Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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血管炎に伴うニューロパチーでは腓骨神経生検を検討すべき

2007年11月26日 | 末梢神経疾患
 末梢神経生検は1960年代後半から行われるようになり,現在では神経学的検査法のひとつとしてごく一般的に行われている検査である.生検後の解析としては,電子顕微鏡的検索,ときほぐし法,有髄・無髄線維の定量的解析なども含め行われている.多くの症例で腓腹神経生検(sural nerve biopsy)が行われるが,あくまで第4,5腰髄および第1,2仙髄後根神経節に細胞体を持つ第一次感覚ニューロンと,交感神経節後ニューロンの末端に近い一部分を採取しているにすぎず,末梢神経系に散在する病変の評価には有効でないことがある.つまり腓腹神経に異常がなくても,ほかの神経に病変が起こりやすい疾患であれば,その神経の採取を目的とした神経生検を検討すべきといえよう.

 たとえば,血管炎に伴う末梢神経ニューロパチーでは,腓腹神経(sural nerve)より腓骨神経(peroneal nerve)が障害される頻度が高い.このため血管炎を疑う症例の神経伝導速度検査では,腓骨神経も忘れず行う必要があるが,生検に関しても,ランダム化比較試験のデータではないものの,血管炎に伴う末梢神経ニューロパチーの診断に関しては,腓骨神経生検が腓腹神経生検に勝るという報告がある(前者が感度60%,後者が50%.Neurology 55; 636-643, 2000; Neurology 61; 623-630, 2003).よって腓骨神経生検は血管炎に伴うニューロパチーではもっと行われて良いはずである.

 さらに腓骨神経生検にはもうひとつ利点がある.これは現在,長岡に勤務する私の兄貴分の神経内科医に,教えていただいたことなのだが,腓骨神経生検では浅腓骨神経に加え,短腓骨筋を同時に生検することができる(たしか昔の「神経内科」か「神経進歩」に実際の手技が書かれていたのを見せてもらったのだが,今回,見つからず).はじめて知った時にはとても感心したが,唯一の気がかりは「後遺症はどうなのだろうか?」ということだった.今回,JNNPにイギリスのグループが腓骨神経生検の後遺症について報告しているので読んでみた.

 このグループは疾患によって神経生検を使い分けている.具体的には,血管炎に伴う末梢神経ニューロパチーが疑われれば浅腓骨神経+短腓骨筋生検を,対称性の遠位型ニューロパチーであれば腓腹神経生検を行っている.生検神経の長さは約3センチ,筋生検は0.5cm3を3か所行っている.7年間に26例の腓骨神経生検,24例の腓腹神経生検を行い,結論として,腓骨神経生検では,広範な感覚低下(reduced sensation)を呈する症例が一部に存在するものの(sensory lossは一部に限局するが,感覚が30%程度低下した範囲が,足背に比較的後半に出現する.ぜひ原文のFigureを確認していただきたい),それ以外の合併症は,術後痛34%,しびれdysesthesia 20%,異常感覚paresthesia 46%と,腓腹神経生検と大きな違いは認めなかった.この論文では,腓腹神経生検の合併症頻度を,従来の複数の臨床研究のデータを統合し算出しており,これによると,術後痛30%(117/396),しびれdysesthesia33%(68/204),異常感覚paresthesia 40%(49/123),創部感染8%(20/242)という結果であった.
 
 以上より,腓腹神経生検と比較し,合併症の面でも腓骨神経生検には大きな問題はないことが確認され,とくに血管炎を疑うような場合には腓骨神経生検を検討しても良いものと考えられた.

JNNP 78; 1271-1272, 2007 

追伸;前出の腓骨神経生検の手技の論文をご存知の方いませんか?

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寝ながら暴力をふるう人を探せ!

2007年11月11日 | 睡眠に伴う疾患
 寝ている間に突然,激しい寝言を言う,あるいは殴る・蹴るといった暴力的な行動をとる人がいる.もしくは寝たまま歩きだすといった行動がみられることもある.それらの行動は傍からみると異様であり,家族のなかには「お祓い」や霊媒師にみてもらうことを勧める人もいるぐらいである.もちろん,これはREM睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder: RBD)であり,迷わず病院を受診することをお勧めする(※).RBDは,睡眠時遊行症(いわゆる夢遊病;sleep-walking disorder)や夜驚症(pavor nocturnus, nocturnal terror)とともに睡眠時随伴症(parasomnia)のひとつである.睡眠中に起こるせん妄状態であり,通常恐ろしい幻視・幻触と興奮・多動を伴う.この時に起こすと簡単に目覚め,疎通性は良好で,夢の内容をよく覚えている.PSGでは筋トーヌス消失を伴わないREM睡眠期(REM without atonia)が見られる.REMの異常はどうも超常現象と縁があって,「金縛り現象」もまだ十分に眠りきっていないときにREMが生じて起こるものである(sleep-onset REM).

※ 治療としてはクロナゼパム内服で改善することが多いが,何科を受診するかは難しい.睡眠クリニックが近くにあればベストだが,そう多くはない.つぎは神経内科?

 さてRBDには,他の疾患に伴う二次性のものと,ほかに運動異常症などの疾患を合併しない一次性(特発性)のものがある.前者としてはパーキンソン病やMSA,ナルコレプシーが多いようだ.後者では50~60歳の男性が多いと言われているが,特発性のRBDの病態は一体何なのであろう?

 この疑問に大きな進展をもたらしたのは昨年報告された「高齢男性の特発性RBD 29症例の長期followで,3.7年以内に11名がパーキンソン病になった」という報告である(Lancet Neurol 5; 424-432, 2006).つまりRBDはパーキンソン病の運動症状が出るまでの前駆症状であるという説である.これはパーキンソン病の運動症状の発現の引き金となる黒質ドパミン・ニューロン変性に伴う臨床症状の発現の10-15年以上前から,嗅球や脳幹での病変が出現するという「Braakの病態仮説」を支持する知見として有名である.

 話変わって,先週,日本睡眠学会定期学術集会にはじめて参加した.精神科,耳鼻科,呼吸器内科医などが主体の学会で,神経内科医の参加は必ずしも多くはないが,restless leg syndromeやRBDが注目されつつあり,それらを考える上で神経内科の知識は重要で,神経内科的アプローチは今後さらに必要になるのではないかと思われた.さらに本年度の学会研究奨励賞を獲得した論文が,特発性RBD患者におけるMIBG心筋シンチグラフィーに関する研究であった(Neurology 67; 2236-2238, 2006).この論文の内容はシンプルで,13例の特発性RBDと,12名のパーキンソン病,そして8名のコントロールに対しMIBG心筋シンチグラフィーを行ったというものである.結果としてはRBDの13例全例が,パーキンソン病と同様,コントロール群に比し,有意に心筋への取り込みが低下していたというものである.個人的には特発性RBDといえど,heterogeneousな症候群であろうと思ったが,予想に反して全例があまりばらつきなく同等に取り込み低下していた.すなわち,特発性RBDでも心臓交感神経の障害が示唆され,特発性RBDがパーキンソン病,びまん性レビー小体病(DLB),純粋自律神経不全症(PAF)と同一スペクトラム上の疾患(Lewy body disease)である可能性があるという内容である.ちなみにRBDでは嗅覚障害(hyposmia)を高率に合併することも報告されている.

 となると次の関心は,もしパーキンソン病の運動症状が出現する前の段階で,つまりhyposmiaやRBDの段階で,神経保護作用のある薬剤を開始することができれば,パーキンソン病の根治療法,あるいは,病気の進展が阻止されることが可能なのではないかということだ.現在のところ,エビデンスを持って明確な神経保護作用が証明されておいる抗パーキンソン薬はないが,将来的には「寝ながら暴力をふるうひと」「嗅覚が落ちたひと」を積極的に探して,神経保護作用のある抗パーキンソン薬を予防的に内服してもらう時代が来るのかもしれない.

Neurology 67; 2236-2238, 2006 

追伸1;MIBG心筋シンチグラフィーは,パーキンソン病の診断確定や,認知症疾患であるアルツハイマー病とDLBの鑑別,さらにパーキンソン病とパーキンソン病類縁疾患(MSA,PSP,CBD)の鑑別にとても有用な検査であり,個人的にもとても重宝している.しかし,いまだ保険診療が認められていないという大きな問題がある.たしかにラジオアイソトープを使用する高額な検査であり,適応を選ばず無目的にこの検査を行うのは望ましいこととは言えないが,それでも診断確定や予後の推定,治療薬の決定に必要な症例が存在する.なるべく近い将来,保険適応されることが望まれる.

追伸2;最近読んだ睡眠障害関係の本でお勧めは以下の3点.

一般の方向け;
ササッとわかる「睡眠障害」解消法 (図解 大安心シリーズ)

神経内科医向け;
睡眠医学を学ぶために―専門医の伝える実践睡眠医学
睡眠障害診療マニュアル―症例からみた診断と治療のすすめ方
Comments (2)
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心因性の不随意運動をどのように見分けるか?

2007年11月03日 | その他の変性疾患
 突然の舞踏運動を呈する患者さんで,家族歴はなく,基底核の脳梗塞や高血糖,SLE,高リン脂質抗体症候群を認めない時,診断として何を考えるだろうか?可能性として変性疾患(ハンチントン病やDRPLAの)孤発例はありうるだろう.ほかには・・・?「心因性のmovement disorderでも舞踏運動は生じるのだろうか?」ということが話題になったので調べることにした.

 まず心因性のmovement disorderはどのような時に疑うべきか?米国神経学会(AAN)が出版したPsychogenic Movement Disorders: Neurology and Neuropsychiatry (Neurology Reference Series)を読んでみた.ハードカバーで,結構厚みのある立派な本である.初めてAANの学会場でこの本を見かけたとき,「こんなマニアックな本を買うひとがいるのだろうか?もしくは欧米では心因性のmovement disorder症例が多いのか?」と不思議に思った.しかし,その後,心因性movement disorderに関する知識は臨床上,必要だと認識する機会が数回あって購入した.この本は神経内科サイド,そして精神科サイドの双方から心因性movement disorderをとらえる体裁をとっていてなかなか面白い.さて,心因性movement disorderを疑う場合(病歴・臨床像・治療反応性)について抜粋してみる.

A) 病歴
1. 急性発症
2. 非進行性
3. 自然寛解
4. (軽度の)外傷が誘因
5.明らかな精神障害の合併
6. 複数の身体化障害の存在(身体のあちこちに痛みや違和感などがあるもの)
7. 医療従事者
8. 係争中の訴訟をかかえる
9. 二次的な利益の存在
10.若い女性

B) 臨床像
1.一貫性に乏しい症状(頻度,振幅,分布など)
2. 発作性に出現する
3.注意させると増加し,気をそらさせると減少する
4. 非生理的な不随意運動の誘発,消失(トリガーポイントの存在など)
5. 偽の筋力低下の存在
6.偽の感覚障害の存在
7. 自傷行為
8. 意図的な運動遅延
9. 奇妙で,多発する,分類困難な運動異常

C) 治療反応性
1. 適切な治療に対して反応不良
2. 偽薬が有効
3. 精神療法で寛解

 なるほど,と納得できる内容である.つぎに心因性movement disorderの運動の種類はどうだろうか?やはり同じ本の記載によると,振戦が圧倒的に多く,次にジストニアが多い.舞踏運動の頻度はかなり低く,報告によって異なるものの,心因性movement disorderの2-5%という記載だった.舞踏運動のほうが振戦やジストニアより複雑な運動であり,ちょっと簡単には模倣できないこととも関連があるのだろうか.

 さて「マニアックな本」といえば,最近,お気に入りの本があるので紹介したい.Movement Disorder Emergencies: Diagnosis and Treatment (Current Clinical Neurology)である.神経内科領域の救急といえば,脳卒中や脳炎,免疫性疾患(多発性硬化症,ギラン・バレー症候群など)が思いつくかもしれないが,Movement Disorderも忘れては困る,という本である.悪性症候群や急性発症のパーキンソニズム・舞踏運動,MSAの上気道閉塞といった有名なところはもちろんのこと,dystonic storm(DYT1に見られるすごいdystonia),SSRIによるセロトニン症候群,oculogyric crisis,malignant phonic tic,Whipple病の激しいミオクローヌスなど,あまり見る機会の多くないないものまでDVDで見ることができる.ただびっくりするような映像も多いので,ひとりか,神経内科医だけでこっそり見るのが良いだろう.夜中に一人,DVDを食い入るように見ていたら,私のよく知っている麻酔科医に目撃された.変人を見るような眼差しが少しつらかった・・・

Psychogenic Movement Disorders: Neurology and Neuropsychiatry (Neurology Reference Series)

Movement Disorder Emergencies: Diagnosis and Treatment (Current Clinical Neurology)
Comments (3)
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