Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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SPG4(spastin遺伝子異常)における認知機能低下

2009年08月17日 | その他の変性疾患
家族性痙性対麻痺のなかで頻度が高い遺伝形式は常染色体優性遺伝であり,そのなかでは第2番染色体短腕に遺伝子座が存在するSPG4が多い.SPG4は spastin遺伝子の変異ないし欠失により発症する(欠失は約20%という海外の報告がある).本邦でも最も頻度の高い家族性痙性対麻痺である.SPG4は成人発症で,緩徐進行性の経過を示し,不完全浸透で,家族内表現型も異なる.

SPG4は基本的に,痙性対麻痺以外の神経症状を認めない純粋型痙性対麻痺を呈するが,既報において認知機能低下を合併することが報告されている.その一方で,認知機能低下は軽度で気がつかれないこともあるとされ,進行性認知機能低下がSPG4の表現型のひとつであると必ずしも確定されてはいない.

また病理学的検索に関しては,spastin遺伝子エクソン10にミスセンス変異を認めた1例(A1395G変異)でのみ報告があり,その病理学的特徴も分かっていない.今回,アイルランドより,SPG4の1家系の認知機能を7年間にわたって追跡した検討が報告された.この家系ではspastin遺伝子のエクソン17の欠失が報告されていた.

本研究では本家系における40歳異常のもの13名をCambridge cognitive assessmentを用いて評価を行った.また1例では剖検を行い,既報例との比較を行った.

この結果,13名中6名で認知機能の低下が認められ,とくに60歳以上の4名では全例で認知機能低下が認められた.高次機能障害の特徴としては,遂行機能の障害,記憶と言語機能の障害,行動障害がみられFTDに近いものと考えられた.

遺伝子検索ではspastin遺伝子のエクソン17の欠失に加え,SPG6 locusにも微小欠失が認められた.spastin遺伝子のエクソン17の欠失は13名中12名に認められ,SPG6 locusの欠失は5名で認められた(すなわちspastin遺伝子のエクソン17の欠失のみの症例は8名,SPG6 locusのみの欠失は1名,両方の遺伝子欠失を有するものが4名となる).今回の検討の主目的はspastin遺伝子異常が認知機能に及ぼす影響を調べることであるため,spastin遺伝子のエクソン17の欠失のみ有する8症例の認知機能をまず検討すると,うち4名で進行性の認知機能低下がみられた.両方の遺伝子欠失を有する4名ではうち2名で認知機能低下がみられた.SPG6 locus欠失のみの1名は57歳の時点で,認知機能低下も痙性対麻痺も認めなかった.

両方の遺伝子欠失を有し,認知機能低下を認めた1名で剖検が行われた.既報の1例(A1395G変異)とこの症例の比較では病理学的特徴が異なっていた.既報例ではαシヌクレイン陽性レビー小体やballooned neuron,タウ陽性グリア内封入体などがみられたが,今回の症例ではそれらは認めず,むしろユビキチン陽性dots,grains,dystrophic neuritesが大脳皮質や白質において広範囲に認められた.これらの変化自体はそれほど特徴的な変化ではないが,その広範囲な分布に加え,superficial spongiosisを認めた.これらの変化は認知症を合併するALSにおいてみられる所見に類似している.このためTDP-43に対する免疫染色も行われたが陰性で,また脊髄前角細胞も保たれていた.

認知機能低下の病理学的な特徴についてはさらなる検討が必要ではあるが,本検討によりSPG4,とくにspastin遺伝子のエクソン17の欠失を認める症例では,表現型のひとつとして進行性認知機能低下を呈することが確認された.

Neurology 73; 378-384, 2009

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多系統萎縮症におけるCamptocormiaは酒石酸プロチレリンで改善する?

2009年08月04日 | 脊髄小脳変性症
Camptocormia(腰曲がり)は,パーキンソニズム,ジストニア,ミオパチー,ALSなどで報告され,とくにパーキンソニズム(パーキンソン病や多系統萎縮症)での報告は多い.詳細は以下の過去の記事も参照していただきたいが,難治性の病態で,かつADLへの影響も大きい.

腰曲がり病(Camptocormia)
Camptocormia(腰曲り)をどう治療するか?

さて今回,今回,本邦より多系統萎縮症に伴い亜急性に出現したcamptocormiaに対し,酒石酸プロチレリン(ヒルトニン)点滴が有効であった1症例が報告された.酒石酸プロチレリンは遺伝性脊髄小脳変性症や多系統萎縮症における小脳失調に対して,日本において使用されてきた薬剤である.その作用機序に関しては興奮性アミノ酸および糖代謝の調節が関与すると考えられている.

68歳女性で,発症後7年が経過している.症状としてパーキンソニズム,失調,多尿を認めた(はっきりと記載していないがMSA-Pと思われる).治療としてL-ドパ,トリヘキシフェニジル内服が行われたが効果は乏しかった.5ヶ月前から15°のcamptocormiaが出現し,その後の5ヶ月間で45°まで増悪した.頭部MRIではputaminal slit sign(被殻外側の線状の異常信号)と小脳•橋の軽度の萎縮を認めた.MRIで傍脊柱筋の異常信号は認めなかった.

小脳失調に対する効果を期待して,酒石酸プロチレリン点滴を行ったところ,驚いたことに治療2日目にはcamptocormiaが改善した.ためしに3日目に酒石酸プロチレリン点滴を中止したところ,症状は元に戻った.このため,再度,酒石酸プロチレリン点滴を再開したところ,再度,症状は改善した.治療効果を検討するために行った腹直筋と傍脊柱筋に対する表面筋電図では,酒石酸プロチレリン点滴の中止中の筋放電は低電位であったが,点滴治療を行うと電位の総京が見られた.この結果から,著者らは傍脊柱筋の運動ニューロン興奮性の低下が,酒石酸プロチレリン点滴により回復したことが本例のcamptocormia改善の主な要因であると考えている.

これまで,酒石酸プロチレリンの作用に関する研究では,ドパミン系神経伝達を調節し,運動ニューロン興奮性を調整することが知られているそうだ.またその反応は迅速であると報告されているらしい.この作用を介してALSの痙性や筋力低下にも効果があることも報告されているそうだ(あまり聞いたことがなかったので驚きである).以上より,酒石酸プロチレリンがMSAに合併する亜急性のcamptocormiaに対して有効である可能性が考えられた.これは本当なのか,もしそうならもっと患者さんが多いと考えられるパーキンソン病におけるcamptocormiaに対する効果はあるのかなど,今後多数例での検討が必要である.

Mov Disord. Online in advance of print
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