-2のスパイク蛋白質の受容体結合ドメインに結合し,スパイク蛋白質のヒトACE2受容体への結合を阻害する.重症化ないし入院への進行リスクが高いと考えられる軽度または中等度の患者において,救急部門の受診および入院の減少との関連性を認めたため,FDAから緊急使用許可を取得した.しかし,入院患者における有益な効果は認められていない.バムラニビマブは,700mgの単回点滴静注で,アナフィラキシーを管理するための設備を備えた施設で,1時間以上かけて注入する.SARS-CoV-2検査結果が陽性となった後,できるだけ早く,症状発現後10日以内に投与する.適格患者を以下に示す.
1)以下のうち1つ以上を有する患者:肥満(BMI≧35),慢性腎臓病,糖尿病,免疫抑制性疾患,免疫抑制療法を受けている,65歳以上.
2)55歳以上で,以下の1つ以上を認める患者:心血管疾患,高血圧症,COPDまたはその他の慢性呼吸器疾患.
3)12~17歳で以下のうち1つ以上を認める患者:年齢および性別のBMIが85パーセンタイル以上であること,鎌状赤血球症,先天性または後天性の心臓病,神経発達障害,医療関連の技術依存(例:気管切開術,胃瘻造設術,陽圧換気),喘息や日常的に治療が必要な慢性呼吸器疾患.
JAMA. Dec 11, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.24415)



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ルネサンス絵画にみるバビンスキー徴候 ―今年のクリスマス論文―

2020年12月14日 | 医学と医療
毎年,楽しみにしているBritish Medical Journal誌のクリスマス論文.ウイットや遊び心に富んだ論文が掲載されます.今年は,犬とその飼い主が糖尿病を発症するリスクを共有しているとか(doi.org/10.1136/bmj.m4337),全身麻酔中にイヤホンで「外科医も麻酔医も満足しています.すべてが計画通りです」といった音声を聞かせると,術後疼痛とオピオイドの使用量を軽減できる(doi.org/10.1136/bmj.m4284)といった論文が掲載されています.外科医の誕生日に緊急手術を受けた患者は死亡率が高くなるという論文も掲載されていますが,これはクリスマスの楽しい気分にならないです(doi.org/10.1136/bmj.m4381).

私が気に入った論文は,ルネサンス期の幼児キリストの絵画においてバビンスキー徴候を調査した観察研究です.バビンスキー徴候は,足底の外側を踵から足趾にかけて刺激すると,母趾の背屈と,他の足趾の開扇現象がみられる徴候で,生理的に,胎児期後期から生後18ヵ月ごろまで認めます.ルネサンス絵画の特徴は,見たまま,見えたままに描く「写実性」にあると言われていますので,著者のフランスの脳神経内科医は,バビンスキー徴候がきちんと描写されているか知りたくなったのだと思います.

方法は,西暦1400~1550 年の間に描かれたフランドル派,レネー派,イタリア派の19名の画家が描いた絵画302点におけるバビンスキー徴候の頻度を調べています.結果は30%(90/302点)で描写されていました.両側のバビンスキー徴候は,3つの絵画で描かれていました(図D).足底刺激についても48/90点(53%)で描かれていて,レオナルド・ダ・ビンチやヴェロッキオ,ジョルジョーネは必ず描いていました.分かったことは次の4点です.(1)15世紀の画家たちは,神がイエス・キリストとなって世に現れたことを示すために裸体を描き,バビンスキー徴候も描写したこと,(2)ルネサンス期の画家たちは解剖学の正確な観察が必要であったこと,(3)とくにフランドル派やレネー派の画家たちは現実的な細部にこだわっていたこと,(4)逆にイタリアのルネサンス期の画家たちは,人体の美しさを理想化する傾向があり,バビンスキー徴候を描かなかったことです.クリスマスに合った優雅な研究だと思いました.
BMJ 2020; 371 (doi.org/10.1136/bmj.m4556)

5つの絵画A: Rogier van der Weyden, St Luke Drawing the Virgin (1435-40), Boston Fine Arts Museum (USA). B: Gérard David, Virgin Among the Virgins (c1509), Musée des Beaux-Arts de Rouen (France). C: Martin Schongauer, Orlier Altarpiece (1470-75), Musée Unterlinden, Colmar (France). D: Verrocchio, The Virgin and Child with Two Angels (1476), National Gallery, London (UK). E: Lucas Cranach the Elder, The Virgin and Child with a Bunch of Grapes (c1525), Alte Pinakothek, Munich (Germany)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月12日)ワクチン第3相試験成功!!  

2020年12月12日 | 医学と医療
今回のキーワードは,マスクにひと工夫が必要,やはりPCRは積極的に行うべし,COVID-19合併脳卒中の予後,脳静脈血栓症,アストラゼネカ・ワクチンに生じた偶然の幸運と疑問,This is a triumph(これは勝利だ)です.

ファイザーのワクチン第3相試験の成功について,ついにNEJM誌に発表されました!その論文を評するeditorial記事の中に「This is a triumph(これは勝利だ)」という文を見つけ,しばらく感動に浸りました.ほとんどのワクチンは開発に数十年かかっていますが,このワクチンは,1月に中国がウイルスゲノムを決定し,世界中がデータを共有し,新しい基礎技術を開発して,構想からわずか1年未満で実用化に至りました.後述する問題はあるものの,科学者,臨床試験担当者,試験に志願した参加者,そしてワクチン創出を支援した政府に多くの賞賛の声が寄せられています.日本でも早く使用が可能となり,死者の増加に誰も歯止めをかけてくれない現状を打開してほしいと切に願います.

一方,この論文を読み,改めて寂しさを感じました.日本は治療薬やワクチンの開発にこの1年間,科学的な貢献がほとんどできず,蚊帳の外でした.科学の重要性を理解している国とそうでない国の差が如実に現れたのだと思います.理系,文系を問わず,科学の先進国から真摯に学ぶ必要性を感じます.

◆マスクは密着性を上げる必要がある.
今回,米国からさまざまな一般用および医療用マスクのろ過効率について報告された.検討はSARS-CoV-2ウイルスよりもわずかに小さい塩化ナトリウム粒子のエアロゾルを用いて,一貫性を保つために1人の個人に対して全テストを実施した.この結果,以下のことが分かった.①ろ過効率はマスクによって26.5~79.0%とさまざまである(N95マスクは約 98%).②驚くべきことに,一般に入手可能なマスクでも医療用マスク(38.5%)を大きく上回るものがある(折りたたんだ綿のバンダナでも約50%,アルミ製鼻ブリッジと不織布フィルターインサート付き2層ナイロンマスクでは74.4%のろ過効率がある;図1).



③医療用マスクの密着性を向上させる工夫により,ろ過率は38.5%から80.2%まで改善しうる.具体的な工夫としては,(図2A)耳ループつきの医療用マスクを,(B)耳ループを結び,両脇のひだを折り込む,(C)耳ループを3Dプリントのイヤーガードで後頭部に固定する,(D)耳ループを爪型のヘアクリップで後頭部に固定する,(E)マスクの上から3本の輪ゴムで強化する,(F)装着したマスクの上からナイロン製のバンドで強化する,などの方法がある. → マスクを科学的に考える必要がある.いまだにテレビで政治家や芸能人のマウス・シールドを見かけるが,いい加減やめるべき.



JAMA Intern Med. Dec 10, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.8168)

◆PCRは積極的に行うべし.
遺伝子情報企業として有名なdeCODE Genetics社のあるアイスランドは,PCR検査が最も普及していている国のひとつである.そのアイスランドの4月30日までのCOVID-19患者1564名の検討が報告された.最も多かった症状は,筋肉痛(55%),頭痛(51%),乾性咳嗽(49%)であった.発熱と呼吸困難はそれぞれ41%,25%で,これまで報告されていたよりも少なかった(発症後,図3のように経時変化した).診断時には83名(5.3%)が無症状で,そのうち49名(59%)は追跡調査中も無症状のままであった.診断時には,216名(14%)と349名(22%)がそれぞれ米国CDCおよび世界保健機関(WHO)が推奨する患者定義を満たしておらず,臨床診断の限界と考えられた.積極的なPCR検査を行う必要がある.
BMJ. Dec. 2 2020(doi.org/10.1136/bmj.m4529)



◆神経合併症(1)COVID-19合併脳卒中の予後は不良である.
ニューヨークにおいて,COVID-19に伴う脳卒中の特徴や短期的な転帰について後方視的な観察研究が報告された.2020年3月1日からの2ヶ月間の連続入院患者277名が対象となった.うち105名(38.0%)がPCR陽性であった.COVID-19陽性脳卒中患者は,COVID-19陰性患者と比較して,脳卒中の原因が潜因性(cryptogenic)である可能性が高く(51.8%対22.3%,P<0.0001),側頭葉(P=0.02),頭頂葉(P=0.002),後頭葉(P=0.002),小脳(P=0.028)において虚血性脳卒中を発症する可能性が高かった.COVID-19陽性患者では,凝固系(PT, aPTT,PT-INR)が軽度亢進していた.またCOVID-19陽性患者では,入院期間の延長(P<0.0001),集中治療を必要とする割合の増加(P=0.017),入院中の神経学的増悪の割合の増加(P<0.0001)など,予後は不良であった.院内死亡率も高かった(33%対12.9%,P<0.0001).
Stroke. Dec 7, 2020(doi.org/10.1161/STROKEAHA.120.031668)

◆神経合併症(2)脳静脈血栓症
2型糖尿病を既往歴にもつ69歳男性が,精神状態の変化を訴えて病院を受診した.頻尿,尿意切迫感,吐き気,嘔吐を伴っていた.神経学的所見は認めなかった.うめき声のみ発し,命令に従うことはなく,当初,糖尿病性ケトアシドーシスと診断したが,画像所見から脳静脈洞および皮質静脈血栓症と診断した.PCR陽性が判明した.グラジエントスピンエコーでのMRI cord sign (図4A)と,造影CTで血栓が造影欠損として描出されるempty delta sign (B)を認めた.COVID-19は凝固系の亢進をもたらすため,脳静脈血栓症にも注意が必要である.診断後すぐにヘパリン治療を開始する必要がある.
Ann Clin Transl Neurol. Nov 17, 2020(doi.org/10.1002/acn3.51250)



◆アストラゼネカ・ワクチンの有効性は70%.試験の信頼性は??
アストラゼネカ・ワクチンは,ファイザーやモデルナ製のものより安価で,家庭用冷蔵庫でも保管できることから,途上国を中心に高い期待を集めてきた.そのAZD1222(ChAdOx1 nCoV-19)ワクチンの安全性と有効性を,英国,ブラジル,南アフリカで実施された4 つの試験をプールした中間解析が報告された.18歳以上の参加者は,ワクチン群と対照群に無作為に割り付けられた.ワクチン群は2回投与が行われ,英国試験では,1回目の投与量が半量(低用量),2回目の投与量が標準量であった.4月23日から11月4日までの間に,2万3848名が登録され,1万1636名(英国7548名,ブラジル4088名)が中間一次有効性解析に含まれた.標準量を2回接種した群では,ワクチンの有効性は62.1%であった.1回目低用量,2回目標準量を接種した群では,有効性は90.0%であった.合わせて有効率は70.4%となった(COVID-19発症の7割を防ぐということ)(図5).初回投与後21日目からCOVID-19で入院した症例は10例で,すべて対照群であった.重篤な有害事象は175件発生し,ワクチン群で84件,対照群で91件であった.横断性脊髄炎を含む3件の事象はワクチンに関連する可能性があると判断された.



→ 本研究にはいろいろな批判がある.①誤って本来,接種される量の半分しか接種されない群ができてしまった.②なぜ半量接種された群の方がより高い予防効果を示したのか不明.③最初に治験結果を公表した際,偶然の誤りから得られた結果であることや,半量接種群が年齢層55歳以下であったなどの被検者データの詳細を公表しなかったことから,透明性に大きな問題が生じた.これらの批判を受け,同社は追加の臨床試験を実施する意向を明らかにしている.日本政府も1億2000万回分(6000万人)の供給を受ける契約を同社と結んでいる.
Lancet. Dec 08, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)32661-1)

◆Pfizer/BioNTechワクチンの第3相試験 ―COVID-19発症の95%を防ぐ!!―
16 歳以上を無作為に割り付け,BNT162b2ワクチンまたは偽薬を 21 日間隔で2回接種する試験の第3相の結果がついに報告された.BNT162b2は,脂質ナノ粒子を配合したヌクレオシド修飾RNAワクチンで,プレフュージョン安定化された膜固定型SARS-CoV-2完全長スパイク蛋白質をコードしている.主要評価項目は,ワクチンの有効性と安全性である.合計4万3548名の参加者が無作為(1:1)に割り付けられ,うち4万3448人が接種を受けた(ワクチン群2万1720人).肥満や共存症を持つ人が多く,参加者の40%以上が55歳以上の高齢者であった.結果であるが,2回目の接種から少なくとも7日後に発症した症例は,ワクチン群では8名,偽薬群では162名であった!!つまりBNT162b2はCOVID-19の予防に95%の有効性を示した!(図6)年齢,性別,人種,民族,肥満度,共存症の有無によるサブグループ解析でも有効性(90~100%)が確認された.初回接種後に発症した重症例10名のうち,9名は偽薬群であった.ワクチンの安全性に関しては,注射部位の痛み,疲労,頭痛を認めた.重篤な有害事象の発生率は低く,ワクチン群と偽薬群で同程度であった.ワクチン群の重篤な有害事象は4件で,肩の障害,腋窩リンパ節腫脹,発作性心室性不整脈,右下肢異常感覚であった. 
→ 素晴らしい結果であるが,重要な問題も山積している.ワクチン接種者が2万人から数百万人,さらには数十億人規模と増えたとき,予期せぬ安全性の問題が発生するか?より長い追跡調査で副作用が出てくるのか?2回目の接種を怠った多くの参加者はどうなるのか?ワクチンの効果はどのくらい持続するか?・・・これからの研究が重要である.
New Engl J Med. Dec 10, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2034577)
New Engl J Med. Dec 10, 2020(doi.org/10.1056/NEJMe2034717)




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月5日)  

2020年12月05日 | 医学と医療
今回のキーワードは80歳以上男性の感染致死率の高さ,英国におけるワクチン接種順位,隔離期間の短縮と残存感染リスク,2ヶ月間以上,感染力をもつウイルスを排出する患者の特徴,中枢神経血管内皮細胞における初のウイルスタンパク質の検出,4薬剤のドラッグリポジショニングの結果,肺の線維化と肺移植,モデルナ社ワクチン第1相試験の続報です.

この1週間は身近に感染が迫ってきたと実感する出来事が何度かありました.またCOVID-19対応のため,他の疾患の患者さんの医療への影響が避けられない状況になりつつあります.年末年始以降,目を覆うばかりの状況になるのを避けるためには,感染流行地域とそれ以外の地域の往来の制限は必要ではないかと思います.

◆80歳以上男性の感染致死率は12~16%.
スペインの4689万人の6月22日までのSARS-CoV-2に対する抗体保有率は4.9%(230万人)であった.全体の感染致死リスクは,確定死亡で0.8~1.1%(230万人中19228人)であった.感染致死リスクは,男性では1.1~1.4%,女性では0.6%~0.8%であった.感染致死リスクは50歳以降に急激に増加し,とくに男性において顕著だった(図1).80歳以上では,男性の12~16%,女性の5~6%が死亡した.季節性インフルエンザなどの他の一般的な呼吸器疾患で報告されているものよりも,COVID-19による致死率は高い.→ 新型コロナがただの風邪のはずはなく,高齢者を感染から守る必要がある.
BMJ. Nov 27, 2020(doi.org/10.1136/bmj.m4509)



◆英国におけるPfizer/BioNTechのワクチン接種順位.
世界で初めてのCOVID-19予防ワクチンの承認国となった英国では,来週から80万回投与分のワクチンが使用される.3週間間隔で2回接種される.注文した4000万回分は,英国の人口の1/3にワクチン接種するのに十分な量である.優先順位リストがGOV.UKに掲載されていた.
1)高齢者向けケアホームの入居者とその職員
2)80歳以上の人,第一線の医療・福祉従事者
3)75歳以上の人
4)70歳以上の人と臨床的に極めて脆弱な人
5)65歳以上の人
6)重篤な疾患や死亡リスクの高い基礎疾患を持つ16~64歳の人
7)60歳以上の人
8)55歳以上の人
9)50歳以上の人
日本でもおそらく類似した基準が採用されるものと思われる.図2は筆者によるCOVID-19神経筋合併症の病態だが,ワクチン後の副反応として「感染後免疫介在性反応」と同じ病態が生じうるリスクはある.今後,脳神経内科医はワクチン接種後の副反応も念頭において鑑別診断を行う必要がある.
https://www.gov.uk/government/news/COVID-19-vaccine-authorised-by-medicines-regulator



◆隔離(1).隔離期間の短縮と残存感染リスク.
自身の周辺でも感染者や濃厚接触者に遭遇するリスクが高くなってきたと実感している.隔離期間の考え方について,アメリカ疾病予防管理センター(CDC)を確認してみた.CDCは基本的に14日間の隔離を推奨している.ただ隔離期間を短縮するための代替案も最近,発表されている(図3).これによると①PCRを行わず,毎日の経過観察で症状がない場合,10日間で隔離を終了できる.ただし終了後の残存感染リスクは約1%,上限は約10%と推定される.②施行したPCRが陰性で,毎日の経過観察で症状がない場合は,7日間で隔離を終了できる.ただし終了後の残存感染リスクは約5%,上限は約12%と推定される.いずれの場合も,終了後14日目まで症状の経過観察を継続し,マスクを着用するなどの必要がある.→ 感染者にマスク無しで接触した場合,PCR偽陰性の可能性を考えると最低7日間は隔離が必要である.マスクは必ずすべきである.またPCR陰性だけでは感染リスクは否定されないことを再度認識する必要がある.
CDC. Dec. 2, 2020(https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/more/scientific-brief-options-to-reduce-quarantine.html)



◆隔離(2).2ヶ月間以上,感染力をもつウイルスを排出する患者の特徴.
米国からの報告. COVID-19に感染した免疫不全患者20名(造血幹細胞移植またはCAR(キメラ抗原受容体)-T細胞療法のレシピエント18名およびリンパ腫患者2名)から,鼻咽頭および喀痰サンプルを連続的に採取し,感染力のあるウイルスを検出するためにベロ細胞を用いて培養を行った.この結果,20日以上,感染力のあるウイルスを排出した患者が3名いた.過去6ヵ月以内に同種造血幹細胞移植(2名)またはCAR-T細胞療法(1名)を受け,ウイルス核タンパクに対する抗体は陰性のままであった.全ゲノムシークエンシングの結果,各患者は別個のウイルスに感染しており,また持続感染と考えられた.以上より,造血幹細胞移植後,またはCAR-T細胞治療後に免疫抑制療法を行っている患者では,少なくとも2ヶ月間,感染力のあるSARS-CoV-2を排出する可能性がある.患者隔離のガイドラインにおいて,免疫不全患者に関しては改訂が必要であろう.
New Engl J Med. Dec 1, 2020(doi.org/10.1056/NEJMc2031670)

◆中枢神経血管内皮細胞における初のウイルスタンパク質の検出.
ドイツからの報告.SARS-CoV-2ウイルスが中枢神経系に侵入する可能性が高いことは複数の研究で指摘されている.今回,病理学的にウイルスが,嗅粘膜の神経-粘膜界面を通過し,軸索輸送を介して,血管内皮細胞,神経組織(嗅神経や感覚神経終末を含む),さらに延髄の呼吸・心血管中枢を含む領域に侵入しているという病理学的検討が報告された.図4aは視床のHE染色で,小血管内に新鮮な血栓(矢印)を認めている.また梗塞をきたした脳幹の小血管の内皮細胞(bは延髄,cは橋)の細胞質に,ウイルスタンパク質が同定された!内皮細胞に感染したウイルスは血管障害を助長し,時間経過とともに他の脳領域へのウイルスの拡散を促進,最終的には様々な要因に依存するものの,より重篤な,もしくは慢性的な病態(持続感染)に関与する可能性がある.また小脳のような嗅粘膜とは直接関係のない領域でもウイルスRNAが検出されたことから,中枢神経系へのウイルス侵入には,軸索輸送以外の機序がある可能性が示唆された(例えば,ウイルスを運搬する白血球の血液脳関門通過など).
Nat Neurosci. Nov 30, 2020(doi.org/10.1038/s41593-020-00758-5)



◆治療(1).代表的な4薬剤のドラッグリポジショニングは失敗した.
ドラッグリポジショニング(drug repositionin)とは,既存のある疾患に有効な治療薬から,別の疾患に有効な薬効を見つけ出すことである.COVID-19に対しても第1波からこの戦略が取られ,世界中でその効果が期待された.WHOはこの戦略に基づいて,4つの抗ウイルス薬(レムデシビル,ヒドロキシクロロキン,ロピナビル,インターフェロンβ1a)の効果を入院患者において検証した.30カ国405病院,1万1330人の成人が以下のように無作為に割り付けられた(レムデシビル2750名,ヒドロキシクロロキン954名,ロピナビル1411名,インターフェロンβ1a 2063名,標準治療4088名).結果として,計1253名が中央値8日目に死亡した.28日死亡率は11.8%であった(無作為化時に人工呼吸器管理であった場合は39.0%).対照群との比較で,レムデシビル群は死亡率比0.95(95%CI,0.81~1.11),ヒドロキシクロロキン群1.19(0.89~1.59),ロピナビル群1.00(0.79~1.25),インターフェロン群1.16(0.96~1.39)で,いずれも全死亡率を低下させなかった(図5).さらに人工呼吸器の開始,入院期間にも影響を及ぼさなかった.COVID-19に対するドラッグリポジショニングは今までのところうまく行っていない.
New Engl J Med. Dec 2, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2023184)



◆治療(2).治療抵抗性呼吸不全の原因としての肺の線維化と肺移植による救命.
米国から治療抵抗性COVID-19関連呼吸不全に対して肺移植を受けた3名の摘出肺組織と,COVID-19関連肺炎で死亡した2名の肺組織を検討した研究が報告された.まず単一分子蛍光の in situハイブリダイゼーションを用いて肺組織からウイルスの同定を試みたが検出されなかった.しかし病理学的に進行期の肺線維症に似た肺損傷と線維化を認めた(図6).機械学習を用いて,COVID-19患者肺と肺線維症患者から得られたシングルセルRNAシークエンスデータを比較したところ,遺伝子発現に類似性を認めた.以上より,COVID-19重症呼吸不全患者では肺線維症が生じること,生存のための唯一の選択肢として肺移植があることが示された.肺移植の適応として,4~6週人工呼吸器管理を行っても離脱困難な症例,2度のPCR陰性,患者の同意,両側肺移植が望ましいなども記載されている.
Sci Transl Med. Nov 30, 2020(doi.org/10.1126/scitranslmed.abe4282)



◆治療(3).モデルナ社ワクチン第1相試験の続報.
モデルナ社のメッセンジャーRNAワクチンmRNA-1273の第1相試験34名(初回接種から57日まで)の結果はすでに報告されている.ワクチンは28日間隔で2回行われた.100μg の用量では,mRNA-1273 は高レベルの結合抗体および中和抗体を産生した.今回,最初の投与から119日後,2回目投与から90日後の結果が報告された.予想通り,時間の経過とともにわずかに減少したが,3つの年齢で分けた群において,90日後もすべての参加者で上昇したままで,血清中和抗体は 119 日後にも全参加者で検出された(図7).57日目以降もワクチンに関連した新たな有害事象は発生しなかった.以上より,mRNA-1273 が持続的な体液性免疫をもたらす可能性が示唆された.13ヶ月間のフォローアップ解析が進行中である.また現在進行中の第 3 相試験において100μg の用量を用いることを支持する結果である.
NEJM. December 3, 2020(doi.org/10.1056/NEJMc2032195)


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神経細胞の美しさ -カハール刺繍プロジェクト-

2020年12月02日 | 医学と医療
私が学生のみなさんに紹介している大好きな本に「Beautiful Brain: The Drawings of Santiago Ramon y Cajal」というものがあります.これはスペイン出身の神経解剖学者サンティアゴ・ラモニ・カハール(Santiago Ramón y Cajal, 1852 -1934)が描いたゴルジ染色による脳細胞のスケッチ集です.2018年のブログに「あまりの美しさに,今年一番,感激した本です」と書いて紹介しています.彼は1906年にゴルジと共にノーベル生理学・医学賞を受賞し,今日の神経科学・神経解剖学の基礎を築き上げた巨人です.

その彼が1920年にスペインのマドリッドにカハール研究所を設立し,今年は100周年になるそうですが,それを記念して標題のプロジェクトが行われたと,最新号のLancet Neurol誌に記事が掲載されています.6カ国,75人以上のボランティアが協力し,カハールのスケッチを81枚の精巧な刺繍のパネルに仕上げました.上から3列は,カハールのオリジナルのスケッチ(左)と刺繍(右)のペアになっています.下3列は刺繍を拡大表示しています.81枚を縫い合わせると,4 平方メートルを超える傑作となります.ぜひカハールのスケッチと神経細胞の美しさを知っていただきたいと思います.

Lancet Neurol. 19, 979, 2020 
Beautiful Brain: The Drawings of Santiago Ramon y Cajal 4199円 
ブログ:読書案内(医学生,レジデント篇)



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